第19話:ヒーロー達の伝説始動
俺の女子寮生活は終わりを遂げ、週末が過ぎ去り、月曜日となった。
狗山さんの言った通り、朝のHRの時間には電極先生からプリントが配られた。英雄戦士チームについての詳細が書かれたものであった。
俺はプリントを受け取って軽く目を通す。
その内容を抜粋すると以下の様になった。
――――英雄戦士チーム選考会のお知らせ――――
【開催日程】
一次選考 6月1日(金)~6月8日(金) 17:00~18:00
二次選考 6月17日(日) 9:00~12:00 14:00~17:00
最終選考 6月23日(土)、24日(日) 9:00~16:00
※参加人数により予定が変更することがありますのでご注意ください。
【採用人数】
一年生:3人 二年生:3人 三年生:4人
【締め切り】
希望者は、5月21日(月)の放課後までに担任に規定の応募用紙を提出してください。
「締め切りは来月の月曜日まで、選考は6月の頭からか……」
今日の日付は4月23日の月曜日だ。そして締め切りは来月であり、選考開始は再来月であった。少なくとも一ヶ月以上も先のイベントである。
傍から見れば、まだまだ先の出来事だな、といった印象だろう。
(時間がないな……)
だが、俺は真逆のことを考えていた。
頭を抱え込んで沈んだ気持ちになる。
一ヶ月の猶予、それだけの期間で狗山さんの実力に追いつくのは至難の業と言えた。
「なお、選考内容に関しましては、詳しい用紙が職員室の前に貼られているので、興味のある人は確認しておいてください。
ちなみに最終選考は、ヒーロー同士の一騎打ちをやるみたいですよ。
屋外にステージを組んで、一般生徒にも公開して、一対一のトーメントを行うそうです。本当に最強のヒーローを決める戦いの意味合いも含んでいるみたいですね」
愉しげに語る先生の口調も、ざわめきだす周りの生徒達の様子も、今の俺にとってプレッシャー以外の何物でもなかった。
(あの時は、つい勢いで言ってしまったが……)
俺は再び頭を抱える。
自分の言葉に後悔はない。狗山さんの挑戦を受け取ったのは、正しい選択だったと思っている。美月は俺のものだ。悪いが狗山さんには渡せない。こればかりは譲るつもりはない。ひねくれ者の曲げられない気持ちだ。
だが、反省はしている。
大反省だ。
正直なところ、俺は他にも戦い方はあったのではないかと思っている。
戦うのは構わない、美月を賭けるのも構わない、だが英雄戦士チームの選考会を戦いの舞台として選ぶのはどうなのだろう。
(そりゃあ、カッコイイ展開だけどさ……)
理想的な展開だった。夜のテンションもあわせて断らない道理はなかった。
だが、だがそれでも、考慮しておくべきだった。
英雄戦士チームの選考会が決闘の舞台であるならば……。
これは正しく、完璧完全に、彼女の独壇場ではないか。
一年Sクラス一番、狗山涼子、変身名《血統種》の彼女。
初代ヒーローであり大平和ヒーロー学園の理事長の娘であり、将来を既に約束されたも同然のエリート中エリート。正真正銘の天才ヒーローの卵だ。その中身が少女趣味だとか変態であるとかは問わない。今回の英雄戦士チーム選考会において、彼女の性格や性癖は問われない。
その実力もトレーニング広場での共同戦線にて直接拝見済みだ。
おそらく怪獣退治において、現時点で一番、最強に近しい存在だろう。
(そんな彼女に、俺は勝つことができるのか……?)
即座に肯定することはできなかった。
無論、追いつくつもりで俺は頑張る。
しかし頑張るだけではどうにもならないことが、世の中にたくさんあることも俺は知っている。
努力が才能に蹂躙されるのは異常なことではない。
当たり前に起こり得ることだ。
俺はその現実から目を背けてはいけない。
天才の存在を肯定しなければいけない。
ある種の絶望と諦念の果てにこそ、人間の『真価』と『進化』は問われるのだ。
実力は彼女の方が上だ。ならばどうする?
