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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第0章 おまけコーナー2
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英雄戦士プロトタイプ版:長定規のブレードはつかえない(中編)

 喧嘩が続くようになってからは辛かった。

 それから、僕はまともに泣けていない。


 ぶっちゃけ、美月に会ったのは数ヶ月ぶりだった。

 小学校を卒業し、美月は公立の北山中学へ僕は私立の学館中学へと進学することになり、僕が美月と出会う機会というものはめっきり減ってしまった。会話を交わすどころか、顔を合わすことすらなくなってしまったのだ。

 出会う機会――そう、特に機会だ。僕が美月に顔を合わせるためのきっかけというものが、まったくもって消滅してしまった。元々美月の家は僕の家から歩いて十分程度のところにあり、僕自身として美月の家は、別に行こうと思えばいつでも行ける。

 しかし、行くための動機がない。

 理由がない。

 きっかけがつかめない。

 どうしようもない。

 一度、美月の家に行こうとしたことがある。そのときは、玄関口まで来たところで足が止まり、そこから全身が動かなくなってしまった。何故か、その先一歩が踏み出せなかった。

 ――仮に。例えばの話として僕が美月の家を訪れたとしよう。

 僕はそこで美月に会って、ようって声をかけて、さりげない世間話をして、それから……何をしたらいいんだろう。今まで僕は彼女にどのように接してきた。接してこれた。話して興じて笑いあって……そんな他愛も無いことをイッタイゼンタイの如何なる方法で行ってきたのだ。

 以来、僕は長い間美月の顔を見ることはなかった。

 そもそも僕と美月はそれほどに親しい間柄であったのだろうか。僕が美月の家にいって一体何をすればいいのだろうか。というか僕は美月の家に行って何がしたいのか。それよりも根本的に僕は美月の家に行きたいのだろうか。いやいや、まずなんで僕は美月の家に行くという前提で話が進んでいるのだろうか。

 もはや泥沼であった。

 そんなごちゃついた考えの堂々巡りが僕の中で続き、気がついたら季節は夏へと変わっていた。

 僕は新しい学ランにうっとおしさを感じるようになり、新しい同級生たちとうまく馴染めていなかった。小学校時代のTシャツを着たくなり、当時の友人達と馬鹿みたいに騒ぎたかった。

 僕は小学時代を懐かしがった。

 そんなこんなのところで、美月がやってきた。僕の学校へ。男子校へ。

 ――けど、僕は嫌がった。

 うっとおしい。邪魔だ。何で来ているんだよ。

 そう、思った。妙に。で、実際そういった態度をとった。

 ――ふて腐れた考えがぽんぽんキノコのように生えてきて、僕はその考えに忠実に行動した。しかし、それでもどことなく僕は美月を完全にその場から排除することが出来ず、むしろ十分に受けいれて、気がついたときには久しい会話劇に興じてしまった。楽しんでしまった。

