第28話:ヒーロー達の友愛白熱(後編)
大きいもの、固いもの、雄雄しいもの
それは立波ジョージの“ビックマグナム“である
立波の弾丸とカズマの拳の衝突と衝撃が
ロストグラウンドを大きく震わす
二人が男の太さを競う
――『スクライド』第四話次回予告より抜粋
閃光弾の炸裂!
眩い光と爆音が半径数メートルにわたって展開されていく。
(……マズイ!)
俺の肉体は変身によって強化されたものだ。それは五感も同じだ。
味覚、触覚、嗅覚、そして――視覚と聴覚である。
鋭敏になった感覚器官にとって、閃光弾が「どれほどのダメージ」になるのか?
俺には判断がつきかねた。
(――いや! 違う違う! 犬じゃねえんだから。感覚が鋭くなったら、それに合わせて『肉体の耐久度』もあがっているはずだろっ!)
しかし、それではプラマイゼロだ。防ぎきることはできない。
迷う時間もほとんどない。体力もほとんど残っていない。
結局のところ、俺は、両目を閉じて、両手で耳をふさぐことを選択した。
防音対策。
機動隊に突撃されたテロリストみたいに、完全に無力化されてしまったわけだ。
(ついでに口を噤んで孤独に生きろ……ってか!)
直感を頼りに先ほどまであゆがいたエリアを蹴りつける!
が、空振りに終わる。
あゆはすでに消えていた。
(……マズイな)
隙だらけの状態だ。
俺は焦りを感じる。
今、襲撃を受けたらひとたまりもない。
だが、あゆも手負いはずだ。
とどまるか? 逃げるか?
二つの選択肢が時間制限バー付きで脳内に出現するが、俺は「逃げる」を選択する。
肘で無理やり、右足のボタンを押して青く光らせる。
(できるだけ遠くを目指して――飛ぶっ!)
俺は水平方向に跳躍する。
これなら追撃がきても問題ないはず。
悔しいが、闇雲に追うよりも、確実に逃げることを優先したほうがいい。
そう考えた。
(しかし、妙だな……あゆのヤツ。こんな攻撃があるなら初めから使えばよいのに)
閃光弾とは恐ろしい武器だ。
範囲は狭いが、周囲の敵を、確実に無力化できてしまう。
俺のような近接型ヒーロー相手にはとても有効な戦略のはずだ。
なのに今までは使用してこなかった。――何故だ?
(……単純に忘れていた? いや、もしかしたら彼女に右腕にも、何か特殊な発動条件があるのかもしれない)
もちろん推測の域を出ることはない。
この試合で見出すことは困難だろうが、頭に入れて損はないはずだ。
――ザッと、地面を踏みしめて移動を完了させる。
俺はゆっくりと目を開けて、周囲の状況を確認する。
閃光はすでに収まっていた。
スタングレネードといえば、長い時間残留するイメージがあったので心配だったが、光と音は一瞬だけみたいだった。どうやら杞憂ですんだみたいだ。
だが、俺たちが先ほどまでいた場所には――誰も存在していなかった。
あゆはどこだ?
隠れる場所もないため、ぐるりと見回せば発見できるはずである。
「お――いっ! こっち、だよ――――――!」
(――っと、探すまでもなかったか)
ご丁寧というか馬鹿正直というか。
あゆは自分から大声を出して、居場所を教えてくれていた。
「おおー! そっちにいたか、あゆ! つうか元気になっ――――」
俺の言葉はそこで詰まった。
続けて「元気なったな」と話しかけることができなかった。
これは別に狙撃されたわけではない。不意打ちをされたわけでもない。
驚いてしまったのだ。衝撃的だったのだ。――何が?
返事をしようと振り向いたら「彼女の衝撃的な外見」にフリーズしてしまったのだ。
まるでメデューサに見つめられた人間が石像に変わるように、俺の身体は固まってしまったのだ。
「いえーい! どうだいソウタ君! カッコいいだろ! スゴイだろー!」
あゆの声が言葉を《発射》する。
音声が空気を振動させながら、呆然とアホ顔を浮かべてる俺の両耳へ《直撃》する。
「これが、これこそがっ! 私の変身名《全壊戦士》の真骨頂だよっ!!」
まず想起したのは――大きな砲台であった。
サーカスで人を発射するような大砲、巨大な戦艦の正面についているような主砲。
今までのあゆは砲台を右腕につけたヒーローであった。
それはそれで恐ろしく強力なパワー型ヒーローとして脅威的であった。
しかし、あくまでちょっとビックリするくらいの見た目であり、フリーズを起こしてしまうほどの外見ではなかった。
でも、
でも、
それでも、アイツ自身が「巨大な砲台」に変形してしまうのはどうなのだろう?
