第20話:ヒーロー達の反撃開始
幸運を祈る、戦士よ!
わたしはきみを、心から誇りとする。
――機動歩兵デュボア中佐より 戦友へ
ロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』より抜粋
怒涛の展開と相成った月曜日から一夜明けて翌日。
俺たちは一週間ぶりに実戦演習の授業へと帰ってきた。
「――それでは皆さん、本日の実戦演習も頑張っていきましょう!」
紅先生の甲高い笛の音が、体育館全域に鳴りわたる。
俺たちはその音を耳に入れると、覚悟を決めて戦闘準備を完了させる。
眼前には異形の姿態を見せる怪物――怪獣ベヒモスが、この世のものとは思えない叫び声をあげながら地表をズシンズシンと響かせている。
怪獣に相対して、俺たちはゴクリと息を呑む。もはやヒーローの力に慢心している者はいない。神風特攻を果たして命を散らすような馬鹿者は存在しなかった。
俺はさっと周囲を見渡す。川岸あゆ、葉山樹木、ハヤブサくん、その他大勢のDクラスの生徒たち、彼らに向かって大声で指示を飛ばす。
「いいかっ、みんな! 怪獣ベヒモスは岩をぶつければ勝てる! だが単純に打ち返そうとするな! まずは岩を吐き出させて、そいつを砕いてからぶつけるんだッ!」
「――了解!」
彼らは一斉に声をあわせて返答する。――ありがたい、ならば作戦開始だ。
俺たちは二度の戦いを経て、ある共通の理解を固めていた。
それは、同じ場所に一箇所に集まっては『危険』だということだ。
アイツは謂わば大砲の砲台みたいなものである。
密集した場所に向けて岩石を砲撃されたらひとたまりもない。
ヘタしたら一気に全滅、開始直後にゲームオーバーだ。
しかし、裏を返せば、ヤツは『一方向にしか攻撃ができない』ということである。
それは弱点だ、狙うべき隙だ。
俺たちはできるだけ分散し、ベヒモスの攻撃を避けることに成功した。
――そして機をうかがい、岩石を破壊する。
「あゆ、頼むぞっ! 怪獣を引きつけてくれ!」
「オッケーッ、アイサーッ! 破壊、破壊、破壊、破壊ィ~! 」
右腕の巨大バズーカ砲を構え、あゆは何度も何度も弾丸を発射させる。
無論ベヒモスにダメージはないが、それでも多少は注意を逸らすことができる。
そして、多少の間隙さえつかめれば、俺たちにとっては十分であった。
「――よし、いくぞ! →《左脚》」
俺は左脚のボタンを押す。ランプが青く輝く。美しい輝きだ。いい感じだ。
俺は十分にその確認を終えると、
――地面を蹴りつけて、十数メートル先へと、瞬間跳躍を果たす。
「次に→《右脚》を押して、続いて着地してからの→《左腕》」
右脚のボタンを押して青く輝くとノーダメージで着地する、
くるりと右脚を軸にしたまま一回転、
左腕のボタンを押して青く輝いて輝いて力の収束を感じながら――岩石を強く殴りつける。
――ドゴォ!
「…………粉砕ッ!」
ガチィ、と左腕を手で押さえる。
岩石は雪の塊みたいに呆気なく崩れていく。
「――よし、いいぞ皆ぁ! コイツを一斉に投げつけるんだ!
援護組はそのまま、攻撃を頼む!」
「了解、了解、破壊、破壊、破壊ィ―――!!」
あゆは際限なく砲弾をぶち抜きまくっていた。
周りの生徒も遠距離から攻撃できるメンバーもその流れに乗る。
「よし、いくぞ! 皆で攻撃だ!」
玉当てゲームの要領で、Dクラスの生徒の多くが投擲を開始する。
――ドガッ! ボガッ! バカッ! ボガッ!
