第36話:ヒーロー達の限定救世主
戦闘、開始。
――太宰治『斜陽』より抜粋
「――二人とも、5秒だけ時間を稼いでくれないか?」
俺の言葉に葉山とあゆは肩を震わせる。恐れてるのではない。奮い立っているのだ。
武者震いだ。
俺はその反応を楽しむようにして、言葉を続ける。
「その隙に――俺が決めてみせる」
眼前には悠然とそびえ立つ君島さんの姿。
彼女を眺めながら、右手に宿る“熱”の感触を確かめる。
そこには一振りの剣がある。
白銀に輝く剣、変身名《限定救世主》を告げたことで発動した謎の剣、それがある。その正体が何であるのかは俺にも判らない。
けど、その意味は判る。
けど、その本質は判る。
背中のブーストや身体の強化と同じだ。
この武器は俺のために作られた。俺の根本と深く結びついていることは理解できる。
「フフフ……五秒か、五秒ねぇ……本当にそれだけあれば、何とかなるのかい?」
葉山は面白いものでも発見したような口調で、問いかけてくる。
俺は不動の心で強く肯定する。
「ああ、何とかなる。わかるんだ。今までわからなかったことばかりだけど、これはわかる。これは――彼女のような人間を打倒するための力だ」
この剣は俺の気持ちを言葉にした瞬間に現れた。
ならば――俺の望む最善の選択肢が選ばれたに違いない。
変身名には、言霊が宿る。その人の想いを汲み取る不可視の力がある。
この力は俺の望みを反映したものだ。俺は俺自身の力を信じ戦うことになるのだ。
「…………」
葉山は俺の顔をじっと見つめてくる。
変身後のため、表情は隠れていてわからないはずだ。意味はない。にも関わらず、内面を見透かされているような落ち着かない、不思議な気持ちになってくる。
やがて葉山はいつもの奇妙な微笑を浮かべながら、立ち上がった。
「……フフフ、面白い、面白いことを言うもんだ、新島くんは。さすがは僕の友人だよ。――いいだろう、毒を食らわば皿までだ……フフ、どこまでもついていくよ」
葉山の起立と共に、あゆも歪んだ機械音をあげながら、腰を上げる。
二本の足で立つ。
顔を真っ直ぐ俺に向けてくる。
「私も信じるよ、ソウタ君のこと。その熱い信念は、この私が保証するよ! ソウタ君は私が尊敬するヒーローなんだもん! ソウタ君なら絶対にできるよ!」そう言い切り、胸をドンとたたく。
気づいたら二人は、俺と一緒に、君島さんと対面していた。
二人とも地獄のような激しい攻防の後で、身体は限界ギリギリのはずだ。痛くてキツくて苦しくて仕方のない筈だ。
それでも、再び戦おうと、俺を信じて立ち並んでくれた。
胸に熱いものがこみあげてくる。
「……二人とも、ありがとう。是非とも――力を貸してくれ」
「フフ……承知!」
「よっしゃ、応!」
掛け声にあわせる二人。
今の俺たちは無敵だ。怖いものなんてなにもない。神にも勝てそうな万能感。
もちろん、これは下らない妄想だ。この妄想を実現させるためには、まずは目の前の困難を乗り越えなくてはいけない。彼女に、君島さんに打ち勝たなければいけない。
二人の瞳に生気が戻ってくる、俺もそうだ。
そんな俺たちの様子を眺めているのか、君島さんは嬉しそうに声を上げる。
「貴方たち、まるで本当にDクラスらしくなってきたわね、何だか……理想的よ」
Dクラス――俺たちの所属する総合クラス。
個人を戦うヒーローでもない、団体で戦うヒーローでもない、作戦を立てる司令官でもない、そのあらゆる全てを求められる。それが、俺たちDクラスの役割だ。
そうだ。まさしく今のような姿を――Dクラスの理想形と呼ぶのかもしれない。
ならば、
「なあ、葉山、あゆ――それなら目指してみようぜ。最高のDクラスってやつをな」
初代ヒーローの意志を抱きながら戦うのも――悪くない。
二人は力強く首肯する。
さて、ここらでお喋りも終了だ。
互いに顔を見合わせて、機会をはかり、そうして、飛び出していった。
「いくぞおおおぉぉぉぉおおお! 超、変、身ッ――!!」
君島さんの右脇から颯爽と登場するあゆ。右腕を正面に突き出しながら、絶叫する。
彼女の叫びに呼応して、彼女の身体は、彼女の『機械』の身体は、変形をはじめる。
「ガシャーン! ガシャーン! ギギギ、ギギギ、グワーン!」
スーパーな変形タイムだ、0.05秒とはいかないが、変身ヒーローでもなければ見逃してしまうだろう速度で、合体と分離を繰り返している。
まず、砲台となる右腕だ。円錐状に大きく展開する。
続いて、頭の部分。一回転して内部機構に隠れてしまう。
左腕は二つに分離、左右に広がり地面に密着する。
両足も同様に二つに分かれて、身体の両脇に接合、砲身を支える土台が完成する。
他にも複雑なギミックを重ねてはいるが、俺が目視できるのはここまでだった。
彼女はそうして人間を超える――! 超越する――!!
