第24話:ヒーロー達の友情激突(後編)
「――フフフ、先に断言しておこう、新島くん。今の僕は最強モードになりつつある」
「何を言ってるんだ、お前は?」
俺たちは応酬を重ねるにつれて、お互いの手の内が段々とわかってきた。
基本的に葉山は分身を出すしかないし、俺はこうして殴りにいくしかない。
お互いに隙を見せたほうが敗北、そうした勝負に移りつつあった。
――しかし、この俺のように、何か「奥の手」を隠しているというのだろうか。
「……フフッ、新島くん。おそらく君も気づいているだろうが、僕もまだまだヒヨッコのヒーローだ。今は簡単な分身術しか扱うことができない。それもすぐに壊れてしまうような脆弱な分身だ」
「そうだな」
「しかも操ることができるのが二体まで……まったく参ってしまうよ。こうして間合いをとりながら攻めないと逆転されかねない。君のように攻撃力が高いわけでもないから、地道に攻撃していくしかない。因果な能力だよ我ながら」
「……ペラペラと怪しいな、そう言って隠し玉でもあるんじゃないのか?」
俺の指摘に、葉山も目が細まった気がした。もちろん変身後であるので、表情は変わらず、わずかな動作の機微から判断するしかないのであるが。
「フフッ……どうだろう、しかしね、新島くん。僕は能力というのは『使い方次第』だと、信じているんだよ。基礎的な技だって積み上げていけば奥義を凌駕する。そういう戦い方が最後に勝利を呼び込むのさ。……そのことを僕が……君に教えてあげようじゃないか」
「ならば、俺だって、お前の分身術を攻略する方法を思いついたぞ。もし油断したら一気に敗北するものだと思いな」
俺たちは視線を交錯させる。
互いに理解する。ここから先は気を抜いた方が負けるのであると。
「それでは――全力で戦おうじゃないか」
「今まで本気じゃなかったのか?」
「本気の本気さ。でも本気で戦うことと、全力で戦うことは別だろう?」
「そりゃそうだ」
視線の交錯が強まってきた。
気持ちを切り替え、精神を集中させ、いかなる動作にも対応できるよう心がける。
息を飲むことさえ許されぬ、痺れるような空気が充満していく。
――そして、数刻の後に、そうした空気が破られることになる。
先に動いたのは葉山だった。
両腕を指揮者がタクトを操るように、大きく振り上げる。
その瞬間、葉山の両端にいた分身が「ボフンッ!」と消える。――何故だ? そう思った途端、自分でも全力で褒めたいくらいの直感力で俺は横に跳んだ。
――ブンッ!
風切り音。
先ほどまで俺がいた場所。
奇跡的に虚空となったエリア――其処へと大振りの蹴りが空気を切って放たれる。
「う、お……」
口から空気が漏れる。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』!」
俺は自分の背後に気配を感じる。
咄嗟に前方へと逃げる。
――ブンッ!
拳が空気を割る音が聞こえる。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』!」
葉山の声が聞こえてくる。
俺は自分が先ほどまでいた二つの箇所に目を向ける。
視線を合わせる。
ありえない人影がいるのを確認する。
ありえない存在がいるのを確認する。
葉山が両手を大きく振る。
人影が消える。
俺は真横に気配を感じて、避けようとして避けられなくて、ガードする。
――ドゴォ!
ギリギリで差し止める。
驚愕で瞳が大きく開かれる。
俺は「やはりか」という気持ちと「何だと」の気持ちを連続で交差させながら、真横の人間を睨みつける。
「…………フフフフッ」
黒色と灰色を基調とした細身の身体。
身体中に巻き付いたひも状のパイプ。
頭からごうごうと噴き出している煙は、変身を果たしてからひっきりなしに周囲へと吐き出され続けている。
俺は真横にいきなり出現した「葉山の分身」の拳を受け止めている。
「お、おいおい、マジかよ……」
葉山の分身と力比べをしていると、またもや、眼前の何もない空間に「葉山の分身」が突然現れる。疑問を持つ余裕もなく、腹を思いっきり殴られる。
「ぐっ……!」
よかった、みぞおちじゃねえや。
そのまま敢えて後ろに吹き飛ばされることで俺はダメージを軽減しつつ、距離をとる。
――いや、しかし、今の葉山にとって「この程度の距離など」意味を為していないことは強く理解していた。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
葉山は淡々と言葉を告げる。
葉山との距離は10メートル近く離れている。
しかし、背後に気配を感じる。
俺は殴られたエリアを見る。先ほどまでいた葉山たちは消えている。
(――避ける!)
強烈な拳が振り下ろされるのをギリギリで回避して、逆に殴り倒す。
ボフン、という音と共に消失する。そのまま煙になったと思えば――
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
すぐさま形を取り戻して、俺に殴りかかってくる。
ガードする! 甘くてガードの上から吹き飛ばされる。
両腕がジンジン痺れる。
おいおいおいおい、休む暇なんてないぞ!
