第49話:ヒーロー達の実験動物(中編)
今回は後編と分割しましたので文字数は少なめになります。
月曜日の朝、HR前の教室、机を乗り出したあゆの顔が、ぐぐぐっと俺に迫ってきた。
「ソウタ君おっめでとぉ――――――――っ!」
綺麗に切り揃えられた前髪、黒色の大きな瞳、口いっぱいに広がるスマイル。
視界そのものが『あゆの顔』で埋めつくされ、俺は思わず「おおぉ……」とうめき声をあげる。
「あ、……ありがとう」
「うん、おめでとうっー!」
吐息がかかりそうな『超近距離』で顔を見合わせたまま、俺たちは『ガッチリ』と握手を交わす。
ブンブンっ!
ブンブンっ!
と両手を振って、振って、振り切って、離脱される。
(メールではもう『合格した』と伝えたはずなんだけどなぁ……)
週初めだというのに、あゆは元気いっぱいであった。
世の中、お父さんもお兄さんも年下のちびっ子に至るまで、『月曜日』という勤労と勉学の始まりの恐怖に怯え、日曜日の『サ○エさん』のテーマが流れる頃には涙を流すというのに。
「…………じー」
「ん? いぇーい、うっうー!」
ハイタッチを求めてきた。ぱしーんと威勢のいい音が鳴る。
常時バイタリティに満ちてるあゆには無縁の話だった。
(まあ、祝福は素直に受け取るよ。――――ありがとう)
俺は改めて『勝利の喜び』を噛み締める。
本日は月曜日――俺が《一次試験》を合格してからすでに三日が経とうとしていた。
「…………フフフ、しかし、新島くん。君はまだ一つの関門を突破したに過ぎない」
俺の背後から『ヌッ』と、まるで煙のように葉山が姿を――現した。
「お前は何時でもいきなり登場するな」
「……フフッ、『第一選考』は、我ら試験四天王の中でも最弱、いずれ第二の選考、第三の選考が、新島くんの前に襲いかかるだろう……」
「なんだよ、『試験四天王』って」
「その通り、試験四天王を倒しても、さらに『裏・試験四天王』が出現するんだから気をつけるんだよ」
「そもそも試験は三つだ」
第一次選考会……教師面談
第二次選考会……実施訓練
最終選考会……トーナメント戦
この三つである。葉山たちの言うことは最もだし、俺も油断するつもりは毛頭ないが、そこまで何回も何度も試練を受けるつもりはない。
「というか、そもそも二人とも一次試験これからだろ? どうする? 試験の内容を教えようか?」
「………………」
「………………」
俺の言葉に無言で表情を固める葉山とあゆ。
二人はしばし互いに顔を見合わせてから、
「――――――ご教授お願いします、新島様」
と、懇切丁寧に俺に頭を下げたのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……フフ、しかし二次選考の内容は『迷宮探索』か。これは一次選考に引き続き、嫌な予感がプンプンするねぇ……」
朝をまたいでHRを駆け抜けて授業にさよならを告げて――お昼休み。
俺は一次選考の内容を語り聞かせ、ついでに二次選考の内容が『迷宮探索』であることを説明した。
「迷宮かぁ……道具を揃えて、パーティを率いて、ダンジョン攻略にレッツゴーだね!」
「そんなガチなローグ系のもんをわざわざやらせんのか……」
「フフ、しかし、一次選考がゲーム世界でのシュミレーションバトルだったとするなら、『その可能性』を一蹴することはできないと思うよ……」
「そうだなぁ、またゲームの場合もあんのか」
もう勘弁、というか食傷気味というか。
あんな目には二度も合いたくないけどなあ。
ちなみに一次選考会の終了後、試験内容に関しての守秘義務は特に問いただされなかった。というかむしろ、俺が広めるまでもなくどこからか情報が拡散していき、昼休みにはDクラスの生徒ほとんどが知ることとなった。
(まあ、試験内容を知ったところで『無意味』だろうしな)
俺も試験を受ける前であれば、こうした『ネタバレ』は後の人を有利にするのではと是非を唱えるところだったが、試験クリア後の今となっては、あんなもん一朝一夕で対策できるわけないと理解していた。
求められる能力は単純明快――個人の怪獣の討伐技術と、対ヒーロー戦略だ。
王道中の王道である。正攻法で挑むしかない。
