第25話:ヒーロー達の打ち上げ花火
屋上に帰還した俺たちは、生徒会長たちに拍手で囲まれながら迎えられた。
パチパチパチパチ、パチパチパチパチ――。
美しい青空の下で拍手の音が鳴り響く。感動的なBGMでも流れてきそうだ。
「新島くん、勝利おめでとう」
生徒会長が讃えてくれる。
「ソウタ君、おめでとうっ!」
川岸あゆが讃えてくれる。
「おめでとさん……」
君島さんが讃えてくれる。
「――グワグワッ!」
……何かが讃えてくれる。
「フフッ……新島くん、おめでとう」
葉山分身が讃えてくれる。
「フフッ……新島くん、おめでとう」
葉山分身が讃えてくれる。
「あ、ありがとう」
そうか、……俺はここにいてもいいんだな。
生徒会長に、ありがとう。
葉山樹木に、さようなら。
そして、全ての英雄戦士達に――おめでとう。
「――何だよ、この最終回はっっ!?」
俺は全力で突っ込んだ。
「――エ○ァかよっ!?」
ちょっと、新世紀エ○ァンゲリオンすぎていた。
伏字の意味なんてないんじゃねという勢いで、新世紀エ○ァンゲリオンだった。
葉山なんて分身まで出して拍手をしてきた。本体を地面にぶつけてやろうか?
「ハハッ、時代を超越した演出をしてまで後輩の勝利を称えるとは、さすが僕」
「いや、すげーですけど」
俺もノリノリで返してしまった。
「それよか、明らかに変な鳴き声が混じっていたんですが……?」
「あれはペンペンよ」
「君島さん……」
「温泉ペンギンの一種よ。または私のモノマネよ」
「あんたの仕業ですか!?」
俺は叫んだが、君島さんは涼しい顔で見つめ返してきた。
「そうよ、何か――文句があるわけ?」
その表情に俺は言葉がつまる。
美しい黒髪をさらさらっと風になびかせて、首を少しだけ傾ける。
ぐっ……さすがにメンタルが強い。
変な敗北感を抱いていると、生徒会長が近づいてきた。
どうやら、おかしなノリもここで終了のようであった。
「それではあらためて、――戦闘お疲れ様、新島くん、葉山。どうだい戦ってみた感想としては? 何か思うところはあるかい?」
「フフッ……次は必ず勝ちます」
「気はえーよ」
葉山の挑戦的な口調に俺は呆れてしまう。会長も苦笑している。
コイツもなかなかに負けず嫌いだ。
「そうだね……客観的に見ていると、葉山は作戦をガッチリと構築しすぎたきらいがあったね。もっと柔軟な思考ができれば、自分から攻めないで、最後まで分身に任せるって選択肢を選べたと思うよ。
――たぶん、新島くんは、あのまま分身の攻撃を受け続けていたら敗北してた」
会長の強烈な一言。
しかし俺は、衝撃を受ける訳でも、反論を投げる訳でもなく、素直を頷いた。
「……まあ、そうですね。俺の勝利は運がよかったってのもあります」
否定できない事実だった。
勝負の後半、葉山の煙の分身たちは、まさしく最強モード。無敵の存在であった。
あのまま攻められていたら、今回のように葉山本体を狙えたか分からない。
さらに地の利も俺側に働いていた。戦闘場所が今回みたいな屋上ではなく、煙の密集しやすい室内などであったら、葉山の攻撃はより凄惨なものになっていただろう。
空へと逃れることもできずに、なぶり殺しにされていたはずだ。
ぶるるっと身震いする。
そう考えると、俺の勝利は本当に幸運に恵まれていた。
あらゆる環境と、あらゆる状況を、偶然によって有機的に繋げられたに過ぎない。
要は、この勝利で気をゆるめるなってことだ。
絶望ってやつは油断した人間のところへ真っ先に訪れる。
「次こそは勝ちます」
葉山はそう繰り返していた。次も勝てるという確信は今の俺にはない。
脅威的だな……心の底からそう思った。
「それじゃあ、次の戦闘に移る前に、エネルギーの充填でもしてしまおうか。
ゆーちゃんお願いできる?」
会長によるありがたい講評を終えた後、俺たちは君島さんから治療を受けることとなった。
君島さんは嫌がったが、生徒会長が無理やり言い負かしてしまった。
以下は、その会話の一部を抜粋したものである。
「……それだったら栄養剤を部室から持ってきたわよ」
「ゆーちゃん、お願いできる?」
「これがあれば回復くらいは余裕でしょ?」
「ゆーちゃん、お願いできる?」
「栄養剤でも効果は同じ……」
「ゆーちゃん、お願いできる?」
「…………」
「ゆーちゃん、お願いできる?」
「…………ゆーちゃん言うなし」
まるでゲームで頼みごとをしてくるキャラのように「他の選択肢なんてねぇよ」と言わんばかりの力技であった。ていうか無限ループ?