(……いつ見ても凄まじい……)
駆け出す足を速めながら、彼女の変化を目で追う。
まるで工場の製造ラインみたいだ。迷うことなく変形していく。
ぶっちゃけると、ちょっと怖い。
光とともにブワーっと超速変形するわけにはいかないのだろうか。
やっぱそれではロマンがないのだろうか。
あゆは言葉を《発射》する。
空気を振動させながら、俺たちの両耳に《直撃》させる。
「これが、これこそがっ! 私の変身名《全壊戦士》の真骨頂だ――っ!!」
巨大な一つの砲台に、その身を、その姿を生まれ変わらせ、雄叫びをあげる。
ガガガ、ギギギギギ、と金属の砲身が激烈に唸る。
照準を定める。目標「君島さん」にセット完了。
「さあさあさあ、構えてぇ~、狙ってぇ~、絞ってぇ~!」
「まともに食らうのは避けたいわね……」
照準から外れるため、君島さんは回避動作に入る。
彼女が本気を出せば、避けることは可能だろう。
先刻の爆撃とは違う。広範囲を狙った、嵐のような攻撃ではない。
彼女の身体能力ならば余裕のはずだ。
「しかし、この僕が逃がしはしないッ!」
ここぞとばかりに葉山が参上する。
右手を大きく広げる。
親指、人差し指、中指、薬指、小指、五指を全て開く。するとそこへ煙が集まってくる。まるでブラックホールがあらゆる事象を吸収するように、右手に煙が充満する。
「文字通り、足止めさせていただこう! 変身名《幻影魔人》!」
「――種類『黒煙』!」
葉山は鞭のように右腕を振り切る。
放たれた煙は拡散し、加速し、体育館内を侵食する。
濃霧のようになった煙たちは、君島さんの足元で渦巻きはじめる。
右手の中指と親指を弾かせて、軽快な音を鳴らす。
「――固着化!」
そのまま、君島さんの足元を固めてしまう!
「……ぐ、動きにくいわね」
脱出しようと、無理に身体をよじらせる君島さん。
しかし、抜け出せない。底なし沼に踏み入れたように、動けば動くほど嵌っていく。
もちろん彼女の力量ならば、常人よりも短い時間で、抜け出すことは可能だろう。
だが、短期間であったとしても、彼女の動きを制限できれば、それで十分だ。
「フフフ、時間稼ぎのための――時間稼ぎだ……頼んだよ」
「いっけえええええええぇぇぇぇぇぇえええええっ!!」
僅かな間隙。
それだけあれば、十全だ。
それだけあれば、あゆの砲撃を君島さんに浴びせることができる。
あゆは叫びとともに、発射――! 通常のエネルギー弾とはわけが違う。あゆの全精力を尽くした一発だ。
空気を切る。轟音を立てる。光のミサイルが直進していく。
激しい威力。強い。輝かしい力。さすがの君島さんも相手をせざるを得ない。
「――しかた、ない、わねっ!」
君島さんは両手を使って対応する。
まるでドッチボールの弾を押さえるように、あゆのエネルギー弾を受け止める。
「……思ったより強いわね、そして、これは良くないわね……」
葉山は両足、あゆは両手、二人のお陰で、君島さんは完全に動きが拘束された。
おそらく、それは刹那的な束縛だろう。
彼女は強い。圧倒的に強い。絶望的に強い。
あゆのように、強さで対抗しても、打ち負かされるだけだ。
葉山のように、強さ以外で対応しても、いつかは限界がくる。
だけど、二人の力が合わされば――彼女を止めることはできる。
少なくとも5秒くらいは。
つまりは、俺の出番だ。
(最後くらい、かっこよく決めてやる!)