飛ばされながら、背後から「分身の葉山」が出現しはじめる。
すでに待ち構えているのが理解できる。マジかよ、勘弁してくれよ。
その後も俺は必死に必死に回避活動を続けながら、葉山へ叫ぶ。
「――おい、葉山っ! なんだよこれは、なんなんだよコイツらはっ!?」
「…………フフッ」
葉山は微笑のみを返してくる、俺は気にせずに叫ぶ。
「どうしてだっ!? どうして『俺の周りに』分身が現れてるんだっ!? こいつは、こいつらは、お前の近くにしか出現できないんじゃなかったのか――っ!?」
右から来た。避ける。左だ。避ける。
眼前。避けきらないガードする。斜め後ろ。ボタンを押してダッシュで逃げる。
逃げた先に葉山が現れる。
ダメだ、ダメだダメだダメだ。逃げ切らない。
葉山は呪文のように変身名を告げていたが、タイミングを見て返答しはじめる。
「……フフッ、新島くん。忘れたのかい。種類『白煙』は分裂能力じゃなくて、分身能力なんだよ。そして君のいう『近く』とは、どれくらいの距離だい?」
「どれくらい――っと、って!」
「フフフ、君は、分身能力っていう存在に疑問を思ったことはないか? 自分の真横にさっと分身を出現させる。――でもね、その距離の定義は誰が決めたのさ。どれくらいの距離なのさ? 十センチメートル? 一メートル? 五メートル? 十メートル? 百メートル?」
「百メートルは言いすぎだろ!」
「たまに岩石地帯の全域に、分身をいっぱい出すやつだっているぜ――僕に言わせれば、そんなことができるなら、敵のド真ん前に、無理やり出しまくればいいんだよ。わざわざ出現させてから攻めたりせずにさ……」
俺は避けるのに必死で言葉が返せなくなる。
しかし、分身の術ってのは、普通は元となる自分を媒介とするもんだろ。例えば『NAR○TO』だとチャクラを媒介として分身を生成している。自分自身か、それに類するエネルギーが周囲にないと遠距離での分身なんて成立しないはずだ。
いや、待て。
待てよ、おい。
葉山に関するエネルギーだろ。
アイツの分身のためのエネルギーだろ。
俺は周囲を見渡す。同時に決定的な光景を目にする。
「――う、うわっ、……馬鹿か俺はっ!」
俺は理解する。
何を考えていたんだ。
覆われてるじゃないか、嫌ってくらい、葉山の媒介となるものが。
葉山の分身が、その正体が――煙の分身だというのは、殴った瞬間にわかったことだろうが。
それならば当然――
「気づいたようだね……然り。――フフッ、僕の『白煙』の発動範囲は煙の密集しているところだ。もうこの空間には十分すぎるほどの煙で覆われている。どの位置だろうと、どの場所だろうと、どの瞬間だろうと、僕は好きに自由に分身を呼び出すことができる」
ハメられた!
ヤツが必要以上に攻めきらなかったのは、俺のカウンターを恐れていたんじゃない。
いや、俺の反撃を恐れていたのは間違いないが、それは『本質的な目的』ではない。
煙で充満しきった空間――この状況を作り出すためだったんだ。
「――フフッ圧倒的に優位であった僕が、ただ無意味に時間稼ぎをしていたとでも?」
うわーやな奴やな奴やな奴。
俺は心をざわめかせながらも、これは好機だと気持ちを切り替える。
今の葉山は煙の分身を操るのに終始している。
こんな遠隔操作を続けるのはかなりの集中力が要求されるはず。
ならば、
葉山の本体は間違いなく――動けない。
俺の「切り札」はまだ残っている。
分身からのダメージ覚悟で特攻を仕掛けて、
もしも、うまく奴本体に直接触れられれば――可能性はまだある。
「――だけど、バレたなら、不意打ちはここまで。神風特攻を受けるの避けるよ」
しかし、葉山は甘くない。
俺の行動を先読みして、葉山(本体)が自ら攻めるために接近してくる。
どうしてわざわざ!? と思ったとたん、奇っ怪な現象が俺を襲う。
自分の両手と両足、いや身体中に白煙が、グルグルグルグルと、蛇のように渦巻く。
眼前とか真横とか、そんな『遠い場所』じゃない。
背後とか真上とか、そんな『離れた位置』じゃない。
もっと近く、もっと近く、俺の肉体に直に密着するかたちで葉山の分身が生成させる。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
「近い近い近いっ!」
そんなのありかよ!
わずかな間隙もかすかな隙間も与えられず、葉山の分身達は両腕を拘束してくる。
動けない。まったく動けない。
座標指定ってレベルじゃねーぞ!
