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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第4章 運命動乱編(前編)
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第51話:ヒーロー達の司令官クラス

 一面の星空が降り注ぐ中で、鴉屋クロはこう言い切った。


「――貴方の運命はここで変わる」

「さーて、戦いの始まりだ。――――――真相を崩していこう」


 左手を腰に当て、右手の人差し指を『バシッ!』と俺の目の前に突き出す。

 壁に敷き詰められたスクリーン群の光により、彼女の表情は正確に視認できない。

 表情が読めない。

 その事実に俺は思わずゴクリと息を呑む。

 数刻の後、彼女はこう続けた。



「………………決めポーズ終了ー」



 パンパン、と両手を叩くと、星空が失われ、夜の帳が消えて行く。

 薄闇に近かった室内に明かりが付けられたのだ。


「じゃー、私はショウちゃんと打ち合わせあるからー」

「お疲れ様です、クロさん」

「おつー」


 鴉屋クロさんはまぶしいのか両目をこすりながら去っていった。


 な、何だったんだ、今のは……。


 いきなりの摩訶不思議体験に俺が呆然と立ちすくんでいると、奥のドアに消えようとしていたクロさんが、顔だけコチラに出してきた。


「新島くん、どうー? 今の、私、カッコよかったー?」

「え、……ええ、まあ、(ちょっとは)感動しましたけど……」

「ふーん、…………ふーん、ふーんふーんふーん」


 と、クロさんは無表情のまま口元だけニュッと動かして、何か気に入ったのか。


「おーけー、一次選考会のデータは無料ただで見ていいよ。どーせ来週には一般公開しちゃうつもりだし」

「は、はぁ……」


「そんじゃあねー、私の『鳥取砂丘ファルコンリー・サンド』を馬鹿にした件は許してやるからー」

「――――――っっ!」


「ではではー」


 と、やる気のない声を響かせながら右奥に備えられたドアの中に入っていった。




「な、何だったんだ……」

「――鴉屋クロさん、英雄戦士チーム選考会において事実上一番えらい人ですね」

「いや、それは知ってるけどさ」

「ご存知でした?」

「いや、一番偉いことまでは知らないけど……」


 姉の鴉屋ミケさんだっけ、あっちは偉くないのか。

 いや、ミケさんは司会担当なのか。だとしたら、実質上の最高権力者はクロさんということか。もしかして、今のはとんでもない出会いなのかもな。


「つーか、真白さん」

「はい」

「――アンタは何者だよ」


 真白さんは息を呑んだ。


 当然の疑問である。いきなり運営本部に連れてこられたのもそうだが、目の前で狗山涼子さんがリアルタイムで戦っているのもそうだが、鴉屋クロさんが登場して自己紹介してくれたのもそうだが、そもそも真白さん。


 アンタは一体、何者だ。


 真白さんはビックリしたような顔をしたあと、少しだけ困ったような顔をして、それから少しだけはにかんで、最終的には落ち着いたような表情になった。


「――真堂真白、Cクラスに所属する『最強のヒーロー』の実現に奮闘する普通の女の子ですよ」

「……いや、それは知ってるけどさ」

「ご存知でした?」

「普通ってのは知らなかったよ」


 だったら、と真白さんは付け加える。


「だったら、それが全てです。私の全て。本当は隠された過去があるんだとか、スゴイ権力が背後にいるだとか、実はめちゃくちゃ強いだとか、そういうことはありません」


「…………」


「真堂真白に、背景はありません」


「…………んな、ことを言われてもな」

「だとすれば、新島さん。私は――貴方と同じですよ」


「……俺と同じ?」

「はい、私は、入学してから――ただひたすらに、夢のため、努力してきたんですよ。そしたら本当に運良くクロさんの目に止まって、今はこうして簡単なお仕事を任されているんです。新島さんが強くあろうと『意志』を持った結果、偶然、生徒会長の目に止まったように」


「………………」


 人には。それぞれの戦場がある。と何となく俺はその時思った。


 俺はDクラスとして、ヒーローとして戦う世界がある。

 同じように、真白さんにもCクラスとして、司令官として戦うべき世界がある。


 そう感じた。


 世界は一つではない。無数の世界の重なりあいで、世の中は生まれている。


 そう思った。


 今の真白さんは如何にも自信なさげで、それでいて姿勢と表情だけは、真剣なものを作り出そうとしていて、例え演技だろうとも、その演技を行なうための、その努力から垣間見ることのできる懸命さが俺の胸を打つ。


