第55話:ヒーロー達の交差する物語
「ふーん。それでどうしたの、そーちゃんは。受け入れたの? 拒否したの?」
夕食時間、美月は興味があるんだか、ないんだか、よくわからない口調でそう尋ねてきた。テーブルには彼女手製の肉じゃがと、購買部で売っていたお惣菜が並べられている。俺は肉じゃがのジャガイモを一口サイズに切断して、口へと放り込み、もぐもぐと咀嚼する。
「ん。オーケーしたよ。あくまで生徒会長の修行の合間に付き合うくらいだけどな」
「そっかぁー。また一歩、ヒーローとしての階段を登ったね。そーちゃん」
「どうだろうなー、まだ話半分、完全に信用しきれてはいないからな」
「上り階段だと思ったら、下り階段だったりとか?」
「縁起でもない」
しかし、『戦闘データを無料で見れる』特典はすでについてくることが確定しているので、マイナスにはならないだろう。
すでに一人暮らしを始めてからニケ月が経過しているが、アルバイトらしい労働を何もしないまま修行に明け暮れた毎日を送っているので、自由に使えるお金は非常に限られている。
ゆえに、即物的になるのも仕方がない。貧乏人なのだ。無産階級なのだ。
美月と一緒に食事を毎日取るのも、お互いの食費を浮かせようという狙いがあったりする。
(まあ、パートナーの件に関しては……彼女のことを、“知れた”からでもあるけどな)
と、まるで遠い昔の出来事のように、述懐する。
現時刻、19時30分。現在地、俺の家。
今からおよそ一時間前、1年Cクラスの真堂真白さんと、俺はパートナーの契約を結んだのであった。
☆★☆★☆★☆★
「――狗山さんの能力の一つ。“絶対に狩る牙”は、10秒間、ありとあらゆる攻撃を無効化する力だと言われています」
「――もちろん、自由に使えるわけではなく、使用は変身後に1~2回のみ。それに加え、使用直後はヒーローエネルギーが逆流を起こして、肉体が弱体化してしまうと聞きます」
「――ただし、今、電極先生との戦いでご覧になって頂いたように、最後の土壇場、決着の間際において、絶対に狩る牙は“最強の武器”に生まれ変わります」
「――そのため、新島さんが彼女と戦う際には、10秒間、絶対に狩る牙の発動中は逃げまわるのが得策と言えるでしょう」
狗山さんの試験終了後――。
真白さんは黒板に向かって解説をする教師のような、朗々としたしゃべりを止めて、ふぅと息をついた。
話しすぎて疲れたのか、頬を少しだけ赤く染め、飲みかけのジュースを一気にちゅうううと飲み干した。
「ここまでで質問はありますか?」
「……ねーよ。ただ、説明を受けた今でも信じることができないな。
狗山さん、俺が前に見た時よりも、明らかに実力をあげてやがる……」
あれが。
あれこそがヒーローと呼ばれる存在なのだろうか。
そう。
ヒーローとして“あるべき姿”を、まざまざと見せつけられた。
狗山さんの動きは、そんな“格の違い”を思い知らされる、動きであった。
「ほめ言葉でもなんでもなく、目の前に起きた事実として、狗山さんは以前より格段に強くなってやがる。そりゃあ、ゲームじゃねーんだからさ、俺が必死に修行して鍛えているように、『相手も同じようにレベルアップしてる』のは当然なんだけどな」
それでも、なんというか。
“現実の壁”というやつを目の当たりにしたような。
始まりの街で経験値を貯めてたら、魔王も城でトレーニングを欠かさず行なっていましたみたいな。
そんな、やるせない気分にさせられてしまう。
言葉のうえではいくら良いことを言っても、心のなかではいくら威勢の良いことを並べても、結局のところ、現実は、これ以上ないくらいに非情にできている。
冷たくて、優しくなくて、機械的だ。
才能なきアキレスは、いつまで経っても先を行く亀に追いつけない。
奇跡や偶然は、信じた時点で負けなのだ。
「ショックでした?」
「……それなりにな」
ちょっと、ヘコんだのは確かだ。
ここでもし、俺が狗山さんはの成長を「アイツもよく頑張っているな、ハハハ」と讃えられれば、まさに一流の人間、カッコイイライバルになれるんだろうが。