問題は、「どれだけ頑張るか」ではなくて、「どのように頑張るか」なのだ。
勝つための方法を探らねばならない。
正しく狙いを定めて、その目的を達成するために最適な戦略を組み立てて、俺は俺の限界を引き出さなければいけない。
(しかし、それだけで俺は、そんな基本を重ねるだけで、本当に勝てるのか……)
「……フフフ、何だかお悩みのようだね、新島くん」
後ろから葉山が話しかけてきた。どうやらいつの間にかHRは終わり休み時間になっていたようだ。彼の不気味な声も、藁にもすがるような気持ちの俺にとって、危機を脱するヒントが隠されているような気がしてならなかった。
「葉山か、……ああ、確かに悩んでいるよ。どうすればこの選考会を勝ち抜けるか、それを考えたらな、どうしてもな」
俺はぼかすような表現で返答する。
実は狗山涼子と戦うことになったんだ――と言おうか悩んだが、詳しく詮索された上に、例の三角関係のことまで話すことになるのが怖かったので、俺は言わなかった。
「フフ……まともに返してくれるとは、本当に悩んでいるみたいだね。その割に何か隠しているみたいだけど……」
鋭い、そういえば葉山は見た目のわりに頭がまわるんだった。
俺は本当のことを話そうか迷う。
「ところで葉山、お前も英雄戦士チームの公募に参加するのか?」
「フフッ、僕もヒーローを目指す端くれだからね。参加もするし、当然、優勝を狙うつもりだよ」
「優勝……」
「最終選考はトーナメント式なんだろう? フフ、ならば優勝を目指して当然じゃないか。僕は常に上を狙い続けるよ」
荒唐無稽なことを当たり前のように言い放つ友人に俺は安堵する。
「あゆ? お前も選考会に参加するのか?」
俺は隣のあゆにも尋ねる。
「うんっ! 当然だよ! 私たちは入学式の日に約束し合った仲じゃない、ライバルだって、お互いに負けないって!」
「そういやそうだったな……」
重々しい雰囲気をしている俺に、二人が心配そうな目を向けてきたのが分かったが、気にしない事にした。こんなときくらい甘えさせてもらおう。
授業が始まってからも、俺は英雄戦士チームのことを考えていた。
どうしたら狗山さんに勝てる? そもそも、どうしたら俺は選考会を勝ち抜くことができる?
そればかり考えていた。
休み時間の間に、俺は「一次選考」と「二次選考」と「最終選考」の内容を確認しにいった。
一次選考は教師面談、二次選考は実施訓練と書いてあった。
一次選考に関しては、教師の出す課題に答える形式なのだろうか。
まさか普通に面談して終了なわけはないだろう。油断しない方がよい。
二次選考においても同様だ。
実施訓練と呼ばれるくらいなのだから、ただの訓練ではないのだろう。
おそらく、怪獣と戦わせる、またはそれに類する作業を要求されるのではないだろうか。
最終選考は、トーナメント形式の決闘。
こればかりはルールにもよるが単純明快なものだろう。相手を倒したら勝ちで、相手に負けたら失格だろう。
英雄戦士チームの一年生の採用数は3人だと聞く。
ならば丁度、上位三位までがチームのメンバーに選ばれる形なのだろう。
(正直、情報が少ない……)
どれも詳細が伏せられており、これだけでは対策を練ることもままならなかった。
悶々とした気持ちが続き、結局ところ良い結論を得られることもないまま、
午前中の授業が終了となった。
「ソウタ君っ! ソウタ君! ちょっといいかな?」
昼休みになったとたん、あゆが飛びついて話しかけてきた。
「なんだ? あゆ……やけに元気そうな感じで」
つか、あゆはいつも元気だったか。
「そういう、ソウタ君は元気ないよね、何かあった? 何かあった?」
ド直球でそんなことを聞いてきた。あまりの率直さに思わず苦笑してしまった。
俺の重々しい雰囲気なんて関係なかった。
いや、むしろ昼休みまで聞いてこなかっただけ、めずらしく空気を読んだのか。
「いや、べつに何でも…………なくはないか」
「あるんだねっ!?」
