第42話:ヒーロー達の一次選考会(1)
Q VRゲームとは何か?
A 仮想現実を舞台にしたゲームのこと。
Q 仮想現実とは何か?
A あらゆる科学技術を結集させることで人工的に成立した“ここではない何処か”のこと。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「さて、こちらの部屋になります」
紅翔子先生に案内されて俺たちが遭遇したのは、大きなタマゴ状のカプセルたちであった。
「これは……」
「これらは皆さんを仮想現実にいざなう専用ポッドとなります。通称“天使の卵”です」
カプセルは全部で十台置かれていた。
入り口から見て、右に五台、左に五台、並べられている。奥には事務机とパソコン、さらにその奥にはサーバらしき巨大な物体が鎮座していた。
あまりに機械的な室内に、俺は思わず身震いをしてしまう。
「ほぉ……これが噂の訓練室か。実に、興味深い」
と、城ヶ崎さんはこの状況を愉しんでいるようであった。“噂”とはどういうことだろう?
「この特別訓練室は、より実戦的な戦闘シュミレーションを目的に設立されました」
と、紅先生の明瞭な声が、無機質な室内を振動させながら、俺の疑問に応えてくれる。
「例えば、高々度での戦闘を想定した場合、ビル群での戦闘を想定した場合、山地での戦闘を想定した場合、氷点下での戦闘を想定した場合、」
カッ、と靴を鳴らし、紅先生は俺たちに振り向く。
「そうしたあらゆる状況に対応し、想像力をめぐらせ、打開をはかる。実戦能力のさらなる向上を目的としてこの特殊訓練室は作られました。そして――私たちの求める『最強のヒーロー』に必要な力です」
眼鏡を右手で調整し、左手を真横に広げる。背後には――10の“天使の卵”。
紅先生が宣言をする。
「さあ、一次選考を始めましょう。皆さんには、この“天使の卵”に入り、仮想現実空間における戦闘で――勝利を収めて貰います」
難しい仕組みは知らない。判らない。俺に把握できるだけの理系知識は存在しない。
とにかく俺たちは、紅先生の指示にしたがってタマゴの中に入り込むことにした。
タマゴ内部にはイスが備え付けられており、俺はそこに腰掛けることにする。広さは人間一人がすっぽり収まるくらい。中にはシートベルトがあるので装着をする。ついでに巨大なマスクのようなものをつける。気分は遊園地のアトラクションに乗っている時に近い。これから試験だというのは理解しているが、同時に高揚感で心臓が高鳴っていた。
(すげー、科学ってここまで進歩してたんだ……)
驚きである。文字通り、かがくのちからってすげー、って感じである。
《皆さん、準備は完了したでしょうか?》
紅先生の声が脳に響く。これは比喩ではない。本当に脳内に届く感じがした。
空気中を伝播した音が、耳を通過し、鼓膜を振動させ、大脳に伝達される――という本来の過程を全部すっ飛ばして、脳へと直接響かせるイメージだ。
シロちゃん先生のテレパシー。あれを思い出した。
《これから、個別に仮想現実空間への“転送”を行います。最初は驚かれるかと思いますが、全てこちらでモニタリングしていますのでご安心ください》
ふむ、よくわからんが、ゲーム空間に飛ばされるというニュアンスは伝わってきた。
《それでは“転送”を開始します。――――では、幸運を》
先生の言葉が終わるとともに、俺の世界は変容をはじめる。
この世の全てが光の粒子となるように、真っ白に輝き、あちこちに散開し、同時に溶解し、明滅し、明滅し、散らばり、散らばり、消えて、消えて、消えて、明滅して、散らばって、散らばって、散らばって、俺は、俺は、俺も、俺は、俺自身は、
この世界から――いなくなる。
◇◆◇◆◇◆◇◆
人はどうして別世界に憧れを持つんだろうと考えたことがある。
人生をやり直したいから?
現状に不満があるから?
今の世界には不思議もドキドキも存在しないから?
あまりにもパーフェクトなくらい嘘や欺瞞を照らしてしまう「神秘を許さない世界のあり方」に、絶望と諦観を憤りを持っているから?
