第33話:ヒーロー達の最終試験
右手に銀色のベルト。
見慣れたコイツを腰に巻き、学生証を当てる。
俺は叫ぶ。
「――――変、身ッ!」
眩しい光が、全身を包み込む。
眩しい光が、俺の肉体を強化する。
眩しい光が、意識せずとも感応せずとも、身体中に入り込んでくる。
それだけで俺の肉体というハードは――人間を超越する。
「――――ッシャア!」
俺は変身を完了させた。
「それじゃあ、対決をはじめる前にルールの確認をしておこう」
生徒会長はメガホンを手にしてこちらに大音響で声を飛ばしてくる。
すでに葉山とあゆと共にベンチに座っていた。逃げるの早い。
「新島くんの勝利条件は、優子ちゃんを一度でも地面に倒すこと。その方法は問わない、何があったとしても――目的を達成したまえ」
「はいッ!」
「うん、いい返事だね。判断基準としては……背中や胸が地面についたら負けでいかな? 優子ちゃんが地面を這って戦うなら話は別だけど」
「……しないわよ。今の状態で殴られたいの?」
君島さんがヒーローエネルギーをトゲトゲに変化させる。
オーラで怒気を表現していた。そんなこともできるのか、器用だな。
だが、会長は見慣れているのかこれをスルー。言葉を続ける。
「優子ちゃんの勝利条件は、新島くんを気絶させる。変身を解除させる。降参をさせる。おおまかに言えば、新島くんが『戦闘不能』になれば勝利としよう――二人とも、これでいいかな?」
「了解しました」「――異論はないわ」
俺たちは声をあわせて肯定する。生徒会長は満足気に頷く。
「オーケー、ちなみに、体育館はすでに強化を施してもらっているからね。
爆弾を落としても大丈夫――存分に戦ってくれたまえ」
その言葉の裏にはつまり、爆弾を落とすような激戦が予想されるということだろうか?
思わずブルルと身震いするが、俺は突っ込まないことにする。何事も受け入れよう。
その上で打開してやるのだ。うん、そうしよう。
「がんばれー! ししょーがんばれー!」
「フフフ……期待してるよ」
二人の声援を背に受けると、自然と身体も心も熱味をおびてくる。
ぽかぽかというよりは、ごうごうと燃えてくる。
頑張ってやろうと、そう思えてくる。
会長はなぜ彼らを最終試験に招待したのだろう?
そうした疑問も浮かんだが、俺を奮い立たたせるためなのかもしれない。
それならば――いっちょ張り切ってみようじゃないか。
まずは、正面にいる君島さんを観察する。
アンドロイドのような見た目。人型タイプ。あゆとは異なりスマートだ。
ボディが銀色である点を除けば、外見そのものは非常に人間的である。
差異があるとすれば――全身から溢れ出しているエネルギーだろう。
エネルギー。視認できるほど強烈な。その威力のほどは――想像がつかない。
油断できない相手だろう。緊張でゴクリと唾を飲む。
「さあて、語るべき前口上も、必要な決めセリフもないわ。
大切なのは戦おうという意志と、積み上げてきた“これまで”よ。
全力で、かかってきなさい」
君島さんは芝居じみた台詞を吐き、とんとんと、人差し指で自分の喉元を叩く。
まるで誘惑するように、あたかも挑発するように、……面白い。
俺は、体内にある全ての闘志を引き上げて、眼前の「敵」を睨みつける。
両方の拳を握りしめ、右足を下げる。腰を落としてゆっくりと丹田に力を込める。
じわり、じわり、と地面から水が湧き出るように、エネルギーが充満していく。
これで俺はいつでも戦えるようになる。充填完了。気合も気力もオールオッケーだ。
さあ、修行の成果を示そうじゃないか。
君島さん――彼女と視線が衝突する。激しいスパーク。小爆発が起きる。
そうして静寂が生まれる。
空気が『ぴん』と張り詰める。
時間がゆるやかに流れていく。
一秒、二秒、三秒、
数刻の後、生徒会長から「戦闘開始」の合図が放たれる。
俺は、駆け出した。
「いくぞっ――!」
そう叫んで右脚をボタンを押した瞬間、俺の存在は――言葉を置き去りにした。
「出力全開――!」「まずは攻めて」「見るっ!」
四方八方、縦横無尽、流石にそこまで言うと大げさだが、俺は加速という加速を続けて、右に左に、激しく移動を繰り返しつつ、君島さんへの接近を行なった。
左のボタンを、
右のボタンを、
まるで呼吸をするような自然な動作で、
押して押して、跳躍と俊足を繰り返した。
修行の過程で、強化された点の一つだ。
俺はもう無意識に近いレベルで、身体のパーツを強化することができる。
君島さんとの距離は30メートルほど。
それが20メートル、10メートル、5メートルと徐々に縮まる。
(さて、どうしてくる?)(君島さん!?)(どう対応してくる?)