「さあて、カッコ良く決めてみようか!」
ガガガガ、ギギギ、グググググッ――!
ガガガガ、ギギギ、グググググッ――!
あゆが、《全壊戦士》が、駆動を開始する。
一つの巨大な大砲となった彼女が動きはじめる!
長い砲身を回転させる。
四角い両足を地面に固定させる。
菱形の頭部から蒸気を噴出させる。
身体の内部機構を、SF小説の架空機械の如く、複雑に精密に稼働させる。
そうして彼女は人間を超える――!! 超越する――!!
彼女の銀色のボディは既に「人型」ではなくなっている。
消滅している、消失している。さらなる位相へと到達している。
ハードそのものが変容してしまっている。
彼女はもはや一つの大筒となっている。一つの砲弾となっている。一つの破壊兵器となっている。一つの暴力装置となっている。
それはつまり――最強ってことだ。
「うわぁ…………まさに――全壊戦士だな」
俺は感動としか呼べないような嘆息を吐く。
個人としての究極の軍事的抑止力――ある意味でヒーローの完成形だ。
すげぇ、すげぇぜ、あゆ。この短期間でこれほどまで……正直舐めてたよ。
「へぇ……予想以上だ」
生徒会長からも驚きの声があがる。
あの何でも見透かしたような会長ですら、この状況は想定外のことなのだろうか。
「わっはっは、私もとっさに頑張ったら何かうまくいったのだー! ビックリだ―!」
「お前にとっても想定外のことなのかよっ!」
そんな適当なノリで、超必殺技みたいなモードを出してるんじゃねーよ。
「つーか、どうやって声出してんだよ。そんな身体で」
「うーんと、何となく?」
「何となくかよ」
無自覚で強いってのが一番厄介なんだよ。
俺とあゆは無言で見つめ合う。やがて口火を切るようにしてあゆの言葉が《発射》される。
「……それじゃあ、ソウタ君、――そろそろ覚悟は決まったかな」
「……ああ、勝負再開といこうか」
俺たちはお互いに戦闘態勢に入る。
――といっても、俺の肉体はもう限界に近い。
あんな最終形態みたいな砲撃を喰らえば一溜まりもない。
(彼女はどうなんだ。あんな状態が長く続くものとは思えないが……)
いくら凶悪な外見になったところで彼女の体力も限界ギリギリのはずだ。
あんなコストパフォーマンスの悪そうな見た目になって何発も発射できるとは思えない。
「なあ、あゆー! お前もしかして、元気になってないかー!?」
「うーん、どうなのかなー! 痛みは気合で吹っ飛んだけど、肉体的には限界きてるかも? かもかも?」
素直にあゆはそう答える。
精神的には元気だけど、肉体的にはボロボロで変わりないのか。
もしかしたら、本当に、次の一撃が最後の勝負となるかもしれない。
(それならば……俺のやることは決まっている)
「なぁ、あゆー! 聞いてくれー!」
「んー、なにー!?」
「どうせなら最後に力比べでもしないかぁー!」
「力比べー!?」
勝つために、勝利を引きずり出すために。
俺は――彼女に提案する。
「これからー! お前が、最高の砲弾を発射させる! 俺は、最高の拳で迎え撃つ!
打ち返せたら勝利――できなければ敗北、これで決着をつけないかー!?」
こっちから一発勝負に持ち込んでやる。
アイツの砲撃の威力は未知数。距離はそれなりに離れている。
この距離から無理やり突っ込んだとしても正直、勝ち目があるかわからない。
ならば、より可能性が高く、より勝利への道が見える、選択肢を自ら生み出す。
彼女の性格上、一騎打ちは好みのはず。
この誘いは、それほど悪い賭けではないはずだが……。
すると、あゆの機体が回転しながら、蒸気を発生させる。
同時に楽しげな声が、俺の耳元へと《発射》される。
「――いいね!いいねぇ! すごくいい、すっごぉ~く、いい! 乗ったよ乗った!」
あゆは文句なしに肯定してくれる。
素晴らしい。お前のそういうところ好きだぜ。
「最高だぜ―あゆー! 大好きだ―! 友達としてー!」
「私も大好きだよー!! ライバルとしてー!!」
よろしい、ならば、契約完了だ。
小難しい読み合いも、心理合戦も必要ない。
文字通り――腕をふるうだけだ。
俺は拳を固める。彼女は内部機関を駆動させる。
人間とヒーロー、ヒーローと機械、その違いなど今は匙たるものではない。
「それならば――!」
「――いざ尋常に!」
「――――――真っ向勝負!!」
俺たちは、戦いを開始した――――――!!
