第54話:ヒーロー達の伝説の時間
『さあ、狗山さん。――試合、再開といきましょう』
暗雲の中を佇んでいる電極先生――変身名《電動兵器》のロボット先生。
その姿はまるで天から舞い降りた雷の神様のようであった。
あまりにも非現実的な光景、非日常的な場景に、流石の狗山さんも、数刻のあいだ口をポカンと開けたまま見上げる。
が。
やがて。
ヒーロー後も変わらず凛々しい口元を、ゆっくりと微小に変えた。
『――ふふ、お噂はかねがね伺っております。実際にその姿を拝見できるとは思いませんでした。――電極超人のスパーク・ロボ先生』
と、丁重な台詞とは裏腹に、狗山さんは銀色に輝く巨大な剣を、真正面から堂々と構えた。
巨大ロボットVS小柄な戦士。
体格差は圧倒的であり、質量差は絶望的だ。
しかし、それでも。
狗山さんならば。彼女の持つ力ならば。体積や重量の限界なんて超えてしまうのではないか。
そう自然と思えてきてしまうのであった。
「……真白さん、あれが電極先生の“真の姿”ってわけか」
「はい、電極先生――もとい、雷山一極先生。1991年生まれの現在27歳。
2000年代後半における、太平洋沖での海獣大災害、オセアニア大陸周辺のクラーケン襲撃など、海上を舞台とした“大型怪獣の殲滅”を専門として行なってきた、個人ヒーローの俊英の一人です」
「その余りにも“広域破壊”に優れた能力故に、大規模戦闘、超集団戦闘、以外での出撃回数は非常に少なく、その存在自体は有名ではありませんが……有名な大戦にはほとんど顔を出していると聞きます」
「そいつは……」
そいつは……なんとも偉大な御方だったのか。
知らなかった。
俺はHRや授業で、夜更かしをして眠そうな電極先生とか、紅先生にフラレて凹んでいる電極先生とか、そういった“日常の先生”の姿はよく見知ったものであったが、
ヒーローとしての彼の姿を見るのは、これが初めてであった。
「なので、周囲に気兼ねすることのない――ゲーム世界の湖上ステージ。
これは電極先生にとってホームグラウンドのようなものでしょう」
真白さんがそう言い切るのと同時に。
画面上では進展があった。
戦闘が動き出す。
電極先生は、超巨大な両腕を天空へと掲げながら、勇壮に宣言した。
『さあ、雷鳴の如く、輝かしい戦いにしましょう――!』
両腕からレーザーの如き電流が放たれる。
暗黒の雲へと伸びる。
エネルギーを充填するように。
注がれる。
黒雲が雷鳴を轟かせる。
明滅を際限なく発生させる。
ひたすらに渦を巻く。
そうして、世界の終末のような光景とともに、神の裁きのような輝きが――。
『――――衛星兵器式無限雷撃、始動ッ!』
無数の雷が、空から襲来を果たした。
☆★☆★☆★☆★
光のシャワーだと思えばいい。
夜空の流星群だと思えばいい。
問題は、その一つ一つが、破滅的なまでの攻撃性を備えていることであった。
『――変身名《血統種》、種類『受け継ぎし者』――――絶対に駆ける後肢ッ!』
狗山さんは駆ける。
両足をケモノのように加速させる。
右足を踏み出し、踏み終える前に左足を前に出す。
さらに左足を踏み終える前に、右足を出す。
そんな漫画の世界でしかお目にかかれないような動きで、彼女は空を駆ける。
だが、空はすでに彼女の味方ではなくなっていた。
荒ぶる暗雲。電極先生の上空に位置する黒色の雲は、彼から注がれた電力を元に、土砂降りのように雷を落としはじめた。
『――狙い、定めるまでもない。すでにこの空域は、この世界は、私が制圧しました』
無限のごとき、雷電。
空から迫り来るレーザー。
飛来する。
その一発一発は、電極先生が初見に放ったレールガンと同等、いやそれ以上の“ちから”を有している。
威力、密度、速度、あらゆる観点において、従来の電極先生の雷撃を凌駕している。
だから強い。食らうまでもなく。
だから速い。見るまでもなく。
『――――ッ! 凄まじいぃ……――!』
その強烈さに闘争本能剥き出しの声を漏らす。
狗山さんは空中にて、頭上へと迫り来る幾多の雷を避けていた。
彼女の体格を優に超える巨大なレーザー群。
水面に直撃するたびに、一瞬で水分を蒸発させ、巨大なクレーターを生み出す。
蒸気は熱を持ち、まるで活火山のように煙を吹き散らす。
彼女はもう理解していた。地表はすでに歩くことのできない領域に達していると。
『――ならば、私は駆けるのみだッ!