 真白さんは真正面から、真っ直ぐに俺を見据える。


 ゆっくりと、一礼をする。


「それでは、あらためてご説明します。――新島さんをお呼びした理由、Cクラスの存在、そして、私の目的を――」



 ☆★☆★☆★☆★



「――ヒーロー特別養成制度?」

「正確には、Cクラス専用ヒーロー司令官特別養成制度、のことです」

「……長い割に、要点が掴めにくい名前だな」

「よく言われます」


 真白さんは、笑う。


 ヒーロー特別養成制度(略称は『HSTS』)とは、Cクラスの一年生が二学期になった際に施行される制度のことで、その内容は「他クラスのヒーローをパートナーとして選ぶ」というものらしい。


 Cクラスとは、司令官・発明家・事務員など、ヒーローを裏からサポートする人間たちを育成するためのクラスである。


 自己ではなく、他者。

 ヒーローの能力を最大限に引き出す能力が、Cクラスでは要求されることになる。


「……作戦計画の立て方、ヒーローの指揮管理の方法、多様な装備の扱い方、怪獣の最適な撃退法、あらゆる運転技術の習得から、基本的な事務処理技術まで、幅広い分野を学ぶことになります。――――これらは、大抵は『座学』を中心として学ぶことは可能なんですが、……しかし」


 と、真白さんはそこで言葉を区切る。


「Cクラスの最大の目的であります――ヒーローの能力を最大限引き出すこと――この目的を達成するためには、どうしても、『本物のヒーローの協力を得る』必要があるのです」


 ヒーローの協力を得る。

 そりゃあ、まあ、当然の成り行きといえるだろう。

 むしろしなくてどーすんだって感じだ。


 野球の監督が、野球チームを持たないようなもんだ。

 馬の調教師が、馬に触れたことがないようなもんだ。


 ヒーローの司令官を目指す者が、ヒーローと関わらなくて何ができるっていうんだ。


「…………だからこその、ヒーロー特別養成制度か」

「Cクラス専用ヒーロー司令官特別養成制度です」

「どっちでもいいよ」


 俺は、笑う。

 ちなみに今の俺たちは、Cクラスの秘密基地――『星空のマンション』の中で、フルスクリーンの映像を前にして狗山さんの一次選考の戦闘を眺めていた。


 どこから取り出したのかソファーに座り、仲良く二人でビデオ鑑賞会だ。

 奥の部屋には、お菓子とジュースもあるらしく、クロさんの部屋にお邪魔して、ポップコーンとコーラの拝借までしてしまった。


 画面上の狗山さんは、何一つ無駄のない動きで、怪獣を圧倒している。

 強者とは何か、を痛烈に教えてくれる。

 もう数分もすれば勝利が確定することだろう


 鑑賞を続ける中で、真白さんはゆっくりと口を開く。


「本来、こうしたCクラスと他のクラスの協力制度は、二学期からスタートとなります。夏休み明けが開けたら、パートナーとなるヒーローを決めるのですが……」


 真白さんは口ごもる。俺には何となく『その先の言葉』が予想できた。

 二学期からCクラス全体に施行されるパートナー制度。

 真白さんの俺に発した「実験体」という言葉。


 推理すら、要らない。

 至極簡単な論法だ。



「つまり、真白さんみたいに、『事前にヒーローの目星をつける生徒』もいるわけだ」



 真白さんは無言で頷いた。

 数ヶ月後、ヒーローをパートナーに選ぶ制度が始まる。


 その選定方法は知らない。が、お互いの合意が必要であることは間違い無いだろう。

 ならば、それならば当然、二学期になる前に、公的にパートナーを組む前に、能力の高いヒーローを奪われる前に、『優秀なヒーローを先取りしたい』という気持ちに駆られるのは当然だろう。


