第21話:ヒーロー達の上下関係
「……それで、わざわざ『立入禁止のマーク』まで貼ったというのに、この部屋に入ってきたというのね」
嵐のごとき強烈な断罪を受けきったその後、君島さんが先刻まで着替えていた室内。
彼女は「しかたないなぁ」と嘆息しつつも、俺への治療を優しく施してくれていた。
「――ほら、動かないッ!」
「痛……ッ!」
「男の子なんだからシャキッとしないさい。ほら、痛みは一瞬だから安心しなさい」
――ゴキィ!
「ぎゃあああああああ!」
「うるさいわね、耐えなさい、堪えなさい、痛みは心の栄養だから」
前言撤回、全然優しくなんてない、100パーセントスパルタであった。
俺たちのいる部屋は、生徒会における『部室』の役割をもっているそうだ。
他団体との会議や討議や話し合い、その他もろもろを済ませるのが、先ほどの社長風の部屋であり、こちらは純粋に生徒会役員がのんびりと過ごすための空間であるらしい。
客間を広げたくらいのスペースがあり、畳が敷かれ、テーブルが置かれ、AV機器に、ボードゲーム、漫画本、ぬいぐるみ、トランプに麻雀、お菓子と行ったものが軽くぐるりと見回しただけでも発見できた。
「……生活感にあふれてますね、ここ」
「ちなみに押入れには布団が入ってるから。あとガスコンロと電気ポットもあるから、簡単な料理だったらできるわよ」
「住める。この部屋住める」
結構ガチなレベルで羨ましかった。俺の部屋よりクオリティが高いんじゃないか?
なお、隠し部屋風になっていたのは、単にこの建造物の製作者の趣味のようである。
悪趣味な建築家もいたものだ、……と思ったが、そもそも西洋風のタワーの形状をしている時点で、この建物の常識性を疑うべきであった。
「ちなみに隣の部屋には、何があるんですか?」
「あっちは屋上につながる階段よ。風の音とか聞こえなかった?」
どうやら俺の勘は大外れだったようだ。
扉に貼られた×マークは、「取り込み中なので入らないでください」というメッセージカードだったらしい。鍵のかからないこの部屋で、着替えを済ませるために使用しているらしい。
「正直、この件に関しては、私も失念していたわ。……ごめんなさい、君はこの部屋に入るのは初めてだったものね」
君島は謝罪の意を示して頭を下げてくる。どうやら下着を見たことは許してもらえそうな雰囲気であった。
「――でも、私の下着姿を見たのは許さない」
「うっ……」
ダメだった。心のなかを見透かしたようにピンポイントで否定してきた。
「――そして、私が真っ赤になるのを見て興奮したことも許さない」
「ううっ……」
「…………呻いた、ってことは本当に興奮したみたいね」
「――――!?」
なんてこった、誘導尋問だったのか。完璧完全に油断していた。俺の罪が余計に増えてしまったじゃないか。
「許さない、絶対に許さない。ついでに私の鼻歌を聞いたことも許さない。
私がジャスラックだったら今頃、多額の請求書を送りつけているわよ」
「うぅ……ごめんなさい」
「そして私を覚醒しかけたことも許さない。思わず究極必殺技を使わせかけたことも許さない」
「……ううぅ、……究極必殺技なんてあるんですか?」
「ウルサイわね。結構、本気でやろうか迷ったんだから」
鋭い視線で睨みつけられる。年上の女性に睨まれる体験なんて、生まれてこの方ほとんど味わったことがないので、何だかいろいろといたたまれない気持ちになってくる。
この変態と無言で蔑まれているみたいだ。
「この変態」
「ついに……言語化されてしまった」
ショックだった。いや美月とか同級生に罵倒されるのは構わなかったのだが、年上の美人の女性からそういう目線で見られるというのは精神的にクルものがある。
……あ、ちなみに「クル」っていうのは興奮する意味じゃなくて、ヘコむ意味だからな。
「せめてノックくらいしてもよかったのに……どうして思いっきり扉を開けたりしたの? もしも、扉の前に人がいたら危なかったわよ」
「そ、それは……」