君島さんは文句をもらしながらも、俺たちの治療にあたってくれた。
前回のインド式マッサージのような肉体言語にもの申す方法ではなかった。
両手を肩に当て、ジーっと精神を集中している。
「……なにしてるんですか? ギャグ?」
「大マジメよ、バカ」
片手で殴られた。言われるまま静止していると、不思議なことに力が湧いてくる気がした。
いや、違うぞ。気分だけの問題じゃない。本当に身体が元気になってきた。
何だこれ、何だこれ、バイオリズムが正常化して、ドンドン調子が良くなってくる。
「す、すごい……なんだこれ」
「あれ? 伝わるのね。よほどヒーローの力に親和性が高いのかしら? 何度か似た経験があるとか? 順応し慣れている感じがするわね……」
そうして十分もしないうちに、
「……はい、これにて終了。予想以上に早く終わったわ」
俺の治療は完了する。――治療? 治療だったのか?
不思議そうな顔をしてるだろう俺に、君島さんはため息と共に返答する。
「正確には『ヒーローエネルギー』を充填させたのよ。どうせ戦闘で淀んでいるだろうから、勝手に注がせてもらったわ」
「ヒーローエネルギーを……注ぐ?」
ここで改めて、説明しようっ!(ババーン)
ヒーローエネルギーとは、現代において34歳以下の人間たち、地球人類すべての肉体に内在されている超パワーのことである。
俺たちは、この力を活性化させることで、ヒーローに変身しているのだ。
このエネルギーは基本的に枯渇することはない。エネルギー切れは存在しない。
その代わりとして、変身能力を多用すると、エネルギーが淀むことがある。
血液がドロドロになるように、川の水が汚れるように、身体の内側でヒーローエネルギーのバランスが崩れてしまうのだ。そうすると、変身装置をつけても、うまくエネルギーを活性化することができない。つまり変身することができなくなるのだ。
普通は時間をある程度置けば回復する。
全力疾走で乱れた呼吸が元に戻るように、身体の免疫作用だか難しい器官だかが、便利なことに自動的に回復させてくれるのだ。
――以上、説明終了っ!(ズババーン)(シビビーン)(ワォーン!)
「ヒーローエネルギーを回復できるヒーローがいるのは授業で知ってましたけど……君島さんがそうだったんですか?」
でも変身してないな。シロちゃん先生だって能力発動してたのは変身後の姿だった。
そんなことが可能なのだろうか。
素直な疑問からそう問うと、君島さんは不愉快そうな顔を隠さずに返してきた。
「別に、回復系って訳でもないわ。普通に、ごく普通に、怪獣の殲滅が専門よ」
「でも変身もなしに、そんな……」
「できるのよ。私は――化け物だから」
「化け物って」
俺がドン引いていると、生徒会長が後ろから声をかけてくる。
「よーっし、回復したみたいだね、新島くん。ゆーちゃん次は葉山をお願いね」
「はいはい……わかったわよ、やればいいんでしょう。やれば……」
君島さんは嫌そうな顔をしながらも、葉山の方へと向かっていった。
そうして俺と同じように葉山への治療を開始した。
化け物……? 何だそれは?