詳しいことは判らん。ともかく少なくとも今の俺はこうしてワクワクしている。
それだけで十分だ。論理よ、あまり人間を舐めるなよ。
「さて、と。ここがゲームの世界か……」
そんな世界を渡り歩く旅人みたいな調子で、俺はタマゴの外に出る。
世界は――砂漠と化していた。
「アラバスタッ!」
一面の砂漠。であった。海のない砂浜がずっと、ずぅ~~と、続いているみたいな。
地平線の先まで砂の大地と化していた。申し訳程度にサボテンが生えてるところや、オアシスらしき泉が遠方に見えることから、ようやくここが砂漠だと認識できる。
「うわー、こいつはすげーや、砂漠の使徒でも現れたのかな?」
素直に驚いてしまう。同時に、自分の身体を確認すると、白く、変身後の状態になっていることに気がついた。
「うおっ、変身してやがる!」
すでに変身が行われていた。両腕を見て、胸部を見て、腰、足先まで見て、顔をぺたぺたと触る。……うん、間違いない。変身している。
《皆さん、転送が完了したようですね……》
「うおっ!」
いきなり頭の中から響いてくる言葉に、俺は驚愕の声をあげる。
さっきから声をあげてばっかりだ。一人っきりなのと、別世界に来てテンションがあがっているせいかもしれない。
《こちらでランダムにステージを選ばせていただきました。どうでしょうか、不都合はないでしょうか?》
「別に困ったような、とこはないよなぁ……」
《それはよかったです。新島宗太さん》
「うおっ!」
俺は何度目になるのかわからないリアクションをとった。
《反応がワンパターンですね》
「あ、は、はい……すみません」
何故か謝ってしまう。
《謝罪の必要はありません。こちらの放送はあなた個人に向けたものです。新島さんがいらっしゃるのは砂漠のステージ。通称“ファルコンリー・サンド”です》
「はい」
世界の果てまで砂地で覆われてそうな空間を眺め、緊張の心持ちでうなづく。
《またの名を“鳥取砂丘”と言います》
「これ、鳥取ですかっ!?」
俺はもう一度、周囲を見渡す。荒涼たる大地。無数のサボテン。照りつける太陽。人間が住むことを徹底的に排除した世界が広がっていた。
《製作者の鳥取に対するイメージを最大限活かして作られたステージと聞いています》
「謝れ! 鳥取県民の皆さんに謝れ!」
俺も行ったことねぇから自信ないけど、こんなに砂漠化してないだろ。
《それは製作者の方にお伝えしておきます。――では、これから一次選考の試験を開始しますが、よろしいでしょうか?》
「は、はい……問題ありません」
身体を動かしながら、そう応える。試しに右腕のスイッチを押してみたが、きちんと反応して光輝いてくれた。現実とほとんど変わりない。
《変身したさいの能力発動は完璧に再現できるよう調整していますので、ご安心ください。99%、現実と同様の戦闘を行なうことが可能です》
「はい、ありがとうございます。……ちなみに1%の違いはなんでですか?」
《それは――ゲームだと死ぬことがないからです》
想像よりもブラックなアンサーだった。デスゲームはフィクションの世界だけで勘弁だ。
念入りにストレッチを反復させながら、俺は問いかける。
「それで、何をすればいいんですか?」
《一次選考の内容は『教師面談』です。これから私が“3つ”の試練を与えますので、新島さんにはそれを突破して貰います》
「3つの試練、ですか……」
それはもしかして、禅問答や知恵問答みたいなやつだろうか?
目の前に倒れている人がいます。あなたはどうしますか?
家族と恋人のどちらか一人しか助けられません。あなたはどうしますか?
