第23話:ヒーロー達の友情激突(中編)
「――フフッ、新島くん」
「――ついに、敗北の時間がやってきた」
「――果たして、最後まで戦い抜けることができるかな?」
微笑して、嘲笑して、冷笑する――。
三者三様の口調で語りかけてくる葉山達に、俺は唖然として開いた口が塞がらない。
ビックリだ。これがジョジ○の世界だったら、背景から「ゴゴゴゴゴゴッ!」と文字が震撼して現出していることだろう。それほどの衝撃である。
葉山が三人に分裂していた。正確には変身後の葉山がである。
「……なにそれ、おもしろ」
思わず「素」の言葉で返してしまう。
葉山は愉快そうに笑う。悔しいので気圧されないように不敵な笑みを返す。
「いいねぇ……そこで笑顔か、かっこいいなあ、新島くんは」
俺の演技は功を奏し、葉山は俺の言葉を余裕の現れと解釈してくれたようだ。
嬉しそうに身体から煙をまき散らしている。
「葉山も、面白そうな能力じゃないか。俺も少しだけ羨ましくなってきたよ」
俺の台詞に喚起されたのか、ゆらりと身体を傾けながら、葉山たちは立体音響のように喋り出す。
「――フフフ、ありがとう。けれど、ただ面白いだけじゃないよ」
「――フフフ、ありがとう。けれど、ただ楽しいだけじゃないよ」
「――フフフ、ありがとう。けれど、ただ愉快なだけじゃないよ」
葉山たちは戦闘準備をはじめる。
ビデオで編集されたかのように、寸部の狂いもなく、統一された動作をこなす。
重心を低い位置にとる。
両足を軽く広げる。
視線をこちらへ向ける。
戦闘準備を完了させ、そうして、そうして――
「――フフフフフ、当然ながら、そこには『強さ』があるのだよっ!」
駈け出して、こちらへ接近してきた。
俺は三人を動きを見る。飛び出してきた三人の動きはバラバラ。軌道が読めない。自在に操ることが可能なのか。正面に一人、右手側からは一人、左手側から一人から迫ってくる。
――どうする、俺は逡巡する。
考える時間は短い。思考速度も変身によって強化されている。俺の脳みその処理速度は常人より圧倒的に加速している。しかし、ヒーローの速度に対応できるほどではない。
(分裂か分身か……実体があるのかないのか、それとも目くらましか……いや違う! 今、優先すべきは『能力の正体』ではない!)
一瞬だけ迷ってから、→《右脚》ボタンを押して、力強くバックステップをする。
ダンッ!
後方へと跳ぶ。そのまま後ろ向きで走る。バック走だ。
ダダダダダダダダダダダッッと駆け抜ける、背中から強い風を受ける。
(逃げる、逃げる、逃げる、逃げるっ!)
俺は『逃走』を選択した。
とにかく葉山たちに『囲まれること』だけは避けよう。そう判断した。
俺は『一対多数』の戦い方のセオリーを知らない。
しかし、漫画やアニメみたいに敵に周囲をとりかこまれる状況だけは、避けなければいけない。それはダメだ、それは最悪のケースだ。時代劇じゃねーんだから、身動きとれずにフルボッコにされてしまう。かこんできた相手を斬って斬って斬りまくるだなんて俺にできるわけがない。
だから、後ろへ撤退した。
――後方へ逃げれば、葉山は直線的な動きで追わなくてはいけなくなる。
三人であることの利点――複雑な軌道での挟撃が防げる。これならば現状を凌ぐことができるかもしれない。
(……これで三対一の状況が少しは改善されるか?)
葉山たちは追走する。その進行方向が一直線に並んだ。いいぞ狙い通りだ。このコースならば反撃の手だてが打てる。素晴らしい、よしいくぞ、いくぞ。
――反撃開始だ。
俺はバック走を続けながら、→《右腕》を青く光らせる。
身体を『右方』へと傾ける。体重は背中側から、右半身へとシフトする。右手が地面に触れる。加速も続ける。摩擦で地面が擦れる。走行中にこんなことをすれば、普通ならば手首を捻ってしまうことだろう。
「――だが、この右腕の力ならば耐えられる」
俺は自分の肉体を全力で全力で傾けて、右腕のみで全身を支える。
摩擦熱を感じる。右手が地面に触れている。うお痛い。根性。頑張れ。そのままバネの如く右腕を折り曲げて、グググっと渾身の力を込めて、地面へと思いっきり打ちつける!
――反転、切り返し。
逃げていた方向→葉山達のコースへと、ザッっと、切り返しをするサッカー選手のごとくスライディングをかける。
驚いた葉山の表情が見える。ヤツは止まらない。止まりたいけど止まらない。この俺と慣性の法則がそれを許さない。そのまま葉山の足元へと、超低空飛行のキックを直撃させる。
――ザザザザザザッ、ダンッ!