 僕の中の拒否する気持ちと許容する気持ちが相反して、こんがらがってよくわからなくなってるのだ。

 ――全く、面倒くさい。これも全部美月のせいだ、クソ。

 なんなんだよ。

「いやさぁ、恭一。だからそいつはツンデレっていうんじゃねえか?」

「ん?」

 先輩がいきなり突っ込みをいれてきた。

 今まで、延々と聞き役に徹してきていたが、ついに反論するつもりなのだろうか。声を出してきた。

「めんどうくせぇーな……あぁ」

「なんですか?」

「いや。だからさ。お前がツンデレだっていうんだよ。お、ま、え、が」

「ツンデレ?」

「知ってるだろ。ツンツン・デレデレの略でツンデレ」

 ツン+デレ=ツンデレ。

「知らないなんていわせないぞ。てめぇが俺のパソコンフォルダ漁って『ゼロ使』の同人誌見てることはわかってるんだからな」

 先輩が失礼なことを言ってきた。僕は顔を赤くしながら、先輩を睨む。

 一方、先輩はどこふく風といった感じで、大きな身体をこれまた大きく揺らし、僕の方を指差す。なんだか無意味に得意げな様子だ。

 勝手に僕の部屋にあがりこんできた上に、なんたる言い方なのだろう。なんたる振る舞いなんだろう。

「失礼ですね、先輩」

 礼を失していた。

「ふん、俺は失礼じゃない。事実を端的に述べただけだ」

「臆面なく事実を申すこと、それを世では失礼というんですよ」

「ふん。また面倒な……」先輩は頭をかきながら非常につまらなそうな顔をする。ごつごつした岩壁みたいな顔がさらにゆがんでいく。「せっかく遊びに来てやったのに……」

「別にいいですよ。そんなの」

「ひでぇな。美月ちゃんと同じで、俺とお前だって久しぶりだろ」

「いつ以来です」

「三日ぶりだ」

「なんですか、それ」

「久しいじゃねえか」

「美月とは三ヶ月会ってなかったんですよ」

「あんま変わらねえよ。お前らにとってはな」

 先輩はにやりと笑う。妙に意味ありげな言葉だ。僕はその言葉を無視してそっぽを向く。

 本日は先輩が来ているおかげで、ただでさえ狭い僕の部屋は、よりその息苦しさを増加させている。

 ああ……メンドクサイ。

 正直、先輩に会ったのは数時間ぶりだった。

 三日どころの話じゃない。学校が同じで、家が隣同士で、もう十年近い付き合いになるのだ。

 ――大槻巖。この岩みたいな先輩の名前は、大槻巖といった。

 名前だけですでに想像できるようなゴツい姿であり、実際、先輩の身体は中学三年のものとは思えないほど逞しく熟成されており、まるでどこかの地層から削り取ってきた岩石のような、どっしりとした重量感のある立ち振る舞いを誇っていた。僕と同じ中学の学館中のジャージを着ているが、正直作業現場のおっさんにしか見えない。

「わはっははははは」

 そして彼は、僕の幼馴染であった。

 幼馴染――これほど名前負けする幼馴染がかつていただろうか。

 新ジャンル、重量感のある幼馴染。大槻巖。

「嫌すぎる……」

「何だ。お前の現状がか?」

「……いろいろと。すべてにおいて、ですよ」

「? ふうん。まあいいさ」

 先輩は興味ないのか、よく理解してないのか、気の抜けた返事をした。右手にあるコカ・コーラの缶をごくりとやって、ポテトチップスに左手を伸ばす。

「そんなことはどうでもいい。それより、な。なあ、久々に会ってどうだったんだ?」先輩はポテチを口に放り込む。そのままむしゃむしゃ咀嚼しながらこちら側を見る。「どう感じた、どう思った、な?」視線を僕に合わせる。ああ、かったるい。

「どう――って何がですか?」

「とぼけんなよ。そんなツンデレのきょーいち君が久しぶりに美月ちゃんに会ってどうしたんだよ、な?」

 先輩は身を乗り出してきた。でかい顔が接近してきて凄く息苦しい。

「はぁ……」といわれても僕はぼんやりとした返事しかできなかった。「そう言われましても。……なんかいつもどおり?」

「いつもどおり?」

「ええ。特に何も」

「特に何も?」

「はい」

「何も問題なく?」

「はぁ」

「なんだかなぁー」

 そうして先輩は全身を弛緩しきったように後ろに倒れこみ、仰向けの体勢になった。「つまらねぇ。非常につまらねぇ。最近のジャンプ漫画ぐらいつまらねぇ」唸るライオンのような声を漏らした。

「いえ。最近のジャンプは頑張ってますよ。作品ごとに独自の味をだして、何だか生き生きしています」

「いや。そういうことじゃなくてな」

 先輩は身体を起こす。

「なんつぅーか。そう。今までにないような、ことがさ。なかったの?」

「今更、ないですよ。そんなの」

 僕は首を横に振りながら、そう答える。

「いやさぁ。あんだろなんかさぁ。やっぱ、さっき言ったこととは矛盾するけどさ、三ヶ月だぜ。三ヶ月。ガキの三ヶ月っていったら、そりゃあもう、大人の三年分には相当する期間だぜ。重みも深みも密度も」

