番外編:葉山樹木、ラーメンを食べて。(前編)
今はもう無き
ラーメン二郎 高田馬場店に感謝を込めて
――2014年10月18日 ケンコーホーシ
……。
…………フッ。
………………フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフッ……。
さて。
初めまして、お立ち会い。よろしくお願い致します。頭下げ、はやる心を静めつつ、まずは当たり前の前提条件を語ろうか。この世の法則。絶対の摂理。なあに、僕ら皆知ってる事だ、怖がらないで、そう。
《現実》と《空想》は違う。
僕は言う。この世とゲームは違う。この世の現実と、漫画の現実は違う。僕たちの世界と、小説の世界は違う。何千、何万、何億の物語全部、僕らの現実とは異なる。
当たり前。
当たり前だ。
――――だが。
だが。
だがだがだが。
フフッ…。
僕らは、偽物の物語を、《空想》を参照して生きている。
あり得ない物語から、あり得ることしか起きない現実を学ぶ。
正義を学ぶ。悪を学ぶ。
ヒーローを学ぶ。怪獣を学ぶ。
死を学ぶ、生を学ぶ、人を学ぶ、空気を学ぶ。
「フフッ…なんてね」
一度きりの人生なんて言う限りなく限りある固有性の檻に閉じ込められた僕らは、
つまりは初見すぎる僕らは、
自分が見ていない世界のあり様を《物語》に見出す。
例えば、そう。
この僕、1年Dクラス、変身名《幻影魔人》の葉山樹木が、
ラノベと漫画とギャルゲーから、「デートの仕方」を学んだように。
◆◆◆
「おっはよー! はやまく~~~んっ! 待ったーー!??」
「フフ……僕も今来たところだよ、あゆ」
嘘だった。
7月14日の土曜日。晴れ。
午前9時というそれなりに早い時間に駅前集合した僕とあゆだったが、実際に僕がこの場所に到着したのは「8時23分」だった。
「そっかー、……すれ違い通信すごい人数になってるよっ!?」
「フフフ、偶然だろう」
グイッと、僕の手に持つゲーム機を覗いて驚くあゆに僕はとっさにゲームを右手で隠し、左手で小さい頭を優しく戻す。
戻しながら、自分のツメの甘さを反省する。あゆの突飛さについて、僕は重々承知のはずだったのに。
(デートの目標その1:集合時間に30分以上早く着くに失敗する所だった…)
デート……フフッ、そうだ。
世の中のモテない男子諸君には申し訳無いが、僕には彼女がいた。
川岸あゆ。
クラスメイトだった。
共に『英雄戦士チーム選考会』と呼ばれる試合で死闘を重ねたヒーローでもある。
「ゴメンねっ、ギリギリになっちゃって! いやはや最近の朝アニメはなかなか侮れなくて」
「フフ、構わないさ。僕もお陰でゲームがはかどった」
さらりと返す。
嫌味ではない。人によっては嫌味と思われないか発言にためらう所だが、……フフ、僕の彼女のあゆは、そっかー、ならよかったー、と素直に笑っていた。
「そういえば、あゆ。今日はスカートなのか」
「うんっ! 美月ちゃんと涼子ちゃんに選んで貰ったんだよっ!」
くるりっ、とその場で一回転し、チェックのスカートが揺れる。
「…………グッジョブ、美月さん」
「ほえ?」
「似合ってるよ、あゆ」
最近のあゆは少しだけ変わってきた。
少年じみた見た目も、少女よりになり、短く揃えられた髪も、少しづつ伸びてきている。変化はあり、僕はその変化は肯定してあげたい。
そして僕は、「じゃあ、行こうか」と、言葉をつなぎ、あゆに手を伸ばす。
「うんっ!」
その手を迷いなくあゆは取る。
(フフ……)
――デート目標その2:服を褒めること
――――デート目標その3:自分から手を握る
7月14日土曜日の朝9時。
天気は快晴。
今日は、僕とあゆの『二回目のデート』だった。
◆◆◆
二回目のデートに際して、
僕の手元にはこんなメモがある。
【幻影魔人5つの誓い】
その1:魔人たるもの、集合時間の30分前は到着する
その2:あゆの喜びを至上とすべし、彼女の変化は見逃すな
その3:いかなる時も、差し伸ばす手を忘れるな
その4:あゆを守れ、歩く時は車道側を歩け
その5:ラーメンはきちんと完食する
前回の反省を活かして家で書いたものだ。
復唱し、今日に臨んだ。
……フフッ、僕だってそれくらいするさ。
◆◆◆
「どうして、この世には期末テストなんてものが存在するのかな……」
「フフッ、学生らしい問いをしてくるね、あゆ」
「うん、高校生だもの……」
電車に乗り、ごとごとと揺られて数十分、僕たちは大平和ヒーロー学園のある駅から、別の駅へと移動していた。
電車内は比較的空いていて、僕とあゆは仲良く隣同士で座っている。
「マジメに答えれば、成績評価の為だと一つ言えるだろうね。先生方も出席日数だけで僕らが勉強をきちんと学んでると評価するのは難しい。そこで定期テストを行って、僕らの実力を数値化する必要がある」
「不マジメに答えるならばー?」
「試験お疲れ様、あゆ。君はよく頑張ったよ」
「はやまくーーーん……」
だきっ、と抱きついてくる。
が、僕は電車内はマズイと感じ、あゆの頭を抑える。
ぐーっと、力が右手に加わる、が、やがて萎んで止んだ。
「葉山くん、ソウタ君みたいなことしてくる……」
「参考にさせてもらってるよ」
うるんだ瞳もスルーする。
僕としても許してしまいたい衝動に襲われるが、モラルは守らねばならない。
(しかし、期末テストか)
7月の最初の一週間。
僕らの大平和ヒーロー学園にも期末テストがあった。
