第43話:ヒーロー達の一次選考会(2)
《――第一の試練、クリアとなります。お疲れ様でした》
怪獣バニップの撃退後――。
紅先生の声が脳内に届いてきた。
「ありがとうございます。足場に苦労しましたけど、なんとか倒すことができました」
《撃墜時間は5分32秒、被ダメージは微量。流石です、優秀ですね》
「いやいや~」
頭を掻き、顔も自然とニヤけてしまう。
「ちなみに他の参加者の方は、今の試練で半数ほど脱落しました》
「――――!」
声が詰まる。
なるほど……、今の試験は俺の想像以上にハードな内容であったようだ。確かにあのレベルの怪獣を単身で撃破するというのは、慣れていないと厳しいものがあるだろう。
加えてこの特殊環境下だ。俺自身も通常時の80%ほどの力しか、発揮することができなかった。
数は絞られるとは思っていたが、半数近くが脱落か……。
(……生徒会長との地獄の特訓で、毎日のように怪獣とタイマンしていた経験は無駄じゃなかったみたいだな)
進○ゼミ風に例えるならば「あ、この戦闘! 前に修行でやったことがある!」な感じだ。
《それでは続いて第二の試練に移りましょう。今度も怪獣と戦ってもらいます》
「はい!」
返答とともに空間が歪みはじめた。局地的な蜃気楼のように、空の一部が切り抜かれるように、世界が変質する。異形の感覚。異常な知覚。俺の人間としての理性がアラームをあげる。先ほどの怪獣が出現した時と同じ状況だ。
――しかし、先ほど異なるものがある。
それは――、
「…………二つ!」
空間の歪みが“二つ”現出した。太陽の位置からして、東に一つ、西に一つ。
緑色の“何か”と褐色の“何か”が空間を汚すように――蠢きだす。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
東から巨大な蛇が、
西から奇怪な鳥が、
俺の眼前に姿を顕わにした。
《こちらの二体は、アフリカ地方とヨーロッパ南部、それと鳥取県を中心に出現が確認されてる怪獣たちです》
「何でまた鳥取県に現れてるんですかっ!?」
何だよ鳥取県は人外魔境かよ。紅先生は先刻と同じように無視して、説明を続ける。
《この二体は同時発生する可能性が非常に高い個体として知られています。その見た目と脅威性、その特徴から、大蛇の名前は――怪獣バジリスク。怪鳥の名前は――怪獣コカトリス。と命名されています》
「ば、バジリスク……!」
おいおい、その名前は、俺だってゲームや漫画で聞いたことあるぞ。そいつは――かなり強力な大蛇の化け物じゃ……。
《怪獣バジリスクの属性は土と毒、脅威度はLv.42。怪鳥コカトリスの属性は土と空と毒、脅威度はLv.38です。ヒーロー登場以前は、都市を一日で壊滅させるほど存在だったと聞きます》
「つええええええええええ!」
なんだよそれ、レベル上がりすぎだろ。
さっきの怪獣バニップがLV.18で、今度がLv.42とLv.38だろ。
難易度がグンと上昇した感じだ。
しかも、相手は二体同時。
――コイツらに勝てというのか?
《ただし、この試練は怪獣の撃退を目的とはしていません。“十分間”生き残ってください。あなたの戦い方の姿勢を見せること。それが第二試練のクリア条件です》
「――――! ……はいっ!」
――生き残り。生存試験。
威勢の良い言葉を返すと同時に、俺は心の中で「なるほど」と安堵する。
逃げ切りか。そうだな。そうりゃそうだ。勝つだけがヒーローじゃない。
負けないことも――ヒーローの大切な条件だ。
《それでは第一次選考ステップその3:強い怪獣から無事に生還せよ、張り切って生き延びていきましょう》
《正しき解答を――期待しています》
◇◆◇◆◇◆◇◆
「SHAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
「KUWAAAAAAAAAAAAAAッ!」
身を切り裂くような絶叫をあげる怪獣バジリスクと怪獣コカトリス。
メンタルの弱そうな人が聞いたら卒倒してしまいそうな不協和音だ。
有り体にいえば、SAN値が下がる。クトゥルーの奴らじゃないのに……。
「さあ、て。……逃亡戦か」
呟きながらも、心のなかでは冷や汗を流している。
正直言って、俺は逃亡戦は苦手だ。
なんというか、その……カッコよくないから。
もう少し真面目に答えると、俺は強敵に立ち向かうのに慣れてるが、強敵から逃げ回ることには慣れていない。
喧嘩だとまた話は別なんだけど、怪獣戦における撤退はどうしてもなぁ……。
現代ヒーローは多人数で怪獣を仕留める場合が多い。それは個人ヒーローの場合も同様である。
だから、時間稼ぎは大切な任務であったりする。それはわかっている、頭ではわかっているのだが……。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
と、怪獣バジリスクが思考を妨害するように襲い掛かってくる。
くそ、考える時間もないってか。まだ見た目の観察もしてねーのに。
怪獣バジリスクは前述の通り、デッカイ大蛇だ。身体は深緑色のウロコで覆われている。南米アマゾンとかに出現してきそうな、リアルで、気持ち悪いタイプの蛇野郎だ。
(しかも、それが10メートル超!)
