第57話:ヒーロー達の足蹴による平穏
俺がクロさんから任された“仕事”は、内容自体は、非常に単純なものであった。
“監視カメラの作動確認”と“感知器のチェック”である。
よくスパイ映画などで、主人公が、赤いレーザーの張り巡らされたエリアを、華麗にすり抜けていくシーンがあるだろう。
逆に引っかかると、アラーム音がビー!ビー!ビー!と鳴って侵入者を捉える奴だ。
「へぇー、ああいうのって実在するんですね。
ル○ン三世とかト○・クルーズとか、フィクションの世界の住人だけのものだと思ってましたよ」
「ト○・クルーズは実在の人物だけどね……。
そりゃ、あるわよ。フィクションは現実をもとにしているんだから。学内の感知器は、変身ヒーローの時に触れると反応する仕組みになってるわ。
一応、“校則違反”という形をとるから、自動的にその場でお仕置きを受けることになるけどね」
「へぇぇー、お仕置きですか。何されるんですか?」
「焼き土下座」
「えっ?」
「地面から現れた熱い鉄板の上を、謝罪の意味を込めて頭から熱い鉄板の上に土下座するの。そのまま10秒間、熱い鉄板の上で耐えぬくことになるわ」
「…………」
「あとは千本ノック。白色と黒色のクマがいきなり現れて、鐘を鳴らして、首を引きずって、野球の的にされてボールで殴打されるわ。千回」
「厳しすぎやしませんかっ!?」
ちょっとハードすぎた。いくらヒーローの管理体制を強化するためとはいえ、厳格すぎた。
余裕で死人が出るレベルである。
「冗談よ」
「じょ、冗談ですか……」クロさんって基本的に無表情だから、どこまでジョークなのかわからない。
「ちゃんとした学校なんだから、そんな酷いことはしないわ。本当は軽い電流が出て痺れるくらいで済むわよ」
「それも十分に怖いですけどね……。
ちゃんと人体に影響でないか、調べてあるんでしょうね?」
クロさんのことだから安全管理は完璧なんだろうが、それでも不安にはなってくる。許可をもらっているとはいえ、俺も年中、学内で変身している人間なのだ。事故じゃなくとも、何かのはずみで“とばっちり”を受けないとは限らない。
「大丈夫よ。新島くん、安心してちょうだい」
「なら、いいんですけど……」
「だって、今からそれを確かめに行くのだから」
「……えっ?」
「だから、安全に万全をを期すために、人体に影響が出ないかのチェックを、
“今から”確かめにいくのよ」
「…………」
――俺は冒頭でこういっていた。
クロさんから任された仕事は、内容自体は非常に“単純なもの”であると。
それは間違っていない。
おおむね真実だ。
ただ、誤解があるとすれば、“単純な仕事”とはイコール“楽な仕事”とは限らないのだ。
「これから、新島くんには、ヒーローに変身してもらって、検査値が反応と、お仕置きのダメージをチェックするモニターになってもらうわ。今日はまず研修として、本格的な検査は明日以降しちゃいましょう。システム上でも管理してるのだけど、やはり人体に影響のあるものは、実際に肌で体感して確認しないとね。それから、…………あら? 新島くん、何を両手を地面につけて倒れているのかしら? もうましろんの実験は終わったはずよね」
クロさんの視線を背中で感じながら、俺はゆっくりと立ち上がる。
頬が引きつって、うまく笑えない。
これがあれか。“恐怖”ってやつか。
「…………冗談ではなくて?」
「冗談ではなくて」
真顔だった。いつだって真顔の彼女だが、この時ばかりは「マジよ」というオーラが後ろから垣間見れた。
結果。
この日、俺は時給一万円という、ホステスばりのバイト料を得て、夜遅く帰宅したのであった。
高額の謝礼金の代償に関しては、深く追求しないでいただきたい。
結論:「単純作業です!」「誰でもできます!」という謳い文句には気をつけよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
と、ここで語りを止めると、俺が大金を得た代わりに、ひどい目にあったという話で終わるが、それだけで展開は止まらない。
時給1万円の他にも、クロさんからは“特典”が付けられた。
「ボーナスよ。ボーナス」
と、彼女から渡されたのは“監視カメラの一部使用権限”であった。
使用権限。
つまり、俺は俺は“限定的”であるが、クロさんの監視カメラを使ってもいいことになったのだ。
「え……いいんですか、使ってしまって? というか使わせてしまって……」
「いいわよ。というか、許可自体は他の人にも与えているし」
