第30話:ヒーロー達の超変身
「ははっ、それは災難だったねー」
生徒会長は俺の話を笑いながら聞いていていた。
「まったく……笑い事じゃないですよ。今日だけでどれくらい疲れたことか……」
俺は大仰にため息を吐いてみせる。
君島さんはぷいっと顔を横を向いている。
「フフフ……今日の新島くんは、ハードスケジュールだったね」
「ししょー、ガッツで生きるんだよっ!」
葉山とあゆが肩に手を置いて労ってくれる。
あゆはししょーって呼び方が気に入ったのだろうか?
「ふん、私は謝らないわよ……」
「ゆーちゃん顔赤くなってるよ」
「――――フンッ!」
君島さんの一撃を、生徒会長はマトリックスみたいに上体を反らして回避していた。
俺たち五人は部室にいた。
正確には生徒会の休憩用の部室である。
君島さんの裸を覗いてしまった場所であり、あゆを押し倒した場所でもある。
どんどん、部室紹介の仕方がひどくなってきている気がする……。
俺たちはテーブルをかこみながら生徒会長による講評を聞くこととなった。
右隣りにはあゆ、左には葉山、対面上に生徒会長と君島さんがいる。
生徒会長は両手を机の上で組み、コチラを見つめてきた。
ゴクリと息を呑み、会長の言葉を待つ。
「結論からいうと――新島くんの実力はかなり高い。四月の時点でここまで努力している生徒なんて久々にみたよ。能力は普通だけど、戦い方はとてもユニークだ。君の身につけたその思考力と戦闘センスは大切にしたほうがいい」
「ありがとうございます。ということは、もしかして……」
「このまま頑張れば、選考会を勝ち進めるだけの力はあると思っていいよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「おおー!」「フフフ、さすがだね、新島くん」
やったぜ。喜びのあまり両隣にいる葉山たちとハイタッチを交わす。
「うん、本当だよ。怪獣退治に関してはまた別だろうけど、英雄戦士の選考会は『ヒーローとの戦い』が中心となるからね。このまま実力を伸ばせば可能性は十分にある。Dクラスの生徒は優秀者と落第者の格差が激しくなりがちなんだけど、君は間違いなく優秀者のほうだ」
「いやあ、それほどでも……」
何だかそこまでほめられると照れるな。
俺が恥ずかしそうに頭をかいてると、会長は視線を鋭くさせる。
「――ただし、それは選考会を進めるってだけだ。最後の三人に残れるわけではない。加えて――狗山さんに勝てるかっていうことは別問題だよ」
「うっ……!」
言葉に詰まる。それは――確かにそうだ。
目的を忘れてはいけない。俺は普通に強くなればいい……そんな自己満足に似た気持ちでこの場所にきたわけではないのだ。最強を目指す、狗山さんに打ち勝つ、そのために修業を始めたのである。
生徒会長は追い打ちをかけるように言葉をつなぐ。
「それに新島くんに対する評価は、あくまで現時点におけるものだ。潜在能力の高い生徒はこの学園に山のようにいる。誰がどのように開花するか、まだわからない。今回の川岸さんや最後の新島くんのようにね……」
「最後の俺……」あの完全体モードのことか。
「そうだね。ああいう能力の開放があるからヒーローは油断ならないんだよ」
「あの力って一体何なんですか?」
俺は生徒会長に尋ねる。戦闘を終えて一番気になっていることであった。
あゆが隣でこくこくと頷いている。まるで水飲み鳥みたいだ。
こいつも人ごとじゃない。気になって当然だ。
会長は表情を崩すことなく(つーか、この人は表情は基本的に感情的に崩れない)、説明をはじめてくれた。
「ヒーローの変身した姿が、本人の潜在意識によるものだってのは、知ってるだろう?」
「……はい」
「ならば理解はしやすいはずだよ。僕たちの力は潜在意識によって支えられている。ならば当然、こうとも考えられる。人間の意識なんて――いくらでも変わってしまう可能性を持っているとね」
