第45話:ヒーロー達の一次選考会(4)
直視すれば目が焼けるほどの太陽が黄金色に煌めく。空の青さはコントラストで際立ち世界の果てまで伸びている。砂の大地は水平線を描き、遥か彼方を夢想させる。空気すらも灼熱を帯びた奇跡の空間。
“天使の卵”の示す『ここではない何処か』は現実と仮想の境界線を曖昧にする。
ここはゲームの世界。
砂漠ステージ――“ファルコンリー・サンド”――通称『鳥取砂丘』であった。
…………。
…………。
…………うん、それっぽく決まったな。よし、よし。よ~~~し。
いっちょ戦いますか。
「…………さて、ルールを解説しましょう」
と、紅先生のクールで知的な声。漆黒の学ランを羽織り、サングラスを装着した彼女は、そう口にして、竹刀を高らかに突き上げる。
――BUUUUUUUUUUNNッ!
と、自然界では存在しないSEが鳴りわたる。俺と紅先生の数メートル頭上に、空間に、クリアグリーンの『謎の計測メーター』が出現する。時を同じくして『HP:2000/2000』と記された文字がメーターの真横に生まれる。
「こ、これはっ…………」
横長に伸びたのべ棒みたいな形状。
透過性のある独自のグリーンの色彩。
加えて数字。すごい見覚えのある数字。
「これは…………いわゆる『体力ゲージ』ってやつじゃないですか?」
時には自宅で、
時にはゲーセンで、
RPGやら格ゲーやらFPSやらをプレイする時に出現する『アレ』であった。
紅先生の方を振り向くと、短く首肯する。
「はい、新島さんのおっしゃる通りです。こちらは“HitPointGauge”つまりは『体力ゲージ』となります。こちらをお互いに削り合い、先に相手のゲージを自動消滅させたほうが勝ちとなります」
なるほど。ライフ制になるのか。本当にゲームっぽくなってきたな。まあ、死ぬまで殴り合えとか言われるよりは全然マシだ。構わない。むしろ面白い。
俺は軽くジャンプしてグリーン色の『体力ゲージ』に触れてみる。ゲージはプラスチックの板のような硬い感触をしており、触れると少しだけチカチカと明滅した。
「あ、触れられるんだ……」
「はい、特殊なヒーローエネルギーを加工して作られており、私たちの受けたダメージを自動的に計算してくれます。『体力ゲージ』そのものに攻撃は効かないので、戦闘中も邪魔にはなりません」
「おもしれー」
思わず、ピョンピョン跳んで触れてみる。確かに見た目のわりに丈夫そうであった。
「最後の試練はこちらの“体力ゲージ”を活用して戦闘を行います」
「おーすげー、すげー、やっとゲーム世界っぽくなってきた」
「ルールは単純明快、体力ゲージを先に失ったものが敗北となります」
「……ははっ、お、掴めますねこれ。おおー、放すと浮き上がる」
「体力ゲージは相手から受けた物理ダメージを基準として反応します。演算装置としての機能は非常に優秀ですので、実戦とほぼ変わらない戦闘をすることが可能です。ポイントがゼロになりますと、自動的に消えますので、それで…………」
「すげー、走ると追いかけてきますよー、おー、……おおー!」
「――――――――――フンッ!」
紅先生のイラついた声。
跳躍中の俺の眼下に、回転する竹刀が襲ってきた。考えるより早く俺は受け止めるため両手をつき出すが、激突する直前で“奇妙な回転”が加わり――オデコに直撃する。
「――アタッ!」
と、落下すると同時に、俺の体力ゲージが激しく点滅して、数字が“1850/2000”と変化を示した。
「――このように、ダメージを与えると体力ゲージは減ります。わかりましたか?」
「わ、わかりました……」
い、痛いくらい、十分すぎるほどにね……。
「ならば構いません。――今回のダメージは特別に回復させてあげましょう。次に私を挑発する行為が見られたら、評価を下げさせていただきますよ」
「……ありがとうございます、助かります」
やっぱバレてたか。でも、まあ、試験開始前に先生の実力は確かめる大作戦は、そこそこ成功だ。ラッキーラッキー。
「それでは長くなってしまいましたが、最後の試験を始めたいと思います」
