第27話:ヒーロー達の友愛白熱(中編)
「――――イエスッ!!」
…………あゆの声が聞こえる。
おそらく万歳のポーズでもして飛び跳ねているのだろう。
そのまま隙だらけでいてくれれば助かるのだが、そうそううまくいくだろうか。
俺は煙の中にいた。
生きていた。ギリギリで生きていた。
理由はぶっちゃけ不明だ。とっさに身体中のボタンを好き勝手に連打していたら、どうにか耐えぬくことができたようだ。身体の強度が、想定よりも高かったのだろう。
うれしい誤算だ。幸運と呼ぶしかない。
しかし、身体はボロボロの状態だ。
打ち上げ花火の爆発をモロに受けてしまった。
もう一度、同じような攻撃を食らってしまったら、間違いなく俺は気絶するだろう。
よく主人公の必殺技が直撃したボスキャラが「どうやら俺を本気にさせたようだな」と爆発の中から復活を果たす場面があったりするが、彼らもきっと心の内側では「ヤバイヤバイ、今の攻撃、まじ死ぬとこだった」とテンパっていたに違いない。
現にいまの俺の心境はそんな感じであった。心臓バクバクであった。
どうにか逆転の手だてを考えなくてはいけない。
煙ももうすぐ明けるし、ブーストも長くはもたない。
最高で最適なタイミングをうかがっていた。
(……おそらく接近戦に持ち込むのが一番確実だ)
先刻はあゆの「仕込み刀」で、意外なカウンターを受けてしまった。が、前もって知っていれば対処できない攻撃ではない。
そもそも、あんな所から剣がニョキっと生えてくるなんて、誰が想像できるだろうか。ウ○ヴァリンかよ。ウ○ヴァリン。誰かマ○ニートを読んでくれよ。
冗談はさて置き、花火の一件は完全に失態だった。
素直に反省するべきだ。
空を飛べば安全――なんて慢心が心のどこかにあったのかもしれない。
広域戦闘タイプを相手に、間合いを広げるだなんて、愚の骨頂にも程がある。
俺は近接型なのだ。
本質的にそうだと断言できた訳ではないが、少なくとも今はそうだ。
近づいて殴らなければダメージを与えられない。
その基本をしっかりと胸に刻みつけよう。
(――さて、反省した上で、現在の俺にできる最善を尽くそう……どうやって接近するかだ。ブーストの速度でいけるか……いや、挑戦するしかないな)
油断はいけない。正直なところ俺は「葉山戦」よりもあゆとの対決に苦戦している。
行動すべてが裏目に出ている気がする。
きちんと作戦を練り、精神を集中させて戦いに挑まなくては――。
煙が徐々に薄れていく。
あゆから見えるか見えないかくらいのタイミングで、俺はブーストをかける。
背中から「熱」を感じる。
急加速をして――地上へと接近する。
自分で言うのも何だが――まるで一本の光の矢だ。
「う、うわわわっ……きたきたぁ――!」
煙が晴れる。前方の驚いたあゆの顔が見える。身体が、右腕が見える。
俺の生存にビックリしているようだ。そりゃそうだろう。
慌てて右腕を構えてくる。同時に目盛りをズラす。また技を出すつもりだな。
「いっけー! 私の《全壊右腕》ッ!! 種類『捕獲網』発動ッ!!」
あゆの右腕から巨大なネット状の物質が放出される。
捕獲網――まさに虫採り網そのものだ。
おいおいおい、もはや、何でもアリだなコイツ!