「あ、ああ……確かに」ぽかんとした俺の表情を愉しむように、会長は続ける。
「例えばそうだな……昨日の自分と、現在の自分は、全くの別人だって考え方がある。肉体っていうのは常に変化を起こしているだろう。理論上は、僕たちは常に生まれ変わっていると言える。ならば当然、意識だって変化する。周りの影響を受けつつ、常に変わり続けているんだ」
「だから、ああいった。変身の変身――みたいな状態が起きるんですか?」
「正確なところは不明だけど、理屈上はそうなっているらしいよ。意識を改革してしまうような衝撃的な経験をする――そうするとヒーローエネルギーは活性化されて、さらなる力を得ることができる。べつにめずらしい話じゃないさ。大きなショックが眠っていた可能性を引き出してくれるんだ」
「えーっと、要はピンチになればなるほど強くなるってことですか?」
あゆが割り込んで質問してきた。
「まあ、そんな風に思ってくれてもいいよ。だから、よくヒーローが極限の状況で秘めたる力を開放させる、ってことがあるけど、あれもそれなりに理にかなっていることなんだ。べつに奇跡でも何でもない。防衛本能というか生理現象の一種だ。まあ、それを狙って――連続で戦わせたんだけどね」
生徒会長が瞳を妖しくきらめかせる。
君島さんが隣で「嫌なやつ」と隠そうともせずつぶやいていた。
「ちなみに呼称はいろいろあるみたいだよ。新島くんの言った『完全体モード』って呼び方でもいいと思うし、『覚醒モード』って呼ぶやつもいる。さっき言った変身の変身って表現はなかなかに的を得ているよ――変身を超えた変身ということで『超変身』って定義している学者もいるくらいだから」
「超変身ですか」
「スーパーサイヤ人みたいなもんよ。学者まで揃ってマンガ脳なんだから」
君島さんが割り込んで解説してくる。
生徒会長は納得したように微笑する。納得していいのかよ、今の説明で。
潜在意識の変化――やはり、会長の言ったように、限界近くで戦うことで、俺の中の隠された力が目覚めたってことなのだろうか。あゆもギリギリの戦いの中で、あの砲台のようなパワーアップした姿をひきずり出した。
「発動条件は人によって違うから一概にいえないけど、でも前より簡単に使えるようにはなっているはずだよ。川岸さんもね」
「はいっ!」
あゆが教師に指された子供みたいに元気よく頷いていた。
「……ちなみに当然だけど、超変身は一度やるとすごいヒーローエネルギーを消費することになるから気をつけてね。すぐ変身解除されちゃうから」
「ああ、だから俺も気絶してしまったんですね」
「いや、それは謎だけどね」
謎なんかい。心のなかでツッコミを送った。
「普通はヒーローエネルギーが機能不全になって変身が解除されるだけだよ。新島くんのケースは、どちらかというと真逆かな? エネルギーが強すぎて肉体が耐えられなくなったんだと思う」
「強すぎた? そんなことがあるんですか?」
「普通はありえないんだけどねぇ……まあ、それほど気にすることでもないと思うよ」
結局、どうして俺が気絶したのかはよくわからなかった。
文字通り、死力を尽くしたせいで、体力の限界を迎えてしまったのだろうか。
とりあえず気絶し損である。それだけは理解できた。
「とにかく、全力を尽くした戦いというのは、普通の特訓の何倍も効果が得られるということですね」
「そういうこと、まさにヒーローはピンチになるほど強くなれるんだ。べつに超変身だけの話じゃない。能力を引き上げるのには一番手っ取り早い。ああいう限界ギリギリの戦いは修行にもってこいなんだよ」
確かにそうだ。俺は納得する。
今日だけで俺の経験値はどれくらい高まったのだろう。まるでゲームのキャラみたいに戦えば戦うほど強くなった気分である。現実的でないが現実であった。
こうした戦闘をずっと続けていけば、成長できることは間違いないだろう。
死ぬほど辛かったが、まさしく修行にふさわしい内容である。
ん? 修行にふさわしい内容?