もちろん、俺はそこまで人間として優れてないし。普通に嫉妬するし、天才肌の人間にありがちな「成長の伸び具合」をズルいとすら思う。
嫉妬心にうまく折り合いをつけられるほど、俺はまだまだ人としての出来は良くはない。
「……大丈夫ですよ」
と。
落ち込んでいるところに。ネガティブになっている俺の心に。真白さんの声がするりと入り込んできた。
「……正直、新島さんの強さは。今の狗山さんと同じくらいです」
「…………」
そんな彼女を――。
俺は詐欺師に出会ったような胡乱な眼差しで見つめ返した。
「な、なんで、そんなにジト目なんですかっ!?」
「いや、フォローにしては大げさすぎるし。てっきり『私のパートナーになれば、弱い新島さんでも、狗山さんに勝てますよー』とか続けて言うもんだと思ってたから」
「まあ、それは言うつもりでしたけど」
「やっぱりな」
「で、でもっ、私の言ったことは、お世辞でも嘘っぱちでもないですよ。
データ上においても、私の個人的な見立てにおいても、狗山さんと新島さんの強さは“五分と五分”です」
「……五分? 50%ってことか?」
「そうです。フィフティ・フィフティです。
狗山さんにまだ秘められた力がある場合はわかりませんが、その場合を考慮したとしても「6:4」ほど。
新島さんと狗山さんの実力は、新島さんが思われているほど離れてはいません。状況次第ではいくらでも超えることは可能です!」
「ふーん」
「あ、信じてませんね」
「んな、ことはねーけどな」
あれだけ壮絶な戦いを見せられたあとで、お前も同じくらいの強さを持っていると言われても、すぐに信じることはできないだろう。
だけど。真白さんは仕方ない、やれやれだぜ、とため息をつきながら、言葉を発する。
「――本当です、新島さん。あなたは自分の戦闘を“客観的に見たことがない”から知らないんです。映像で見れば、あなたの動きも狗山さんに決して劣っていません」
「…………そう、なのか?」
「何なら、新島さんの戦闘データをお見せしましょう。自分の戦いを確認するのも、いい勉強になりますよ」
そう言って、真白さんは俺の身体へと寄りかかり、ソファーに備え付けられたラックからリモコンを取り出す。慣れた手つきでスクリーンを操作する。
「――ご覧ください、新島さん。これがあなたのすがたです。そして、ここから先に進む手助けをするのが、私の役割です」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そーちゃんって基本的に、押しに弱いよね。本格的に一人暮らしをはじめたら、新聞とかお願いされた何件もとっちゃいそう」
――時を戻して夕飯時。
美月はコロッケを十文字に切断しながらそういった。
「んなことねーぞ、何回か来たけど、ちゃんと断ったし」
「ポケットティッシュとかビラとかすぐ貰うよね」
「それは、大変だろ。暑い中、あれを配り終えなきゃいけねーんだから」
「そう感情移入しちゃう時点で、周りに流されやすいと言ってるんだよ」
美月は呆れたようにつぶやく。これまでの会話の流れから察するに、どうやら美月は、俺が真白さんとパートナーを組んだのを、あまり快く思ってはいないようであった。
なんだろう。妬いているのだろうか。
彼女の反感の理由が“嫉妬”だとしたら、俺としては嬉しいかぎりなんだが。
「――安心してくれよ。真白さんは確かに可愛い女子だが、俺の好みじゃないから」
「? ……ああ、Cクラスの人って女の子なんだ」
「…………ぅ」
「しかも、可愛いんだ」
「…………ぅぉ」
思いっきり、墓穴を掘ったような気がするぜ。
「てか。そーちゃんて、基本的に受け身だよね」
「そんなことねーぞ、これでも決断力には優れている。常に脳内には選択肢が渦巻いている」
「決断するまでの過程は全部周りから用意されてるんでしょ。選択肢とかそんなのが浮かんでくる時点で、そんなのは決断なんて言わないよ」
美月は「そんなの」と二度繰り返しながら、そう言った。
「……きっついなあ。なんかイライラしてねー?」