みたいな。
そういう類は正解がないから非常に不安だ。ダメな場合は人間性を否定されたような気持ちになるし。
俺はゴクリと息を呑み、思わず身構えてしまう。
《それでは第一の試練――怪獣退治を行いましょう》
「うわーい単純だあ」
気負う必要はなかった。
そりゃそうだよな。ヒーローの選抜試験だもん。そりゃあバトル系に特化しますよ。
そんな風に少しだけ安心していると、
目の前の空間が、蜃気楼のように――歪む。
異形の感覚。異常な知覚。俺の人間としての理性がアラームをあげる。
眼前に、モザイク状の“何か”が姿を現し、やがて実体を伴いはじめ、そうして――。
「MRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――ッ!!」
巨大なモグラが眼前に出現した。
《こちらは、オーストラリア大陸と鳥取県において出現が確認された怪獣の一体――》
「何で、鳥取にピンポイントに現れてんですかっ!?」
《アボリジニの民話を元に命名されたその名は――怪獣バニップ、属性は土と水、脅威度はLv.18。さて、小難しい要求はしません。――倒してください。今のあなたの強さを私に証明してください》
無視かよ。だが、怪獣退治とは単純なルールだ。助かるぜ。
VRゲームとか知恵問答とか関係ない。
殴って殴られて、――全力を尽くすのみだ。
《それでは、第一次選考ステップその2:怪獣を撃退しよう、を始めましょう》
◇◆◇◆◇◆◇◆
「BRRRRRRRRRRRRRRR――ッ!」
「さて、と」
砂の大地を不安定ながら踏みしめ、目の前の怪獣バニップを見上げる。
赤褐色のラグビーボールを数百倍に膨張させたかのような図体、呪われた宝石みたいに禍々しく光る両目、極端に伸長した尻尾と鼻先が特長的だ。
その尻尾はワイヤーケーブルのように、触れたもの全てを斬り殺してしまうだろう。
その鼻先はアサルトライフルのように、触れたもの全てを突き殺してしまうだろう。
「……ふぅ、こいつを一人で倒すのか。これは厳しい戦いになるだろう」
瞳に映る巨大な怪獣。
絶望の体現者。
破壊の創造主。
ヒーローだろうと只の人間には変わりない。
恐怖も感じる。
迷いも生じる。
負けるかもしれないと、殺されるかもしれないと、震えるときもある。
人間の限界を、ヒーローの限界を、見せつけられるかもしれない。
だが、
「だが、俺はその限界を超えていく」
ここに宣言しよう。
「――1年Dクラス新島宗太、変身名《限定救世主》!」
言明と同時に輝く右腕、左腕、右脚、左脚、etc...この肉体全てが、俺の武器だ。
「さあ、こい化け物。――俺は、お前の限界も超えてみせる」
「BRRRRRRRRRRRRッッ!」
「うおっ!」
かっこ良く決めてみたのもつかの間、怪獣バニップは胴体を大きく振って長い尻尾を俺に向けて飛ばしてきた。
「空気読めよなーおいー!」
俺の突っ込みも無視して、鋭く長い尻尾がうねりをあげる。
常人には読めない複雑な軌道、速度、威力を有して俺へと迫りくる。
しかし――俺は普通の人間ではない。
ヒーローなのだ。
「よっしゃあ、→《右脚》!」
叫びとともに、輝く右脚。力を込めて跳躍を果たす。風を切る。数メートルほど飛翔し、ギリギリのところで攻撃を避ける。
「BRRRRRRRRRRRRRR――ッ!」
「うおっ! 思ったより危ない!」
想定より跳べなかった。何だか違和感。
(――脇腹をこすったか、仕方ない)
背中に熱を感じるイメージ。ブーストを発動させる。空中に浮いた俺はそのまま空を飛び、ホバリングを行なう。
「BRRRRRRRッ、――BRRRRッ!」
(ふふん、追えるものなら、追ってみな)
すると、
怪獣バニップは両足に力を込める。そのまま、数メートルはありそうな巨体が地面を離れて、俺へと一気に飛びかかってくる!
「BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRァァ!」
「うわお! なんだそのジャンプ力!」
怖いわ! 俺はブーストを遮断し、着地する。上空から追いかけるようにバニップが落下してくる。右脚を光らせて、距離をとる。激しい砂塵が周囲に舞う。
「BRRRRッッ!!」
「あ、っぶねぇ――! またも、間一髪ッ!」
しかし、それにしても普段より動きがぎこちない。一歩一歩が重たいイメージ。違和感がある。なんだ、ゲームの中だからか。
(いや、違うな…………ステージの影響か!)