何だか生徒会室が何だかダンジョンみたいな雰囲気を出していたせいで、テンションが上がってしまったせいです、とは言えなかった。
――ピンポーン。
と、意気消沈気味でいると、室内にインターホンの音が鳴り響いた。
「……ちょっと待ってなさい」
そう言って君島さんはリモコンを手にして、テレビをつける。
画面がいくつか切り替わり、どこかで見たような映像が映し出される。
「これは……生徒会室の入り口のところか?」
どうりで見覚えがあると思っていた。中には生徒が二人ばかり立っているのがわかる。どうして外を見ることができるのだろう。
「監視カメラだけど、何か?」
「……リアル秘密基地みたいっすね、この場所」
ビックリだ、つーか監視カメラをつかっていえば、もしかして俺が来たこともわかったはずなんじゃ……。
「ウルサイ、いいからちょっと待ってなさい」
怒られてしまった。世の中は理不尽で満ちている。
君島さんは一旦席を外して、俺の治療もほっぽり出して(早く修行の場所に行きたいんだけどなぁ……)、外にいる二人と話にいった。
手持ちぶたさだったことと、テレビの画面がつけたままだったこともあり、俺は君島さんの対応をボーっと見つめることにした。ちなみに集音マイクも備え付けられているらしく、音も聞くことができた。
※以下、監視カメラからの映像が流れる。
不安げな様子で生徒会室の前にたたずむ二人の生徒。その前に君島さんが登場する。
「こんにちは、佐藤さんに山本さん、本日はどのようなご用向きでしょうか?」
優しげな笑顔、落ち着いた振る舞い、生徒会長のサポート役としてこの人ほど相応しい人物はいないだろう。二人の生徒は安堵の息を漏らして相談を行う。
「……なるほど、備品の修繕で必要以上に予算が嵩みそうだと」
相談内容は単純なものであった。予算の調整とそれに対する交渉、普通ならば一蹴してしまうところであるが、君島さんは天使の様な微笑でそれを受け入れた。
「かしこまりました。会計のものが席を外していますので、後日私の方からご相談してみますわ」
応対してくれたのが彼女で助かった――そう二人は「ペラペーラ」と謝礼の言葉を言い、君島さんも悠然とした振る舞いで「ペラペーラ」と受け取っていた。
ペラペーラ、
ペラペーラ、
ペラペーラ、ペラペーラ……。
※以上、監視カメラの映像はここで途切れる。
君島さんがこの部屋に戻ってきた。
「あれ、まだいたの? 変態の分際で」
「キャラが違いすぎる!?」
俺は先輩ということも気にせず突っ込んでしまった。
「何よ文句あるわけ? それとも私のコミュ力の凄まじさに震撼してるわけ?」
「いえむしろ、アナタの変わり身の早さにドン引きしてるんですが……」
監視カメラから見た君島さんは、女神のような慈悲深い様子で生徒たちの悩みを聞いていたのだが、今の君島さんは、悪魔のような残忍さで俺の頭をグリグリとなじっていた。
「いいじゃない。能ある鷹は爪を隠すっていうじゃない」
「それ、多分使い方間違ってます、間違ってます」
「本当に能力のある人間は、天使の顔をして、心で爪を研いでるものなのよ」
「それ油断してたら後でグッサリ刺されちゃうパターンです」
それに自分で能力があるって言わないでいただきたい。何だか聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。
「……そもそもコミュニケーションスキルなんて、文字通り対話のための技術なんだからいいでしょ。技術に落とし込んでも。私だっていい顔くらいするわよ」
「……まあ、そうなんですけどね」
「なら、文句言わない」
俺も似たような考えを持っているので強く反論することはできなかった。この感情はどちらかというと同族嫌悪に近いものなのかもしれない。
「どっかで酷い目に遭いますよ、そんな生き方してると……」
「そんなこと理解してわよ。それで、アナタの処分についてだけど……」
ヤバイ、話を元に戻してきた。
せっかく誤魔化せると思ったのに。
このままでは修行どころではなくなってしまうだろう。どうにかしなくては!?