だが、君島さんは動かない。微動だにしない。腕を組みながら、超然と立っている。
何だ? 何もしてこないのか? どうする?
俺は思考を巡らせる。選択肢が無限大に現れる。思い切って「攻撃」を選んでやる。
反撃されても避けられるように注意する。ついでに対策もとる。君島さんの死角になりそうな右後ろ側から、一気に左脚→右腕と滑らせるようにボタンを押す。あとは何も考えない。恣意的な雑念遮断。頭をからっぽにする。飛び込む。殴りかかる!
「――――ふっ」
そのとき、君島さんの微笑が見えた気がした。
彼女の表情が俺の視界に過ぎる。疑問が浮かぶより早く、そう思考するよりも早く、アゴの先端に『拳』のようなエネルギーが肉薄する感覚がくる。その知覚を現実にしてはいけないという脳みそからの指令。命令系統が肉体を起動させるまでの僅かな空白。その間隙を縫うようにして迫る謎のエネルギー。
絶望が、迫る。
思考すら許されない。
動作すら許されない。
圧縮されきった濃密な時間。
「はい、一回目」
拳らしき『何か』が迫ってきた。
逃げる間もなく、避ける隙もなく、一切の容赦なく、一切の慈悲もなく、
――俺は断罪された。
いったい何が起こったのか!?
俺がその疑問を持てるまでに思考回路が機能しはじめたのは、君島さんに吹き飛ばされて、地面をズサアアアアと痛々しいくらいに滑走してからであった。
「……新島くん、生きてるかしら? 気絶してないかしら?」
君島さんの声が聞こえる。な、なんとか生きてますよ。奇跡的に。
俺は体育館の端っこまで到達してから、ようやく動きを止めることができた。
同時に思考の波が押し寄せてきた。
何だったんだ今の現象は? 攻撃しようと殴りかかったら、急にアゴ先からエネルギーを感じて、そのまま吹き飛ばされてしまったぞ。俺は油断している訳ではなかった。人体の構造的に攻撃が不可能な位置から、殴りに向かったはずであった。なのに、だというのに、反撃を食らってしまった。
とにかく結論→攻撃しようとしたら、いきなり殴り飛ばされてしまった。
理由は不明。
(なにか仕掛けがあるのか……? それとも単純に実力に差がありすぎるのか?)
どうか後者でないことを祈ろう。
俺の戦術パターンは極めて単純だ。
まずは相手の特性を掴む。その裏をかいて、一撃必殺を食らわせる。
これに尽きる。俺の能力は汎用性が高いので小難しいことは考えない。
相手の戦法にあわせて、最高のかたちで、最大の一撃を決めるのがベストなのだ。
そのためには……君島さんの力の正体はしっかりと見極めなくてはいけない。
ひとまず今は休憩だ。地面に倒れている『フリ』でもして時間を稼ごうじゃないか。
そう思った矢先。君島さんがトンデモナイ事を口走り始めた。
「新島くーん。……死んだのかしら? ……仕方ないわね。……会長、この勝負は私の勝ちで――」
「ちょ、ちょっと!? 生きてます、生きてますって!」
気が早いよ、君島さん!?