 俺がCクラスの生徒だったら、間違いなく、そうする。


「……こうした『ヒーローの取り合い合戦』は毎年恒例のことだというのは聞いているんです。ただ、今年は特に酷いことになってまして」

「今年?」


「はい、英雄戦士チーム選考会の影響です」


 ……なるほど、英雄戦士チームね。

 俺たちヒーローが英雄戦士チームに入ることを目指すことと同様に、Cクラスの生徒たちは、自らのパートナーを英雄戦士チームに入れること、を目指しているのか。


「だから、あんなに英雄戦士チームの参加者が多かったんだ」

「はい。もちろん、私みたいな運営担当としての参加者もいますけどね」


 立場が変われば、戦い方も変わる。

 俺たちヒーローが、英雄戦士チームに入る強さを目指すように、

 彼女たちも、英雄戦士チームに入るヒーローを生み出すことに、必死なのだろう。


「……なるほど。パートナー制度ね。だいたい言いたいことはわかったよ。

 その意図も、その意味も、その意志も――」


 真白さんは『強者』を探していた。

 それもただの『強者』ではない。

 強者の――可能性を持つものを探しているのだ。


 既存のレベル100の戦士じゃない。

 今は10レベルにも満たないかもしれないが、『自分の教育次第では』、100を超え、200も300にも伸びる可能性のある――真の勇者を探しているのだ。


 磨ききった宝石ではなく、磨くに値する原石を彼女は求めている。


(ふーむ、どうしたものか。『実験体』ねぇ……)


 真白さんが俺を連れてきた理由は何となく判った。その信念も見えてきた。

 まだまだ十分ではないし、完全に信用する訳にはいかないが、

 それでも、検討に値する情報は――集まってきた。


 ならば、後は俺の選択だ。


 俺の、決断次第だ。


 俺は、…………。


「そうだな。――真白さん。いろいろ尋ねたいことはあるが……」

「はい……」


 俺は口を開いた。



「――――今は、狗山さんの試合を見よう」



 ☆★☆★☆★☆★



 正直、この発言はシリアスめになりつつあった雰囲気を緩和したかったというのもあるし、真白さんの言葉をよく咀嚼したいという目的もあったのだが、それと同じくらい重要度の高い問題として、


 狗山さんの試合が佳境に入っていたからだ。


 一次選考会は三つの試練にわけられる。

 一つ目は、通常の怪獣との戦い。

 二つ目は、脅威度の高い怪獣たちから生き残る戦い。

 三つ目は、教員の先生との一対一の決戦だ。


 俺が真白さんとの会話を切り上げて、映像に集中したくなったのは、この二つ目に相当する『脅威度の高い怪獣たちから生き残る戦い』において、狗山さんが、逃亡や食い止めではなく、普通に怪獣を撃退してしまったところにあった。



『――――撃退、完了しました!』



 画面上の狗山さんは当たり前のように、そう応えていた。狗山さんにとっては至極常道なことかもしれないが、鑑賞しているコチラからすればドン引きもんの蛮行だ。


 倒してしまった。

 やっつけてしまった。


 あの第二の試練は五分間生き残れってもんだろ。

 何で三分くらいで簡単にやっつけているんだよ。


「…………ひくわー」

「新島さん死にかけてましたですもんね。悲しいくらいに力量差がありますもんね」

「…………へこむわー」


 真白さんは自分のパートナーにしようとしている男にも、容赦はなかった。


 狗山さんがいるのは泉のようなステージだ。地表全てが水でできており、それが地平線の向こうまで続いている。ある種の神聖さというか美しさすら感じる。きっとモチーフが良いのだろう。


「狗山さんがいらしゃるのは、沼のステージですね。通称“浜名湖”」


 沼のステージだった(訂正)。あと、別に神聖ではない(訂正)。足場として、大小様々な浮島が存在している。おかげで落下の心配はないだろうが、あれでは思い切り走ることはできないし、回避行動も制限させられる。


「水底は浅いので、走ることは可能ですね」


 走ることはできるし、回避行動もできる(訂正)。

 しかし、沼地に足を取られて動きが鈍くなることは間違いないだろう。その意味で、狗山さんのステージは、俺の砂漠ステージ同じか、それ以上に厄介なことに変わりなかった。


「怪獣の種類によりますが、砂嵐や地盤沈下の影響がないので、新島さんの砂漠ステージよりも、かなり難易度は低そうですね」


「なに、さっきから俺をいじめてるのっ!?」


 なんかいまのところ俺の思考が全否定されてんだけど!? な、何だ、そんなダメなのか。パートナーの話を先延ばししたのを怒ってるのか。それとも俺の視点がそんなに間違ってるのか。


