第44話:ヒーロー達の一次選考会(3)
戦え。
戦って勝て。
戦って自由を勝ち取れ。
弱い子供の話。
そんなものは、もうどうでもいいんだ。
そんなものは、さっさと終わらせよう。
――佐藤友哉「リカちゃん人形」より抜粋
この二体は最狂のコンビなのだろう。
空中には怪獣コカトリス――毒音波を振りまく怪鳥。
地中には怪獣バジリスク――毒の牙を振りまく大蛇。
後で聞いた話だが、この二体は全く同じ存在として語られることが多いらしい。原点を同じくするとか、分離していたものが結合しただとか、変種だとか亜種だとか、雌雄関係にあるだとか、夫婦関係にあるだとか。
雌雄関係っていうのはポケモンに例えると、ニドキングとニドクインの違いみたいなもんだ。前者は雄しかいない。後者は雌しかいない。同じ種族でありながら、別種として扱われるし、別種でありながら、同じ種族として言い表される。そういうこった。
神話や民話ではよくある話だ。
彼らの視線は“死”を引き起こし、彼らの闊歩した大地からはある薬草を除き“全て”が失われる。火を吹き、狂音をあげ、人間を石像に変える。こうした恐ろしい逸話との多くの符合の一致故に、この二体の怪獣は『伝説の幻獣』の称号が与えられたのだろう。
――と、そんなすげー奴らが相手なんだから、怪獣コカトリスが眼前まで襲ってきた際、俺はどうするべきか迷った。
この試験は“十分間生き残ること”を突破の条件としている。
生き残りである。生存である。生存戦略である。せいぞーん、せんりゃくぅうう~。
と、まあまあ。
本来ならば、怪獣の真っ赤に爛れた口内が視認できた時点で、諦めることなく、必死に回避に努めるのが試練の目的に即した“正しき解答”なのだろう。
撤退、逃亡、退避。
中学時代、美月を守っていた俺は、確かにそういう選択肢も選んできた。
それしかできなかったから。
力無き俺には、弱く幼い俺には、それが最善であったから。
けれど、今の俺はヒーローだ。
少なくともヒーローを目指す存在なんだ。
もう高校一年生だ。次のステージに登らなくちゃいけないんだ。
眼前には怪獣コカトリスの先鋭な嘴、背面には怪獣バジリスクの猛毒の牙。
迫りくる脅威、恐怖、破壊の創造主。
もう一度いう。
俺はヒーローだ。あるいはそれを目指す者なんだ。
限界を超えるものなんだ。不可能を可能にする存在なんだ。
(……だったら、)
だったら、
だったら、ここは“逃げ”ではなく、“攻め”の時だろうっ!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 超変身――――ッッッ!!」
ギュィ―――――――――――ン!
俺は叫ぶ。
音ともに力は応える。俺の全身は怪獣たちに負けないくらいに光り輝く。
無意識に言葉が浮かんだ。だから、俺はためらいなく直感的に告げた。
「――――超、変、身ッ! 完全体モード移行ッ!!」
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
眼前に迫りくる。怪獣コカトリス。飛翔能力を最大限にして俺は迎え撃つ。
「輝けブースト!! 貫け拳!!」
背中から熱が放射させる。かつて俺を救ったヒーローのような輝かしき力。
その推力を源泉として、自分が攻め手だと油断しきった怪獣コカトリスを、その強さに慢心した怪物やろうを、思いっきり右拳で全力で完全に完璧に殴りつける!
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッ!」
奇声をあげるコカトリス。超音波が脳を揺さぶる。脳髄を溶かすような音。
耐えろ。気合で耐えろ。いけんだろ。なあ!
苦悶の表情を浮かべつつも、俺は旋回。風圧を払い除け、コカトリスの背に回る。
「さっきと同じだ。ここまま一気に――――殴りつけるッッッ!」
一撃! 苦悶の声。
「もう一発ッ!!」
二撃ッ! 衝撃が響く。
「さらにっ!」
と、振りかぶったのもつかの間。
俺は自分の影に、さらなる巨大な影が重なるのを自覚した。
「――――――――ッッ!」
コカトリスの背中を地盤として、蹴りあげるように踏み出す。
ダッ!