「優子ちゃんのことが気になるかい?」
生徒会長がそう問いかけてきた。俺は素直に首肯する。
そりゃあ、あんな台詞を吐かれて去られたのでは仕方ない。嫌でも気になってしまうだろう。俺はそう答える。
「まあ、そのうち君に話すことになるよ。君の人生にとって知るべきことだろうから」
「人生って……」壮大だなおい。
「今はまだダメだけどね。もっと修行が進んでから……かな?」
「……何だか、ずいぶんともったいつけた言い方ですね。その話から察するに、それほど隠していることでもなさそうですけど……」
むしろ俺に見せつけている印象を受ける。
会長の行動にはいろんな意味合いにおいて作為性を感じる。
フザケているようで、何かを狙っている。そして計算を臆面もなく隠そうとしない。
「はっは、何のことかなー?」
俺の言葉に、会長は肯定とも否定ともとりかねる苦笑を浮かべる。
ぐぬぬ、政治家みたいだ。いや生徒会長なんだけどな。
「ははっ、とりあえず今は次なる戦いに赴こうじゃないか。
僕は最初に言ったはずだよね――二人と戦ってもらうって」
「って、ことは、やっぱり――」
「よっしゃー! いっくよ~!」
大声が聞こえる。
屋上の中心近くでぴょんぴょん飛び跳ねている彼女――川岸あゆの姿が見える。
「その通りだ――次は彼女と戦ってもらう」
生徒会長は悠々とした口調でそう述べた。
あゆは既にハイテンションであった。
服装は運動用の体操服、シロちゃん先生が着てるアレではなくて、もう少し女子生徒にも優しい見た目をしたものだ。短く切り揃えられた黒髪の下からは、太陽のごとき笑顔を覗かせている。高いところにのぼって興奮している子供みたいだ。
腕をグルグルグルグルまわしながら、変身装置と思わしき腕章を振り回す。
「あー、あゆかー」
「何、そのガッカリしたような反応はっ!?」
俺の馬鹿にしたような口調に、あゆはプンプンと頬を膨らませるが、
無論、俺は口調ほどは「ガッガリ」してないし「馬鹿」にもしていなかった。
先ほど葉山との戦いを経て、俺の覚悟は定まっていた。
油断せずに戦う、あゆ相手だろうとその気持ちは変わらないのだ。
「あ、あれっ! 学生証どこやったっけー?」
「ちなみに試験では変身できなければ即失格ですからね」
「ええっ! ちょ、ちょっと待ってください、さっきの試合前にはあったんですっ!」
ゆ、油断せず戦うのだ……。
笑いそうになるのを耐えながら、俺はそう自分の心に心に言い聞かせた。
どうやら着替える前のスカートに入れたままだったらしく、ダダダダダッと走ってカバン回収してきた。そしてダダダダダッとわざわざ元の場所へと戻ってきた。
まったく忙しいやつだな。しかも基本的に移動が全速力、疲れるぞ。
「よーっし、オッケーオッケー!」
息を切らして笑いながら、あゆは学生証を腕輪に擦らせる。
「変、身――ッ!」
その瞬間――大きな爆発音があゆのところから聞こえる。
火柱が発生してグルグルと周囲を取り巻きはじめる。
音が引いて、炎が収まり、中からブリキ型のロボットが爆誕する。
「さあ、縦横無尽に戦おう! 自由気侭に戦おう! 変身名《全壊戦士》」
巨大な砲台に改造された右腕を真上にあげる、
ガシャン、
心地良い機械音と共に、真っ黒な砲弾が発射させる。
ヒュ~~~~パァン!