「――無駄だよ。君はすでに白煙に覆われすぎている」
俺は振りほどこうとするが、無理だ。できない。
葉山二人にガッチリを身体を押さえつけられて身動きがとれない。
両腕も両脚も最適な形で縛りつけられている。
その間にも葉山(本体)はこちらへと接近してくる。
「フフフ、お得意のボタン発動も、両腕が塞がれていたら、できないだろう……?」
「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
これは賭けだ!
俺は「最後の切り札」を使うことにする。
あらゆる可能性にかけるしかない荒業だ。
おそらく「コイツの力」を信じるしかない。
俺は葉山の接近を感じながら、背中に意識を集中させる。
葉山二人が後方からガッツリと拘束している。殆ど密着している。
身動きなんて一切とれない。俺は奇跡を信じる。
「フフフ、これでフィニッシュだ――」
そう言って殴りかかった瞬間、
俺は光の戦士をイメージした。そうして作戦の成功を祈った。
強烈な力が――俺の背面から放出される。
――ボフンッ!
――ボフンッ!
葉山の煙の分身が消えた。
俺を拘束するものがなくなる。
「――――ッ!?」
葉山は驚きながらも、俺を殴りにかかる。
拳は止まらない。加速した車が急には止まれないように。慣性の法則によって拳は直進する。ニュートン力学万歳。腹部に変身ヒーローのパンチが深く深くめり込む。
「……ぐ、ぐぐぐ」
激しい痛みが襲う。ヒーローの全力の攻撃。意識が飛びそうだ。脳に直接ジーンと痺れる感覚がくる。しかし、殴られる覚悟はしていた。覚悟のあるやつは強い。土壇場で競り勝つことができる。俺は朦朧としながらも、ギリギリで意識を保つ。
そうして俺は、拘束が解除された両腕を広げる。
両腕で、しっかりと、確実に、逃れぬように、葉山の両肩をつかむ。
「――捕まえたッ……!」
その瞬間、葉山と俺の視界は変貌した。
透き通るような空気。
眩しい日差し。
今日はいい天気だ。これほどまでに空が青い。
空。
空。
空――煙などない。白煙の欠片もない。ただただ青々とした空。
「う、うわ……」葉山が呻く。
この反応から察するに、コイツは『この事態』を想定してなかったな。
よっしゃ。俺は初めて葉山を出しぬいた気持ちになる。
「驚いたか、葉山? これが空から見た景色だ。どうだ広大だろう?」
「そ、空……」
そうだ、空だ。
眼下にはミニチュアのようになった、大平和ヒーロー学園が存在している。
「葉山……お前は忘れているだろう。先週のベヒモス戦で見せた俺の能力を。肉体強化の他にもな、俺は背中のブーストで――空を飛ぶことができることを」
俺たちは空を飛んでいた。
背中のブーストで空を飛んでいた。
葉山の分身を破壊したものこの力だ。破壊できなかったら、オシマイであったが、想像以上に威力があるらしい、このブーストは。
激しい光の放出を感じながら、俺は葉山に話しかける。
「なあ葉山、空はいいぞ~、青くて美しくて壮大だ。何より空気が澄んでいる。そして間違っても――煙であふれてなんていない」
「…………ぐっ」
葉山は自分で明言していたはずだ。
――この分身の発動範囲は、煙の密集したところだと。
ここならばその心配もない。煙が沈殿するスペースなんて存在しない。少なくとも力は半減してしまうことだろう。
「まあ、べつに分身を出してもいいぜ。……すぐに地面に落下していくだろうけどな」
葉山に飛行能力はないだろう。ならば分身も同様のはずだ。
これならば、発動しても余裕で対応できる。
「……一応、君の頭上くらいならば、無理やり出すことはできなくないよ」
「その場合は、容赦なく本体を落とすけどな」
「……ぐっ! 今日の天気が曇りならばあるいは……」
曇りなら戦えるのかよ。本当に奇跡のような勝ち方だったな。
葉山は呻く。悔しそうな顔を浮かべていたが、やがてため息をつくと、いつもの気味の悪い笑顔に戻った。
「……フフッ、まるでシ○ン・パイルだな、今の僕は。この高度では落下してしまったら、ポイント消失や気絶どころの話じゃないよ。……もう、どうしようもない」
「――なら」
俺の台詞あわせて、葉山は小さく両手をあげる。
万歳――降参、白旗のポーズ。
「……悔しいが、降参だ。負けるのも嫌だけど、痛いのも嫌だからね。ここは素直に折れておいて、君にデレてあげるよ」
「いや、最後のは要らない」
俺たちは軽口を叩き合いながら、屋上へと降下する。
到着すると、生徒会長たちが拍手で出迎えてくれた。
初めての対人試合――葉山との対決は、俺の奇跡的な勝利で幕を閉じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これにて葉山戦は終了となります。
次話「ヒーロー達の打ち上げ花火(仮)」をお楽しみください。
掲載は三日以内には行う予定です。
それでは次話もよろしお願いします。