仕方ないので、俺は倒していた上体をあげて、気絶していないことをアピールする。
「…………って、え」
だが、君島さんはそこにはいなかった。
顔をあげたときには、君島さんの声が聞こえた場所に、君島さんはいなかった。
「そう――ならば、安心して攻撃できるわね」
間を置かず同刻、俺の目の前に君島さんが現れる。
「うわ」
超速。
まるでワープしたみたいな速度。
ただ速いってもんじゃない。空間をぶった切ったような速度だ。
「さて、これで二回目」
拳がせまってきた。数十メートルくらい距離があったのに一瞬で詰め寄られた。
逃げる間もなく、避ける隙もなく、一切の容赦なく、一切の慈悲もなく、
――再び、俺は断罪された。
「断罪されてたまるかよっ!」
前言撤回、俺は断罪されずに逃れ切った。
「へぇ……お得意の空中戦ね……」
そうだ。俺は空中にいた。
君島さんが現れた瞬間。俺は右脚を強化してジャンプすると共に、背中のブーストを活用して素早く空へと逃れた。攻撃はわずかにかすりはしたが、致命傷と呼べるものではない。
俺はそのまま高く高く上昇して、体育館の天井に到達する。
正式名称は知らないが、あの体育館の天井によくある――ボールが引っかかって取れなくなる場所(梁)に手をかけて、さっと飛び乗る。そこで身体を休めることにする。
(ふぅ……ひと休み、ひと休み)
兎にも角にも一時撤退だ。こう連続で攻撃を受けちゃかなわない。
背中のブーストも一旦止める。これでもう一度使える。
地上に目を向けると豆粒みたいに小さくなった君島さんの姿が見えた。
(避けようと思えば、避けられない攻撃ではない……か)
それだけ判れば安心だ。
初撃を受けた理由もなんとなく判ってきた。
その証明をするためにも、天井まできたというのもある。
(さて、彼女はどう対処してくるか……?)
ただ、待っているだろうか。定石としてはあり得る。
だが、君島さんのことだ。
俺がこうして逃げ腰ならば、彼女の性格上、必ず追ってくるに違いない。
ならば、どのように攻めてくるか?
そこが――彼女の能力の見極めどころだ。
俺は額に人差し指を当てて、「視力が良くなった」ようなイメージを作る。
適当なボタンを押す。
(いけっ……→《視力》)
すると――俺の『五感』の一部が強化される。
遠くに合ったものも、近くにあるものも、
まるでビデオカメラを通したように自在に焦点が合うようになる。
君島さんがはっきりと見える。
これでよし。
こいつは五感の強化。
俺が修行で身につけた力の一つであった。
発動時間は数十秒ほど。
普段は視力と聴覚しか使用することがないが、やろうと思えば味覚や嗅覚を強化することもできる。前に毒ガスを使用する怪獣と戦ったときには役に立った。
この能力で彼女の行動を一切合切把握してやる。
まるでストーカーのように君島さんを観察していると、彼女がこちらの視線に気づいた。表情は能面そのものなので判らないが、口元の動きから推察するに、おそらく「ニヤリ」と笑っているのではないだろうか。
「………………」
小声で何かつぶやく。聴力強化をしていないので音声は聞こえない。
だが、銀色の唇の動きを解読するくらいなら、今の俺にも可能であった。
(えーっと、……せ、め、る、わ、よ。――攻めるわよ、ってことか)
そう解読するのと同時に、
君島さんを取り巻いていたオーラが不自然な動きを始めた。
ぶるぶると、
ぶるんぶるんと、
例えるならそう――巨大なスライムが現実世界でえげつなく蠢いている感じ。
ラブクラフトの世界にでも来てしまったかのような。
彼女を覆っていたヒーローエネルギーは震えていた。ねじれていた。いくつもの束となり、激しく著しくおどろおどろしく変貌を遂げていった。
「う……」
君島さんは暴れるヒーローエネルギーを手慣れた様子で扱う。
まるで粘土細工で、作品を作り上げる芸術家のようでもある。
俺を反撃したのも、あのエネルギーの一部か。
エネルギーは変容を繰り返し、植物のツタのように、太く長く成長していく。
伸びていく。増大していく。膨張していく。強化していく。
「う、うわ……」
彼女と視線が合う。
彼女は己の能面を蠢かして、可愛らしく「ニッコリ」と笑顔を創作した。
同時に、
まるで無数の蛇のようになったエネルギーたちが――俺に目掛けて飛び込んできた!
「う、うわわわわわわわわっ――!」
俺は全力で逃げる。エネルギーたちが幾重にも渡って上昇してくる。
ブーストを加速させて、天井から飛び出す。
脱出と共に破壊音が聞こえる。先ほどまでいた場所からだ。
そこにエネルギーの束が直撃したことを理解する。
おいおいおい、速すぎるだろ常識的に考えて!
地上からここまで何メートルあると思ってるんだ!
逃げた後もエネルギーの束たちは執拗に追いかけてくる。
グオン、グオン、ヌオン、ヌオン、と日常生活ではお聞きにならない音が耳に入る。
自動追尾型か? いや、違う。目線を下げると、君島さんがこっちを見ている。
(操作してるんだ! この触手みてーなエネルギーの化け物たちを!)
