第35話:ヒーロー達の結束の力
三人でのチーム戦は、修行で何度も経験済みであった。
俺たちに迷いはない。
「さあ、いきますっかー! ようやく出番だねー!」
「フフッ、まさか彼女と戦う日がくるとはね。死ぬんじゃないかな、フフフ……」
あゆは右腕を駆動させる。
葉山は床一面に煙を撒き散らす。
俺は大きくストレッチをして入念に身体をほぐしてた。
眼前には巨大化した君島さんの姿。
彼女から勝利を収めるまで、俺たちが帰ることはない。
二人の背中を眺め、声をかける。
「さあ、て。まずは小手調べだ。あゆは遠距離から、葉山は中距離からの牽制を頼む。そのまま隙をついて、近距離から“一発”入れてみるわ」
「うおおぉー!」
「……フフ、委細承知」
信頼のおける返答に、精神が高揚する。
責任感と安心感が同時に侵入してくる。
一人で戦うのとはまた違った感覚だ。
葉山とあゆを信じて、君島さんに立ち向かう。
それはチームでないと不可能なことだろう。
あゆは上空に向けて、花火の弾を打ち上げる。
あれが、爆発をしたら行動開始――そういうことだろう。
俺は心の中で数字を数える。二人も数えてくれているはずだ。
1、2、3……よし、
「今だっ!」
花火は美しく散開し、俺たちは一斉に動きはじめた。
「うおりゃぁー! いくよいくよ~《全壊右腕》作動! 種類『弾道弾』!」
体育館の床を滑らせながら、川岸あゆは右腕をセット。無数のミサイルを発射する。
ズダダダダダダダ!と火炎をまき散らしながら、白く細長な兵器たちが空を舞う。
「ズラララッッと続けて続けて続けて~♪ 種類『黒炎弾』発射ァー!!」
あゆは止まることなく次の弾ぶち込む。花火、爆弾、RPG、ロケットランチャー。
その数は以前の比ではない。
名前も知らぬ爆発物の嵐が君島さんに襲いかかる。
(……そうだな。巨大ってことは――標的がでかいってことでもあるんだ。その利点を活かさなくては……)
君島さんは十数メートルの巨体だ。
まともな攻撃を一度でも食らえば、ただじゃすまない。
しかし、だからこそ、遠く離れた位置からの爆撃は、非常に有効な手段であった。
あゆのような遠距離専門家は、重宝することだろう。
「よっしゃぁー! 直撃コース!」
だが、
だが、最強の彼女は揺るぎない言葉を返す。
「ふふっ、残念だけど、避けられないんじゃないの。避ける必要がないのよ」
君島さんは腕を組んだ状態のまま「ふん!」と力を込める。
彼女の全身から鋭い針状になったエネルギーたちが飛び出した。
あれだ。身体中がウニの殻みたいに尖り始めたと思ってくれればいい。
「と、とげとげ~!?」あゆが驚愕の声をあげる。
トゲトゲのエネルギーたちは、そのまま直進して、あゆの爆発物に直撃する。
爆発! 爆音! 爆煙! 爆散!
君島さんの周りは爆発の煙で充満する。だが、彼女は無傷だ。
全てのミサイルと爆弾は、本体にぶつかる前に爆撃されてしまった。
「ふん、巨大怪獣に、射撃は通用しないと相場が決まってるのよ」
余裕そうに鼻を鳴らす彼女――君島優子。
悔しそうな顔を浮かべるあゆ。
だが、俺たちの攻撃は終わらない。彼女の死角から声が飛ぶ。
「――フフフ、ならば直接お見舞いするとしよう……」
君島さんは声の方向に視線を動かす。爆煙消えやまぬ中、葉山が空中を飛んでいた。
あゆが繋いだバトンを受け継ぐようにして、葉山樹木が登場する。
「葉山くんね……悪いけど、空中にいると隙だらけよ――」
君島さんは指先でエネルギー弾を構成する。指で弾くようにして、弾丸を飛ばす。
指パッチン。それだけだ。それだけで破滅的な威力を持つ。
銃弾のように加速したエネルギー弾は葉山に直撃する。
葉山は煙のように消える。霧散する。煙のように。
「――――!」
そうだ。当然のように――葉山は分身だ。
「やっぱり、煙の分身……! ……ああ、そういうこと」
君島さんは納得したように周囲を見渡す。
灰色と白色の濃霧、激しい硝煙と火薬の香りが鼻につく。
あゆの『意図的な』爆撃によって周りには煙が、爆煙が、大量の煙が発生していた。
大量の煙が発生していた。
大量の煙が発生していた。
大量の煙が発生していた。
ならば、当然の如く、それは、そいつは、葉山樹木の独壇場だ。
「フフフフフ、それじゃあ、川岸さんの意志を、受け継ごうじゃないか!」
虚空から出現した葉山が、指揮を取るようにして、両手を大きく――振る。
そうして、そこから、煙たちの中から、
ボフン、ボフン、ボフン、と。
葉山が、葉山が、葉山が、無数のように、無限のように、無双のように、
君島さんの周りに登場する。登場する。登場する。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『爆煙』」
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『爆煙』」
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『爆煙』」
葉山たちの声が響く。
「――さあ、絶望を見せよう」
まさに立体音響だ。体育館内が葉山の声で埋め尽くされる。
葉山は一人ではない、三人でもない。十人、二十、もっと、もっと……。
数えるのを放棄してしまうほどの葉山たちが飛びかかかる!
