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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
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第133話:決勝戦

「絶対にハマるから、やってみな」


 まるで麻薬のように。

 中学生の時に同級生から手渡された一本のゲームは、

 確かに俺を魅了した。


 それはRPGともアクションともシューティングとも違う。

 ビジュアルノベル。

 おおよそゲームとは言い難い、絵と文章と音楽のみで構成されたゲーム。プレイヤーには僅かな選択肢を選び取る権利のみが与えられ、他にできることは何もない。シュミレーションやアドベンチャーから極度にゲーム性を剥ぎとった存在とも言える。


 それは世間で「ギャルゲー」と形容されたものだった。


「……」


 ギャルゲーは確かに俺を魅了した。

 しかし、家族のいる居間にしかゲーム機がない我が家では、

 それを普通に人前でやるのは不可能だった。まず不可能だった。

 バレると社会的に俺が死んだ。


 結果、俺がゲームをプレイするのは、家族が寝静まった深夜23時過ぎとなった。


「……」


 1日、1時間から2時間。

 黙々とキャラクターを攻略し、ストーリーを追い、まるで蟻地獄に進む蟻のように、じわりじわりと、俺はギャルゲーに侵食されていった。

 1ヶ月後、

 俺はついに「Trueルート」と呼ばれる最終章に到達した。

 明日からは最終章か。その日はその思い布団に入って眠った。



 ――――翌日、俺は徹夜した。



「…………」


 目の前ではスタッフロールが流れていた。

 美しい曲。

 美しい歌詞。

 気づいたらエンディングだった。

 CGは華美さを抑えた水彩画。

 挟み込まれる台詞は彼女らのこれまでの苦難を嘆き、その乗り越えを讃える。

 俺は静かに眺めていた。

 朧な思考回路。

 視界は滲み、嗚咽が漏れた。

 ふと見ると、窓からは淡い光が差し込んでいた。

 朝。

 朝だ。


 外は白い。


(…………)


 俺はその白さを見て。


(…………っっ!)


 言語化不能な"震え"に襲われた。


(…………っ……あぁ!)


 エンディングが終わる。ゲームの画面が切り替わり、会社のロゴマークが表示される。やがてタイトル画面が表示される。そこには今までと違う光景がある。タイトルが違うのだ。エンディング後の特別仕様だ。

 俺は震えは以前続いた。


(…………な、なんだこれは……っ)


 今も思う。

 あの感覚は一体何だったのか。

 ゲームが終わってしまった虚無感?

 違う。

 物語が終焉を迎えた喪失感?

 いや違う。


 そうじゃない。


 確かにあの時の俺は、妄想の世界から引きずり出された。

 現実から解放された大空から、確固たる現実の地表に戻された。

 終わりを迎えた勇者。エンディングを見た戦士。英雄の最期。終焉の景色がそこにはあった。


 だが違う。


 窓の外の白い光。

 夜が明けて、朝の始まり。

 それは決して幸福ではない、現実との向き合い、夢からの覚醒めざめ。


(辛いはずなのに……)


 俺は前をしっかりと見据えてた。

 意識はこれ以上ないくらいクリアで、

 強い希望とエネルギーが体内に渦を巻いていた。


(俺の中に、……アイツらがいる)


 ゲームの向こう側と、今ここにいる俺。

 違うけど違わない、遠さを感じない距離。

 同じだ。同じなんだ。そんな妄想を真面目に信じられた。


「……ありがとう」


 感謝の言葉は自然と出た。

 傍から見て奇妙な光景だろう。

 朝4時に、1人居間のテレビの前で静かに感謝を告げながら、拍手を鳴らす少年の姿があるのだから。

 だが、それが俺だ。


 こうして今も生きている。


 翌日、ゲームを貸してくれた同級生に礼を言い、何の気なしにクラスの様子を眺めた。

「……」

 俺は思った。

 物語は現実に作用しない。

 空想は現実に作用しない。

 虚構は事実を動かさない。


 本当にそうか?


「……嫌だ」


 さらに翌日、俺は二年ぶりに美月に話しかける。



 ◆


 ヒーローは現実どうにもならないを変える存在だ。

 それでもできないことはある。

 例えば過去を変えるとか。


(――――ただいま、……っと!)


 爆発が起きる。

 俺は回避。


「変身名《限定救世主リミット・オブ・セイバー》、種類『世紀末覇者ミレニアム・キング』!」


 爆発地点から20メートル程離れた場所に瞬間移動する。

 第三領域終了後は爆発が起きる。

 普通は避けられないが、俺は終焉崎さんで回避に成功した。


(やれやれ……)


 ヒーローは大抵のことはできる。

 だが、できないこともある。

(美月はどうした?)