「……してないよ。それに歯に衣着せぬ言い方は、信頼の証拠と思ってほしいね」
「勝手な信頼」
「うっさいー」
どうも会話がうまく交差してないような印象を受けるが、疲れた時の俺らの会話なんてこんなもんだ。
ツーカーどころか、聞き取り合う気すらしない。
だけど、分かり合える気はする。
そんなもんだ。
☆★☆★☆★☆★
「……任せるのは、いいけどよ。実際どんなことするんだ。えーっと。……Cクラスの実験体つーのは」
「はい、一言で言いますと、新島さんの能力の強化です」
あえて俺は『実験体』という言葉を、半ば厭味で、半ば試すような気持ちで用いたが、真白さんはとり合うことなかった。彼女は喜んで立ち上がり、俺の目の前に資料を並べた。
「――こちらは新島さんの戦闘能力を個人的に計測したグラフとなります。まとめる際にわかりやすさを重視したため、いくらか細かなデータが抜け落ちていますので、詳細を伺いたい場合はおっしゃってください」
同時に、真白さんはリモコンをぽちっと押す。
すると、スクリーンの半分に、俺の見ている資料と同じ物が、
もう半分に俺の一次選考会の戦闘映像が流れはじめた。
俺はホチキスで何枚止めかにまとめられた資料を手に取る。
そこには身長・体重から、細かな俺の戦闘データがいくつかのグループ分けのもと、記載されていた。
特筆すべきは、戦闘能力に関する項目だろう。
資料には以下のように記載されていた。
新島宗太
攻撃力:C
防御力:B
敏捷性:C
持久力:B
ヒーローエネルギー:C~S
「攻撃力、防御力、はおそらく説明なしで大丈夫だと思います。敏捷性はスピード、速度のことですね。持久力は体力だと思ってください。ヒーローエネルギーは戦闘中に使えるエネルギーの総量のことですね。いっぱいあれば、能力がたくさん使えます」
「……この、ヒーローエネルギーがすげー大雑把なのは?」
「普段の新島さんでしたら、“C”くらいのエネルギー量で限界を迎えるのですが、たまに何というか、気合か何かでエネルギーが“S”にはね上がることがあるので、このようにしました」
「き、気合……。なにそれ、よくあることなのか」
「いえ、普通ありえないですが、何なんですかねー。計測機を見ると、矢印がグチャグチャに動いてしまうんですよね」
「ふーん」
しかし、いつの間に、こんなデータを……。しかも、簡単に引き出せるところに。
もしかして、もともとプレゼンのために準備していたのだろうか。
だとしたら、随分と手回しが早いな。ポジティブにとらえれば、それだけ真白さんが有能ということだが。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そういや、りょーこちゃん一次選考突破したってー」
「ん、本当か、おめでとう」
風呂からあがってきたばっかりなのか。身体からホカホカと蒸気をあげている美月は、携帯片手にそう報告してくれた。
「なんだか、そっけないね」
「ん、狗山さんなら、一次選考くらい勝って当たり前だろ」
「それも、そっか。でも、りょーこちゃんもそこそこ大変だったみたいだよ」
「そこそこねぇ……」
あの程度のピンチでは、彼女は“そこそこ”と言い切ってしまうのだろうか。
美月相手だからだろうか。わからん。
「すごい、戦いだったんだろうなー、GWの頃に見たと思うけど、変身後のりょーこちゃん本当にカッコイイんだよ」
「…………」
さすがにリアルタイムの試合を見てきたとは口には出せなかった。
戦闘データを無料で見てることは、極力、言いふらさないように真白さんに言われた。
まあ、後日、全面公開するといっても、特別に見せてもらっているという事実には変わりないので、あまり大っぴらにできることでもないのだろう。
狗山さん本人には、そのうち伝えるつもりだが、他の人に言いふらすほどのことじゃない。
(つーか美月に言った場合は――)
『……覗き魔』
『……盗撮犯』
『……ストーカー、のぞき屋』
『……警察にはもう連絡しておいたから』
と、ボロクソに言われる未来が見える。すんごい見える。