デカイ。デカすぎる。油断したら一瞬でアイツのお腹の中だ。マミられちゃうぜ。
巨大なビームが迫真するように、バジリスクが正面から突撃してくる。
右脚を光らせ、いつものように回避しようと試みる。
――が、しかし。
しかし、
しかし、
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
「……ぐっ!?」
――突然の怪音波!鳴り渡る!
黒板をひっかく音を数万倍強力に強烈にした“何か”が、俺の三半規管に襲来する。
な、何だ。
何が起きた。
血の気が失せ、起きる立ちくらみ。
気持ち悪い。
ぐっ……。
足元がふらつく。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!」
(ま、まずい……!)
そうこう手間取っている間にも、バジリスクが接近しているのが見える。捕食するため迫りくる。赤い口内。光る牙。回避を、回避を、回避を、回避を、しなくてはっ……!
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「――う、ぐぉおおおおッ!」
俺は地面を蹴ることを諦めて、背中のブーストを使う。
熱を出すイメージ。光の戦士のイメージ。
ブワッと吹き飛んで一気に距離を作る。
音波の影響で、姿勢を低くとっていたこともあり、俺は何とか怪獣バジリスクの攻撃を回避した。
「――――ふぅぅぅぅ!」
エネルギーの許す限り、俺は低空飛行を続ける。後に着地。両足が砂地を滑り、砂塵ズサアアアアアアアと激しく舞う。
危ないところだった。
本当にギリギリだ。事実、右脚を牙でかすりかけた。先の攻防、バジリスクの牙が地面に触れた途端、砂地がゼリーみたいにドロドロに溶けたのが見えた。もしあのまま一呼吸分でも遅れてたら、俺は片脚で戦うことになっただろう。
(お、恐ろしいな……)
ブルル、と身震いをする。流石、脅威度の高い怪獣だけある。初手から殺しにきやがった。
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
と、先刻と同じ怪音波。
今度は来るのが判ったので、耳をふさいで耐えることができる。
(やはり、怪獣コカトリスが原因か……)
怪獣コカトリス――俺も名前くらいしか聞いたことはないが、その外見は、ドラゴンの肉体に、首から上が何故かニワトリになっている異形の化け物だ。
悪趣味なコラ画像みたいな怪獣だが、眼の前で「KUWAAAAA!」と羽ばたき鳴いているのだから受け入れるしかない。
ほら、あれだよ、荒川の河川敷のホームレスを描いた漫画があるだろ。あれに頭部だけ鳥のやつとか、星のやつが出てくるだろ。あいつらの首から下が、太古の洞窟で眠る竜みたいになっていると考えてもらえば大体正しい。気持ち悪いことこの上ない。
(ちなみに、これまた……数メートル強!)