変身名《血統種》、種類『受け継ぎし者』――――絶対に斬れる前肢ッ!』
狗山の巨剣が赫色に染まる。鮮血の色だ。
あまりの鮮やかさに画面からはまともに視認できない。
狗山さんは空中を舞いながら、自らに迫り来る雷撃を斬り刻む。進む。
一刀両断。
一刀両断。
道がなければ、道を作ればいい。
狗山さんは雷撃を斬り抜けながら、空気を掻き分け、電極先生へと特攻する。
『うおぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおおぉおお――――ッ!』
最後の稲妻を斬り裂くと、そこには電極先生の姿があった。
白色の両椀、赤き翼、重層な機械の身体。
そこには電極先生の姿があった。
――拳を大きく振りかまえた電極先生が、待っていた!
『――これは効きますよ。ご注意ください』
巨大隕石みたいな。
右腕が。
狗山さんに。
肉薄する。
『――――……ッ!』
思わぬ反撃。
想定外の待ち伏せ。
あれほどの広域破壊をしながらも、本体も自由に動けるのか。
狗山さんから焦りのオーラが見える。
今回の勝負で初めて狗山さんから“恐怖”の気配が生まれた。
『――ご安心ください、ただの右ストレートです。まあ、高層ビルとかなら一発で破壊できますけど』
拳が迫る!
狗山さん目掛けて。
咄嗟に彼女は走る足を止め。
正面の何もない空間を蹴り出す。
そのまま二度踏み出す。
斜め前から接近する右腕。
その攻撃を避けるため。逃げるため。
彼女は眼前の空間を地面として蹴り出した。
『――――…………ッッツ! うおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおぉおおぉッッ!』
獣のような咆哮。
電極先生の右腕が数十センチ近くを通過する。
何かが爆発したときのような圧倒的風圧。
風が飛び、強烈な圧迫感が直近を過ぎ去り、同時にその事実故に、狗山さんは安堵感を得たかと思うと。だが、すぐにその安寧は崩壊を迎えた。
『――――軽く、痺れてもらいますよ』
突如、避けたはずの右腕から――渦巻く竜巻のような電気が流れはじめた。
狗山さんの苦悶をあげる声。
直撃、電撃。
体力ゲージがHP『1120/2000』、HP『980/2000』、HP『720/2000』と減少を開始する。
電撃が一度直撃すると、痺れた状態のまま、連鎖的に次の電撃が迫り来る。
無限連環。呪縛の如し。意識を保ち、逃げない限り、狗山さんの体力は減る一方だ。
ついに体力ゲージがHP『470/2000』に到達する。
電極先生のHP『440/2000』とほぼ同値だ。
「マズイッ!」
俺は叫んだ。マズい、電撃の連続技は厄介だ。これ以上ないくらいに厄介だ。
一度食らえば二度目も食らう。二度目も食らえば十度も食らう。
一対一のタイマンである以上、僅かでも行動不能に陥ってしまうと、そのまま連続で攻撃を受けてしまう。
まるで人形だ。これじゃサンドバックだ。
「狗山さんッ!」
俺は声を上げる。
彼女にその声が届いたかわからない。いや、そもそも届くわけがない。
ここはゲームの外なのだ。空間を、位相を、世界を隔てている。
言葉どころか、意志すらも通じない。
だが、
だが、
それでも彼女は応えた。
『――――おうッ! ここで、終わりはしない。私の意志は、潰えないッ!』
狗山さんは痺れでマトモに動かない右足を前に向ける。
そのまま強靭な意志のもと、勇猛な意識のもと。
彼女は、敢えて、雷に向けて、その一歩を踏み出した!