怪獣ベヒモスに無数の岩石が跳弾していく。
ベヒモスは「BRRRR……!!」と苦しそうなわめき声をあげる。
やがて声が消え去り、ベヒモスは崩れ落ちる、動きを止める。
紅先生の終了を告げる笛の音が美しく響きわたる。
俺たちは勝利を確信していた。
――15分34秒。
4月下旬、俺たちが初めて怪獣ベヒモスを撃破した時のタイムであった。
「いやぁ、凄いね、新島くん! いつの間にあんな実力をつけたのさ? 何か特別な特訓でも積んだのかい?」
実戦演習の休憩時間、ハヤブサ君が感心した様子で話しかけてきた。
怪獣ベヒモスにボロボロに敗北したのが一週間前、それからこの短期間で俺の能力が著しく向上していることに驚いているのだろう。
「そうかな? ありがとう……いや、べつに『まだ』特別なことはしていないよ。
それに強くなったのは俺だけじゃないだろ。ハヤブサくんも、他のみんなだって、先週に比べると格段に動きがよくなってい。変身した姿が肉体に馴染んできたのかもしれないね」
あるいは俺と同様に『隠れて特訓』でもしてきたのか。
前回の敗北による、焦りや悔しさが、プラスの方向へ作用しているのかもしれない。
噂によると、Aクラスの生徒たちもBクラスの生徒たちも、前回の授業にてすでに怪獣ベヒモスの撃破に成功しているらしい。
これはSクラスに限った話じゃない。
他のクラスの生徒たちも、一度目の戦いでは敗北したが、次の戦いではベヒモスの弱点を見極めて勝利したというのだ。
一方の俺たちは、二回連続で敗北した上に、ヒントまで貰っての勝利だ。
ゲームに例えると、あまりにコンティニューが多すぎたせいで、主人公を無敵モードの状態ではじめて貰った時のような気分だ。
これではDクラスのメンバーが焦るのも無理はないだろう。隠れて鍛錬に励んでいても不思議じゃない。
(つまり、頑張ってるのは俺だけじゃない、ってことだ……)
無意識に緊張感を高める。
ここはゲームの世界ではないのだ。
レベルアップをしているのは俺だけではないし、みんな日々成長しながら生活を送っている。油断や慢心をしてはいけない。そのうち足をすくわれる結果になるだろう。
……何だかゲームでの例えばかりになってしまい、申し訳ない。基本的にゲーム脳なのだ。一昔前はゲームをやり過ぎると、ゲーム脳になるという都市伝説が流れたが、あれって本格的にエセ科学らしいな。論壇でもまともに相手にされていないとか。
「でも、あの攻略法は驚いたよ。あれなら発射した岩をそのまま投げ返す必要がないからね」
「……それは葉山が前に同じ事をしてたからだよ。アイツは岩石を思いっきり打ち砕いて攻撃していただろ? それにどのみち他の人の援護がなければ成立しない作戦だ」
正直、今回の戦いでも反省することはたくさんある。
例えば、最後に右腕のボタンを押したのは、無駄な動作であっただろう。
前回、葉山がナチュラルに砕いていたのだから、そのまま殴っても、同じ結果を生み出せたはずだ。
「ううん、そんなことないよ。新島くんにあそこまで思い切った先導ができるとは思わなかった。それに、あの輝いてる腕だっけ? アレのおかげで僕たちは犠牲を出さずに、攻撃に切り替えることができたんだよ」
しかし、ハヤブサくんは自然とフォローしてくれた。
何だかストレートに褒められるというのは、いささか気恥ずかしいものだ。
赤くなった顔を隠して、カッコつけたように微笑する。
「そうかな……ありがとう。俺も覚悟が決まったからな、思い切った行動ができるようになってきたのかもしれない」」
「――覚悟? 覚悟ってなんの覚悟だい?」
不思議そうに尋ねてきたハヤブサくんに対して、俺は指を一本立てて両目を輝かせながら返答する。
「それはね、――英雄戦士になる覚悟だよ」
放課後、生徒会室へ向けて歩みを進める。