「フフフフ、充分な煙は戴いた。最初からパワー全開でいかせてもらおう」
君島さんは先程と同じように、全身を針状に変化させ、葉山たちの破壊を試みる。
迫りくる鋭い鋭い針。常人であれば串刺しになってしまうだろう。
「――フフフ、」「残念ながら」「『煙』に針は通用しない」
そうだ。無駄だ。葉山たちは壊れない。単なる攻撃で変身名《幻影魔人》を打開することはできない。壊れたところで、一秒後にはすぐに再生する。この世に爆煙が存在する限り、葉山たちが消えることはあり得ない。
「だぁだぁだぁ! 爆撃、追撃、発射発射発射ぁ~!」
あゆの援護も止まらない。爆撃の供給。君島さんを狙って飛ばし続ける。
爆発とともに煙がさらに充満して、葉山の数が増加する。
葉山たちは君島さんに密着する。
客観的な構図からすれば、大量の小人が巨人にくっついてるみたいだ。
葉山たちは不敵に笑う。指を弾く。
「フフッ……、これだけじゃないよ。変身名《幻影魔人》、種類『火煙』」
針で串刺しにされた葉山たち、密着した葉山たち、彼らは突如として――発火する!
燃え盛る炎となる。熱で空気が歪む。
炎は新たな煙を生み、煙の分身が生成される。
ヒーローエネルギーの続く限り、循環は永久に終わらない。
「フフ……燃えて、揺らいで、煙になり給え」
火事になった高層ビルのように、君島さんは炎に染まる。
大きく蠢く。葉山は攻める手を弱めない。
俺の出番まで回ってこないかな……? そう思った瞬間であった。
「さすがに優秀ね。けどね、無駄よ。その程度では――私は敗れない」
宣言とともに、君島さんはコマのように回転をはじめた。
グルグルグルグルと、変身前に見た時の同様、超速度で回転する。
回転する。
回転する。
回転する。
(は、早いっ……これは、まさか……風が起きる!)
俺の予想は的中した。
今日は風が騒がしいなとか言ってるレベルじゃない。
君島さんを中心として、ハリケーン現象が発生する。
風が舞い、吹き荒れ、煙と炎が全て、消えてなくなる!
「こういうのはね。物理的に消してしまうのが一番なのよ……」
葉山のフィールドを無理やり破壊してしまう。
突風に合わせて、葉山の分身たちが次々と消えていく。
「……っく!」
葉山の一人が舌打ちする。その葉山も消えて煙となる。
回転を続けながら、君島さんは笑う。
「なかなか、悪くないわね、及第点ってところ。けどね、まだまだ甘いわ」
あれだけ大量にいた葉山たちが消滅していく。
爆煙の消失とともに霧散していく。
ボフン、ボフン、ボフンボフンボフン、と。
――だが、一人だけ消えない分身があった。君島さんの真上にいる分身であった。
風の影響の少ない真上。虎視眈々と機会を狙っている。
もしかして葉山の本体だろうか?
いいや、違う。そうじゃない、そうじゃないんだ。
(――――俺だよ)
俺は君島さんの真上から姿を現した。
葉山の煙をスーツのように全身に纏い、『葉山のフリ』をしてここまで近接した。
(遠心力が働いているなら――すぐには止まれない。それに真上は……隙だらけだ!)
今の君島さんは、台風の目のようなものだ。
反撃は受けにくく、攻撃はしやすい。
絶好のポジションだ。絶好のチャンスだ。
俺は成功させる。
二人が繋いできたバトンを、ここで完遂させるべきだ!
(うおおおおおお! いくぞ、→《右腕》→《右腕》→《右腕》→×3倍《右腕》!)