太陽をバックに、コカトリスが空を飛ぶ光景は、現在の「非日常性」を助長させる。
厄介な敵だ。
ヤツのせいで俺はブーストを全開で使うことができない。
封じ込められている。
だって、ぜってーアイツ、俺が空飛んできたところを、食べるつもりだろう。
つーか、このコンビ。でかすぎて、捕食される感がMAXなのである。
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
と、考えてる隙に、コカトリスが空から襲撃してきた。
俺の目的は勝利ではない。――生き残ることだ。
十分間、二体の怪獣から逃げきればいいのである。
もう今の戦闘で二分くらいは経過しただろう。
まだだ。まだ逃げ続けるのだ。
頑張れ。頑張るんだ俺。
「うおおおおおおお、→《右脚》!」
怪獣コカトリスの爪が地面に触れるか触れないかのタイミングを狙い、右脚の強化、ギリギリで避ける。
飛行能力のある奴は連続攻撃が怖い。追撃を防ぐためにも、地表ギリギリで回避する。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
と、だが当然、避けた場所には、怪獣バジリスクの姿。着地点を狙い攻めてくる。
「ついでに→《左脚》!」
俺は寸断なきステップを踏みながら、紙一重の回避を続ける。
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
と、待ち構えたように、またまた怪獣コカトリス。二体のタイミングは完璧であり、目標物に休む暇を与えない。
(……くっ、しかも、砂地で足が取られるな。逃げ切るだけの距離がとれない!)
怪獣バニップ戦でも苦労したステージの効果が、ジワリジワリと俺の動きを捕捉し、制限し、苦しめていた。
何度目か判らない回避をしたところで、ステップを踏み終えた俺は、突然、怪獣バジリスクの攻撃が止まったことに気づいた。その姿を探すが見当たらない。消えている。
(何だ? ――つーか、どこだ!?)
警戒態勢を怠らず、視線のみで周囲を見渡す。しかし、いない。ゲーム上から消失したのか。いや、そんなことはありえないだろう。
「KUWAAAAAAAッ! KUWAAAAAAAAッッ!!」
と、コカトリスの爪が迫る。俺は避けるため、肉体を次の足場へと移す。
超低空を無駄なく跳躍。
(しっかし、何処行ったんだ…………ん?)
次の地面に着地する直前。その僅かな滞空時間。
俺は、予定した足場に“違和感”を覚えた。
変に思えた。
具体的に言うと、砂の色が若干『濃く』なっている気がした。
(………………おい、まさか!)
咄嗟に。
本能的に。
俺は本当に直観力としか呼べないような感覚で、地面に触れる前に背中のブーストを展開させた。
加速――――ッ!
飛翔――――ッ!
すると、
すると、
ドロォ……。
俺が着地しようとした地面――それが、ゼリー状に溶解して消滅した!!
「――ッ!?」
次の瞬間!
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
怪獣バジリスク。
大蛇。
最強の毒を持つ神話の存在。
もとい、それをモチーフとした怪獣。
やつがいきなり砂の中から――飛び出してきた!
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
思わずブーストで空まで飛び上がる俺。怖い怖い怖い。何でいきなり地面から現われるんだよ。うわ、砂地があんなに真っ黒に。信じられねぇ。何だ毒か。さっき使用していた牙にある毒か。そうか。そうかよ。
この大蛇――砂地を“毒”で溶かすことで、プールみたいに地面に潜り込んだんだ!
そのまま地中を移動するとかなんてやつだよ。常識外れ過ぎるだろ。しかも、俺の着地点を的確に正確に狙ってきやがった。
(確か、蛇は独自の感覚器官が発達してんだっけか。漫画の知識だけど)
ピット器官。俺の記憶が確かなら、蛇は“赤外線”で相手を感知する機能を備えている。常時、他人をサーモグラフィー的なもので認識することが可能なのだ。
通常の蛇ならば。
ましてや相手は怪物だ。俺の知らない超知覚パワーの一つや二つ、身に着けていてもまったく不思議じゃない。
(ったく。まじ怖いまじ怖いまじ怖い。死ぬぜまったく)
――しかし、俺は忘れてはいけなかった。
空中には。もう一体、強烈なヤツが存在していることを。
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッ!!」
「…………ぐぅ!?」
精神を揺らがす怪音波!
こんな近接で、こんな強力な。俺は脳が焼かれるような痛みが。恐怖が。まるで、まるで、空気を振動させて伝播する“毒”のような……!
怪獣コカトリス!
毒音波!
その波長が迫りくる!
「KUWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「う、うわああああああああああ!」
悲鳴と絶叫。
苦悶の最中、俺の瞳と怪獣コカトリスの黒色の瞳がピタリと重なった。
次の瞬間。轟音が周囲に響き渡った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回の話は今まで同様、長すぎたので二つに分割したものです。第二の試練は次回決着となります。
次回「第44話:ヒーロー達の一次選考会(3)」をお楽しみください。
掲載は二日後までには行う予定です。それでは次回もよろしくお願いします。