「いや、ないかもしれない」
「どっち!?」
「あゆは元気だなぁ……」
「そんな適当なあしらい方をしないでよっ!」
あゆは怒っていた。プンプンしてた。いや、怒って当然だ。
俺は素直に反省した。彼女はこんなにも心配してくれているんだ。俺はあゆに何てヒドイことをしているのだろう。
「すまなかったな、あゆ。実は相談したいことがあるんだが、いいか……?」
「うん、うん、私に任せなさいって! しかたないなあ、ソウタ君は!」
あゆは俺の態度に満足したみたいで、何だか偉そうに頷いてきた。
ちっちゃい手を背中をバンバンと叩いてくる。
俺は何となく騙された気もしたが、ここはおとなしく彼女の言葉に従っておくことにしよう。
「ええ~っ! 狗山さんとの決闘~っ!?」
「フフフッ……Sクラスのトップに近い存在と直接対決か、君もとんでもない約束を取り付けたものだね……」
結局、葉山も呼び寄せて、俺は二人に相談することにした。
教室で弁当を並べながら(あゆと葉山は購買で買ったパンを食べている)、俺は狗山さんと決闘することになった経緯を話した。美月を賭けていることなどは、狗山さんの性癖を必然的に明かすことになるので、省くことにした。
「理由は詳しくはいえないが……とにかく俺は強くならなければいけないんだ。
それもSクラスの代表格であるような狗山さんに勝利できるくらいにな……」
「フフ……それも、あと一ヶ月で鍛えあげなければいけないとはね……制限時間としてはかなりギリギリだ。新島くんは、だいぶ修羅の道を歩んでるようだね……」
まったくその通りだ。葉山の言うことは的を得ていた。
「ねぇねぇっ! 何かアテはあるの!? 狗山さんをやっつけるための隠された秘策だとか、超強くなれる必殺技とか、秘奥義とかっ!」
「……いや、正直ないな。もちろん行動を起こすつもりはあるが、これといった秘策はない。狗山さんに勝つ方法はこれから考えていかなくてはいけない……」
二人はゆっくりと俺の言葉に頷いた。
意外なことに詳しい追及はされなかった。時折あゆが聞きたげに口を開くことがあったが、そのたびに葉山によって頭を叩かれていた。
彼らなりに何か特殊な事情があるのだと察してくれているのだろう。
(正直、かなり助かる……)
俺が陰気なオーラで考え込んでいると、葉山が変わった提案をしてきた。
「フフ……仕方ないね、あゆの時と同じパターンになるけれども、『あの人』に相談することにしよう。……フフフッ、安心したまえ新島くん、それならば良い方法がある。僕が思いつくかぎりの最大限の手助けだ」
「……方法? 手助け? 葉山、何か策があるのか……?」
俺の言葉に対して、葉山は首肯する。
ありがとう、心配してもらうだけじゃなく、協力までさせてしまった。申し訳なさと嬉しさの入り混じった奇妙な感情が俺の中を流れる。
「――作戦と呼べるものではないけどね。考えならあるよ……フフッ、
新島くん君は放課後に時間はあるかい?」
「放課後か? ならばいくらでも時間は作るよ、可能性があるならソレに賭けてみたい」
「イイね、ならば契約完了だ」
すると葉山は怪しげな瞳をさらに禍々しく光らせながら微笑した。
その表情に、俺は不安な気持ちがあふれてくるが、あゆも「やっぱり、そうする? そうだよねっ!」と乗り乗りで返してくるのが気にかかった。
「……何だ、なんだ一体?」
思わずそう尋ねる俺に対して、あゆは自信たっぷりの様子で返答する。
「ソウタ君、安心してっ! 葉山くんのアイディアなら絶対うまくいくよ。ソウタ君は強くなりたいんでしょ、すっごくなるんでしょ、――ならば決まっているよ!」
「決まってる?」
「――――修行だよっ!」
授業が全て終わったら、あゆと一緒に、学内の指定の場所に向かって欲しい。
葉山からの奇妙な伝言を受け取って二十分が経過した。
俺たちは奇妙な建物の前にいた。
まるでバベルの塔とでも表現すればよいのだろうか。縦長の円錐状をした建造物は何のために作られたのか、その使用意図が理解しかねた。