クロさんは飄々とした態度でそう応える。
驚かされた。
何だか、苦労するイベントをクリアしたら、意外な特典がついてきた気分だ。
学内にある監視カメラを自由に使っていいということは、
イコール学校の状況を完全に把握できる“神の監視者”になるということだ。
(俺がそんな法外な権力を持ってしまっていいのだろうか……)
ちょっと根本的なお話をしよう。
そもそも、ヒーローが何故、ヒーローとして、活躍できるのか。
ヒーローが、ヒーローとして、ヒーローたりえるのか。
それは、ヒーローが、誰かのピンチの時に必ず駆け付ける“万能の観測者”であるからだ。
破壊を見逃さず、危機を見過ごさず、絶望を見落とさない。
あらゆる事象を把握する“神の視点”がヒーローには要求される。
だからこそ、クロさんのようなヒーローや。
シロちゃん先生のような感知系のヒーローは重宝される。
怪獣の出現を“瞬時に”把握するために、国によって正式に設置された検知器が、世界のあちこちに点在している。今、この現代においてでもある。
全てを把握する力というのは、それくらいヒーローとして大切なことなのだ。
(……って、前に生徒会長が言ってた)
会長の言うことなら間違いはないだろう。
そして、学内において、その視点とは、このクロさんの監視カメラに相当する。
学内に無数に設置された、人ならざる万能の視点。
この場合、観測するのは、怪獣の出現ではなく、ヒーロー犯罪の方であるが、本質的な意味は変わらないはずだ。
そんな強権をクロさんは“一部とはいえ”譲渡してくれるという。
俺の心配と不安をよそに、クロさんは軽々しく言い切る。
「……別に構わないわよ。私もそれなりに新島くんに興味が湧いてきたし、ヒーローとしても成長して欲しいかな、と思うし」
「はあ、」
「だから、むしろ、権力を持つことで“責任の重さ”とやらを体感して欲しいわ。
役割の重さに向き合う精神は、一流のヒーローとしてやっていくなら、必ず要求されてくるパワーだから」
「ぱわーですか?」
「パワーよ、自由を押し通す力を“POWER”と呼ばずして、この世に力などないわ」
クロさんはそれだけ言って、俺に黄色いカードを渡してくれた。
「黄色いカードはLevel.1まで、赤いカードはLevel.2まで、青いカードはLevel.3まで。それぞれの段階に合ったカメラを見ることができるわ」
と、彼女は流れるように言葉を紡ぐ。
「そして、Level.5まで見ることができるのが、この黒いカードになるわ」
と、漆黒に包まれた長方形の札を軽く見せた。彼女の黒髪のように、汚れ一つない完璧な“黒”であった。
「またお仕事頼むことあるだろうから、頑張ってくれたら権限を上げるわよ」
「…………」
そんな、経験値が溜まったら新しいスキルを教えるわ、といった気楽さで、クロさんはそう言った。
俺は渡されたカードをじっと見つめる。
(そうか、これがあれば、俺は……)
「……ちなみに、鑑賞したデータは履歴に残るからわ。更衣室とか、トイレとか、そういう場所を覗いたら、一発でバレるわよ」
「……、い、いやだなあ、そんなことするわけないじゃないですか~!」
「目が泳いでわね」
図星だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「へぇー、クロさん監視カードくださったんですか。気に入られてますね、新島さん」
「そうなのかな?」
「ですです。クロさんって、自分の“役に立つ”と感じた人にしか、配らないらしいですから」
ところ変わって、時間も飛んで、木曜日。
俺と真白さんは星空のマンションで、実験をしていた。
今日は、床に寝そべるのではなく、俺が座った状態のところに、真白さんが上から乗っかってきた。ふにぃとお尻の柔らかい感触がヒザのところに当たる。
可愛くいえば、女の子を抱きかかえている状態、悪くいえば、人間椅子にされている状態だった。
そして、真白さんは前に座ったまま、俺の両足をげしげしと踏んづけてきた。
げしげしと。
執拗に蹴りを続けていた。
「…………」
真白さんの筋力は、おおむね小学校の低学年レベルであり、肉体的なダメージはほとんどないのだが、ただ、なんというか心が痛かった。
げしげしげし。
嫌がる女子をムリヤリ抱きかかえているみたいで。
なんかすげー嫌われてんじゃないか、という気持ちにさせられた。
「え~い♪ えーい、えいえいえいえいっ♪」
唯一の救いは、真白さんが(若干引くくらい)いい笑顔で踏みつけてくれたことだ。
……本当に、趣味じゃないんだよな?