拳を見つめる。
握り締める。
それだけで世界はガラリと姿を変える。闘争へと変化する。
だが、これは喧嘩だ。勝負だ。決闘だ。暴力とは本質的に異なるものだ。
嘘なんかじゃない。詭弁などではない。
男には時として「戦う」ことでしか白黒決められないことが、確かに存在するのだ。
「――まあ、目の前にいるのは、女の子だけどな」
もはや女の子ですらない。巨大砲台の化け物だ。
サイバーパンクの世界から現出してきたような禍々しいボディは、まだかまだかと俺を狙い続けている。対する俺は逃げることなく臆することなく立ち向かっている。覚悟を決めて見つめ返している。
真正面から、堂々と、拳をこめて殴り返す。
俺は頭の中で繰り返す。
かつて狗山涼子が怪獣ベヒモスに対して行ったのと同じ戦法だ。
あゆの発射する砲弾をそのまま彼女にお見舞いさせる。
それだけだ。
「必要なのはパワーと技術。そして負けない勇気だ」
あえて口に出す。勇気――この言葉を発するには俺はあまりにも未熟だ。
格好良い言葉は自分を奮わせる。酔わせる。それは時として敗北を招くときもある。
現実から遊離しすぎた言葉は毒薬にも劇薬にもなる。
だが、だが、それでも強烈なアルコールを浴びて戦う兵士のように、自分で自分を鼓舞し続ける。そう選択する。頑張れ、頑張れ、頑張れ頑張れ頑張れ、――っと。
「さあ、いくよ――ソウタ君!」
「おう、いつもでも――来い!」
あゆが起動をはじめる。
エンジンが熱を放ち、砲台の中心が朱色に染まっていく。
蒸気が葉山の煙のようにあちこちから吹き出す。砲身から重たい音が聞こえる。
――ガッ、チャン!!
あゆの両目が何処にあるのか俺は知らない。
だが、それでも、彼女の視線が俺に向けられるのが理解できた。
強烈で鮮烈な「戦おうと」という波動をガッチリと受け取る。
「さあ、さあさあさあ、縦横無尽に戦おう! 自由気侭に戦おう!」
戦おう、戦おう、戦おう、戦おうっ!!
戦おう、戦おう、戦おう、戦おうっ!!
理屈なんて考えるな。道理なんかすっ飛ばせ。
ただ、ただ、真っ直ぐに――戦おう!!
「――いくよ、変身名《全壊戦士》!! 全力で破壊せよ!! 全霊で破壊せよ!! 全身全霊で、全力全開で――全壊せよっ!!」
砲弾が発射される――!!
怪獣なんて目じゃないくらいの凄絶なエネルギー。空気が歪むのが視認できる。
踏みとどまらないと圧力で吹き飛ばされてしまいそうだ。
俺は正面から砲弾を見据える。
右腕は既に強化を終えている。迷うことはなにもない。
真正面から、堂々と、拳をこめて殴り返す。
真正面から、堂々と、拳をこめて殴り返す。
真正面から、堂々と、拳をこめて殴り返す。
呪文のように繰り返し唱える。
それが覚悟になる。それが勇気を生む。それが強さへ変わる。
俺を戦わせてくれる魔法となる。
それから、息をすって、腹くくって、
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ――!!」
「い、っけええええええええええええええええっ――!!」
絶叫と共に砲弾を殴りつける。
あゆが気合を込めて叫びだす。
俺たちの声が共鳴するように辺りに轟き、一騎打ちを飾る戦闘曲となる。
そして響きあう、衝撃、衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃衝撃っ――!!