コンボ達成。
連続強化。
実戦で使用することはなかなかない。
隙が多すぎるんだ。しかし、今ならば狙うことができる。
俺は叫ぶ。
「いけえええええええ!」
「――――ッ!」
君島さんが俺に気づく。
だが、遅いぜ。遅い遅い遅い遅いぜ。
このまま完璧、完全に、
「殴り、つけるっ――――!!」
突撃。体育館内に大きな地響きが渡る。
君島さんの身体が大きく揺れる。
漫画やアニメならば、ここで攻撃を止めるだろう。
俺は違う。
俺はそのまま――追撃の手を緩めなかった。
「まだまだ、いくぞぉー!」
縦方向に加えた強烈な一撃。
しかし、『地面に倒す』ことは不可能だ。
俺は彼女を踏んづけて、大きくジャンプ。そして背中のブーストで旋回。
彼女の正面から殴りにかかる。
「よっしゃあ、→《右腕》×3」
激しく輝く右腕。
このまま殴って倒して――地面へとレッツゴーだ!
背中のブーストから激しい推力を受けつつ、俺は君島さんへと突撃する。
「よっしゃぁー! いけー!」
「フフフフフフ……がんばれ」
あゆと葉山の声援も聞こえる。
拳にも気持ちにも熱がこもる。
「くらえええええええ――ッ!」
俺は叫ぶ。
その時だった。
「――――――――ッ!?」
俺の拳に、君島さんの拳が飛んできた。
無意識の反撃? 速度は遅い。殴り合いになる――でも、これは……。
「で、でかっ……!」
君島さんの右手は、それだけで、俺の身長をゆうに超えた。
まるで巨大な壁。巨大な隕石。巨大な圧力。受けきれるわけがない。
ぶつかり合いが成立し――俺は、容赦なく吹き飛ばされる!
(う、うわっ……!)
逆方向へと一直線。身体が飛んでいく。体育館の壁が見える。激突してしまうぞ。
これは、まずっ……い。
「――いけぇ! 《全壊右腕》ッ!! 種類『捕獲網』発動ッ!!」」
壁に衝突する直前。
俺は『エネルギー状の何か』に捕まって、グワンと、直撃を回避する。
そのまま逆方向へと回される。激しい遠心力。まるでジェットコースターだ。
たまらず絶叫する。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおお!?」
「いえええぇぇぇぇ~い!」
あゆの甲高い声が聞こえて、聞こえて、聞こえて、強く引っ張られる。
俺は地面へと不時着する。
「う、おおお……!? せ、世界がまわる……!?」
バットを頭を当ててグルグル回るやつを、数倍ヒドくした酩酊感が襲ってきた。
ヨロヨロとしながらも、あゆが捕獲網を使用して助けてくれたのは理解できた。
目の前に二人の姿が見える。
「だいじょーぶ? ソウタ君!」
「あ、ああ……? あゆか。助けてくれたのか、あ、ありがとうな」
「フフフ、残念ながら助かってないけどね……」
葉山はそう言って上を指さす。
――ん? 何だか暗くなってきたな。陰ってきた。室内だってのに不思議だ。
俺は、葉山の示した先を見つめる。
巨大な壁が見えた。
いや、壁? 隕石? 圧力? 否、否、否、判るだろう? ――君島さんの右足だ。
「女の子に踏まれる趣味はあるかしら?」
無機質な響きのある声。
俺は返答しようと口を開き、
「い、いや、ありませ――」
「はい、時間切れ~」
そのまま踏み降ろされた。
なんとか脱出したが、その後の戦いは、何というか、もう一方的なものであった。
虐殺である、蹂躙である、暴力による圧倒である。
君島さんが『攻め』にまわってからというものの、俺たちは逃げ惑うこととなった。
単純なキックやパンチだけではない。
歩くや走るといった平凡な動作ですら、大ダメージを受ける危険性を孕んでいた。
冷静に考えれば当たり前だ。体格がまず違うのだ。一発一発が致命傷である。
事実――戦闘からものの五分足らずで、俺たちはボロボロの死にかけになってしまった。
「ぐ、ぐ、だ、だいじょーぶ、みんなぁ……?」
あゆが赤いランプを点滅させながら尋ねてきた。地面に横になっている。
元気な声も今は掠れている。
「フフッ……奇跡的に生きてるって感じさ……」
「右に同じく……」
葉山も体力の消耗がやばい。フラフラで立ち上がることもままならない。
吐き出す煙の量も明らかに減少していた。
そう言う俺もあまり状況が芳しいとはいえない。
これまで何度も何度もダメージを受けてきた。
そろそろ肉体もエネルギーも限界が近づいてもおかしくない。
三人とも立ち向かう余力はほとんど失われてしまっていた。
「そろそろ、降参するときがきたみたいね?」
一方の君島さんは、ほとんど無傷だ。
どうやら攻撃力だけでなく、耐久力も格段に上昇しているようである。
「さあ、どうする? 諦める?」
彼女は問いかけてくる。
くそう、やっぱ強いな。強すぎる。最強という言葉に嘘偽りはない。
単純な破壊力は怪獣と変わりないが、対応力が段違いだ。
ゲームに例えるならば、CPU戦と対人戦くらい違う。
彼女は意志を持ち、計算をして、破壊を行使してくる。
まさに――化け物。彼女がそう自嘲するのも頷ける。
「……いくらヒーローと言えども、ここあたりが限界よ。諦めたほうが賢いわ」
優しさを内包した声。
おそらく多くの人が、ここで諦めを感じたのだろう。
これ以上はついて行けない――そう思ったのだろう。
ここが限界である。ここが潮時である。ここが妥協点である。ここが諦め時である。
強さに圧倒されて、強さに屈服されて、うまく適当に生きる瞬間である。
それはある意味で、賢明な判断だ。
百人いれば、九十九人は選んでしまいそうな選択肢だ。
そうなのだろう。
(ならば、どうする? 俺はどうする?)