校舎棟から離れたところに、こんな建物が存在していたのか。
「あゆ、これは一体……」
「これは部室塔だよっ!」
案内役のあゆが元気よく答えてくれた。
「ぶ、部室棟……これが……?」
「違うよっ! 部室塔だよっ!」
あゆは訂正してくれたが、すぐには理解することができなかった。
詳しく話をうかがってみると、どうやら学内における「運動部」や「文化部」や「委員会」といった公認団体を一挙に敷き詰めたスペース――それがこの部室塔とのことらしい。
そのピサの斜塔を彷彿とさせるような、タワーの形状をしていることから、「棟」ではなく「塔」の愛称から親しまれているそうであった。
「そういや、この学校にも部活は普通にあるんだもなぁ……」
結局、俺は部活動には所属していなかった。
入学当初、少しだけ見学したりパンフレットを見たりもしたのだが、あまり「これだ!」という団体に出会うことができなかったため、無所属のままであった。
ちなみに美月は「お菓子研究会」なる無限のようにお菓子を作り続ける同好会に所属したそうだが、週二回ほどの活動であるらしく、基本的に帰宅すると普通に家にいた。
「なるほど、確かにここならば、葉山の言っていた『先輩』もいるのだろうな……」
現在、俺たちは葉山の知り合いと呼ばれる『先輩』の元へと向かっていた。
入学当初、葉山の知識の源となっていた、例の先輩である。
そういえば、たまに会話の中に出てきたな~とは思っていた。
葉山の提案とは、彼の元へ行って「修行をしよう」というものであった。
「たしかDクラスだったにも関わらず、実力をメキメキつけていった人なんだっけか」
在学中の人だとは思っていなかったので驚いた。まあ、できて数年足らずのこの学校の場合、OBの数なんて非常に限られたものであるので、当然といえば当然だろう。
そして実力をつけていった人が相手ならば、何か戦いにおけるヒントが得られるかもしれない。考えられる案としては、悪いものではなかった。
「そうだよっ! 部室塔の一番上にいるから、さっそく会いに言っちゃおう!」
「おう、了解了解」
俺たちは中に入り、階段をつたって上へ上へと向かっていった。
どうやら階層ごとに、運動部や文化部、委員会などに、編成がわかれているらしい。
生徒による自治団体を一括して、収納しているのだろう。
この建物が、こんな奇妙な形状をしているのも頷けた。
スポーツマン風の人間がいたと思えば、真面目な学生の姿も見える。
ラガーマンがいたと思えば、芸術家風の女性が顔を見せる。
登るたびに生徒たちの雰囲気が変わっていたので見ていて飽きなかった。
「それにしても土曜日の時に用事があるって言ってたけど、お前らも特訓をしていたんだな……」
「うんっ! 実戦演習の時に、私もすぐに気絶しちゃって悔しかったからね、葉山くんに相談して先輩を紹介してもらったんだよ!」
どうやら前回のお泊り会の際、彼女が言っていた用事というのは、隠れて特訓するということだったようだ。
「どうして誘ってくれなかったんだ」と俺は拗ねてみせたが、
「お泊り……お泊り……」とブツブツと呟いている俺には、何を言っても話を聞いてくれず無駄であったと反論されてしまった。
「だって、ソウタ君ずっと虚空を見つめて、気持ち悪いこと呟いていたんだもんっ! 無理だよ、不可能だよっ!」
「ううっ……!」
確かに正論であったので、俺が茫然自失となっていたのも事実だったので、流石にこの時ばかりは何も言い返すことができなかった。黙って反省することにしかできない。
めずらしく殊勝な俺の様子にあゆが調子に乗りはじめたのか、俺をいじりはじめた。
「ソウタ君は女の子の部屋に入ることで頭がいっぱいだったもんね~仕方ないね~」
「ぐぬぬ……」
「そういえば男の子って可愛い女の子の部屋に入ると興奮するんでしょ? ソウタ君は狗山さんの部屋に入って興奮したりしたのっ?」