「そうはいっても」

 そんなことを言われても。あんただって僕と美月の間に時間差なんて関係ないと言ったばかりじゃないか。

「あれは冗談だ」

 冗談かい。

 やっぱこの人。基本てきとーだ。

「あんだろ? 何かしら」

「ないですよ」

 僕は頭を振る。

「いやさぁ、どうせ。思い出の語り合いとか、久々のつもる話とか、近況報告とか」

「いえ、だから別に」

「次に会う、約束とかさ」

「――ない、です。よ」

 一瞬、言葉に詰まった。

「そうかよ。そうかよ。そーかよぉー」

 先輩はポテチの袋を持って、それを一気に口の中に注ぎ込んでいく。余っていたポテトッチプスがすべて、先輩の口の中に消えていった。

「ふん。もういいさこの話は」

 先輩は袋をまるめてゴミ箱に投げ捨てた。袋はゴミ箱から外れ、その場に落ちた。

「あーあー。何やってるんですか」

「ああ悪い。今どうにかする」

 そういって先輩は袋が落ちた方向に向かっていく、その間、僕は必死に胸の動悸を抑えていた。

 僕は。動揺を。隠していた。

 先ほど先輩から放たれた言葉は、僕の内側で敏感に振動し、瞬間的に揺れた。目が泳ぎ、汗が流れた。

「ほいっと」先輩はゴミ箱に袋を放り込む。「これでいいだろ。な」

 その後。先輩は興味のなさそうにこの話題を切り上げた。そして議題は、どのようにしたら少年誌は黄金時代の再来を迎えられるかというものに移り、僕は安心してその話題について語り合った。

 先輩が僕の焦りに感ずいたかどうかは定かではない。が、とにかく僕は美月との約束について言及されずに済んだのであった。――よかったと、内心こっそり僕は安堵していた。

 こうして。僕は、美月との『再会の約束』を隠すことに成功した。



 喧嘩は止め処なく僕を蝕んでいった。

 故に、僕は感情に蓋をした。


 再会の約束――それは、僕のところに来た美月の目的であった。

「それで、結局なんのために僕のところに来たんだ?」

「ふっ、ふっ、ふっ。それはさね、きょーいち。再会の約束を頼みに来たんだよ」

 陽も傾き始めた、帰り道。すべてのものが赤く染まり、どことなく幻想的な雰囲気を醸し出している。

 その中で美月は、いつもどおりのしたり顔でそう言った。

「再会の、約束?」

「そうだよきょーいち。要するにこれからも、昔みたいに僕と一緒に会おうぜーってことさ」

「ふうん……」

「そう、再会の約束さっ!」

 美月はパッとこちらに振り向き、ビシッと指を指す。

 一方、僕はその勢いに気圧されて、面食らってしまう。

「……ん、ま、まあ構わないけどな」

 だから僕は中途半端な受け答えをしてしまった。

 しかしそれでも美月は満足したようで、清々しい笑顔を見せる。

「じゃあ、約束だねっ!」

 その溌剌とした声は、僕の中にいつまでも残っていた。


 そして。そうしてところ変わって約束を果たしてから三日後。

 本日、美月との再会の日であった。

 具体的に何時会うか。何時会えるのか。そういった細かい調整の話し合いをするために、今日もう一度美月と会うこととなったのだ。正直話し合うようなことでもないし、僕としてはどうせいつでも暇だから大丈夫だと言ったのだけれど、美月が。

「いやーやー、残念ながらきょーいち。僕はちょー多忙なんだよ。自分から言い出しといてあれだけどね。だからさ、必要なんだよこういった過程が。だからさあ、そのための話し合いを、しようっね」

 僕としては未だに美月の真意が掴めていない。

 冷静に考えてみれば、再会の約束なんて、わざわざ明言化しなくともいいはずのものだ。

 単にまた勝手に遊びにくるよ、でいいのだ。その程度のことでいいはずなのだ。

 なのに美月はわざわざ僕の中学校にまで侵入して、そんな大したことも無い約束を取り付けた。彼女のその行動は何を意味するのか――。

「まったくもってわからない。だけど、わからないものは仕方がない。それなら会って、確かめるしかないだろ」

 そう独り言ち美月の家を目指すこととなった。 

 美月の家は、前述したとおり僕の家からそう遠くない。歩いて十分程度。家を出て住宅街の道をずんずん進み、商店やコンビニなどが立ち並ぶ場所を横切っていき、少し大きめの公園を通ってから、もう一度住宅街に入ったところに美月の家はある。大した距離ではない。小学校の時には美月の家を訪れ、家の中や近くの公園でよく遊んだ。だから、数ヶ月ぶりに通るこの道も、迷わずに遅れずに行けるはずであった。