俺は眼前を見る。
君島さん――まさに力の象徴とも呼ぶべき彼女。
その彼女の過去になにがあったのか。
なにが起きたのか。
俺は具体的なことは何も知らない。
何も知っちゃいない。
でも、でも、だけど、
彼女を――ただ強いだけ、というだけで、放り出してはいけない気がする。
瓦礫の山の上で、一人で孤高に立たせてはいけないと思う。
進化や成長の果てに、絶望を感じさせてはいけないと思う。
もしも、この俺に傲慢な考えが許されるならば、彼女を――救いたいとすら思う。
(だからだ。だから、それなら、どうする? この俺は? 新島宗太は?)
考えろ。
考えろ。
ない知恵をふりしぼれ、頭を叩いてでもひねくり出せ。
限界を超えろ。潮時を振り切れ。妥協点を乗り越えろ。諦め時なんて無視してやれ。
守られてばかりの時代は終わりだ。
これからは俺たちが戦い抜く時だ。そうなんだ。
(さあ、考えろ)
君島さんは強い。
そんな彼女を打倒するにはどうしたらいい?
パターンA:彼女よりも強いパワーで圧倒する。
パターンB:強さとは異なる方法で勝利を手にする。
どっちだ?
いや、いいや、どっちでもない。
「――両方だ」
俺は立ち上がる。雄々しき戦士のように、栄光をつかむ英雄のように。
「なぁ……葉山とあゆ。それに君島さんも聞いてくれ」
彼女たちの視線がこちらに向くのを感じる。
――いや、それはもしかしたら気のせいかもしれない。
いいや、どっちでもいい。
とにかく、俺は話し続ける。
「俺はさ……実は、変身名に《英雄戦士》って付けたかったんだよ」
驚くだろうか、嘲笑するだろうか、いいや、構わない、どっちでもいい。
とにかく、言葉をつなぐ。
「カッコい名前をつけるなら、これだ!って最初に思いついたんだよ。そりゃあ、もちろん理事長の話を聞いてからだけどな。自分で自分の首を締められるし、ハードルあげられるし、いいなと思ったんだよ。あえてこの名前でいけば、最高にクールだと思ったんだよ。
――でもな。ダメだ。俺には、もっと他の言葉がありそうだ」
俺の発言には脈絡がなく、唐突であり、意味も判然としなかった。
しかし、言葉にしなければという強い衝動があった。俺はそれに従った。
「俺は今でも迷ってる。今でも迷走している。変身名をどうするか?本当の自分はどんなんだろうって、今でも考えて考えて考えている――でも、」
でも、それでも、とにかく、つけてみよう。
名付けてみよう、まずは言語化してみよう。
人類だけではない、
怪獣だけではない、
ヒーローを救うヒーロー、
ヒーローを止めるヒーロー、として。
自分自身のヒーローとしての理想像を――ここに言明してみよう。
「だから、」
だから、
だから、
暫定的ではあるが、
限定的ではあるが、
俺はここに宣言しよう。
「――1年Dクラス新島宗太、変身名《限定救世主》!」
言明とともに、俺の右腕のボタンが赤く光り出した。
俺は迷わずボタンを押す。
右腕から放射状のエネルギー体が飛び出る。
俺は迷わずエネルギーを掴む。
強烈なまでの白色が眩しい、剣が、光の剣が、俺の右手に生み出される。
ブンッ、と風を斬る。
俺はポカンと眺めている二人に声をかける。
「二人とも、5秒だけ時間を稼いでくれないか?」
その言葉にピクンと反応する。
その反応を楽しむように言葉を続ける。
「その隙に――俺が決めてみせる」
右手にある剣の感触を確かめながら、
眼前の君島さんを眺めながら、そう言い切った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
次回「ヒーロー達の限定救世主」をお楽しみください。ついに決着がつきます。
掲載は4日以内を予定しています。それでは次回もよろしくお願いします。