「……ってことはもしかして」
「そう、今回のこれが基本的な修行の流れになるよ」
俺は息を呑み、生徒会長の顔をまじまじと見つめた。
「これを……毎日、ですか?」
「嫌とは言わせないよ」
先に釘を刺されてしまった。嫌って言いたかったのに。
「一日に少なくとも二戦以上、必ず死にかけるまで戦ってもらうから。そのほうが効率いいし。今日は二人にお願いしたけど、僕の人脈をつかっていろんな人や怪獣と戦ってもらうことになるよ」
「お、おおお……」
俺は今日の出来事を、走馬灯のように思い浮かべる。
葉山との戦いで死にかけて、あゆとの戦いで死にかけてというか気絶してしまった。こ、こんな戦いを毎日やれというのだろうか……。
「もちろん優子ちゃんがいるから体力の回復は問題ないし、好きなだけ限界ギリギリの状態にもっていけるようになるよ、どんどん戦ってどんどん死にかけよう♪」
「う、うおおお……」
意識せずともうめき声があがる。あゆが「ししょー流石ですっ!」と腕に密着してくる。葉山がため息を吐きながら肩に手を置いてくれる。
そんな俺たちの様子に構うことなく、生徒会長がとどめの一撃を刺してきた。
「ちなみに負けたら、そのたびに優子ちゃんに制裁を加えてもらうからね」
「はい、夜露死苦~」
「ぐわわわわ……」
甲殻類みたいに泡でも吐いてしまいそうであった。
白目になりながらも俺はギリギリのところで踏みとどまっていた。
「それでは聞こうか――返答は?」
生徒会長が問いかけてくる。
こ、怖い……。
俺の心の中はお断りしたい気持ちで溢れていた。が、これから先、強くなるうえで必要なこととあれば受け入れざるを得なかった。というか、生徒会長がわざわざここまでしてくれると言っているんだ。むしろ感謝すべきなんだ。こんな一世一代の機会を逃す手はないだろう。
いや、本当はすごいご勘弁いただきたいんだけどな。
俺はできるだけ強い決然とした気持ちで、会長を見つめ返して断言した。
「お、おお……や、やりますよ! の、望むところですよ! 強くなるならどんな厳しい修行だってこなしてみせますよ! どんとこいですよ!」
「おおー!」「フフフ……」
あゆが感動したような声をあげて、葉山が俺の気持ちを察したように微笑する。
君島さんが「鬼畜……」とつぶやいていた。
当の、生徒会長は満足気にうなずき、俺に握手を求めてくる。
ぶんぶん、と腕を振る。
「よしよし、そうこなくっちゃね、いやー、見込みのある後輩ができて僕も嬉しいよ。どんどん鍛えてあげるからねー」
一癖も二癖もありそうな笑顔に対面して、ぎこちない表情をどうにかリターンする。
君島さんがツッコミを差し込んでくる。
「手が震えてるわね」
「ははっ、武者震いですよ!」
「顔がひきつってるわよ」
「ふふっ、感動を禁じ得ないんですよ!」
「強がってばっかね」「男の子ですから!」
君島さんはため息を吐く。しかし意外にも優しそうな表情を向けてきた。
「無理しちゃって……介抱するのは私なんだからね」
最後に小声で「……よろしく」と聞こえた気がした。
帰り道には完全に日が落ちていた。
時計を確認すると、もう十九時をまわっている。どうりで暗いはずだ。
「う~わ~つっかれたぁ~!」俺は両腕をあげて大きく身体を伸ばす。
「つっかれったね~ソウタ君」
あゆが同意してうなづいてくれる。いつの間にか「ししょー」から「ソウタ君」に戻っていた。飽きたのだろうか。
「フフフ……それにしても今日は貴重な体験だったね」
「問題は、これが今日はじゃなくて、明日もあさってもなんだよなぁ……」
「でもでも、成長するには一番てっとり早い道だよね!」
「そうだよな。気合をいれなくては」
葉山、俺、あゆ。
俺たち三人は横並びになって正門に向かっていた。
生徒会長と君島さんはこのあと仕事が残っているからと、俺たちだけ先に帰えるかたちとなった。
「二人ともお仕事かぁー偉いよねぇ―」
「フフフ、あの生徒会は少数精鋭でまわしてるからね。小回りがきくぶん、一人ひとりの負荷は大きいんだよ」
ただ修行を手伝わせただけでは申し訳ないので、俺たちも手伝うと進言したのだが、会長ののらりくらりとした言葉に言い負かされて、素直に撤退することとなった。
「それにしても、どうして生徒会長は俺の修行の手伝いをしてくれたのだろう……」
「不思議だよねー」
素直な疑問であった。冷静に考えてみれば不思議なことである。
生徒会長は英雄戦士チームのリーダー候補なのだ。
そんな人に直接お願いしても、普通は門前払いになるはずである。
気まぐれと呼ぶにはちょっとことができすぎていた。
(葉山が何かしてくれたのだろうか? コイツにそれほどの権力が……?)