「はい、よろしくお願いします」
空中を旋回していた竹刀が、ブーメランのように紅先生の右手に収まる。
それにしても、かっけぇな、この人。普段、眼鏡をかけてのジャージ姿も悪くないが、こうして黒い学ランを羽織って帽子を被ってグラサンをかけると、その良さがさらに映える気がする。髪を短く縛り、理知的な表情がグラサン越しからも伝わる。
かなりイカしてるぜ。
普段の演習よりも、ヒーローとしての装飾品が増えている気がする。戦闘用に合わせたとか。そういうスタイルなのだろうか。
「では、はじめましょう」
合図とともに、天空から声が聞こえる。“非人間性”を強調した機械音声がゲーム空間全域に響き渡る。
《――オゥーケェー? オゥーケェー? アァーユゥーレディィィィィィィィ!?》
(ちょっと腹立つ……)
と、思う。が。
だが、この声を契機として、俺と紅先生は、自らの持つ空気を“一変”させる。
《――スリィィィィィィィィィ!》
大きく深呼吸。心肺機能は正常。コンディションの調整を終える。
《――トゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!》
目標を確認。“いつも通り”を意識しながら構えを構築する。
《――ワンッッッッッッッッッ!》
精神集中。気持ちを一点に集中。そう『勝利』にすべてを集中させる。
《――――ゼェロッッッッ! ファイトッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!》
発動。背中のブーストが真っ赤に燃え上がった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「先手必勝っ! 一撃必殺っ! 機先を制して“勝利”を掴むっ!」
俺はあゆをリスペクトしたような台詞を吐きながら、紅先生へと特攻する。ジェット機並の爆音を吹かし、背後に砂嵐をブチかまし、俺は最大級のエネルギーを彼女へと差し向ける。
(砂の足場は重たい。故に飛行ブーストで加速する俺を避けるのは困難なはずッッ!)
これまでの試練。俺が嫌っていうほど経験してきた砂漠ステージの効果。紅先生にも味わってもらうぜ。
既に→《右腕》の強化は完了済みだ。
先刻の観察や、これまでの経験から、紅先生は直接アタッカー型のヒーローのはず。葉山のような特殊能力はない。回避はほとんど不可能なはず。
速効で突き抜けて、即刻で攻撃する!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なるほど――疾い、ですね」
対する紅先生の竹刀は下段に構えたまま、不動の沈黙。保つ。
――どうした? 避けないのか? 逃げないのか? 退かないのか?
俺の疑問に解法を与えるように、彼女は剣で応える。
「ですが“疾さ”は関係ありません。教師たるもの生徒の攻撃には――――」
轟音。砂上を疾駆した俺は、右腕をバズーカ砲のようにブチかます。
「――受け止めてあげるのが道理です」
だが、だが、俺の拳は、立ちはだかる竹刀の峰で――――受け止められた。静止。限りなき静止。俺と先生の力は拮抗して時は無限のように感じて永遠のように沈黙する。行き場を失った衝撃波はゆっくりと拡散し、俺たちを中心円として、砂の大地に美しき波紋を生み出す。
「…………ぐっ!」「そして――」
なんだこりゃ、壁を殴っているみたいに、まるで動かない……。
「――受け止めたのならば、時には“突き放す勇気”も大切です」
そのまま竹刀が動きはじめる。俺の右腕の強化が終了するのを見計らうように、今まで以上のパワーで、じわりじわりと巨大な壁が迫るように、俺の拳が――切り崩されるッ!
「――――ッタラァ!」
俺は攻撃を諦めた。反撃のタイミングに合わせて、後方に下がり、致命打を避ける。
「避けても無駄ですよ。――教師が本気を出せば、手の届かぬ場所はありません」
瞬刻。紅先生の手にする竹刀が、避けたはずの竹刀が、スルリとその距離を伸ばす!