ネックは出現するステージだが、選ばれるステージはランダムであり、前の人のアドバイスが参考になるとは思えなかった。
おそらく運営サイドも周知の上だ。それでなければ、《あの双子》が情報漏洩を許すわけがない。
(運営サイド……ね)
その言葉を頭に思い浮かべると、俺の中に一次選考会後のあの『奇妙な』イメージが思い浮かぶ。
真白さんの言葉が何を意味していたのか――。
まあ、そのうち聞く機会もあるだろう。
そして、この時の俺の勘は冴え渡っていた。葉山たちと話していた俺の肩が叩かれる。
「…………新島くん」
「ん? …………ああ、ハヤブサ君? や、やつれたね……」
「まるで何十年もの宇宙探査を終えた気分だよ……」
ハヤブサ君は憔悴していた。擬音語で表すと『ずずーん』とか『どよーん』という印象だ。
「…………新島くんにお客さんだよ」
「お客さん?」
聞きなれない言葉に不審感を得ながらも、俺は教室の入口へと視線を傾ける。
半分ほど開けられたドアの隙間から、『純情』とも『可憐』とも取れるような小顔が見え隠れしていた。
「あー」
それだけの情報量で、俺はその正体について得心する。と、同時にその出現理由の不可解さに首をひねる。
「用はそれだけだよ……じゃあね」
「うん、ありがとう。……ハヤブサ君も気を落とさないで……」
ハヤブサ君は『がんばれ、はやぶさくん』をバラード調で歌いながら立ち去っていった。
さ、寂しい……。
一次選考で負けた影響だろうか。大分キテたなぁ……。声を掛けようか迷ったが、勝ち抜いた俺が何を言ったところで、プラスにはならないだろう。
(どうにか元気付けられたらいいけど……)
勝者と敗者。
一度、戦いの火蓋が切られたら、必ず『決着』は存在する。
そんな時、今のような時、俺はどうするべきか。考えなくてはいけない。
ただ、勝つだけではない。『勝つ』ということの結果を、その正しい意味を、受け入れること。そして、もしも負けた時に、その敗北をエネルギーに組み替える『強さ』を身につけること。どちらも俺には足りないものであって、これから掴みとっていかなきゃいけないものだ。
決断とは失うことだ。選択とは無くすことだ。俺は――盲目的であってはいけない。
その上で、その前提条件を踏まえた上で、さらなる高みへ、さらなるステージへ。
(さて、と)
「ちょっと行ってくるわ」
「ソウタ君、お知り合い?」
「ああ、そんなところだ」
俺は席を立ち、『お客さん』たる彼女の元に向かう。一体どういうつもりなのか。一体なんなのか。戦々恐々たる気持ちで中途半端に開放されていたドアを開ける。
「…………あっ! 新島さん、こんにちは! ……き、奇遇ですね!」
「わざわざ教室まで来て呼びつけておいて、その台詞はツッコミ待ちか何なのか?」
病弱『そうな』真っ白な肌、おどおどした『ような』表情、ガラス細工『みたいな』小さくやせ細った身体。
全ては外見から抽出したデータだ。ただの記号だ。
彼女の本質は――まだ見られない。
「私、実は新島さんにお願いしたいことがあるんですけど……」
「人の話聞かないんスね」
彼女は俺の言葉をこれまたスルーして、口を開いた。
「あ、あのっ! 宜しければ私の『実験体』になってくれませんか?」
「……………………は?」
は?
俺は目の前の可憐そうな少女が発する『非現実的な言葉』に思わず凍りついた。
「…………は?」
意識せず二度も同じ呟きを繰り返した。他方の彼女はコクコクと頷いている。
そして続け様に、とんでもない『爆弾』を落としてきた。
「もし、なってくだされば。『狗山涼子倒し』の手助けを――私が行います」
「………………え? 何でお前ソレを」
もうまともに彼女を見つめ返すことができなかった。
そう、彼女。
彼女こそ一次選考会にて知り合った――1年Cクラス真堂真白さんであった。
彼女との再会により、俺の運命は――またもや変な方向に回り出す。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
真堂真白に導かれる新島宗太、謎多きCクラスの存在、たどり着いた先に新島が見たものとは――。
次回「第50話:ヒーロー達の実験動物(後編)」をお楽しみください。
今回は文字数が増えたので分割しました。次話の掲載は二日以内を予定しています。