 ――だが。

「こんにちは。北島きょーいち君」

 近道をしようと公園に入ったところで声をかけられた。

 僕は振り向く。すると、そこには僕と同じ学校の制服を着た少年が長定規を持って佇んでいた。

「誰、ですか?」

 とっさに、僕は敬語で返答した。多分、その少年の様相が幾分僕より大人びていて、僕は彼のことを何となく自分より年上の人物であるように思えたからであろう。

「誰か……そうだね。誰というのは当然の考えだね、北島きょーいち君。疑問を持つことは大切だ。すべての発見は問いの集合体でできている」

 眼前の人物はそう、ぶつぶつと呟きながら何か考え込むようなポーズをとる。

「あの……」

「ここでは君の質問に答えるというのが世の道理というものなのだろう。いいだろう。少々不快ながら名乗らせてもらう。私の名前は高柳孝太郎だ」

「タカヤナギ……コウタロウ?」

「『高い』の高に『木の柳』の柳。『考える』に太郎で孝太郎。すべて合わせて高柳孝太郎だ」

「はぁ……」

 何なのだろう。

 唐突に現れた感じのあるこの人物は、手に持った長定規を器用に回転させながらこちらに微笑みかけてきた。

 ――高柳孝太郎。

 見た感じ背が高く痩せ型で、名前の通り公園の中に一本細い柳が立っているような印象を受ける。髪は長く前髪に隠れて目がはっきりと視認できない。服装は僕と同じ学館中学の独特な学ラン姿で、手には三十センチメートル式の長定規。

 当然、知らない顔だ。

 初めて見る。

 しかし、それでも何となくあまり関わりたくない感じのお方である。さっきの奇妙な会話の応酬からも、いろいろと妖しげで胡散臭いオーラが漂ってきている。ヤバそうな何かが、感覚として僕に伝わってくる。

「何か、僕に用ですか?」

 それでも一応ということで僕はそう返答した。もしかしたら凄く大変な事態に陥っていて、僕に話しかけてきたのかもしれないし、そうでなかったら早くスルーして美月の家に向かうために、用があるのならすぐに済ませてしまおうというわけだ。

「いや。別にそこまで重要な用件ではないが」

「そうですかそれじゃあ」

 よし。

 無視して美月のとこに行こう。

 ――しかし、そう思った途端。

「だが。美月瑞樹の件についてだ」

 僕は足を止めた。

「何ですって……?」

 そして、僕は再び少年――高柳孝太郎の方を振り向いていた。すると高柳は不気味そうな笑顔を浮かべながら、手にもつ長定規を自分の口元にあわせている。

「だから。美月瑞樹についてのお話だよ。北島きょーいち君」

 ――怖い。直感的に僕はそう思った。

 高柳は不気味な笑顔を絶やさずこちらの方に顔を合わせる。目がはっきりと見えないので、その不気味さは格段に凄まじさを増している。

 僕はうすら寒さを肌に感じる。もう夏なのに、身体が震えそうになる。

「……美月がどうしたんですか」

 それでも僕は返答した。言葉に表せないような恐怖が僕を苛む。

 高柳は僕のその様子を見て、実に楽しそうに笑っていた。まさしく枯れ柳が風で蠢いているかのような笑いである。

「そうだな。しかし、どこから話したものかはわからないな。――否。君にすべてを話す義理というものはないし、すべてはボクと美月のことを思っても話したくはない。僕は君を拒絶させるため来たのだから。わざわざ好意的に会話を進めるなど、矛盾したことに他ならない」

 高柳は同じ調子のブツブツしゃべりを続ける。その言葉は掴み取りにくく、理解し図らい。

「まあいいさ。ボクはボクの望みを、君にある事実を告げることで叶えさせてもらうよ。君はボクのことを否定してもらって構わない。ボクは君を二年前から既に否定している」

 そういって高柳は長定規を僕の方に向け、顔から表情を消し去りこう告げる。


「明日。美月瑞樹は世界を救う。君は美月瑞樹に会ってはならない」


 突如、僕の意識がフリーズする。


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