『――――絶対に駆ける後肢ッ!』
狗山さんはいきなり電極先生の生み出した電撃を足場にして、急速な退避を行った。
足裏にロケットブーストでも備え付けてそうな、強烈なキックで狗山さんは飛び出す。
蹴り出し、グルンと、一回転して、方向転換を済ます。
右腕の電撃の包囲網から脱出することに成功する。
体力ゲージはHP『440/2000』を指している。これは電極先生のHP『440/2000』とまったくの同値である。
『――――ここで逃げ出すとは流石です。やはり、貴方は……十分に恐ろしい相手ですよ、狗山さん』
電極先生は先刻と変わらぬ様子で、空中に浮かんでいる。
雷撃は収まることは無さそうで、電極先生の右腕の攻撃範囲外に逃れた今でも、彼女は暗雲から落下する雷の回避を続けている。
『――だけど、その勝負ももうすぐ決着です。もはや、私に勝つ術はないでしょう』
電極先生は油断しない。
自分の攻撃から抜け出した狗山さんに、変わらず冷静に強烈な雷撃を放っている。
今は華麗に避けているが、ヒーローの体力も無限ではない。
後は消耗戦だ。
電極先生は手を抜かりなく、雷撃を続ければいい。
それだけでいい。
この区域を制圧した時点で、電極先生の勝利は確定したも同然なのだ。
そう。
後はもう詰めの作業だ。
少なくとも。
電極先生はそのように確信しているはずだ。
――だが。
『――――……ふっ』
絶望を鼻で笑うような声。
余裕に満ちた声。
そんな声が、ありえないはずの声が、狗山さんから聞こえてきた。
『――――残念ながら、電極先生。勝負はまだ決着していない』
巨大な剣を構え直し、雷撃から退避しつつ、狗山さんは堂々と言い切る。
『――――なぜならば、私はまだ勝利していないからだ』
あくまで傲慢に。
あくまで不遜に。
狗山涼子は確信を持って口を開く。
『――――私には、戦うべき相手がいる。この一時選考を突破し、相対すべきヒーローがいる。そこに私の守るべき存在がいる』
狗山さんは歩みを止めない。
『私は負けない。私は止まらない。たとえ百万の雷撃が空から降り注ごうとも、私の行く手を阻むことはできない』
鮮血の赫に染まった巨剣で雷撃を振り斬りながら。
彼女は断言する。
『――私の体力ゲージも4分の1を切った。私も本気をお見せするとしよう』
『……さあ、伝説の時間の始まりだ』
☆★☆★☆★☆★
狗山涼子の動きには迷いがなかった。
――否、彼女が判断に“迷う”などという状況が、これまで一度として起こり得たことがあっただろうか。
しかし、彼女がいかに決断力に優れたヒーローだとしても、今の狗山さんからは『そうするのが当然だ』といったようなある種神がかりめいた“確信”が宿っているように感じた。
空を駆ける。黒雲から降り注ぐ無限の雷の中を狗山さんは最短距離で駆け抜ける。
以前、俺は彼女の走りのことを“疾風”のようだと表現した。
とんでもない。
今の彼女は――音すらも超える。
(――……速い。もはや変身しないとまともに視認できねーな)
決して雷が遅いわけではない。
雷撃たちはまさしく衛星兵器のようにノータイムで空から射出され、コンマ数秒で地面へと到達する。
だが、だが、それでも間に合わない。
それでも、狗山さんの動きにはついていけない。
『――――変身名《血統種》、種類『受け継ぎし者』――絶対に斬れる前肢!』
狗山さんらしき残像の一部が、赫色に染まる。
彼女の咆哮と、彼女の色の変化にて、ようやく巨剣が強化されたことを理解する。
「――おそらく、このぶつかり合いが最後の勝負となるでしょう。狗山さんも能力の連続使用には限りがあるはずです。もう……、巨剣の力は使えないはず」
能力を発現させながらも、狗山さんは雷を消し去らない。
無駄な力は使わない。
そう言っているようである。
電極先生も狗山の接近は避けたいのか、両腕を振り上げ、黒雲を操作する。
『――なるほど、“線”で駄目ならば、“面”で狙うこととしますかッ!』
両腕を一気に振り下ろす。
半径数十メートル規模の巨大な光の柱が――否ッ!巨大な雷が大地そのものに降り注ぐ!