「……き、きまつ、きまつきまつきまつ……」
「フフッ、僕はわかってる。あゆはとても頑張ったよ」
『英雄戦士チーム選考会』を過ぎた僕たちに最初に待ち受けた関門、それは期末テストだった。
皆、ヒーローの修行ばかりで勉強してなかったのだ。
結果、僕のクラスでも、期末を前に苦境に立たされる者と、余裕で口笛を吹いている者に二分された。
ちなみに、僕と新島くんは後者。新島くんは勉強でも上位になる事を狙って勉学に勤しんでいたが、一方の僕はそこそこの成績を目標に期間中は自室でのんびり過ごそうと考えていた。
『試験期間って早く帰れるからお得だよね、そーちゃん』
『あー、まあな。俺の場合、ヒーロー演習とかまで消えるのは手痛い気もするがな』
『フフフ……新島くんは真面目だな。僕は美月さんの意見に賛成だよ』
試験の一週間前。
美月さん、新島くん、僕はそんな風に話していた。しかし――、
『…………』
一人、レイプ目になって小刻みに震えている少女がいた。
『……だ、大丈夫かい、あゆ?』
あゆだった。
◆◆
「だから本当にありがとう葉山くんー、おかげで補修が一個で済んだよー」
「フフフフ……僕は手伝っただけだ。頑張ったのはあゆ自身だよ」
僕は素直にそう言う。
あゆはえへへーそうかなー、と嬉しそうに笑う。可愛い。
試験期間中、僕はあゆに勉強を教える事となった。
最初は新島くんと美月さんも一緒に教える予定だったのだが、……だが、
気を使ってくれたのだろう――勉強会をやる段になって、二人は「用事ができたんだーごめんねー……」と闇の彼方へ消えていったのだった。
『……』『……』
それから、僕とあゆのお互いの部屋の往復ライフが始まった。机に向かい合わせでいる時、その静かで暖かい時間は、僕にとって満ち足りたものになった。
「ううう、数学」
「フフッ、頑張るんだあゆ」
「ううううう、世界史……」
「フフフッ、がんばれ、あゆ」
「ううううううううう、科学、古典、政経、保険体育……」
「がんばれ、がんばれっ、あゆ」
運命は僕に味方している。
そう思える程だった。
(ただ、その代償としてデートは一度もできなかったんだけど)
そう、デート。
その件に関して僕は流石にマズイと感じた。
告白という行為を自ら行い、彼氏彼女の関係に昇華させたというのに、デートの一回もしないまま夏を迎えるのはマズイのではないか?
――いや、マズイ。
なによりも、僕と付き合ってくれているあゆに申し訳が立たなかった。
そう思ったが故に、決行したのが第一回目のデート。
それが先週の七月七日の事だった。
◆◆
(……フッ散々だった)
述懐し、揺れる電車内。
「今日は運動タイムなんだよねー」
「フフッ、勉強にも一安心した所だからね。汗を流そうじゃないか」
ちなみに、本日の第一の目的地は、スポッ○ャだ。
スポッ○ャ。
かのリア充空間、ラウン○ワンに併合されている、あらゆるスポーツが簡易的に遊べる施設だ。テニスにフットサル、バッティングセンターからバスケ、射撃やローラースケート、ビリヤードと盛りだくさんのようだ。
フフッ、リア充感あるだろ。
「汗を流すかー、何だかエロそうだね」
「エロくない」
「ないかー」
ごとごとと揺れる電車内。
(今日はリベンジだ……)
一回目のデート。
それは凄惨たるものだったのだ。
◆◆◆
――――過去。過去の記憶。
七月七日のデートは散々だった。
別に喧嘩をしただけではなく、あゆが嫌がる事をしたわけでもない。
だが。
(……これが、デートでいいのだろうか?)
酷い有様だった。
あまりに酷く、僕はあまり思い出したくない。よく考えたら僕はそもそも友達と遊んだ経験がないんだという事に気がついた。思い知らされた、といっても良い。
まず集合がうまくいかなかった。
僕とあゆが合流したのは予定集合時刻の一時間後。着ていく服と見た目に手間取りすぎて遅刻ギリギリ、携帯を忘れたことに気づき連絡不可能。時代遅れの公衆電話を見つけてようやく集めれたと思ったら、行く先々で道に迷うわ、予定していたお店はお休みを取っているわ、映画は席が埋まっているわ、さらには途中雨に降られて走ることになり、
(……そして最後、夕飯の代わりに行く事になったラーメン屋さんで――――)
ラーメン。
いや、あれはラーメンだったのか。
僕は頭を抱えた。
それは想像を絶する敗北感だった。
あゆが最初から最後まで楽しそうだったのが唯一の救いだったけれど、でも、それじゃあ僕の中の『男』廃った。
マズイ。これはマズイぞ。葉山樹木。
僕は焦った。……フフッ、だからこそ、僕は頼った。
――――物語に。
(そして、グー○ル先生に……)
自分の未熟さを再認し、僕はあらゆる情報を集めた。僕は僕の知らないあらゆる世界のことを学び、蓄積し、そして自分の中で磨き上げていった。
(だから、今回はリベンジ戦なんだ)
我が手にあるのは、5つの誓い。
我が胸に宿るは、あらゆる物語とネットの集合知。
――――フフッ、絶望の時間は終わりだ。
「あっ、到着したみたいだよ葉山くんっ」
電車のドアが開く。
わーいと、子供みたいに飛び出すあゆに連なって僕はその大いなる一歩を踏み出す。
葉山樹木、二度目のデートの時間だった。
読んで頂きありがとうございます。
番外編、書かせて頂きました。葉山とあゆがラーメンを食べるだけの簡単な話です。
次話の投稿は1週間以内となります。