俺は加速する。
君島さんの影が見える。
巨大だ。
恐れることなく進み続ける。
勝利への階段は築かれた。
あとは俺が登り切るだけ。
結果を示してやるだけだ。
「きたわね……新島くん」
エネルギー弾と黒煙で拘束されながらも、君島さんの反撃がこちらに向かう。
両手両足とは別の箇所から。
エネルギーの触手を伸ばす。俺の進路方向を阻害する。
全身を動かして回避。葉山たちのお陰で、攻撃は精細を欠いている。
右に、左に、轟音が響きわたる。
器用に肉体を捻る。怯まず接近を続ける。
俺と彼女の距離が10メートルを切る。
このまま縮めてやる。
突撃できる。
君島さんの舌打ちが聞こえる。
「くっ……仕方ない、エネルギー増加……」
距離が近づく。君島さんの攻撃が激しさを増す。
無数のエネルギーの束、数の暴力だ。前がまったく視認できない。
前方も、右も、左も、ほとんどエネルギーに覆われている、これ以上近づけない。
速度を弱める。
まるでエネルギーの壁だ。壁、壁、壁、だ。
壁、か。
そう、か。
「それならば! この俺が壁なんて無理やり――斬り崩してやるっ!」
壁なんて張らせてたまるかぁ!
俺は右手の白銀の剣を、両手で構える。
速度はそのまま。
エネルギーの壁に接近する。
相克する。
地面を蹴り、踏み込む。
特攻。
斜めからの振り下ろし。
絶望をかき消すように、鋭い一閃を刻み付ける!
瞬間――エネルギーの束が霧散する。
「なっ……!」
君島さんが電撃でも浴びたかのような声をあげる。
もう気づいたか。こいつの特性に。さすがは最強だ。恐ろしい。
あらゆる意味で余裕がない。
タイムリミットも目前だ。
彼女の反撃が激しさを増す。
従来の比ではない。
強力で強烈なエネルギーの束が襲ってくる。
しかし、葉山とあゆも頑張っている。
彼女の対応が遅れる。
その間も俺は走る。
白銀の剣がキラリと光る。
彼女の右脚が見える。
黒煙が見える。
葉山に対して言葉を発する。
「葉山、頼む!」
「フフフ……了解、変身名《幻影魔人》、種類『黒煙』――固着化!」
君島さんの足元を包み込む黒煙。
その一箇所が鉄板のような硬度を持つ。
俺は一気にジャンプ。
固着化した黒煙を足場にして、さらにジャンプ。
彼女へと肉薄する。
右足が見える。
力を込める。
絶叫。
「うおぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!」
世界を超えろ! 強さを超えろ! 超克しろ――!
叫びとともに、煌めく白銀、
その切っ先は確かに斬り抜き、
強さを超えて、全てを超えて、あらゆる事象をあらゆる現象を超克して、
俺は地面へと降り立った。
「斬撃、完了……」
ふぅっと息を吐く。
俺は後ろを向く。
すると、君島さんの右足に奇妙な現象が発生していた。
エネルギーの塊であった右足が、ぐにゅぐにゅと泡を立てて、霧散する。
再生を試みるが、うまく繋がらない。
「……なっ!」
そのままバランスを崩し、君島さんは、地面へと倒れる。
激震が、響く。
体育館内が大きく揺れる。君島さんが倒れた衝撃によるものだ。
「勝利、完了……」
俺は再び大きく息を吐く。
全身から力が抜ける。
長距離マラソンを終えた直後のような、言語化に苦しむ、独特な解放感に包まれる。
なんだか気持ちいいな。
俺はそうした浮遊感に包まれたまま、そのまま意識を――
「フフ、そう何度も気絶をしないでおくれよ……」
失うよりも先に、葉山に肩を預けられた。そのまま支えられる。
「……お、おお……ありがとう、葉山」
「フフ……初めてマトモにお礼を言ってくれた気がするよ……」
そういえばそうだっただろうか。
横を向くと、人間型ヒーローに戻ったあゆが近づいてきた。
「そーったっくぅ~ん!」
どどーん、と。
そのまま俺にぶつかってくる。
おいおい、危ないことするんじゃねぇよ。
予想通り、勢い余って地面にダイブしてしまう。
俺たちは倒れこみながら、三人で声を揃えて笑う。
どここから笛の音が聞こえる。生徒会長が吹いているのだろうか。
俺たちはもう一度互いに顔を見合わせて、大声で笑う。
いろいろあったけれど、苦労もいっぱいしたけれど、
今のところは、どうにかこうにか、
最終試験――クリア、であった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回にて最終試験も決着です。次回「ヒーロー達の祝賀会」をお楽しみください。
第三章もそろそろ終わりが近づいてきました。
掲載は3~4日以内を予定しています。
それでは次回もぜひよろしくお願いします。