おそらく俺をあの網で捕獲して、グルングルンと振り回しても吉、そのまま射撃の的にするのも吉、って考えているのだろう。
とにかく、このまま突撃したらアウトだ。
真っ直ぐ突っ込んだ時点で、ライフはゼロ、ゲームオーバーって寸法だ。
「さあ、私に釣られてしまえー!」
「――しかし、それは俺が直進すればの話だがな」
俺は――あゆの方向へと直進はしなかった。
激しい風圧をくぐり抜け、降下していく角度を本来よりも深く深く微調整する。
正確には――あゆの数メートル手前の地面、そこに目掛けて突撃していった。
(そもそも、ブーストは限界なんだ。お前のところへは突撃できねえよ)
右腕のボタンに触れて青く光るのを確認する。
力の集束を感じる。さらに角度を深くする。風が強くかかる。
ブーストも限界らしく放熱を止めて、俺は空をとぶ自由を失いはじめる。
重量を感じる。そのまま地面へと激突する勢いで降下する。
「…………あ、あれれっ!?」
あゆが気づいた。標的は自分ではない――と。
気づいたところで遅いぜ。もう、俺は止まらない。
眼前には地面、前方にはあゆ、落下しながら、右腕の集束を完了させる。
地面が広がる。
地面が広がる。
右腕を伸ばす。
右腕を伸ばす。
俺は「強化」した右腕をバスーカ砲のように前に突き出す。
そのまま激突するまで近接――地面へと触れる。
「うっ……ぉ!」
苦悶の声を漏らす。
両足をぐるんと力いっぱい振り上げる。
強烈な回転エネルギーを全身に与えながら地面を叩きつける。
一気に、体操選手のように、トランポリンに見立てて、大きな音を鳴らしながら、
「――――ッダ!」
俺は右手で――前方倒立回転飛びを成功させる。
要するに、ハンドスプリングだ。
俺はそのまま片腕の力で強く地面を打ち出して、あゆの前方→真上→後方へと一気に転回する。
あゆのワイヤーネットの放射角度を華麗に避けて、俺は彼女の後ろへと落ちる。
後ろ、そう、川岸あゆの後方だ。
攻撃は発射し終えたばかり。最大最高の反撃のチャンスが目の前にある。
攻撃を仕掛けたその瞬間、人間は、もっとも「無防備」な瞬間をあらわにするのだ。
目の前には――隙だらけの彼女の背中があった。
俺は叫ぶ。
「チャァァァ~ンス!!」「――うげげげっ!?」
あゆは急いで振り向こうとする。
俺はすでに攻撃の間合いに入っている。
右腕を青く光らせて、力を込める。
拳を握る。
あゆの右腕が駆動する。遅い遅い遅いぜ。
これで――――決まりだッ!
「いくぞぉおおお――――――――っっっ!」
「お願い守って! 私の《全壊右腕》!! 種類『防壁』大展開――!!」
俺は拳を強く強く振るう。あゆへと激しい激しい一撃をブチかます!
あゆは右腕で対抗する。魔法陣の如き円状のシールドが展開される!
互いの力が激烈な勢いで衝突する。
「――ヌルいいいッッ!!」「負ける、もんかぁ――――!!」
俺の拳とあゆの盾が切迫する。
圧力がかかる。
負荷がかかる。
まるで最強の矛と最強の盾のように。
力と力、エネルギーとエネルギーが真っ向から激しくぶつかり合う。
あまりの力強さに周囲の空気まで変貌している。
地面がガクガクと揺れている。
しかし、先んじたのは俺だ。先手をとったのは俺だ。趨勢は――俺の方に傾いた。
「――――――――ッラァ!」
俺は拳を振り切る。
無理な体勢から展開されたシールドは粉々砕かれて、あゆは蹴り飛ばされたサッカーボールのように一気に一気に吹き飛んでいく。
身体をくの字に折り曲げながら飛ばされていくあゆは、地面をダンダンダンと幾度のたたいてからようやく止まることを許される。
「――――フシュゥウウウ……」
俺は右腕をガシィと握りしめて決めポーズをとる。
まさしく一撃必殺、決まれば確殺の必殺技であった。
あゆの動きが止まったのが視認できた。
「――――よしっ!」
右腕をガシィと握りしめていた決めポーズを終える。
これで勝負がついただろうか? どうだろう?
俺は確認するために、あゆが吹き飛ばされたところまで近づく。
あまり期待しないほうが良いだろう。俺だって爆発の中で生き残ったのだ。
それに、あゆはここまでの戦いで「ほとんどダメージを受けていない」のだ。
いくら必殺技を食らわせたといえ、あれだけで終わるとは思えない。
だからこその確認だ。
仮にあゆが生き残ったとしても、大ダメージには違いないだろう。
ついでに今は姿勢を崩している。
それじゃあ反撃はできない。
今の状況で追撃をかけられれば、俺が有利に展開が進められるだろう。
――ガシャン。
あゆの元へとあと数メートルというところで、例の金属音が聞こえる。
思わずギギギっと踏みとどまる。
寝転んだ状態で、右腕だけこちらへ照準を合わせる川岸あゆがいた。
「おおぅ、あぶない、あぶない……やっぱり、油断はいけないな」
「…………な、ナイス判断だね、ソウタ君。そのまま近づけば、ズドンとできたのに」
「まだ倒れていなかったのか――あゆ」
あゆは生き残っていた。気絶などしていなかった。
だが既にもうボロボロの状態だ。
あちこちの塗装が剥げて傷んでいる。軋んだ音を立てている。
胸に身体に装着されたタイマーが点滅を起こしている。