「うぐぅ……」
イヤな質問をしやがって。この前は「人間だもの」とか言ってた癖に……。(※妄想内の出来事なので言ってません)
苦汁を舐めながら彼女の攻撃に耐えていると、いつの間にか、俺たちは部室塔の最上階までに到達していた。
一番上の階段を登り切ると、そこには綺麗な女性が待っていた。
「おっ、やっと到着したみたいね」
制服を着ていることからこの学校の生徒であることには違いなかった。
おそらく二年生か、三年生であるだろう。なんとなく年上のオーラを感じさせる。
肩先まですっと伸びた黒髪は美しく、強気な眼光はちょっとだけ怖かったが、口元から見せる優しい微小は俺を安心させていた。
彼女が葉山の言っていた先輩であるのだろうか? ならば羨ましすぎて張り倒したくなるが。
「ゆ~こ~さぁ~んっ!」
「う、うわっ! あ、あゆちゃん!」
――むぎゅぅ。
あゆはダイレクトアタックを仕掛けるモンスターのように、お姉さんに抱きついてきた。ちょうど胸のところに飛び込んでいったため、さり気なくむぎゅうと、あゆがうずくまる形になる。
「また、きましたぁ~」
「う、うわっ、そ、そうね。あ、ありがとう待っていたよ」
いきなり胸元に飛び込まれて困惑していたが、お姉さんはあゆの頭を撫でて離れようと試みる。
「ふにふに~」
「ちょっ、ダメだって、あゆちゃん……!」
いきなりの展開に顔を真っ赤に染めながら、あゆを力のかぎり押しとどめる。
あゆも満足したのかお姉さんから離れる。
最近、どっかで見たことある光景だ。
「ああ、シロちゃん先生か……」
彼女も狗山さんに対して似たようなことをしていた。
しかし、彼女の場合は他人の思考を読み取るという意味があったからな。あゆの場合とは意味合いが異なるだろう。
「優子さんおっぱい大きいので、私は大好きですっ!」
ほら、何も考えてねえよこの淫獣。
「……あゆちゃん、他の人は優しく済ませるかもしれないけれど、私は普通に怒るからね。次やったらグーで殴るからね、グーで」
実際にお姉さんは拳をグーに作っていた、初見の印象よりも暴力的な人らしい。
「えーでもイツキさんが、会ったら必ずこうしろと言ったので」
「……アイツ、殺す」
お姉さんもすでに手をプルプルとさせられている。というか怖い。超怖い。
お姉さんは俺がいることに気がついたらしく、朱色に染まった顔をさらに色濃くさせる。豊かそうな胸に手を当てて恥ずかしそうな挙動を見せる。お、おう……ようやく気づいてくれたか。
彼女はゆっくりとコホン、と一つ咳を吐くと、さっきまでの出来事がなかったかのように清楚な振る舞いで俺に挨拶をしてきた。
「こ、こんにちは、初めまして、新島宗太くんで、あっているよね?」
「は、はい……」
彼女が表情を立て直して、「一年生を迎え入れる優しい先輩」風のオーラを出そうとしているのは伝わってきたが、先ほどの光景を見た今となってはすでに手遅れだった。
(覆水盆に返らず、こぼしたミルクは嘆いても無駄)
そんなことを思ったが、言わないことにした。
「私は三年Sクラスの君島優子です。アナタのことは葉山くんから聞いてるわ」
「は、はい……一年Dクラスの新島宗太です。えっと、葉山の先輩というのは……」
あなたですか? と聞こうとしたところ、君島さんは手を横にふる。
「あ、いえ、それは違うわ。彼はこの先の部屋で待ってるのよ。私はただの伝達係よ」
「はあ」
「アイツめ……私を伝達係にして……」
いろいろ複雑なようであった。
ともかく俺は、あゆと君島さんに連れられて奥の部屋へと向かうことにする。
最上階ということもありいくらか荘厳で厳粛な印象を受けた。他の活動団体の階層とは一味違う。校長室に初めて入ったときのような、重々しい雰囲気である。
廊下を進み、木製の頑強そうな扉の前に到着する。
扉の上のプレートには、部室塔の最上階に相応しい部屋であるのだろう、「生徒会役員室」と達筆の文字で書かれていた。
――――え? 生徒会室?