ハヤブサ君の前でカッコつけたのはいいけど、今日が俺の修行一日目だったりする。
まだまだこれからなのだ。自慢できるようなことは何もしていない。
和泉イツキ生徒会長との出会いの後、俺たちはトレーニング広場で特訓することなった。会長は英雄戦士チーム関係の雑務で忙しいらしく、昨日は普通に葉山たちと変身して能力の確認をしただけで終了した。
だから、今日は本当の意味での初修行の日なのだ。
ベヒモスを倒した方法はそれほど褒められたものではない。
そもそも事前に考えていた作戦であったし、援護組の協力があったからこそ可能な内容であった。
狗山さんのように単独で撃破したわけではない。
生徒会長の言葉を借りようととは思わないが、まさしく「全ての伝説はこれからはじまる」のだ。
俺は生徒会室の扉の前に立ち、ゆっくりと呼吸を整えてから扉を開ける。
「――失礼しま、す……?」
俺は緊張しながら中へと入った。
しかし、室内には誰もいなかった。
「……あれ? おかしいな」
昨日、ここに来い――って言われたんだけどな。
前回はきちんと内装にまで目が行き渡らなかったこともあり、俺は部屋の中をキョロキョロと見回す。
木製の高価そうな事務机が正面に堂々と存在しており、その上に置き手紙があるのを発見する。
――隠しトビラを探してみよう☆ 30分以内にできたらご褒美が待ってるゾ♪
by一流の生徒会長より
「……腹立つな」
素直にそう思ってしまった。星マークをつけてるあたりが絶妙にウザい。
しかし、これも修行なのかもしれない。そう考えれば気を引きしめる必要があるだろう……た、多分。
とりあえず俺は部屋を見回すことにした。
俺の目の前には、昨日生徒会長が座っていた机がある。
後方には高級そうなソファーが二つ、前方には大きな窓ガラスとカーテンが揺らめいている。側面にはファイルや書籍が収められた大きな棚、それとトロフィーか何かを飾っている小さな棚がある。小さな棚の上には液晶テレビが鎮座している。
「テレビもあるのか金持ちだな……」
テレビの横には写真が飾られていた。
手にとって見ると、四人の生徒が写っている。
場所は大平和ヒーロー学園の正門だ。季節は春だろうか、桜が咲きかけのようであるから、春休み中に撮ったものなのだろう。
正面にいるのは和泉イツキ生徒会長、隣には昨日会った君島優子副会長、二人の横を挟むようにして双子の女の子がピースサインを出していた。
(残りの生徒会のメンバーかな?)
俺はまだまだ知らないことだらけだ。
とりあえず写真を見るのはこれくらいにして『隠しトビラ』とやらを探そう。
次に俺は大きな棚に注目してみる。何だかロープレをやっている気分になってくる。
適当にファイルを手にとってパラパラと目を通してみるが、小難しいうえにつまらなそうな内容が書かれているのですぐにヤメる。
生徒会室というよりは会社の一室みたいだ、と見たこともない癖に感想を抱く。
「――と、思ったら漫画本があるや」
棚に厳密にカモフラージュされているが、俺の漫画大好きセンサーを見逃すことはできなかったようだ。
「えーっと、めだかボックス、生徒会役員共、生徒会の一存、くじびきアンバランス、生徒会のヲタのしみ、極上生徒会…………何だこの生徒会ラッシュ」
野球部の部室にドカベンが置いてあるようなノリだろうか、またはバスケ部にスラムダンクが置かれているような感じか、よくもこんなに生徒会というジャンルだけで集めたものだ。
漫画本は巻数ごとに綺麗に収められているが、めだかボックスの17巻以降だけカバーのかかっているのを発見した。…………すっごく怪しい。
「――――ほいっ」
思いっきって本を取り出す。同時に室内から大きな音が鳴り響く。
――ゴゴゴッ