君島さんの能力の一端が理解できてきたぞ。
こうして莫大なヒーローエネルギーを遠慮なしに、『武器そのもの』として活用させるのが彼女の戦法なんだろう。先ほど生徒会長に怒るときに器用にエネルギーをとがらせていた。アレと同じだ。彼女はこの莫大なエネルギーを――自由に操作できるんだ。
(うわ、うわっ……おい、やめろよ。サーカスを踊る趣味はねえぞ!)
俺は空を飛んで逃げ続ける。その後ろを離れずついて来るエネルギーたち。
右に左に、高速落下に、急上昇、急回転、バック走、
とにかく、ともかく、
俺は持てるあまりの操縦技術を駆使して、この化物どもから撤退する。
だが、エネルギーたちは速い。じわじわと距離がつまってくる。
遅かれ早かれ追いつかれてしまうだろう。
(こ、この、ままじゃ、埒が明かねえ!)
どうするか? どうするかって? 決まってるって!
ならば無理やり――埒を明かしてみるしか仕方がねえ!
俺はそのままヒーローエネルギーたちを引き連れて、方向転換。
目標は真下――君島さんに突撃する。
俺は絶叫する。
「うおおおおおおおおおおおお!」
「そりゃあ攻めるでしょうね……予測していたわ」
対する君島さんは余裕綽々。ヒーローエネルギーを新たに展開させる。
君島さんから光が輝く。後方だけではない。前方からもエネルギーが迫ってくる。
挟み撃ちだ。
逃げられない。
君島さんが呆れた声でつぶやく。
「……きっと私の自滅を狙ったのだろうけど、無駄よ。私は自分のエネルギーを食らってもダメージを受けないわ。――やるなら、もっと賢い方法を考えなさい」
後方のエネルギーを直接、彼女にぶつけよう。
俺がそう考えていると予想したんだろう。
エネルギー操作系の撃退方法としては王道中の王道だ。
賭けとしては悪くない方法だろう。定石といっても良い。
だが、ひねくれ者の俺が、そんなベタな戦法をとるわけないだろ!
(いや、嫌だね! 俺はもっと――バカで愚かな戦法を選ぶぜ!)
俺は落下と共に身体中のボタンを連打する。俺は願う。強くなれ。もっと強くなれ。光り輝け。わずかでもいい。限定的でもいい。少しでも力を。まぶしい力を。勝利の栄光を――――――っ!
ギュィ―――――――――――ン!
音ともに力は応える。俺の全身は彼女に負けないくらいに光り輝く。
無意識に言葉が浮かんだ。だから、俺はためらいなく直感的に告げた。
「――――超、変、身ッ! 完全体モード移行ッ!!」
俺はそのまま前方のエネルギーに向かって突撃する。
もう迷わない。全身全霊でぶつかっていく。
君島さんのエネルギーを受ける。凄まじい衝撃。さっき殴られた時の比ではない。
まるで懐かしさすら感じる力。その力を。思い切ってかき分ける。
俺は声を上げる。
「ぐおおおおおおおおおおお!」
「うわぁ……」君島さんのドン引きする声が聞こえる。
ダサかろうが何だろうが、俺は叫びながら君島さんのエネルギーを受け止めてやる。文字通り“力づく”だ。無理やり突撃していく。この完全体モードを信じてみせる!
そのまま、突っ込み、ぶち込み、激しい爆発が起きる!
「………………!」「………………!?」
轟音を響かせる。
本当に……爆弾を落とすような戦いになったきたな。
莫大な力の渦の中で、俺は苦笑いを浮かべながら、そう実感していた。
エネルギーとエネルギーが相克して、視界が全て真っ白に切り替わる。
本当にこれは爆発か?そうとすら疑問に思えてきた。謎の空間が展開される。
白の世界。まるで別の世界にきたような感覚。頭の中まで真っ白になる。
イメージが刷新する。脳みそに知らないデータが入り込んでくる。
世界が変わる/世界が生まれ変わる!
そうして――俺は『異質な体験』をすることとなる。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次回「ヒーロー達の異質な体験」をお楽しみください。
ちょっと判りにくい内容になるかもしれません。
それでは次回もよろしくお願いします。掲載は3~4日以内を予定しています。