既に言語化できる領域を超えている。リアリズムを超越している。
右腕の感覚は既にない。懸命に力を込めてるが、その感覚すら判らない。
ただ、ただ、俺は必死に踏みとどまっている。
このタイマンに打ち勝つために。
いつの日か訪れるだろう決闘に勝利するために。その時に栄光を手にするために。
俺は理論も戦術も思考も、かなぐり捨てて、全力で目の前の壁に挑んでいる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ――――!!」
「ぐ、ぬううううううううううううううううううっ――――!!」
叫ぶ、叫ぶ、言葉は力だ。思いは強さだ。
勝利の言霊は現実を塗り替える。勝利の祈願は現実へ波及する。
だから俺は叫ぶ。あゆも負けじと叫ぶ。これはただの殴り合いじゃない。
信念と信念のぶつかり合いなのだ。
「いっっけええええええええええええええええええっ!!」
あゆの力が強まる。彼女の思いを込めた砲弾が俺の拳へ拳へ突き進む。
段々と彼女の力の強さが如実になっていく。このままじゃ負けてしまう!
均衡が崩れる。崩壊する。瓦解する。敗北する。嫌だ。それだけは嫌だ。
くそお、俺は必死になって踏みとどまる。
同時に右腕のボタンを連打する。もっと強くなれ。もっとだ。もっと、光り輝け。力が欲しい。あの戦士みたいに。わずかでもいい。限定的でもいい。少しでも俺に力を。まぶしい力を。勝利の栄光を――――――――っ!
ギュィ―――――――――――ン!
それは無意識の動作だった。
右腕が光り輝くのと時を同じくして、俺は「身体中のボタン」を押しまくった。
今、思えば不思議な行為だった。少なくとも理性的な行動ではなかった。
右腕の以外のボタンを押してしまえば――右腕の力が弱まったかもしれないのだ。
そのまま物理的に無理矢理に――砲弾に押し切られてしまったかもしれないのだ。
だから、理由はない。
これは、本能の問題だ。
ヒーロー能力は、本人の潜在意識を媒介としている。
だから、無意識に正しい選択をしたとしてもおかしくないと――論理的に説明づけることはできる。
だが、
だが、そうじゃない。
俺は俺の願いを叶えたのだ。打ち破ったのだ。壁を、障害を。
俺の身体が輝く。右腕だけじゃない。
全身が、
俺の全身が、身体中が眩いように、まるでかつて俺を救ったヒーローのように輝く。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ――――!」
俺の全身は輝く。それは光だ。光は力だ。世界を変える力だ。
無意識に言葉が浮かんだ。だから、俺はためらいなく直感的に告げた。
「完全体モード移行!! 変身、完了――――!!」
こうして人間はヒーローになるのだ。いつだって。
俺は眼前を見る。
もう――負けない。
右腕にある銃弾を見る。
もう――負けやしない。
「う、お……」
俺は言葉を口から漏らし、そして、
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――っ!!」
そのまま砲弾を拳で支えたまま、――川岸あゆの元へと走りだした!
加速する、加速する、全力で全力で、砲弾のエネルギーに逆らって、走りだす!
「え、えええええええええええええっ!?」
発射を終えていたあゆは驚愕の顔でコチラを見る。
俺はお構いなしに、グングングングン、ダッシュで走り出す。
「だああああああああああああああああああああああああ――――っ!!」
俺の身体は全身かがやいている。
右腕だけでは、右腕だけの力では、正直、この銃弾を打ち返すことはできない。
それは無理だ。
だが、だが、俺の→《両足》がまだある。
俺の→《両足》は踏みとどまるだけじゃない。
前へと進んでいく力を残している。
なら、進むしかない。
壁が拳で突き破れないなら、そのまま無理やり――押し返せばいい!!
押し切ってしまえばいい!!
俺はそのまま力いっぱい、力いっぱい、あゆの元へと走り、走り、
いつか見たアニメのように、砲弾をあゆの砲身へと、無理やり戻す。
――送り、返すっ!
「う、わっ――――!」
あゆの機体が少しだけ揺らめいく。
動きを止める。
そして、そうして、そうして、――爆発する。
轟音!
あゆが降参を意味する言葉をあげるのが聞こえる。
爆発する音が聞こえる。誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえる。
そうしたあれやこれを聞きながら、あとはもう朧気に、夢心地の気分のまま――俺は、この俺は勝利を掴みながら静かに――気絶した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
激しさを表わすために今回は特殊な感じにしてみました。もし合わない方がいましたら申し訳ございません。
次話「ヒーロー達の一時休息」(仮)をお楽しみください。
掲載は4日以内になると思います。それでは次話もよろしくお願いします。