「……き、君島さん! そうだ、生徒会長からこんな置き手紙をもらったんですけど」
危機感をヒシヒシと感じた俺は、とっさに生徒会長から手紙を貰ったことを思い出した。
「手紙?」
「これです、これ。生徒会長はどこにいるんですか? 早く修行をはじめましょう!」
俺は彼女に『例の置き手紙』を手渡す。
――秘密トビラを探してみよう☆ 30分以内にできたらご褒美が待ってるゾ♪
by一流の生徒会長より ってやつだ。
しかし、俺は手紙を君島さんに渡してから「失敗したかも……」と思えてきた。
よくよく考えたら、ご褒美って君島さんの下着姿だったんだよな。もしかして俺はとんでもない地雷を踏んでしまったのではないだろうか。俺は恐る恐る手紙を読んでいる君島さんの方を見ると、
君島さんは手紙をクシャリと握りしめてしまっていた。
俺はあまりにも自然に手紙が歪んだので驚いた。
地の底から這い出てくるような口調で、フフフッ……笑っている声が聞こえる。こ、怖い……。怪獣に匹敵する恐怖が顕現しつつあるのがわかった。
「なるほどね……。なるほど、なるほど、なるほど、なるほど……新島くん、アナタはは悪くないわ。おそらくあの生徒会長の仕組んだイタズラよ」
フフフフフ負負負……と葉山とは異なった暗黒性で君島さんは笑っていた。
人間ってこんなに怖い顔ができるんだぁ、と俺は新鮮な体験にすら感じていた。
俺と君島さんは部屋を出る。
手には銀色の変身用ベルト、君島さんに修行で使用するということで渡されたものだ。先生の許可はすでに貰っているらしい。手の早いことで尊敬に値する。
俺たちは先ほど選択肢なかった「左」の扉に手を掛ける。
「――あれ? 開かない」
扉は閉じられていた。何度かガチャガチャやっても、開く気配もない。
よく見るとドアノブのところに鍵穴がくっついている。
「鍵がかけられているのよ。この先は屋上だから、人が勝手に入らないようにね。――そして、これが屋上の鍵」
そう説明して君島さんはロックを外す。
そもそも隠し扉を通る必要のある時点で、勝手に入る人はいないだろうと思ったが、俺は突っ込まないことにした。
「新島くんアナタは、おそらく……たぶん、ほぼ、間違いなく完璧に、君は私のところに来るように計算されていたのよ。部屋でのんびりと……その、……着替えたりとかくつろいでいる私と遭遇するためにね……」
先ほどの光景を思い出しているのか、顔を朱に染めながら君島さんは語ってくれた。
その様子を見ていると俺も何だか恥ずかしくなって顔を赤くしてしまうが、そうすると君島さんに頭をガツンと殴られた。り、理不尽だ……。
君島さんは体操服にフォームチェンジしていた。
彼女はもともと俺を迎えに行く予定であったそうだ。ただし、指示された時間というものは、俺が到着するよりも20~30分ほど遅いものであった。
「どうして、わざわざそんなことを……」
「さあね、会長の考えてることはよく判らないから。考えるだけ無駄よ」
君島さんは事も無げに話す。けっと舌打ちまでする。
昨日、見ていた「優しげな先輩像」はすでに崩壊していた。下着を見られたこともあって自暴自棄になっているのだろうか。
(まあ、こっちの方が素っぽいなぁ……)
何となく昨日の雰囲気には違和感があった。
上手に説明することはできないが、イメージ的に『作り物』のような感じであった。
先ほどの生徒たちへの対応もそうであった。
俺は無駄にそういうのに鋭いからわかる。べつに自分を繕う人間は嫌いじゃないけれど、本音で話してくれる人の方が安心できるというのはある。
(――っていう、欺瞞に満ちた発言)
すげーブーメランの如く自分に跳ね返ってきそうな言い草だ。
「とりあえず先に進みましょう、生徒会長が待ってるわよ」
「は、はいっ……」
俺と君島さんは扉を開けて階段をちょっとだけあがると、すぐに屋上に到達した。
開けた空間であった。
円状の、飛び降りを禁止するために周りがフェンスで囲まれている以外には何もない空間であった。
青空と日差しが心地良い、春先ということもあり気温は気にならない。
風が強く吹いており、先ほどの風の音はこれだったのかと、俺は理解した。
「――さあ、よく来たね」
空間の中心には三人の人物がいた。
真ん中に生徒会長、そして右隣に葉山、左隣にあゆ、といった調子だ。
「……無事に到着しました。生徒会長」
「うん、ありがとう。ご褒美は無事にゲットしたかな?」
和泉生徒会長がそう笑いかけたら、――横から君島さんが物凄い速度で生徒会長へ殴りかかっていった。
シュババババ――ッ!