俺は足元を見る。
ここは一面砂漠のステージだ。単純な話である。ヒーローで強化してるからわかりにくいが、さっきから俺は常に砂地を動き回っているのである。
砂浜で走るのと、舗装された道路で走るのでは、速度に大幅な違いが出る。
要求される運動量が圧倒的に異なる。
その差異が――今の俺を苦しめている正体ってわけだ。
「BRRRRRRRRRRRRッ!!」
怪獣バニップは俺の苦労なんか無視して、突進してくる。
超早い。なんで身軽なんだよ、てめぇ。まるで巨大なトラックがこちらに向かってくるような威圧感を受ける。
「無駄、無駄ァ――→《右脚》!」
横に飛び、続け様に、
「っ! →《左腕》」
バニップの巨体を横合いから殴りつける。
しかし、砂場で踏み込みが浅いのか威力は半減してしまう。
「BRRRRRRRRRR――♪」
くそー、やりにくい。砂漠ステージ。厄介だぜ。
(対策として考えられるのは――地面を踏む回数を減らすことだろうか)
地面を踏むことで、脚をとられる。ならば単純に地面に触れないようにするか、あるいは――地面以外の足場を使う必要があるだろう。
……足場ねぇ。
(つーっても、こんな砂漠にあるのはサボテンくらいなもんだ)
冷静に考えると、そもそも鳥取砂丘にサボテンはないはずだ。鳥取を舐めんなよ製作者!
俺が思考している最中にも、バニップは襲ってくる。普段ならばもっとゆっくり考えることも可能だが、砂漠で身動きがうまくとれないので、早め早めに行動する必要があるのだ。
ひらり、と攻撃をかわした後、俺は覚悟を決める。
「――仕方ねぇ」
気合の一言を呟き、大きく息を吐き、正面の怪獣バニップを鋭く見据える。
怪獣バニップの緋色に輝く両目と、俺の両目が、ピタリと合う。
俺は人差し指を怪獣バニップに伸ばす。
それから、親指で自分の心臓を指さす。
「――こいよ。バニップ、受け止めてやる」
「BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――――ッッ!」
バニップが人語を解したのかは判らない。しかし、バニップは愉しげに声を鳴らし、俺に向かって突撃してきた。
「いいねぇ、そういう単純さ、好きだぜ……さあ、こい!」
砂塵を巻き起こしながら突撃してくるバニップ。
俺は両足に力を込める。
怪獣の影が徐々に増大していく。
俺の瞳にバニップの巨体が浮かぶ。
一世一代の大激突が始まる――!
「――なんてな」
と、俺はあと数コンマで激突する瞬間に、空へと飛び立つ。
飛翔。
まるで闘牛士のように。
ひらりと回避をする。
「“意志”を持たないやつの相手は楽だ。単純だからな」
空中でくるり、と一回転。
俺はそのまま怪獣バニップの背中に飛び乗る。
「BRRRRRRRR……!? BRRRRRRR……!?」
いきなり背中に飛び乗られたバニップは混乱する。
当然だ。当然だろう。
俺は得意げに語る。
「残念だったな怪獣バニップ。所詮お前はゲームのCPUに過ぎない。いくら高スペックだろう、いくら強かろうと、そこには“意志”が介在していない。だからこそ、土壇場でも考えることなく攻撃してくる」
「――それじゃあ、ヒーローは倒せない」
俺はそのまま力強く地面を踏みしめる。
砂漠とは違う。
盤石の大地。
怪獣バニップの背中を地面として。
「図体のでかさが仇となったな。――こっちの地面のほうがよっぽど安定してるぜ」
俺は右腕のボタンを押す。
右腕が光る。
眼前の怪獣を倒すために輝き続ける。
俺はその想いに応えるように、目の前の限界を超えるため、力強く――殴りつける!
「BRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――ッ!!!!」
轟く絶叫。
俺は再度振りかぶり、最期の一撃を――決めるっ!
怪獣バニップは粉雪の如く細かい粒子となり、輝き、煌めき、霧散していった。
この世界から――消える。
「――――撃退、完了!」
怪獣バニップの撃破。
第一次選考会:三つの試練の一つ。
第一の試験――攻略完了であった。
ここまで読んでくれてありがとうございます!
第一の試練――怪獣バニップ撃破です。新島くんにいい感じに無双してもらいました。
次話「第43話:ヒーロー達の一次選考会(2)」をお楽しみください。掲載は3~4日以内になる予定です。