 君島さんの能力を借り、ヒーローエネルギーを広げる。


(……いた!)


 と、同時に俺は感じる嫌な感触。

 この先にある負のオーラ。

 人間が諦めの間近に発する絶望に近しい何か。


「そーちゃん……」


 美月は美しく輝く身体で、

 爆発を寸断する無敵の身体で、


「私、勝ったよ……」

 勝利を告げた。


 まるで敗者のように。


「……そうか、勝ったか」

「うん……勝ったよ……そーちゃんも、……お母さんも……助けた……ちゃんと……」

「そうか」


 彼女は勝利を収めた。

 しかし、彼女は震えてる。

 妄想から現実に還ったせいだろうか。

 まるで昔の俺みたいに。


(……――――いや、違う!)


 その震えは違う。

 俺の震えとは違う。


 朝を迎え、

 白い光に感動した。

 あの日の震えとは似ても似つかない。


(どうにかしたい……)


 俺はヒーローだ。

 それでもできないことはある。


 例えば彼女の悲しみを防げなかったりとか。



 --世界は英雄戦士を求めている!?--



 生きることは困難だ。

 理不尽は、不条理は、消えない。

 現実は重くて目を背けたくて、時に抗いようなく敗北を与える。


 俺は小さい頃、そういう理不尽を救ってくれるのがヒーローだと思っていた。

 現実を助ける、空想のヒーロー。

 絶対の存在。


 でも、ヒーローにもできないことはある。


 変身ヒーロー達が、“当たり前”の存在として人類に認められた世界。

 そんな現代だからこそ、ヒーローは絶対の存在じゃないって気づかれてしまった。


 異端は、正統があるからこそ、異端なのであって、

 大衆に広まってしまえば、それはもう異端ではなくなってしまう。


 特別はない。


 自律変身ヒーロー達が異常に期待されたのも、

 そんな「絶対的な存在」や「特別なもの」に対する憧れがあったのかもしれない。


 でも、自律変身ヒーローにだってできないことはある。


 もちろん、俺も。


 できないことは、ある。



「――――今は、"まだ"な」



「いま、は……?」


「そうだろ? 英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー


 俺は彼女に近づく。

 逃げる間も与えず捕まえる。

 手を掴む。顔を近づける。呼吸が当たる。


 俺は言わなきゃいけないことがある。

 できないことに抗うために言わなきゃいけないことがある。


 彼女の震えを、

 夜が明けて、朝が来て、

 暗がりの中の朝焼けのような、

 窓から差し込む光のような痺れに、震えに、変えてやる。


「いいか、美月。よく聞け。俺"たち"は・成長している」


 俺は伝える。


 見ると彼女は俺を見ている。

 不能性を再確認した彼女。

 妄想の世界で自由を謳歌し、

 そして、立ち返り、

 どうにもならない現実と、

 どうしようもない現状に、行き詰まりを感じている彼女。


「俺はお前に伝えたい」


 勿論、人は言うだろう。

 他人に他人は救えないと。

 

 本当にそうか?


 もちろん劇的な変化を――まるで魔法によって世界が救われ勇者によって王国が守られ平和が訪れるような強力な奇跡的な作用を――俺は美月に与えてやれない。


「お前は・成長している」


 それでも、言葉は投げかけられる。


「俺たちは、できないことを、どんどんできるように、なっている」


 存在し、近くに寄り添うことはできる。

 行動し、その姿を認識させることはできる。


「いいか、よく聞け、この幼馴染。俺たちはできないことを、どんどんできるように、なってるんだ」


 俺の救済は絶対的なものじゃない。

 それでも物語が存在することで誰かに影響をあたえるように。


「俺は、お前が好きだ――――美月」


 止められなかった涙を止めてみせる。


「俺は、これからもお前と生きていきたい。何年だって、何十年だって、生きていきたい。大人になっても、卒業しても、本当のヒーローになっても、お前とできないことを、できるようになっていきたい。馬鹿やって戦って妄想して、そうやってずっとずっと生きていきたい」