「――――ッ!?」
息を呑む。暇もない。俺の顔面に肉薄する竹刀だ。俺はマ○リックスよろしく、上体を大幅に反らすことで身をかわす。竹刀は俺の胸元をこすり上げ、空中へと旋回していった。――旋回。そうだ。そうか。竹刀は伸縮したのではない。切り崩す瞬間、紅先生は同時に、竹刀を俺に目掛けて“投擲”したのだ。――投げ飛ばしたのだ。
(間合いとか関係ねー、無茶苦茶だなぁ……)
チェインソーの如き回転数で青空に飛翔する竹刀を――俺は視界の果てに収める。
紅先生の攻撃をギリギリで回避し、地面に落下しかけた俺は、→《右腕》の強化を済ませて、砂地を拳で張り飛ばし、ハンドスプリングの要領で、その反動で、紅先生から離れる。
一メートル、二メートル、三メートル、五メートル、十メートル。
バク転、バク転、バク転、バク転、バク宙、そのまま空中を回転して着地。
と、自分でもドン引きするようなアクロバットでダイナミックな動きで間合いを広げる。と、一安心して、俺はようやく落ち着いて呼吸をする。
「…………ふぅ~~~~~~」
体力ゲージを眺める。『HP:1550/2000』と記されていた。
(うっわぁ~……こんなんじゃ、すぐなくなっちまうぞ)
ちょっとかすっただけなのに大分削られてしまった。一方の紅先生のゲージを確認すると、『HP:2000/2000』と変化していない。
(竹刀で受け止めていたからノーダメージなのか。直接、攻撃を与える必要があるな……)
追撃が心配されたが、紅先生は攻撃を受けた場所から動いていなかった。くそー悠長な。俺の実力を測っているのだろうか。
(まったく、難儀な対決だぜ……)
ため息をつきながらも、俺の心は熱く燃えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
(――――厳しい戦いを、強いられてるんだっ!)
という、小ネタはともかく。
俺は紅先生の攻略法を考える。
紅先生の戦闘スタイルは現状“待ち”が基本だ。
それは俺の能力を見定めるためか、他の理由があるのかはわからないが、ともかく紅先生は自分から直接攻撃してくるつもりはないようであった。
これは、攻める上で重要な足がかりとなるはずだ。
「――――――よしっ!」
気合の一言。俺は再びブーストを発動して、砂漠の海を超低空で疾走する。
――ブーストを活用すれば、砂地に足を取られることはないのだ。
眼前には紅先生の姿。
まるで剣士が居合抜きをする時のように、微動だにしない。
「――また、同じ突撃ですか。単調な攻撃には敵も対応してきますよ」
と、竹刀を棍棒のように雑然と振り上げる。天空を上り詰める竹刀。片手右上段――通称“火の構え”――端正ではないが、半身に傾けたその身体からは只ならぬ凶暴性を感じる。
(同じ攻撃ねえ、…………そりゃあ、勿論、変化はつけますよっ!)
加速中、俺は強化した→《右腕》で――――砂漠の地面を、容赦なくぶっ叩いた。
「――――――ッ!?」
ゴォンッ!!
と、爆発音に合わせるように砂塵は高らかに舞い上がる。細かい粒も、大きい粒も、軽い粒も、重たい粒も、無関係に、全て、全て、砂漠地帯を覆う土砂は灼熱の空気の中を、砂の色に染め上げ、世界を砂塵で埋め尽くす。
そうして見る間もなく『砂の煙幕』が完成する。
「…………なるほど、砂漠の砂で目眩ましですか。悪くないアイデアです」
紅先生の周囲は、視認不可能な煙塵で取り巻かれる。まるで葉山みてーな戦法だ。俺はそのまま素早く動く。ブーストを活用して急速旋回。人間の視野は水平方向に約200度。知覚の困難な角度に移動する。右腕を強化。さらに砂地を叩いて砂塵を強固に。右腕を強化。一撃で破壊。力強く握り締めて放つ。
砂の煙幕の中に――“1つの影”となり忍びこむ。
「――――しかし、無駄です。どんな暗闇だろうと私の力は、迫る物を打ち崩します」
紅先生の声が届く。彼女の剣が――なるほど、片手で持つことで、前方だけでなく側面や背後にも対応しているのか――濃霧の如き砂塵の中を、切り拓くように、砂塵に迫る影を捉える。俺は焦らない。俺は冷静だ。
「――――補足っ!」
雷の如き一撃が、紅先生の手元から、貫き放たれるっ!
破砕音!