「いえ、戦場環境学の分野から見解を述べただけです。私の専門とは異なりますが、これでもCクラス一員なので、これくらいの状況判断は可能です」


「……そうか、そう言えば、Cクラスは、そういうプロ(・・・・・・)なんだよな」


 ヒーローの能力を最大に引き出す能力ね。

 こうやって、実例を出されると、やはり分かりやすいな。


(つーか、むしろ、見せつけた(・・・・・)と考えるべきかな)


 俺にアピールするための方法として、戦場の解説をしたのだろうか。

 だとしたら、なかなかに計算的な女の子だ。



『――――第二の試練、突破おめでとうございます。撃退によりこの試練を突破したのは、今のところ狗山さんが初めてですね』


『ありがとうございます。ようやく身体が温まってきました。このまま続いての試練もお願いします、電極先生』



 映像内においてシステムボイスのように加工された男性の声が響いた。

 今回は電極先生が一次選考官を担当しているのか。

 紅先生で統一していると思っていたので、少し意外であった。

 真白さんにその辺りのことを確認してみようと、横を向くと、真白さんは真剣そうな表情でスクリーン内を見つめていた。


「……新島さん、一つ訂正します。ステージ自体の難易度は下ですが、この試練自体は新島さんと同じレベルに設定されています」


「…………ん? どういうことだ」


「電極先生と水辺のステージの組み合わせ、その名前だけで、もうすでに恐怖を感じませんか……?」


『了解しました。それでは体力の回復を済ませましたら最後の試練へと移りましょう』


 狗山さんの体力回復が一瞬で行われると、俺が試験を受けた時と同様に、何もない空間から、人型の影が姿を現した。


 その正体は、スーツに眼鏡といういつも通りの、HRで毎朝見かける俺らの担任の――雷山一極先生であった。


『――最終試練は、一対一の決闘です』


 決闘という言葉に、俺と画面上の狗山さんが同時に反応する。


 電極先生は、周囲を見回して自分がゲーム世界に存在していることを確認すると、左腕に装着した、『イナズマのマーク』の描かれた腕時計を自分の手元に引き寄せる。


 静かに、告げる。


『――――変、身!』


 瞬刻、電極先生の肉体に、高圧の電気が流れ始める。

 あらゆる物を遮断するように、あらゆる物を寸断するように、黒色の雷雲が電極先生の肉体を包み出す。


 そして、視界が、明ける頃には――――。


『――――変身完了、ちょうどいい熱さだ』


 白色と青色に染め上げた、二メートル超の、巨大な機械のヒーローが、佇んでいた。

 トパーズのような黄色の双眸が、狗山さんを捉える。


『そう言えば、実際に手合わせをするのは、初めてですね。狗山涼子さん』

『その通りです、電極先生。いえ…………元第八部隊隊長補佐――雷山一極さん』


『そして、変身名《電動兵器スパーク・ロボ》のロボット先生』


 電極先生は両手から青色の火花を散らしながら、嬉しそうに肩をすくめる。


『一応、ルール上、『名乗り』はライフが減少してからと決まってるので、その時まで伏せさせてもらいますよ』


『……ならば、ご安心ください。私の剣が、すぐに名乗れる身体にしてみせましょう』


『それは楽しみです……』


 電極先生は両腕の拳を正面で握り締める。

 狗山さんは巨大な剣を右脇に降ろすように構える。


『……見知った相手に“陽の構え”は、悪手では?』

『では、悪手かどうかは、その身で確かめてください……』


 二人の間に沈黙が流れる。

 激しい嵐がくる前の、僅かな一瞬のようであった。


 俺は息を呑む。真白さんも俺の手を握り、画面に見入っている。


 狗山涼子VS雷山一極の戦いが、今まさに幕を上げようとしていた――。

ここまで読んでいただきありがとうございます!!

ついに戦いの火蓋が切られた、狗山涼子と電極先生、波乱渦巻く水辺のステージで狗山涼子が下した選択とは――!

次回「第52話:ヒーロー達の電動兵器」をお楽しみください。

次話投稿は、今週多忙ということもあり、1週間以内とさせていただきます。

申し訳ございません。それでは、次話もよろしくお願いします。

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