「おそらく、クロさん的には“先行投資”の意味も含んでますよ」
「……先行投資?」
「この子は将来大物になるかもしれないから、今のうちに仲良くしておこうって魂胆です。きっと、何年後かの見返りを期待しているんでしょう」
「……ふーん、将来性を見込まれるのは、嬉しいけどな」
同時に、何だか複雑な気持ちだ。見返りを求める関係というのは、十代男子の俺には、ちょっと寂しい気持ちにさせてしまう。
「ちなみに、私は完全に将来の新島さんに期待しています。仲良くしてるのもそのためです」
「素直すぎる!?」
「ほらほら、新島さん。早く強くなって、私に恩返しをしてくださいよ」
「そして早くも要求してくる!?」
真白さんはそう言いながら、ゲシゲシとテンポよく、俺の足を踏んづけてくる。
痛くはないし、むしろ力がみなぎって来る感じなのだが、何だか人として間違っている気がする。
「……どうですか、新島さん? 私に足を踏まれてどんな気分ですか?」
「……いや、何だか元気になってくる感じはするよ」
「マジヤバイですね」
「うるせぇよ」
俺は目の前にある真白さんの頭をアームロックで抑えた。
「痛い痛い痛いです!」
「あんまり人を舐めたようなことをする罰だ」
「割れます割れます、飛びます」
「何がだよ」
記憶か。データか。
調整をミスられても困るので、そろそろ手を離してやることにする。
「……ふぅ、調子に乗りすぎたのは謝ります。……ごめんなさい」
「うん、なら許す。あんまり、言葉を思ったままに言い過ぎるな、ムカつくから」
ここ一週間、真白さんとの付き合いがかなり増えたが、彼女はやっぱり変であった。
マトモかなー、と何度か考えた時もあったけど、やっぱ変だった。
2:8くらいの割合で、変人だった。
なので俺は、できるだけ彼女を『常識人』に仕上げようと教育することに決めたのであった。
「でも、本音を建前で隠すことが、世の中の“常識”だって言うんですか……?」
「うるさい、それっぽい正論を言うな」
「痛い痛い痛いです!」
「お前は今時の高校生か」
「私は高校生です!」
こんな感じに教育しているのだった。
真白さんが俺をヒーローとして強化してくれているように、俺も真白さんを『普通の人』としてプロデュースしているのであった。
まあ。つまりは。
見事に利害関係なのであった。
「……で、でもっ、確かに最初は、新島さんの成長性を狙って接近してきましたが、
パートナーにしようと決意したのは、新島さんの“強くなろう”とする気持ちに惹かれたからですよ」
「む」
「初めてお会いした時、新島さん、私の『最強のヒーローを生み出す』夢を、いい夢だって言ってくれたじゃないですか。……それからです。私がこの人とならうまくやっていけると思いはじめたのは……」
「むむむ」
「だから、新島さんの将来には期待していますよ。この世の誰よりも、強いヒーローになってくれると。無理だろうとも、私がそうさせて見せます。
ですから、その点だけ勘違いなさらないでください」
「むむむむむ」
…………いや、まいった。
こんなに真っ直ぐなことを言われては返す言葉がない。
俺の顔も赤くなっていることだろう。いやはや、恥ずかしい。
とりあえず。
「ナイスだ、真白さん。君にはアメをあげよう」
「わぁい」
餌付けすることにした。
目の前にある彼女の口元に、アメを入れ込むのであった。
「こういうこと言えば、新島さんに褒められるんですね。私覚えました」
「だからって、嘘はダメだからな。嘘は」
「はーい」
わりと素直であった。
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「それで、今日は何のバトルを見るんですか?」
「今日はな……ついに“あの人たち”が一次選考を受ける日なんだよ」
「あの人、たち?」
もはや、恒例行事となりつつある、一次選考会の鑑賞会。
俺はクロさんにもらった“監視カード”を近くのマシンに挿入し、スクリーンを操作する。
いくつもの鑑賞できるカメラと、できないカメラを振り分けられていく中、俺は一つのエリアを指し示す。
――、一次選考会の“三年生用”会場『特別訓練室Ⅲ』。
時刻は現在16:50だ。
俺はカメラを巧みに操作し、目的の人物たちを発見する。
多くの人たちが集まる中でも、とりわけ“異彩”を放ってらっしゃる。
一瞬でわかる。そんな圧倒的なまでの存在感だ。
「いたぞ、真白さん……」
特徴なき特徴。無個性ゆえの個性。中性的な表情からはその内実は読み取ることができず、どこまでが計算なのかつかみとることはできない。
強烈な眼光。不遜な口元。他の生徒の手前、今は作り物めいた微笑みを浮かべるが、その中身が荒々しき炎で燃え盛っていることを俺は知っている。
「……ああ」真白さんが納得した声をあげる。
本日、6月7日、木曜日、一次選考会5回目。
特別訓練室Ⅲ――三年生、特設部屋。
俺たちの生徒会長:和泉イツキと、俺たちの副会長:君島優子の、選考会であった。
作動する“神の視点”始動する彼ら彼女らの物語、星空の輝く宇宙から新島宗太は何を見るのか――!
次回「第58話:ヒーロー達の主人公属性」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。