(それは避けよう……)
俺はそのまま、しぶしぶと狗山さんの自慢話を、美月から聞くこととなった。
☆★☆★☆★☆★
「ちなみに狗山さんの能力はこんな感じです」
見ていいのか? という疑問は浮かび上がり真白さんに尋ねたが、別に隠している情報ではないそうだ。俺は素直に資料を受け取った。
狗山涼子
攻撃力:A
防御力:B
敏捷性:S
持久力:A
ヒーローエネルギー:A
「……やっぱ、強いな」
防御力以外は、全部俺を圧倒しているじゃないか。
「……そうでもないんですよ。先ほどの新島さんのデータ、ありますよね。これを新島さんの強化モードに変えてみます」
新島宗太
攻撃力:C → A(強化モード時)
防御力:B → A(強化モード時)
敏捷性:C → A(強化モード時)
持久力:B
ヒーローエネルギー:C~S
「そうか、ボタンを押すと……」
「はい、肉体強化を施した際の新島さんは、狗山さんとそれほど変わらないんです」
俺の能力強化。右腕、左腕、右ひざ、左ひざ、についたボタンを押すと青く輝き、その部分の肉体が強化される。
さらに、“超変身”をした場合は、この肉体強化が全身にほどこされる。
「って、ことは……超変身の状態なら、ステータス上は、狗山さんのスペックとそう変わらない、ってことか」
裏を返せば、超変身でもしない限り、狗山さんと対等に渡り合えないってことか。
「あくまでデータ上の基準ですけどね。実際の戦闘では、その日の体調や、戦う環境によっていくらでも変化する可能性はありますから」
「百メートルを9秒フラットで走れる選手がいたとして、毎日まったく同じタイムをたたき出せるか? というとそうではありません。10秒の日もあれば、逆にもっと速い日もあるでしょう」
俺はふうんと資料に目を通しながら聞く。真白さんは「……ただ、」と逆接から入り言葉を紡ぐ。
「……ただ、忘れてはいけないのは、真の一流と呼ばれる人間は、“ここぞ”という時に、9秒フラットオーバーを必ず出してきます。
自分の最高のパフォーマンスを、必要に応じて発揮できる“再現力”です。この力を持つものこそ真の一流です」
狗山さんがその領域に達しているかはわかりませんが、と真白さんはそうバランスをとるように言い終えた。
「だとしても……俺は、このデータを、目がある。――勝つ可能性がある。と見ていいんだよな」
すると、真白さんは軽くため息を吐いた。
「それを……前から言っているのです」
そして、真白さんは言葉を続けた。
「新島さんが次の選考に挑むまで、10日間ほど時間があります。
10日です。10日。
この期間のうちに、この強化モード時『A』の値を、『S』に限りなく高める実験を行います」
◇◆◇◆◇◆◇◆
「そーちゃんはさあ。なんで強くなろうと思ったの?」
「ん?」
時計も22時を回り始めた頃。
最近の俺は23時には布団につくようにしているから、そろそろ寝る時間だ。
なので、いつまでの帰ろうとしない美月をどうやって追いだそうかと思案していると、彼女からそんなことを言い出してきた。
「いや、この高校に来てから一生懸命で、すごいなあとは思うんだけど、そーちゃんを動かしてるものってなんなのさ」
「なんなのさ」
「真似すんな、ばか」
俺が大きなアクビをする一方で、美月はまだ眠くなさそうだ。
むしろこっからか私の活動時間だぜ、って感じのテンションだ。高校にあがってからはほとんど夜更かしをしなくなった俺からすれば迷惑なテンションである。
「なんだろうなー。最初は、理事長の話に感動して、やってやるぜ、って気持ちになって。それから、なのかな」
「要領を得ないなあ」
「まあ、ノリだよ。ノリ。むしろ、これが俺の持ちえる“意志”だと思ってほしいな。天上の輝く星と等しき、我が心の内なる道徳律」
「ふーん、意志かぁ。強くなることってそんないいものなのかな」
「どうだろうな、便利ではあると思うぜ。いいヒーローになれるし」
「便利ねぇ……爆弾よりも、ナイフのほうが使い勝手はいいと思うけど」