「――どうだっ!?」
すると葉山の一人は「ボフン!」という音とともに姿を消した。
――よし、一体撃破!
しかし、俺は欲張りだ。
俺はそのまま反撃がこないうちに、クルリと、身体を一回転。
「まだまだまだまだぁっ――!」
続けて俺は肉食獣のような低い姿勢から、葉山のもう一体を殴りつける。
俺の拳が葉山の腹部に直撃する。
――ボフンッ!
最後の一体、これが本体だろう。
葉山も焦った顔をしている。
俺はそのまま突っ込み、ついでに→《右腕》を青く光らせて、殴りにかかる。
「これで、決まりだっ!」
決着! ――と思ったが、葉山はとんでもないことをしてきた。
「――フッ、仕方ない、発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』!」
殴ろうとした瞬間であった。
俺の眼前に、葉山が出現する。それも二体。重なるように。
分身だ。葉山の分身だ。
う、うわ、邪魔だ邪魔だ。
俺の拳は二体の分身を打ち抜く! が、そこで拳の威力は半減してしまう。葉山本体は俺の攻撃を悠々とガードしながらそのまま俺との距離を開ける。
お互いに視線を交錯させる。
「……こ、コイツ、分身を『防壁代わり』にしやがった……」
俺が驚きの混じった声を漏らしていると、葉山は外人のように肩をすくめる。
「フフッ、愚問だね、新島くん。分身とは、そもそも身代わりのためにあるのだろう? 何を不思議がっているんだい?」
「……こいつ、マジ、うぜぇ」
毒を吐きながらも油断は決してしない。
今の攻防でだいぶ体力を消費してしまった、お互いに呼吸を整える。
俺たちは視線を離すことなく、間隙を与えることなく、無言で見つめ合っていた。
「……へぇ、悪くないね」
「おおー! すごーい! すごいよ、二人ともっ!」
生徒会長から賞賛の籠ったつぶやき。
あゆから感激したような声。この両方が耳に入ってくる。
片目を声の方向へ向けると、会長たちは屋上の隅のほうで、レジャーシートを敷いてパラソルを指して俺たちの勝負を観戦していた。君島さんが麦茶を飲んでいる。
「麦茶うまー」
(運動会かよっ!)
俺が脳内で突っ込みをいれていると、
葉山が、唐突に両手をたたきはじめた。
パチパチパチと乾いた音が屋上に流れる。
「……なんだよ」
「……うまい、うまいねぇ、新島くん。ダッシュ中に切り返して攻撃とか、ずいぶんと面白いことをしてくる」
「そうか? 俺としてはお前の分身ガードの方がこええよ」
「フフッ……僕のはしがない戦法さ。君のは違う。全速力で走る人間はすぐには止まれない――こうした原理を知らないとできない芸当だ。もしかして喧嘩好きだったりとかするのかな?」
「……中学時代にちょっとな」
幼なじみを守るためにちょっとな。逃走しつつの反撃は得意分野なんだ。
前の人間が急に止まると、後ろの人の身体がぶつかるだろう。あの要領だ。
人間だってクルマやトラックと同じだ。一定量を超えた速度の物体は、急に止まることはできない。ヒーローならば尚更だ。停止距離より近くにある障害物には衝突するしかない。俺はこの世のあらゆる走行物の弱点をついたに過ぎない。ニュートン先生大好き。慣性の法則万歳。
「フフ、それはそれは怖い怖い怖い……」
そう呟きながら身体をクネクネと震わせる。
――コイツも余裕を崩さないな、と思ったら葉山はもう一度『白煙』を周囲に撒き散らしている。
「……げ、まさか」
白煙を周囲に撒き散らす。
白煙を周囲に撒き散らす。
白煙を周囲に撒き散らす。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
「「「――待て、しかして絶望せよ」」」
葉山がふたたび三人へと戻っていた。
俺は愕然とその光景を見つめていたが、同時に心を熱くたぎらせる。
「……まったく、仕方ねぇな」
そうして満足気に言葉を漏らした。
「どうやら分裂と呼ぶよりも、煙の分身と呼んだほうが正しいみたいだな。殴ったら消えてしまう。本人にダメージはない。大した制約なしに呼び出すことができる」
その後も何度か攻防を繰り返すことで、俺は葉山の能力を掴みつつあった。
アイツは実体のある煙の分身を二体まで呼びだすことができる。身体能力はほぼ同じ。物は掴めるし、殴られれば痛いしダメージがある。
その操作は葉山本体が行なっている。
どのレベルまで操作可能は判らないが、少なくとも「フフフフ……」と怪しい笑い声を好きに生成するくらいには自由に操れるのだろう。
しかし、あれほどの複雑な操作をするためには、それなりの困難がともなうはずだ。おそらく操作可能な人数の上限が……あの二体までなんだろう。俺だったらそれ以上はムリだ。
