第38話:ヒーロー達の飛翔の時(前編)
申し訳ございません。予告ではラストだと言ったのですが長くなりすぎたので前編後編に分割してお送りします。
「やあやあやあ、私の相棒にて仇敵にて恋敵の――新島宗太くんじゃないか!」
喜色満面。
といった笑みで、狗山さんは職員室前の通路にて手を振っていた。
「おう、おはよう」
「ふふふ、こうして職員室への道を通るということは、ついに英雄戦士チームのエントリーをするのだな」
セーラー服に、軽く結ったポニーテール。凛とした表情に長く伸びた四肢。
いつもの狗山涼子さんであった。
両手を腰に当てながら、尋ねてくる。
「ああ、締め切りギリギリになっちまったけどな」
「構わないさ。遅かろうが早かろうが関係ない。大切なのは『戦う意志を持ちわせているか否か』ということなのだ。きっと君は、君なりに考えがあって、わざわざ締め切り当日のこの日に馳せ参じたのだろう」
「…………あ、ああ、まあな」
単純に変身名が決まらなかったから、とは言い出せなかった。
「ならば大丈夫だ。この場に到着したということは、新島くんは戦うという意志を、その気持ちを示したことに他ならない。……ははっ、しかしそれにしても、この私を待ちわびさせるとは新島くんもやり手だな。真のヒーローは遅れてやってくるということだろうか。まるで君は平成の世の宮本武蔵と呼べるだろう!」
……テンションたけー。
なんだお前は、どこぞの達人か。いや達人どころか天才だけどさ。
「どうせなら一緒に向かおうじゃないか、案内させてくれ」
狗山さんはスラーッと伸びた手足を優雅に動かし、俺を職員室へと導く。
その一挙一動作が「さま」になっている。凄いなあと素直に感心してしまった。
「つーか、狗山さんもエントリーしにきたのか?」
「いいや、登録に関しては、私はすでに済ましている。君がまだ登録を完了していないと風のうわさで聞いたのでな。気になって職員室前で張り込んでいたのだ」
……張り込んでいた? 目を丸くして狗山さんを見る。
「わざわざ? ずっと?」
「うむ、休み時間ごとにな。職員室を目指すにはあの通路を使う他ないからな」
堂々と言ってのける狗山さんに、俺はため息を吐いてみせる。
「……暇人だなぁ」
「無論、待ってるだけでは飽きてしまうからな。それに時間の無駄だ。君がこない時は片足スクワットを交互に繰り返すことで、己を鍛えさせてもらったよ。おかげで大腿四頭筋とハムストリングが良い感じに温まってきた」
「ハム?」
「ハムストリング。太ももとか、足の裏側を支える筋肉のことを言うらしい」
スカートを見えない程度に捲り、自分の太ももの絶対領域を指さしながらそう解説したきた。いきなりの出来事に俺は赤面して目をそらしてしまう。
さっきよりも大げさにため息を吐いて、呆れた声を出す。
「……向上心のある暇人だなぁ」
「うむ『向上心のないものは馬鹿』だからな」
「…………」
「または『親譲りの無鉄砲で子供の頃から損をしている』と言い換えてもいいぞ」
「馬鹿だ……お前は馬鹿だ……」
俺の恋敵は快活な声をあげて笑った。
邪気のない笑み。
そんな表情を目にしては俺は何も言い返せないではないか。……ズルい。
職員室に入室すると、狗山さんの周囲に多くの先生が挨拶にきた。
「こんにちは、狗山さん」
「こんにちは桐生先生。お疲れ様です」
「こんちは~、りょーこちゃん」
「シロちゃん先生、今日はこちらでお食事ですか?」
「よう、狗山、これ遠征行った時の貰い物なんだが……食うか?」
「ありがとうございます、赤神先生」
(……面白い光景だな)
知名度が段違いなのであった。理事長の娘という超設定も大きな理由だろうが、そもそも入学当初から突出した才能を周囲に見せつけている狗山さんは、今や学園内でも有名人であり、彼女のことを知らない学生や先生はいないだろうという程であった。
狗山さんは丁寧に、時として親しげに先生方と応対していた。彼女のやや大仰とも言える礼儀の正しさはこうした場所では有効に働いてくれるのだろう。
一方の俺は、電極先生に英雄戦士チームの応募書類を提出する。
登録そのものは非常に簡単、シンプル。
すぐに済ませることができた。
ハンコを押してもらい、登録完了の用紙をもらう。
人だかりができている狗山さんを引っ張って、職員室に別れを告げる。
廊下に出ると、用紙に書かれている内容の確認をした。
エントリー番号104番か……。
「ひゃ……もう、100人もエントリーしているのかよ」
「うむ、ちなみに私は5番だ。応募開始のその日に登録をすませたからな」
「はえええ」
つーか多すぎるだろ、おい。
一年生の生徒数はだいたい200人いかないくらいだろうから……ほとんど半数以上が参加していることになるのか……。
「私のクラスと、Aクラスの生徒はほぼ全員参加しているみたいだな」
「それでも5、60人くらいが相場だろ……」
「意外なのは、チーム戦が主流のBクラスや、指揮官担当のCクラスの生徒すらも参加しているようなのだ」
「どうやって戦うつもりなんだよ」
さすがに物見遊山にって訳にはいかないはずだ。
「それは判らんが、彼らは彼らなりに勝算があって参加しているのだろう。無闇な油断は……」
「――禁物だろ? その手の箴言は、最近嫌ってほど聞かされてるから大丈夫だよ」
主にこの学校で最も権力のある上級生とその彼女さんからな。
狗山さんは俺の迷いない返答が気に入ったのか、白い歯をキラーンと輝かせながら笑い返してきた。本当に白歯を輝かせる人はじめて見た……。つーか光らせることって可能なんだ……。