もともとのきっかけとなった葉山だ。葉山の方へ視線を向ける。
俺の言いたいことを察したのか、肩をすくめながらこう返してきた。
「……フフッ、正直、僕もここまでうまくいくとは思えなかったよ。せめて助言でも貰えれば上出来だと思っていた。川岸さんのときはそうだったしね」
「そういえばそうだねー、ソウタししょーのことを気に入ったのかな」
「俺のことを気に入ったのか……? 何考えてるかわからない人だからなあ」
生徒会長は謎多き御人だった。君島さんも何か隠しているみたいだし……。
「フフ、もしかして何か狙いがあるのかもね、君を利用しようとしているとか……」
「何かって? 俺にはそんな利用できそうな権力はないぞ」
強いて言えば、狗山さんを倒そうとしていることくらいか?
「生徒会長は狗山さんが嫌いとか?」
「フフッ……どうなんだろうね、あまり個人的な感情で動くようには見えないけど」
「あーそれはいえてる」
だとしたら、なにか目的が……?
「ちなみに葉山はどうして生徒会長と知り合いだったんだ?」
「フフッ……僕かい? 別に大したことではないよ。和泉会長は中学が同じだったんだよ」
「あーそうなんか」
本当に大したことなかった。
「だからこそ、和泉会長のスゴさがわかるよ。あの人は本当にこの学園にあがるまで変身することのできる環境なんていなかった。まさしく一から努力だけで成り上がった人だよ。どれほど計算高く生きていきたのか……想像することもできないよ」
「そんなにスゴイのか」
「異常とも言っていいくらいだね。どうしてあんなに頑張れたのか僕には理解できないよ……」
葉山の語る言葉はわずかだけ熱味を帯びていた。コイツにしては珍しいことだった。
「そんな人が俺の指導ねえ……」
不思議な話だった。
しかし、まあ狙いがなんであれ、俺はあの人を信じて戦い抜くと決めたのだ。
最善の選択肢を選んだと思う。目的は定まった。そのための方法も身につけた。
あとは全力で突っ走るだけだ。
俺とあゆはアイコンタクトを交わして、夜空に向かって右腕を高らかに上げる。
「よっしゃー、がんばるぞー!」「おー!」
「俺たちの修行はこれからだー!」「おおー!」
俺たちが叫んでいると、葉山が茶化してくる。
「フフフッ……すごい最終回っぽい感じだね」
「うっさい、バカ」
しかし、まだまだ俺の戦いは続くのであった。
むしろ、これから一ヶ月以上は続くのであった。
戦い抜かなくてはいけないのだ。こうして――俺の地獄の日常が始まった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今回は地味な説明会でした。次話「ヒーロー達の戦い方」(仮)をお楽しみください。半月くらい時間が経過します。
それでは次話もよろしくお願いします。掲載は2~3日以内になると思います。