種類『白煙』といったから他にもあるんだろうが、使う気はなさそうである。
奥の手として隠しているのか、それとも実戦で使えるレベルに達していないのか……後者だったら嬉しいなあ。
「フフフ、いい洞察力をお持ちのようだね新島くん。さすがは目ざといだけある」
「目ざといゆーな」
しかし、俺は不利な状況にあった。
先ほどから防戦一方であり、攻めるに攻めきれていなかった。
「ついでに、攻略のヒントをあげるなら、本体を攻撃すれば分身は消えるからね。安心して攻撃してくればいいよ」
「嘘つけ、本体攻撃しても、さっき分身バリバリ動いていただろうが。気絶するまでは消えないんだろうが」
分身への伝達方法は不明だが、葉山本体が攻撃を食らった程度じゃ、分身の動きは止まらなかった。それはつまり葉山本体だけを攻め続けても意味がないことを示している。
「――それに本体はお前じゃない。その右隣のやつだ」
俺はビシッと、葉山本体を指差す。
ご明察、と葉山が小さくボヤく。
三人という人数だからな。常にどれが本体であるかは、把握できなくはない。
アイツも隠す気はそれほどなさそうである。バレても不利にならないと踏んでいるのだろう。
「フフフ、いちいち目ざとい――!」
葉山たちは、組体操でもする感覚で、葉山(分身)をグイッと持ち上げる。
俺の方向へ、狙いを定める。
そのまま、こちらへ投擲してきた。
ミサイルのように葉山の分身が飛んでくる。
うわー気持ち悪いし、やりにくい。
葉山(分身)と殴り合いをしながら、俺は他二人の葉山にも隙を見せないように気をつける。
三人という数は厄介なのだ。一人と戦っても、残りの二人が攻めてくる。
誰か一人を集中して攻撃したとしても、その間は隙だらけになってしまう。多人数とのバトルでこれはマズイ。そのまま反撃を食らってノックアウト、一気に敗北確定までもっていかれるって寸法だ。
葉山サイドとしても、守り重視の俺に決定打を与えられずにいる。
先ほどのようなカウンターを恐れてるのだろう。しかし、葉山たちの連撃は猛毒のようにジワジワと肉体を苛んでいる。このままダメージが蓄積していけば敗北してしまう。
葉山(分身)を殴り倒し、俺は必死の思いで間合いをとる。
しかし、葉山はすぐに対応してくる。
「――発動、変身名《幻影魔人》、種類『白煙』」
「……えげつねー」
葉山は無限のように分身を出して攻撃できた。
なんとか俺も倒すが、そのたびにジワジワと俺の体力は削られていく。なんだか周囲の煙も一段と濃くなっている気がする。消耗戦は不利だ。こっちがやられてしまう。
「膠着状態が続いているねー、そのままじゃあ負けちゃうよー新島くん」
生徒会長が見透かしたような台詞を投げかけてくる。
そんなことは理解している。どうにか一発逆転できる手だてを考えなくては。
さっと、葉山が攻めても対応できる位置まで、間合いを広げる。
俺に広域攻撃ができる能力があれば、三人一気に攻撃することができるのに。そう思うが、俺にそんな能力はない。俺の武器はこの強靱な肉体しかないのだ。むしろ、これだけあるとポジティブに考えよう。これが俺の武器であり戦う手段なんだ。
かのアメリカンコミック『ピーナッツ』で、スヌーピーもこう言っていただろう。
「You play with the cards you're dealt...whatever that means.」
――配られたカードで勝負するしかない…それがどんな意味であれ、とな。
(……ん、俺の武器か)
そうか。
そういえば、そういう方法もあったか。
煙で覆われた空間。
見上げると太陽が煙で霞んで見えなくなりかけている。
この状況を打開する必要がある。
俺は気持ちを切り替える。
守ってばっかじゃ勝つことはできない。無論、勝つだけがヒーローじゃないだろう。
だから、これは俺の意地の問題だ。
俺はここで勝利をつかんで前に進まなければいけない。
守ってばかりの戦いはおしまいだ。
これからは攻めるぞ。
「フフフ、新島くん。消耗戦はお嫌いのようだね……ここらで僕も全力を出すとしよう」
葉山も似たようなことを言ってくる。
早く決着をつけたいのは、アイツも同じのようである。
「……いいぜ、最終ラウンドと洒落こもうじゃないか」
そう心に定めながら、俺と葉山の戦いは最終局面と移った。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
葉山との対決を書くのが楽しすぎて、長くなってしまいました。
次回「ヒーロー達の友情激突(後編)」をお楽しみください。決着がつきます。
掲載は2~3日以内には行う予定です。
それでは次回もよろしくお願いします。