「難しいことは知らねえよ。ただ、俺はそうしたい。細かな理由付けなんて意味ないよ。そんなもんだ」
「ふーん」
☆★☆★☆★☆★
「……『A』を『S』にか。ハッタリにしては面白いけど、俺はそれで強くなれるのか?」
「なれますよ。――というか、私がそうさせて見せます」
俺は考えていた。
今後の狗山さんとの戦いのこと。英雄戦士チームの選考会を勝ち抜くこと。
チームに選ばれて、成長していくことになってからのこと。
ついでに、美月のことも。
俺は強くならなきゃいけないのだ。美月のためにも。ヒーローになるためにも。
すると、真白さんの雪のように白い右手が、ゆっくりと俺の前に向けられた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
布団で横になりながら、俺は考える。
今後のこと。選考会のこと。将来のこと。
近い未来から、遠い未来まで。
(勝ちてぇな……狗山さんに)
そして、美月のためにも――。
俺は思う。
この世には“才能の限界”と呼ばれるような概念が存在しているように思う。
能力の限界。――終着点。
ゲームのパラメータみたいに可視化できる形でない“それ”は、自分では計りようのないものだ。
何もない空間を相手に、ものさしを構えているようなものだ。
優秀な人がいる。愚鈍な人がいる。
有能な人がいる。無能な人がいる。
だからこそ、人生は面白いという人もいるだろう。
だからこそ、希望があるんだし、絶望もあるんだろうと、いう人もいるだろう。
だが、それでも願わくば、もしもこの世に規定化された“才能の限界”があるのならば。
それが見えないシステムとして機能しているのならば。
俺はそのシステムを――超越してみたいと思う。
あいつにしてはよくやった。
大体これくらいだろう。
それなりの実力だな。
想定の範囲内だ。
そんな見切りをつけることなく。そんな他人に数値化されることなく。
自由に。自在に。
限界を超える人間になりたい。
俺は思う。
俺が真白さんのことをパートナーにしようと、“俺の意志”で決めたのは。
彼女が、俺と同じ信念を持つ人間だったからだ。
☆★☆★☆★☆★
「一つ聞きたいんだが、アンタは、どうして、『最強のヒーローを作ろう』と考えてるんだ?」
「……?」
「正確には、どうして『自分が最強のヒーローになろう』と考えなかったのか?」
真白さんの話を初めに聞いたときに浮かんできた疑問だ。
自分を強化するか、他人を強化するか。
これは単純に指向性、もとい嗜好性の問題かもしれないと思えたが、俺はどうしても聞かずにはいられなかった。
想定外の質問だったのか。真白さんは一度、困ったような顔を見せた。
すまなかったな。
そう思い質問を取り消そうとすると――。
彼女は真剣な眼差しで。ゆっくりと。語りはじめた。
「……正確には、私は『最強のヒーロー達』を生み出したいんです」
「達?」
「量産される最強――才能に左右されることなく、適正に縛られることなく、限界に絶望することなく、誰でも、どんな人間でも、弱かろうが駄目だろうが、そんなもの関係なしに。オール999レベルの能力オール“S”のカンストを、全ての人間に達成させる。そんな『最強のヒーロー達』を生み出したいんです」
「…………ん、なことが。」
そんなことが。可能なのか。というか、最強っていうのは「最も強い」っていうことだろ。
そんなもの。もはや、最強でもなんでもないんじゃ……。
「今、何人も最強がいてはおかしいと思いましたよね?」
真白さんの台詞に、俺はコクリと頷き肯定する。
「それでもいいんです。むしろ、それがいいんです。私が目指すのは、全人類同率一位の世界ですから」
「ぜっ……!」
ぜ、全人類、ど、同率一位……。
「例えばテストの点数でランキングをつけた場合、クラスメイトが全部100点だとしたら、それは皆が一番ですよね。それと全く同じ論理です」
「な……」
なんて、馬鹿な……。
とは俺は思った。確かに思った。
仮にそんな世界があるとすれば。それはどうなる? どうなってしまう?