次々と繰り出される拳からは、風を切る鋭い音がマシンガンのように無数に聞こえてくる。
君島さんは手加減することなく、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ、と無限のように強拳を飛ばしまくっている。
こ、怖ええええええええ。
「ははっ、ゆうちゃんが『この調子』なら、無事に仲良く慣れたみたいだね」
「――この、この、この、このっ!」
君島さんは北斗百裂拳でも放つが如く攻撃を繰り返していたが、和泉生徒会長は余裕綽々のまま、攻撃を避けながら会話を続けていた。
「それで、どうだった? 彼女のプライベートモードの様子は? お菓子を食べて寝っ転がっているか、少女漫画を読んで感涙しているか……おそらく、時間的に着替えてる辺りに遭遇したんじゃないかと思うんだけど?」
「~~~~!? このアホ会長がッ!?」
シュババババ――ッ!
シュババババ――ッ!
シュババババババババババババババババ――ッッ!!
乱気流の如き攻撃に見ているこっちが気圧されてしまった。
「あ、あのそれで修行は……?」
二人の攻防戦は以前として終わりそうになかったが、俺はビビりながらも尋ねることにした。
「――ああ、そうだったね。まずは実力を確かめるために小手調べと行こうか。お互いの実力がはっきりとしたほうが、修行のモチベーションもあがりやすいだろう?」
生徒会長が激しい廻し蹴りを、ジャンプで避けながら返答してきた。
「小手調べですか……?」
「うん、その通り。もう準備は完了しているよね――――葉山」
会長が声をかけると、一人の男が不気味な笑いを浮かべながらこちらへ接近してきた。
「……フフッ、相変わらず和泉生徒会長は人使いが荒いお方だ……」
葉山であった。
葉山樹木、年齢十五歳、身長180cm以上、体重52kg、かなりの長身で痩せ型、幽鬼の如き容貌に不気味で不敵な笑い声、俺の友人である奴が俺の眼前に立っていた。
何を……はじめる気だ?
俺の耳へと、カチャリ、カチャリ、という金属音が入ってくる。
葉山の右手を見る。銀色のジッポライターを持っている。開閉式のオイルライターだ。タバコも吸える年齢でもないのに、カチャリ、カチャリと、小気味よい音を鳴らしている。
「あらためて確認だけど、新島くんの目標は、『狗山涼子と一対一で戦い打倒すること』なんだよね。ならば、そのための練習といこうじゃないか――まずは二人、戦ってもらう」
「た、戦う……?」
「フフッ、そういうことサ、新島くん」
カチャリ、カチャリ、と一定のリズムを刻んでいたジッポが閉じられて、カチンッと鋭い音を鳴らす。
「――変……身ッ!」
と同時に、白い煙がモクモクとモクモクと周囲を渦巻きはじめる。
あれは……変身用の装置か。
葉山の周囲を煙が埋めく、そして何度か見慣れた姿のヒーローが俺の前に姿を現す。
このシチュエーションはもしかして……。
「それでは――まずは葉山と戦ってもらう。狗山涼子を打倒するんだ。相応の力を見せてもらうよ」
やはり戦うのか。
生徒会長の声が届く。眼前には見慣れた友人の姿。意識せずとも血が沸き立つ。
当たり前だ、そうだろう?
「フフフッ、それでは、それでは、ぜひとも、よろしく新島くん。
――先ほど命名したばかりだけど、改めて名乗らせて貰おうか」
ぐにゃり、と蜃気楼のように身体を揺らめかせながら、
ゆぅらり、と幻のように右腕をこちらへ傾けながら、葉山は言葉を吐き出す。
「――1年Dクラス葉山樹木、変身名《幻影魔人》」
「――待て、しかして絶望せよ。勝利は我が手に降り注ぐ」
自然と拳に力がこもる。
こうして俺と葉山の一騎打ちがスタートされた。
読んでいただきありがとうございますっ!
次回「ヒーロー達の大激突」(仮)をお楽しみください。
葉山とのガチバトルとなります。
次話の掲載は三日以内には行う予定です。それでは次回もよろしくお願いします。