「――――――これはッ……!」
だが、
だが、――――違った。
俺の両目は――紅先生が“サボテン”破壊する姿を捉えていた。サボテン。サボテンだ。煙幕が完成したあと、俺が右腕を強化して、破壊して、砂塵の中へと『身代わりに』投げ放った“サボテン”が失われた瞬間を見極めた。
(――――隙、ありっ)
俺は空で見ていた。紅先生の竹刀が地面へと振り下ろされたのを――確かに捉えた。
同刻、その隙を逃さぬように、その隙を活かすように、俺は強化した→《右脚》を用いて、弾丸のような飛び蹴りを一気に一気に一気に――差し向ける。
「――――トォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「――――くっ!」
その時。
紅先生の手首が異様な“回転”を見せる。振り下ろされたはずの竹刀が、彼女の掌の中で、グルリと一回転し、上空から迫る俺を迎え撃つ形に変貌する。
一撃必殺の二連弾!
「こ、これはっ!」
「――――紅流喧嘩殺法奥義『シン・燕返し』!」
けれど、俺の方が疾い。
俺はブーストで落下速度を強化。強化済み→《右脚》の速さは、彼女の剣を凌駕する。彼女の竹刀が迫り終えるより前に、その一撃より早く、その数フレームを超えて、彼女の胸部に激突を――果たすッ!
「――――ぐっ!」「うわっ」
だが、だが、紅先生の竹刀の勢いは失われず、俺の右肩を直撃し、そのまま俺は――吹き飛ばされる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
新島宗太『HP:1140/2000』 紅翔子『HP:1480/2000』
「……よーし、そこそこ、削れたぞ」
体力ゲージを見て、そう息を漏らす。
代わりに、反撃を食らったけど、まあ許容範囲だ。さっきよりは詰められた。
突撃する、と思わせて→砂塵を撒いて不意打ちする、と思わせて→身代わりのサボテンを強化した右腕で破壊して、投げつける。
二段構えにしてみた訳だ。
紅先生が個人戦用の『一撃必殺タイプ』の上段技を使用してくれたのもラッキーだ。これがもし『多人数戦専用』の居合に近い構え方をされていたら、この作戦はうまくいかなっただろう。
(さて、と。これで紅先生が本気を出してくると怖いな)
俺の蹴りをまともに食らった紅先生は――しかし、倒れることはなく、上体を大きく反らしただけで腹筋の力ですぐさま起き上がった。
なんて頑強な。鋼みたいな先生だな。
紅先生はズレたサングラスと帽子を直し、コホン、と息を吐く。
「――――なるほど、ただ突撃するだけはないですね。訂正します。新島さんは考えながら戦うことのできる人間です」
「……どーも」
と、紅先生は無感情な声質のまま、微笑する。
「確認しましたところ。現在、一次選考の合格者は一名、選考中は新島さんを含め二名、残り七名が既に脱落しています」
「――――――ッ!?」
「数も減りはじめ、私もようやく集中して試練に挑むことができそうです。――覚悟してくださいね」
何だ。その言い方は。まるで今まで――複数の生徒を同時に戦ってきたような……。
そう呟き、紅先生は、竹刀の構えを変化させる。
ドンッ!
と、これまでと『異なった』構え方であった。空手に例えるならば正拳突きのような。竹製の先端が一直線上に俺の胸部目掛けて静止する。
「それでは、徐々に厳しくしていきましょう」
これは剣士の構えではない。ただ目の前に、竹刀を真っ直ぐに伸ばしているだけだ。
「そもそも私の技は、剣法ではありません。剣法とは、剣を用いた技法のことです」
「この私、変身名《特攻番長》の用いる武器は――」
瞬間。
あり得ないことが起きた。
竹刀を構成する四本の竹片――それが四方向に展開を果たした。まるで大きな花が開かられるように、右に、左に、上に、下に、拡散した。
そして内部から――鋼鉄の“何か”が正体を現すが如く、突出する。
濁った銀色。
大筒。
まるで、まさしく、その通り、
「……銃口」
「“Is this the banboo blade?” “No,this isn't”――これは、レーザー砲です」
銃口は俺の右胸を狙ったまま。
紅先生はレーザー砲は光を吸収するように輝く。
「――――――紅流喧嘩殺法奥義『散り花火』 」
光が――黄金の太陽の如く煌めいた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
徐々に本気を出す紅先生。対抗する新島宗太。絶望の淵に彼が見出すものとは――。
次回「第46話:ヒーロー達の一次選考会(5)」をお楽しみください。
掲載は4日以内を予定しています。
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