青空だろうが無関係に、晴天だろうが無問題に、
川岸あゆの打ち出す砲弾は、笛の音を鳴らしつつ、空中で鮮やかな花火を放射する。
俺たちの頭上で美しい火花が炸裂する。
「…………めちゃくちゃ、ハデだな」
わざわざ打ち上げ花火あげてんじゃねえよ。
しかも、変身名《全壊戦士》って、
ヒーローの変身名じゃねえよ。
全てを破壊し、全てを繋げるつもりか。世界の破壊者もドン引きだよ。
「それじゃあ第二戦といこうか? 新島くん準備はいいかな?」
生徒会長が話しかけてくる。体調的には問題ない、俺は肯定の意を込めて首肯する。
右手に持った銀色のベルト、これを再び腰に巻き学生証を当てる。
「――――変、身ッ!」
眩しい光が、全身を包み込む。
眩しい光が、俺の肉体を強化する。
眩しい光が、意識せずとも感応せずとも身体中に入り込んでくる。
それだけで俺の肉体というハードは人間を超越する。
「変身、完了しましたっ!」
「待ってたよ~ッ!」
あゆが嬉しそうに飛び跳ねる。
渋い銀色のボディが「ガシャンガシャン」と起動して、身体中のギミックが「ギコギコ」と煩雑そうに起動し、巨大な右腕が「ガンガン」と回転する。
まるで子供の玩具そのものだ。問題はそれが人ほどの大きさを持ってるってことか。
「――治療、終わったわよ」
ちょうどよいタイミングで、君島さんも葉山の治療を終える。
必要な状況はすべて出揃ったようであった。
「ようし、それでは開始することとしよう。ルールはどうするかい?」
「葉山くんと同じルールでっ!」
「俺もそれで構いません」
俺たちは二人して頷きあう。「おい、あゆ」と前置きをしてから、彼女をビシィと指さして宣言する。
「最初に言っておくが――俺は女子でもグーで殴れるからな」
あゆは一瞬だけ呆けた表情になるが、すぐに「ガチャリ」と頭のネジを回転させて、激しい気迫をコチラへ向けてくる。
「おおー! いいねぇ、かーなーりー本気のようだね! そうこなくちゃあ!」
目の前のあゆと視線をバチバチと合わせる。君島さんが「暴力的」とつぶやいてくるが、アンタにだけはそれは言われたくない。
生徒会長は俺たちの様子を眺めて、満足気に笑う。
コホン、と軽く咳払いをしてから、右手を上空へと掲げて問うてくる。
「それでは『新島宗太VS川岸あゆ』の対決を始めるとする。ルールは先ほどと同様、どちらかが気絶するか、降参したら決着。それで大丈夫だね?」
「……大丈夫です」
「オッケーですよ!!」
会長は納得するようにうなずき、右手を大きく振り切る。
「オーケー。では、いざ……戦闘、開始――――ッ!」
戦闘のはじまりを堂々と告げた――その瞬間!
その同じタイミング。
何かが発射される鋭い音、ズドォン!
あゆは俺の肉体を狙撃に成功した。
「えっ……!」
迫りくるレーザー、いきなり、唐突。
混乱と困惑に渦巻きながら。俺の耳にあゆの快活な声が侵入する。
「ふっふっふ……遅いよ新島くん! すでに――私の充填は完了しているッ!! 開幕射撃、瞬間速射、一撃必殺、スピードアタック!
――私の狙撃能力を甘く見てはいけないよっ!」
激しい光線は、俺の腹部へと真っ直ぐ迫って、勢いを落とさずそのまま被弾する。
生徒会長による素敵な素敵な修行の第二回戦。
変身名《全壊戦士》川岸あゆとの激しい戦いが開始された。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
ちょっとパロディの度が過ぎた気がするので個人的に反省します。
次回「ヒーロー達の友愛白熱」(仮)をお楽しみください。川岸あゆ戦となります。
それでは次回もよろしくお願いします。