音が鳴り止んだかと思えば、俺の後方――言うなれば部屋の側面に大きな『隠し扉』が出現していた。
「…………忍者屋敷かよ」
この様子を見て俺は、「あ、これは修行じゃなくて、自慢したかっただけだな」と確信していた。とりあえず先に進もう。まさかこんなダンジョン的な修行になるとは想像できていなかった。
隠し扉を開くと、そこにはまたもや二つの扉が存在していた。
「……ダブルビックリ」
右と左にわかれている。右の扉には×のマークが貼られている。一方の左の扉からは風のような音が聞こえている。
「……何ですかこのゲームブックみたいな展開は」
ちょっとだけ引いていた。というかそもそもどうして生徒会室にこのような仕掛けがあるのだろう。隠し扉なんて何の意味があるのだ。ブルース・ウェインの家じゃねえんだからさ。
「右と左か……どっちが良いのだろう?」
確かクラピカは行動学の見地からすると、人間は無意識に「左」の道を選びやすいと言っていたはずだ。
もし扉の製作者が「左」の法則を知っていたのならば、必然的に「左」の道にトラップが仕掛けられている可能性が高いだろう。
「…………いや、そもそも何で生徒会室にトラップが存在しているんだよ」
自分で自分の考えに呆れていた。
とりあえずここは「左」は危ないという俺のわずかな漫画知識を活かして、「右」を選択することにする。
……なんというか「左」だと風の音が聞こえるのが超怖いんだよな。ゲーム脳的に考えると、そのまま外に落下したりしそうなんだよな。いや、ここは学校だけどさ。一応な。
「もしかしたら、このまま正しい道のりを進んでいく修行なのかも」
そして俺はご褒美をゲットすると。
素敵じゃないか。修行に役立つかどうかはともかく、俺のテンションは段々とあがってきた。とにかくこの道を信じて突き進むしかないのである。
俺は自分の脳内にあった選択肢をクリックする。
→1.右の扉を開く(×マークが貼られている)
2.左の扉を開く(風の音が聞こえてくる)
「いざ行かん! 大冒険の旅へ!」
――バァン!
俺は右の扉を堂々と開く。
生活感のあふれる室内、すらーっと伸びた人影が見える。
「……ふっふんふふ~ん…………えっ?」
――右の扉の先には、下着姿の君島優子さんが存在していた。
純白の肌に白い下着。
美しい黒髪とスタイルの良いスラリとした肉体。
細めの身体からは信じられないくらいに豊かなボディライン。
これ以上ないくらいのご褒美であった。
え、
え、
ええっ?
鼻歌を歌いながら着替えていた君島さんは彫刻のように動きを制止しており、まさに精工にできた人形のような美しさを醸し出しており、ああやっぱり年上の女性は偉大だな綺麗だなと子供心ながらにも後輩心ながらにも素直に思ったりするのだが、それよりも俺は多分いろいろとマズイことになっている予感がヒシヒシとしているのでヒシヒシとした予感が現実になる前に一刻も早くこの場所からヒシヒシと逃げ出したいのであるが、
足が重りのようになって動かない。
あかん助けて。
「……ぶ」
君島さんが言葉を発した。と思ったら――
「……ぶっ殺す」
俺の死刑宣告だった。
拳がせまってきた。数メートルくらい距離があったのに一瞬で詰め寄られた。
逃げる間もなく、避ける隙もなく、一切の容赦なく、一切の慈悲もなく、
――俺は断罪された。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
最近、新島くんがおいしいめに合いすぎなので、久々に殴らせていただきました。
それでは次話「ヒーロー達の上下関係」(仮)をよろしくお願いします。
掲載は2日中には行う予定ですが、状況によってはもう少しかかるかもしれないのでご了承ください。
しかし、可能なかぎり早めにあげるつもりなので、次話もぜひよろしくお願いします。