それは本当にいい世界か……? 悪い世界だと断言することはできないが、間違いなく世の中はおかしくなる。
アキレスは先を行く亀を飛び越える。
そんなもの想像することすらできない。
「無論、こんなものは理想論です。私の理想を完璧完全に実現できるとは思っていません。ただ、私は許せないんです。――才能がある人がいて、才能がない人がいて。努力してもどうしようもなくて。それがうまく言えないですけど“見えないシステム”として規定されている世界の現状に」
「…………」
「私は単純に。至極単純に、このどうしようもない世界のあり方に、反逆しようとしているだけです。ささやかな逆襲劇を仕掛けているだけなんです」
「…………」
俺は口を開くこともなく、真顔で彼女を見つめていた。
真白さんはあまりにも素直に、心の中を晒してしまったことに羞恥を覚えたのか、わずかに顔を赤らめて、もじもじとした。
そうだ。
そういや、この娘は、本当はおとなしい娘だったんだっけか。
「あ、あはは……まあ、そんな感じです。せっかく、人間の限界に挑めるような学校の、それも研究機関たるCクラスに入ったなら、これくらいしようと思いましてね。い、いやあ、慣れないですね。ぶっちゃけるのって。前にクロさんにも似たような話をしたんですが、いやー、恥ずかしくって、恥ずかしくって」
気がつけば俺は。
真白さんの手を握っていた。
「ふぇっ……!?」
真白さんは驚いたように俺の顔を見る。
身長差的にどうしても上目遣いになる。
白い肌。黒い瞳。すぐにでも壊れてしまいような手。
だが、その心のなかに秘められている“信念”は、どんな攻撃であろうとも打ち砕くことはできないだろう。
そう思えた。
思えた。が故に。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(さて、第二選考までまだ10日か……)
時間はまだまだ十分にある。
一分一秒を全力で生きている俺にとって、一週間以上の猶予とは、もはや永遠に等しい時間のように感じられた。
(ならば、早く寝るか。明日は久々に早朝ランニングをしよう)
と、目覚ましを30分早回しにして、俺は眠りへとついていった。
☆★☆★☆★☆★
「気に入った」
俺は真白さんの手を両手で握りしめながら、そう言った。
「俺はあんたのパートナーになろう。真白さん」
「お、うぉぉおおお……! に、新島さん……」
真白さんに顔をぐいっと近づけながら、そう約束した。
「俺はその実験一号というわけだな。面白い。あんたの力を見せてくれよ」
「は、はぃ……」
真白さんはいきなり合意に成功して、驚いているのか。
顔を赤らめながら、目をそむけてきた。
「実験ね。実験。まあ、いいだろう。ヒーローに怪しい実験はつきものだ」
俺は真白さんから手を離して、サッと後ろを向き、この不可思議な室内をグルリと眺めた。
後に、顔だけ振り向いて、真白さんに微笑んだ。
「――――新島宗太は、改造人間である。そう言えるような、働き、期待しているぜ」
そうして、六月の上旬を持ってして。
俺は新たな仲間を獲得した。
真堂真白をパートナーに据えた新島宗太、つかの間の休息を享受する彼のもとに、かの《情報崩竜》が再来を果たす――!
次回「第56話:ヒーロー達のスパイ大作戦(仮)」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。