 俺たちはこれからも生きていくんだ。

 大人になっても変わっても、大人にならずに変わらずに、ずっとずっと生きていくんだ。


 20歳を、30歳を、40歳を。


 それは美月だけじゃない。

 葉山だって、あゆだって、狗山さんだって雄牛さんだって、城ヶ崎さんだって猫谷さんだって。


 皆。


 これからもこれからも生きていくんだ。


「でも私……酷いことした」

「過去だって変えられるようになる!」


 真堂真白はループ能力者は必ず現れると言っていた。

 そうだ。

 何だったらそういう禁じ手を使ったっていい。


 そもそも、今はできなくなって、これからできないとは限らない。


 不可能が将来も不可能だなんて誰が決めた。


 現に俺は今、目の前の奴を泣かせまいと必死になってる。


 できないことをやりたいから、

 俺たちは妄想を投げかけるんだ。

 きっと。


 現実の臨界点を、ゆっくりと、力強く、押し広げるんだ。


 だから物語はある。


 変身ヒーローが“当たり前”の存在として人類に認められた世界。

 ヒーローはこの世に遍在している。

 妄想の力を操る英雄戦士たち、そんなのがいっぱいいるんだ。


 それは希望だ。


 まるで物語があちこちから生まれる様に、ヒーローが、

 少しでも手を伸ばせばどこにでも――――。


「過去だって変えられるヒーローは必ずいる!」


 根拠ない。

 それでも俺は断言する。


「…………」


 美月はそんな俺の顔を見て、


「そーちゃんは……バカだなぁ……」


 笑って、言った。

 否定の意志は存在せず、

 もちろん彼女の悲しみを完全に癒せやしないが。


「私も好きだよ。そーちゃんのこと」


 それでも、


「だから期待してるよ」


「おうっ!」


 期待された。

 期待されたのだ。

 応えなくては男じゃない。


「これからもよろしくね」


 俺と美月。

 2人は同じ地平にいた。

 これは妄想だとしても、本当のことだった。



 --世界は英雄戦士を求めている!?--



 ――――もし仮に、この俺と美月の現実が、

 一つの青春小説として再構成されるのだとしたら、


 ここが"終点"だろう。


 俺は青春の起こす悲劇に勝利した。

 偉そうに現実を行使する力に、諦めの生き方に歯向かってやった。

 ざまあみろ。


 これ以上ないくらいに完結的だ。


 この現実を俺と美月のラブコメとして捉えても、

 ここがエンディングだろう。


 唇を合わせる"あれ"はないものの、

 俺と美月は恋人になれた。


 恋人に……。


 う、うわっ。嫌だなやめてくれよ。

 でもまあ、ここがラストであることは間違いない。恋愛小説であるならば。


 この話が純文学だとしたら……純文学って何だ。

 美月の家にあった村上春樹とか。あれは純文学だよな。うんうん。

 何だろう。ストーリーが別に大事じゃないやつのことかな。

 あと文章が変なやつ。


 まあ、ああいうのは芸術指向だから、余計なエンタメは入れないだろう。

 ここらが潮時。

 それっぽく締めてお終いを向かえるはずだ。


 そうだ。

 本来ならこれで終わりのはずだ。



 ――――だけど。



「さて、美月」

「うん、そーちゃん」



 俺たちは握り合った手を離して、"あえて"距離を取る。


「本気で来いよ。いいだろ?」

「うんっ、死なないでね、そーちゃん。生き返らせるのって、大変なんだから」


 拳を、構える。

 ヒーローとして、全霊で、戯れよう。


「1年Dクラス、新島宗太。変身名《限定救世主リミット・セイバー》」


「その意味は不能性の中の輝き。例え一瞬であろうとも世界を救済する力」


「1年Sクラス、美月瑞樹。変身名《英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー》」


「その意味は新しい時代の幕開け。全てのヒーローが目指す新世界として力」


 戦おう。


 俺は別に、現実が物語として再構成されることは、そこまで否定しない。

 そこに誠意されあれば。


 ただし、もしやるのであれば、

 楽しくやろう。

 俺と美月の現実は、

 青春小説とラブコメと純文学のその先をやろう。


 バトル小説であり、学園ドラマであり、ヒーロー譚であろう。


 だから、



 こんなところでは終わってはいけない。



「美月瑞樹。

 世界となったお前の強さ。

 俺はお前をその力から――――救世しよう」


「ふふん、くだらないくだらないくだらないっ。

 救世なんてお断りだね。

 君が世界を救うと言うのなら、――――私は英雄戦士としてそれを潰そう」



 決勝戦を始めよう。

小説家になろう、賛歌。

次回もよろしくお願いします。

次回「第134話:ロスタイム決勝戦」。

掲載は1週間~2週間後を予定しています。

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