どこからどう見ても、満身創痍に間違いなかった。
「う、うん、どうにかね、私って思ったより丈夫みたい。ソウタ君も花火の中から生き残ったんだね……一緒だよ、一緒」
「ああ、そうだな」
「へへっ……つまり、身体が限界に近づいてるっていうのも、一緒なのかな?」
「ああ、……そうだな」
互いにニヤリと笑う。
当然表情は分からないが、醸し出す雰囲気から彼女も笑っているのだと理解できた。
あゆのことを指摘してばかりはいられない。
何度も攻撃を受けて、身体のあちこちに限界が溜まっているのは俺も同じだ。
おそらく次の攻撃を受けたら、変身モードを保つことはできないだろう。
「言っとくけど、動いちゃだけだからね」
「……わかってるよ」
俺は動くことができなかった。
あゆの身体は座り込んでいる。
しかし、右腕だけは俺のひたいを正確無比に向けられている。
コメカミのところに「赤い点」がユラユラと揺れているのが判る。
レーザーポインター。狙われてるわけだ。
「一歩でも動いたら、ゲームオーバーだよ……」
「よく、すぐにこんな対応ができたな」
「こんな状況だからこその対応だよー」
めずらしく疲れたような口調で、座り込んだ自分の状況を示す。
「銃で狙うなら、姿勢が崩れていようが、座り込んでいようが、関係ないってことか。俺が攻撃する前にぶち抜くことができる」
「そゆこと……」錆びたような音をさせながら頭部を動かして肯定する。
「――さあ、どうする、ソウタ君? 命が惜しければ、ここらで降伏する? まあ、答えは聞いてないけど」
「拳銃での脅迫とか、まるで銀行強盗だな」
「悪役は見るのは好きだけど、自分でなるのは嫌だなー。ヒーローなんだし」
彼女との会話をしながら、俺はこの状況を打開する方法を考える。
まるで演算処理をおこなうCPUのようにクロックを刻みながら考える。
(――どうする? 距離はそう離れていない)
(さっきみたいに手でキャッチはできないぞ)
(…………隙を見て動くか?)
(あゆとの距離は近い)(つまり)(俺が攻撃することも可能だ)
(隙があれば)(一瞬でも)(隙が作ることができれば)
(どうにか、あゆの気を逸らすことを考えなければ……)
パチパチパチと電卓を弾くように俺は思考をめぐらせる。
そうして、一つだけ、彼女の隙を作る方法を思いつく。
(しかし、これでうまいくいくか?)(こんな詭弁で?)(言葉遊びで?)
(いや)
(いいや)
(それでも、やるしかないのだろう)
荒唐無稽なのは理解している。が、それでもあゆに話しかける。
「…………なあ、あゆ。ふと思ったんだが、この攻撃は無駄だよ」
「え?」
「ヒーロー好きなお前なら、よく知っているだろう?」
演技ではなく、ごく自然に会話を続けることを意識する。
俺は、コメカミにあてられた「赤い点」を指さしてつぶやく。
「よくある話だが、狙撃系ヒーローは悪党を相手にするときは無敵だが、同じヒーロー相手だといきなり弱くなる――何故だかわかるか?」
「ど、どうして?」
「そもそも、ヒーローは暴力に対抗する存在として誕生した。この世では怪獣だが、空想上の諸作品だと、悪党とかギャングともヒーローは戦う存在として描かれている。悪の組織でも構わない。ともかくどうしようもない暴力に対抗するため、ヒーローとは創造されているものなんだ。そして拳銃。これは暴力の象徴ともいうべき存在だ。剣や拳とは違う。実質的で本質的な暴力の象徴だ。――つまり、」
「え、え、ど、どういうこと?」
「――ヒーローは飛び道具では『致命傷』にならないんだよ」
俺は素早く斜めに移動して、地面を蹴ってそれから、あゆへと肉薄する。
あゆの弾丸があろうが気にしない。俺は自由に動く。
拳銃で補足できないからスーパーヒーローなんだ。
銃弾で射殺せないが故のスーパーヒーローなんだ。
暴力と権力に屈しないからこそスーパーヒーローなんだ。
「――だから、無駄なんだ」
むろん、詭弁だ。よくもこうペラペラと喋れたもんだ。
創作は現実とは違う。世の中はそれほど純化されているわけじゃない。
それに拳銃が暴力の象徴といっても、日本に拳銃はねえよ。
アメコミぐらいでしか通用しない論法だ。
しかし、ヒーローオタクのあゆを「一瞬」迷わすくらいの効果はあるんじゃないだろうか?
「――なるほどねっ!」
納得したような声が聞こえる、あゆも俺の目的に気づいたようだ。
しかし、すでにあゆの包囲網を抜けている。そのまま発射しても俺にはあたらない。
目標は達成している。
それなのにあゆは、彼女は、余裕綽々で、こう返してきた。
「それなら、大丈夫。――そんなのは百も承知だよ。狙撃ヒーローは不遇だよねー。
だから、これはただの弾丸じゃない」
あゆは不変的な笑顔を浮かべてこういった。
「――閃光弾だよ」
その瞬間、俺の眼前に眩いばかりの光と音が炸裂した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次話「ヒーロー達の友愛白熱(後編)」お楽しみください。
あゆとの死闘にも決着がつきます。
最後は今までで一番ドストレートなぶつかり合いになると思います。
投稿は4日以内にはする予定です。それでは次話以降もよろしくお願いします!