轟ッ!
避ける意味などないように。
逃げる場所などないように。
狗山さんを含めた周囲の空間そのものを、彼の雷電で埋め尽くした!
『――――衛星兵器式無限雷撃、始動完了!』
そう後付けるように口にする。
後には何も残らない。赫色の巨剣で斬り裂ける範囲を超えている。
だが、
だが、だが、だが。
「まだ、狗山さんは終わっちゃいねえだろ」
彼女の体力ゲージは尽きていない。
世界が――ゲームのシステムがまだ、彼女の敗北を告げていない。
そうだ。
ならば。彼女は生きている。
まだ。この世界で生きている。
光が消える。雷電の瞬きが失われていく。
そして彼女は。狗山涼子は。
『……変身名《血統種》、種類『受け継ぎし者』――――絶対に狩る牙……!』
そして。
『――――伝説の時間、開始』
黒雲の中から、黄金色に包まれた狗山涼子が、颯爽と現れた。
☆★☆★☆★☆★
(黄金――何故ッ!?)
当然とも言うべき疑問が浮上した。
電極先生も同じ疑問が起きたのだろう。
逃げるべきか。受けるべきか。迷いが生じた。
「いえ、違いますね。電極先生は知っているはずです。あの力の怖ろしさを――。
ならば、彼を迷わしているのは教師としての“あり方”です。
――――ここで引いては、指導者としての矜持に関わるのではという葛藤です」
真白さんの言が正しかったのか、今でも判らない。
しかし、電極先生は逡巡しつつも、戦うことを選んだ。
両腕を正面に向ける。
赤き翼を全開にする。
あらゆる雷撃。あらゆる異能をもってして。彼は狗山さんに攻撃を与えた。
――だが。
『――――6秒28。あと3秒72足りなかったな。電極先生。私の勝利だ』
ゆっくりと。
いや刹那の一瞬の中で。
圧縮された時間の中で。
狗山さんは電極先生の眼前へと降り立った。
ダメージは受けていない。
ダメージは受けていない。
無傷のまま、電極先生の機械の身体の上に着地する。
『――――8秒72。さあ、伝説の時間の終わりだ――』
終わりはいつだって唐突だ。
そう言わんばかりに。
狗山さんは巨剣を大きく振りかぶる。
『――――時代は移り、意志は受け継ぐ』
振り下ろす。電極先生の体力ゲージがHP『0/2000』に達する。
ゲーム世界のシステムが試練の終了を告げる。
電極先生は変身を解除し、ゆっくりと浮島に不時着する。
狗山さんもそれに合わせて浮島に降り立つ。
英雄戦士チーム選考会。
一次選考会。
最終試練。
エントリナンバーNo.5。
1年Sクラス狗山涼子。
彼女が――勝利に達した瞬間であった。
一次選考会を勝利に収めた狗山涼子、彼女の戦いを目の当たりにした新島の決断とは、そして真堂真白との関係はどうなるのか――!
次回「第55話:ヒーロー達の交差する物語」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。