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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
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第130話:彼にとっての決勝戦

 まず初めに感じたのは“違和感”であった。

 まるで現実が現実として機能していないような、例えるならば夢の中みたいな空間。

 そんな印象を受けた。


 なのに夢と違うと思ったのは、俺の精神が異様に安定していたからだ。

 精神の安定。俺の意識は磨いたばかりの窓ガラスよりもはっきりとしていた。

 これが夢ならば、もっと寝起きのようにあやふやで判然としないはずである。


(なんだこれは……俺は美月とバトルしていたんじゃ……)


 現在の俺は今までと違う視点にあった。肉体を動かすことはできない。

 今が今じゃないような感覚。別の……異なった位相、時間、意識……。


「ぎゃ……っるるるる……るるるる……るるぅ……――!!」


 俺の頭の中へ、映像のような“何か”が流れてくる。

 白、灰色、棒、電柱、屋根、瓦礫、生物、生物、生物、山、これは……。


 その容貌は。

 

 人家を超えた巨体、山脈を切り崩して作られたような外皮、岩石を繋ぎ構成された眼球。


 テレビ画面の世界から飛び出してきたような容貌からは、現実感が消え失せてみえたことだろう。それでも、怪獣の発生させる激しい地響き、荒々しい砂塵、鋭い咆哮は、この状況が夢ではないことをはっきりと物語っていたことだろう。


 俺は呆然と眺めていた。

 絶望すらしてなかったと思う。

 ただ、目の前で起きている惨劇に打ちのめされていた。


(怪獣……ジャバウォック……)


 俺は理解した。


 これは過去だ。


(どうして過去へ……)


 2014年。

 小学6年生。

 あの時の再現だ。


(……第三領域……そうか自律変身ヒーロー……)


 これは君島さんと戦った時と同じ現象だ。

 強烈なヒーローエネルギーを放射した俺と美月がぶつかったことで、お互いの深層意識が繋がったのだ。


(ならばこれは美月の過去か?)


 いや違う。この感覚、この絶望、

 間違いなく俺の過去だ。

 俺の死ぬ前の俺の意識だ。


(同じ意識を持ってたってことか?)


 心を深い所で? だから逆流し、自分の過去を見ている?


(推測しても答えはでない)


 ならば。

 俺は前を見る。


「ぎゃるるるるるるるるるるるるぅぅぅぅぅっるるるるううるる――――っっ♪」


 怪獣ジャバウォック。

 俺が向き合うべき存在。


 時を越え、

 俺はあの日に立っていた。



 ◆



(と格好よく言ってみたものの……)


 身体を動かそうにも動かせない。

 ゲームの中断画面をずっと眺めてるみたいな、気持ち悪い不自由感が全身を支配する。

 前も君島さんの過去を見た時は、身体を一切動かせず、俺は呆然と眺めるだけだった。


(おいおいどうすんだよこれ……)


 怪獣ジャバウォックはあの腹立たしい咆哮を上げる。

 対する過去の俺は完全に呑まれていて仔ヤギのように震えて動かなかった。


(おいおいどうすんだよこれっ!)


 この先の展開は知っている。

 輝かしい光と共に最強のヒーローが登場するのだ。


 その正体は美月。


 美月は強力な一撃で怪獣ジャバウォックを倒すと同時に、俺の存在も破壊してしまう。


 そして俺は美月によって生き返させられる。

 あいつに罪の意識を着せたまま。

 彼女を絶望の底に沈めたまま。


 嫌だ!


 あまりにも情けない結末。

 バッドエンドだ。


(嫌だぜ! 死ぬのも! 美月にあんな思いをさせるのも! どっちも御免だ!)


 だが俺の身体は震えてどうにもならない。動き出す気配すら微塵もない。ああ情け無い。稀代のヒーローを志す人間が。まさしくジャバウォックの思う壺だぞ。


(走れ、走れ俺!)


 しかし、俺は走らない。

 俺はこの状況にイライラしてくる。

 何もできない無力感。観測しかできない第三者。力になんかなれやしない。何だ。何だこれは。まるで神の視点じゃないか。

 無力で無様で昔と何も変わっちゃいない。


(どうにかしろよ!)


 どうしかしろ。

 と、思い、考え、同時に思考の奔流の中に「ある可能性」を発見する。

 それは小さすぎて見えない光。夜道を照らすことすらできない輝き。

 でも、俺が選ぶに相応しい。


(……そうか)


 神の視点。


(いけるか。いけるのだろうか? 神の視点。何もできないけど、干渉するくらいなら! 寄り添い、伝えるくらいなら!)


 過去の俺。

 今はもう触れられない俺。


 でも。

 それでも。


 ――――葉山は言っていた。

 俺が存在するだけで意味があったと。

 俺の存在、それ自体が、意味があったと。


 俺の叫び・俺の言葉・俺の願いこそが、葉山に勇気を与え、葉山をあの場所まで到達させたと。


 ならば。

 ならば。


 例え触れられなくても!