「それで結局、何のために俺を待っていたんだ」
職員室を出て少し歩いてから、俺は問いかけた。
狗山さんは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの愉しげな顔つきに戻った。
「……ふふ、相変わらず新島くんは敏いな。敏感だな。びんかんサラリーマンみたいだな」
「ドクロちゃんなんて今誰も読んでねえよ」
彼女は俺の言葉を無視して、くるっと、身体を回転させて顎に手をあてる。何かを思索するポーズ。
「それで『何のために』待っていた、か。実はそれほど深い理由があった訳ではないのだ。ただ、最近なかなか会う機会がなかったのでな。新島くんの強さを確認しておきたかったのだ」
「強さの確認ねぇ……」
「君が『イツキ生徒会長』から修行を受けていることは聞いている」
俺と狗山さんの視線が交錯する。周囲に生徒の影はない。彼女は言葉を続ける。
「――ならば、新島くんの脅威度は私の考えていた『それ』よりも恐ろしく、強烈なものになっているはずだろう。それは今まで以上のものだ。それは本格的な脅威だ」
観察するような目つきで、彼女は俺の身体を見詰める。
獣が狙いを品評する時のような、狩りの瞳。鼻を微かにひくつかせる。
「……そして、私は――満足した。今日こうして顔を見合わせて、満足した。君は強くなっている。それは間違いない。私は――全力を尽くす必要がある」
「その根拠は?」
「私には他人の才能を見分ける才能があるのだよ」
俺が真顔になるのを見て、狗山さんは笑う。
「冗談だ、すまない」
「冗談かよ」
「しかし、根拠か……、そうだな……、ちょっと失礼なことをしても構わないか?」
「うん? なんだ、シロちゃん先生みたいなことか? よくわからんが、いいぞ」
「それなら――」
狗山さんはそう呟いてから、長い脚をするりと回転させて、俺の顔の右方向へと伸ばしてきた。
伸長する右脚。
ハイキックだ。
刹那まで圧縮された時間の中で、俺は思考する。
ならばと、
まず「その1:受け止める」「その2:避ける」「その3:何もしない」を候補にあげる。
その3は論外、除去する。
俺はここが廊下――室内だってこともあるので、その1を選択。
目線を動かして角度を確認する余裕はなさそうだ。
迎撃に近い形にしよう。
右腕をあげて、受け止める、というよりも、迎え撃つ、ようなイメージで迫る脚を捕まえる。
パンッ!
と俺と狗山さんの間で小さな衝撃音が鳴った。
鳴らした。
そのまま二人して静止。
右脚は――俺の片手の中にすっぽりと収まっていた。
斬り合いで言うところの後の先をとったかたちだ。
やがて狗山さんが不敵に笑う。
「ふふ、すまなかった、新島くん」
「……謝るくらいなら、こんな試すような真似をするな」
「本当にすまなかった」
君島さんは180回転した身体を「くるっ」と元に戻し、蹴りを美しく収める。
「……ったく、勘弁してくれ、今の俺は変身ヒーローじゃないんだ。普通にそのまま蹴られてたかもしれないだろ?」
「その点に関しては大丈夫だろう。私は寸止めをするつもりであったし、――君ならば受け止めてくれると信じていた」
厭な信頼関係だな、ったく。
「学内でこんなことをヤルとは、よっぽど戦いたくてウズウズしているみたいだな」
「ああ、否定はしないさ。私の中の血が疼いてくるのかもしれない……」
日常会話で「血が疼いてくる」って言うやつ初めて見たわ。
まったくこれじゃあ『血統種』ならぬ『決闘種』ってところか。
これだから戦闘狂は……。
俺は大げさにため息を吐いてから。
狗山さんを見返す。
見据える。
彼女の決然とした瞳を捉える。
「しかし、これで――判っただろう?」
「ああ、判った」
こみ上げてくる歓喜の気持ち。圧倒的な強者と相対できているという心情。こうなんというか……「ゾクゾク」する気持ち。
肯定しよう。
俺も彼女に負けず劣らずのバトルマニアだ。
俺たちは視線を交錯させたまま、互いに語らう。
「ならば」
「次は」
「次こそは」
「選考会で」「戦おう」
俺たちは拳を突き合わせた。ガツンと。
狗山さんの気概が注がれる。俺の気合を注ぐ。渾然一体となる。
「今度は遠慮も油断も容赦もしない。その時は――この蹴りを君に決めてみせるさ」
「別に構わないよ。……もっともその頃には、お前は負けているだろうがな」
言い合った。
強がりの一等賞を決める戦いだ。
舌戦とは意の異なる言葉の応酬は、いつまでも、いつまでも続けられ。
俺の間には友人同士とは思えないような邪悪で厭味で信頼度の高い笑みが浮かんでいた。
別れ間際、俺は最後に反撃した。
攻撃されっぱなしも悔しいので指摘してやった。
「そういやさ……」
「うむ?」
「スカートだから――さっき蹴りの時、見えてたぞ」
水色の生地と彼女の赤面。
そこまでを想像する俺であった、が。
対する狗山さんは平静そのままで「ふむ、気づかなかった」と呟き、頷き、恥ずかしそうに笑いながら応えてくれる。
「ならば今回は特別だ……新島くんが蹴りを受け止めた。僭越ながらその謝礼とでも思ってくれると助かる」
「豪快すぎる」
強い。
狗山さんはまだまだ強者のようであった。
ここまで読んで頂きありがとうございます!
前回、次でラストと言ったのですが、1万文字を超えてしまい、長くなりすぎてしまいました。そのため、今回は分割してお送りします。
次話は修正が終わり次第、明日には掲載する予定です。
それでは次回「第39話:ヒーロー達の飛翔の時(後編)」をよろしくお願いします。