ドキリ、とした。
身体がすっと縮こまるのがわかる。鼓動が早まるのを感じる。
俺の心の中では、ある種の予感が渦巻いていた。
え、もしかして……? まさか……? そういった心境だ。
心臓がバクバク言っている俺を尻目に、あゆは堂々と眼前の扉を力いっぱい開けた。
「――――ようこそ、生徒会役員室へ」
室内は、社長室のようであった。
豪奢な机が目の前にはあり、カーテンに遮られた薄い陽光の下には、男とも女とも判別できない『中性的な人間』が悠々と座っていた。
「――――こんにちは新島宗太くん。君の話は葉山から聞かせてもらったよ」
「あ、あなたは…………」
俺は震えながら眼前の人物を見つめていた。
周囲が静まり返り、その人物しか目に入らなくなる。
両隣に居る、川岸あゆも、君島優子『副会長』も気にならない。
「君はDクラスの立場にありながら、Sクラス最強に近しい狗山涼子へと決闘を挑んだんだって? いいね、面白いじゃないか、最高だ。――まるで昔の僕みたいだ、協力に値するよ」
俺は葉山との会話を思い出していた。入学式の前の会話だ。
Dクラスであった『彼』は、自分の夢を諦めることなく信念を貫きとおした。
そして最後には、栄誉ある立場につくことができるようになったと。
(そりゃあ、栄誉ある立場だろうさ……学園の顔じゃないか……)
「葉山の先輩はあなただったんですね――――和泉イツキ生徒会長」
口から漏れる言葉が震えるのが判る。
俺の目の前にいる人物は、どこからどう見ても入学式に俺たちの前で素晴らしいパフォーマンスをしてみせた和泉イツキ生徒会長その人であった。
明らかに動揺しているであろう俺を見つめ、少しだけ苦笑してから彼は提言する。
「ふふっ、驚いたかい、しかし私が元Dクラスだったなど、この場合は些細な事実だ。
それよりも君に必要なのは……どうだい? 修行をしてみるかい?」
俺は狗山さんに対して答えたように、決然とした瞳で返答した。
「――――したいです、俺は強くなりたい。最強のヒーローになりたい。
狗山さんに勝ちたい。凡庸な人間でも、天才に打ち勝てるって証明したい。
和泉イツキ生徒会長どうか、どうか――よろしくお願いします!!」
精一杯の嘆願だった。俺の勝利はただの美月の奪い合いではない。
Dクラスの生徒が、Sクラスの生徒を打倒するという、奇跡の大番狂わせなのだ。
「……ははっ、そんなに緊張しなくてもいいよ。べつに大層なことを考えて気負う必要もない。詳しくは知らないが君には目標があるのだろう? やるべきことがあるのだろう? ならば、君は自分の信念に基づいて行動すればよいだけだ」
生徒会長は椅子から立ち上がり、両手を高らかに掲げる。
そして、これから素晴らしいことが始まるのだ、と言わんばかりの調子で宣言する。
「それでは新島宗太くん、僭越ながらこの僕が力になることとしよう!
どうか安心していただきたい! 全ての伝説は、ここからはじまるのだ――――!」
目の前で堂々と言明してみせる生徒会長。
かの英雄戦士チームリーダーの顔を眺めながら、これから始まるであろう修行と決闘の苛烈さを、俺は密かに確信していた。
(第二章 ヒーロー達の学園奔走編――END)
(――――次章に続く)
ここまで読んでいただきありがとうございますっ!
これにて第二章が終幕となります。次話は登場人物紹介を掲載する予定です。
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登場人物紹介は明日中までには掲載する予定です。
それでは次回もよろしくお願いします。