風よりも疾く。叫換を背後から耳にしつつ、遠方へ、一気に、距離を広げる。
「……やっぱ蛇野郎か」
跳躍中。
くるり、と身体を回転させると。先刻まで攻撃していた場所を確認する。怪獣コカトリスのすぐ近くで、怪獣バジリスクが長い胴体を伸ばし「SHAAAAAゥ……!」と睨んでいる姿が目に入った。
(……危ない危ない。あの場にいたままだと、攻撃中に間違いなく“捕食”されていた……)
慢心はいけないな。
と、怪獣二体から余裕ある場所まで着地してから、反省を行なう。
(しかし、“逃げ”より“攻め”か……。咄嗟の思いつきだったが、戦い方としては悪くないはずだ)
俺は紅先生の言葉を思い出す。
紅先生は十分間生き残れ。と言っていた。
しかし、
十分間逃げ切れ。とは言っていない。
これは重要な違いだ。戦いに対する姿勢を問う上で大切な境目となる。俺はもう既に一つの答えを頭の中に浮かび上がらせていた。つまり要するに、十分間方法は問わないから生き残ればいいのだ。そうすればいいのだ。そうだ。それならば、ならば、
ならば、
「ならば、敢えて戦ってみようじゃないか――!」
両拳を握り締め、不安定な地面に負けぬよう足腰をしっかりと保ち、ふぅぅぅうううと息を吐き、彼方から、俺に向かって接近してくる怪獣どもを見据える。
一回目の超変身の効果は既に切れている。
だが、あと一~二回なら使えるだろう。強化さえすれば、戦えない相手ではない。
タイミングを見極め、伏線を積み上げ、勇気と気合を持てば、勝算はある。
「よしっ――――!」
己に発破をかけるような掛け声。
俺は逃げることなく、しかして絶望するわけでもなく、希望を抱いて怪獣たちに立ち向かっていった。
生き残るためには“逃げる”のではなく“攻める”のだ。
そして“勝利”を掴みとれ。
これが俺の出した“正しき解答”であった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
《そこまで――――! 10分経過しました。第二の試練――クリアとなります》
しがみついてきた怪獣バジリスクの胴体が結晶化して霧散する。
眼前に迫ってきていた怪獣コカトリスも一瞬のうちに消滅する。
第二の試練。突破の瞬間であった。
「…………ぐ、ぐはぁ」
いきなり怪獣が消えたことにより、俺は空中から落下する。
砂の地面がクッションになり軽く跳ねてから、地面に横たわる。
《お疲れ様でした。繰り返しとなりますが、第二の試練突破となります》
「あ、ありがとうございますっ……」
地面に寝転んだまま、俺はそう応えた。
う、うっわぁ、き、きつかったぁ……。死ぬかと思った……。本気で死ぬかと思った……。
怪獣バジリスクと怪獣コカトリスとの激突。戦うことを決めたのはいいが、実際やりあってみると地獄のような戦いになった。
バジリスクは常時地中に潜っては足場を崩してくるし、逃げるため空を飛ぶとコカトリスが襲ってくるし、俺も地面に潜ろうと思っても毒が邪魔してくるし、素早く動いても奇声で妨害してくるし、ともかく二人組ってのがいけない。どちらかを集中して攻撃できないから、いちいち周囲に気を配りながら戦闘を続けなきゃいけない。普段の何十倍もの集中力が要求されたぞ。あと一~二分延長してたら死んでたんじゃねえかな。
(――――だけど、生き残ったけどな)
生き残った。
生き残った。
戦うことを選択し、生存することができた。
それだけで満足だ。
本来ならば、あのまま逃走を続けるのが正しい形だったかもしれない。が、しかし、俺は自分の判断をあまり後悔してなかった。
《見事、十分間耐えぬたことをここに讃えます。お疲れ様です。立ち上がることは可能でしょうか?》
「は、はい、まだまだ行けますよ……」
ヨロヨロでボロボロであったが、試験ということもあり、俺は強がることにした。
だけど、ダメージは想像以上に残ったな。あれだけ激しく戦闘したんだから当然か。
残る試練はあと一つだろうが、やり通すことができるだろうか。
《――どうやら深傷を負っているようですね。体力回復を行いましょう》
「え、そんなことできるんですか?」
《できます》
断言しちゃったよこの人。
と、思ったのもつかの間。俺の全身をヒーローに変身する時みたいな神秘的な光のベールが包み込む。感じていた疲労感や痛みがみるみるうちに消し飛んでしまった。
「え、え、えっ!?」
すごい。瞬きするような一瞬の時間で、俺の肉体は全快していた。つーかむしろ、簡単に治りすぎて気持ち悪い。滅茶苦茶強力な栄養剤や風邪薬を飲んだ時のよりも気持ちの悪い回復力っ!
《ゲームの世界ですからね。そもそもダメージ自体が架空のものです。実際の肉体は無傷ですから、回復することも容易に可能なのです》
「へぇ……ゲーム世界便利ですね」
こんなホイホイ回復されちゃあ痛みに対する感覚が麻痺ってか、変わってしまいそうだ。
つーか、回復できるってことは……多少無茶なことをしても大丈夫なのか?
《――だからと言いまして、余程無茶な肉体の酷使はオススメしません。これが試験であり、常に評価の対象に入っていることをお忘れないように》
「…………はい、わかってます」
先に釘を刺されてしまった。残念。
《それでは第一次選考――最後の試練をはじめましょう。よろしいですか?》
「……はい」
ついに最後の試練か。緊張した気持ちで何もない空を眺める。
もう三度目となる、空間の歪み。
流石に見慣れてきた。
一度目は怪獣バニップ。
二度目は怪獣バジリスクと怪獣コカトリス。
最後はどんな怪獣が待ち受けているのか――。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか……)
まあ、蛇はもう出たけどな。それもデッカイのが。
俺から十メートルほど前方、サボテンとサボテンの間に別次元が生まれたように、空間が捻れ、黒色に近い“何か”がその姿を現しはじめる。
しかし、気づいたが、これまでの二回に比べ、空間の歪みが局所的になっていた。
前二回は十数メートル近い巨大な歪みであったが、今回は二メートルに満たない。
(何だ、今度の怪獣は小さいのか?)
と、疑問に思い見つめていると。
「――さて、無事に私の姿が見えるでしょうか?」
外套のように長形の漆黒の改造学生服、工場の作業員のように膨らんだスラックス、目にかけられた三角状のサングラス、頭にかけられた光沢のある黒色の学生帽、胸に幾重も巻かれたタスキ、右手には竹刀が存在している。
――巨大な学ランを羽織った女番長の姿がそこには存在していた。
「…………紅先生」
「どうやら識別できているようですね」
紅先生であった。
それも普段の眼鏡をかけたジャージ状態ではなく、変身後の女番長然としたお姿であった。
「――変身名《特攻番長》、新島さんは私の授業を受講しているのでご存知でしょう」
「…………はい」
何故だ。何故なのだろう。もしかしてバトルは先ほどの大決戦で終了にして、あとは普通に面接でもするのだろうか。
そういえば、そもそも、この一次選考会の項目は『教師面談』だったな。ならば、最後くらいは落ち着いて対応できるものになるのかな。
――というのは勿論、日和った思考だ。
「次の試練が最後となります。こちらを突破しましたら、一次選考『合格』となります」
「――はい」
紅先生の声は先程までの脳内音声とは異なっていた。目の前から肉声が届いてくる。
「これまで、新島さんにはヒーローとしての適性を計るため、新島さんの『強さ』と『意志』を“客観的に”見させていただきました。最終試練では、新島さんのヒーローとしての適正能力を“主観的に”見ていきたいと思います」
「主観的……?」
「そうです。百聞は一見に如かず――百の観察よりも一つの実戦が有効な時もあるのです。とはいえ、試練自体は簡単ですよ」
ブンッ。
と風を斬撃する如く竹刀を軽く振り。
雑然と、それでいて隙がなく、無駄がなく。
俺の喉元へ一直線上の場所に――竹刀を差し向けた。
同刻、羽織った学ランが広がり、膨らみ、舞い上がって落ちる。
「最後の試練の内容は――教師面談。この私を撃破してください」
……やっぱ。そういう展開ですか。
紅先生の竹刀は俺の喉元の延長線上ピタアと静止している。
俺は腰を軽く落とし、両の拳を構える。
「一次選考最終ステップ:上位概念を打ち破れ。をはじめましょう」
ここまで読んでいただきありがとうございますっ!
次回「ヒーロー達の一次選考会(4)」をお楽しみください。最終試練――VS紅先生戦が始まります。
掲載は3~4日以内を予定しています。それでは次回もよろしくお願いします。