(確かに俺はこの世界で無力だ! 何もできない! だが、何もできなくても、いるだけで、できることはある! 俺は、過去の俺に、勇気を与えることくらいできる!)


 俺はイメージする。

 強い強いイメージをする。

 過去の自分に語りかけるのだ。

 俺は神なる視点から神なる力で神託を送るように、伝えるのだ。


「俺よ。過去の俺よ。何もできなくてどうしようもなくて、無力で無様で情けない俺よ、怪獣を倒せなくてぶるぶる震えてる俺よ。お前は確かに何もできない。無力だ。だが、思いだせ。そして心に抱け」



 ――"逃げろ"じゃない。



 ――"戦え"でもない。




「お願いだ」




 ――"美月を守れ"。



 過去の俺はその時走りだした。



 ◆



 伝わったかどうかは分からない。

 だが、奴の思考回路の一部を動かすことくらいはできたはずだ。


(もちろん過去の俺は、美月の正体が最強のヒーローだなんて知らない)


 だが、知らないからこそ、あいつはこう思うはずだ。


 ――――美月は無事なのか?


 もちろん、自分の身がどうしようもないくらい危機一髪なのだが、つーか死にかけ寸前なのだが、それでも、


 この瓦礫の山。

 崩壊寸前の世界。

 あと10秒もしない内に世界の終わりを迎えそうなこの中で、


「美月ィ――――っっ!」


 俺は、あいつにだけは助かって欲しい、と思うはずだ。


 俺は美月を助けたいと思うはずだ。

 この絶望の中で、

 あいつを巻き添えにしたくない、生き残って欲しい。


 自分の命は駄目だとしても。

 せめてあいつの命を。


 守ってやりたいと思うはずだ。


「ぎゃらぎゃらぎゃらぎゃら……?」


 怪獣ジャバウォックは面食らったはずだ。

 先ほどまで自分が死ぬことに対する恐怖で動けずにいた少年が、

 急に「迷いなき目的」を見つけたように駆け出したのだ。


「ぎゃー……――――ぎゃらっ!」

 

 美月の家の方角に駆けだした俺の前に、怪獣ジャバウォックがいきなり現れる。


 ワープ。


 こいつは空間転移をできるのだ。


 過去の俺は驚きながらも考える。


(美月の家の方に行くのはまずい。美月が家にいたとしたら、巻き添えになっちまう)


 逃げろ。逃げろ。逃げろ。


 脅威を引きつけろ。絶望を引きつけろ。

 だが、負けるんじゃない。死ぬんじゃない。

 お前は生き残ってジャバウォックが暴れる時間を稼ぐんだ。いいな。


「うおぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉい、化け物! 俺が相手になってやる! だから、これ以上世界を壊すな!」


 そして全力で逃げる。

 駆ける。駆ける。駆ける。


 過去の俺は一目散に駆け抜ける。

 その視界の一瞬に女性の影が入る。


「逃げてください!」


 俺は獣みたいな咆哮を出して目一杯ジャバウォックの意識をこちら側に寄せ付ける。


「うぉぉぉぉぉぉおおぉぉ……ぉおぉぉおお!」


 瓦礫を飛び越え、先を目指す。


「うぉぉぉおおぉぉぉぉぉ……!」


 倒れた電柱を避けて、走り続ける。


「うおおおおおおおぉぉぉぉおおお! ぉぉぉお…………はぁ、ぅおぉっ……っ!」


 がッ!


 転倒。

 視界が一回転する。

 地面から空へ。


 荒い呼吸とその後に、

 ゆっくりと近づく怪獣の顔。


「ぎゃるぅぅ……♪」


 怪獣ジャバウォックは満足気に俺を見た。

 追いつかれた。

 化け物は笑みを浮かべている。

 だが対する俺も不敵な笑顔を返してやった。


「ふ、ふんっ……化け物が、子供一人まともに倒せないなんて、あ、哀れだな」


 声はガクガクに震えてた。

 恐怖と高揚感と気障な台詞の恥ずかしさと、いろんな感情の混合体が、俺の声を上擦りを加速させた。


 だが。


(一杯吹かせることができた)


 過去の俺はそれだけで満足だった。

 もう俺は動けない。

 それは、恐怖で足が固まった訳でも、走ることを諦めた訳でもない。


(瓦礫に挟まった)


 右脚の膝から下までがすっぽりと。

 足が岩と岩の間に挟まっている。

 先ほど転倒したのはこれが原因だったようだ。

 もうこれ以上動くことはできない。

 あとは言葉で歯向かうのみ。


(あー、ゲームオーバーかー)


 俺は空を見上げる。


(美月、助かってるといいなー……)


 あいつさえ助かれば。

 俺の目的は最低限達成できる。

 ミッションクリアだ。


(ゲームオーバーとか、ミッションクリアとか)


 まるで空想じみた表現、

 現実逃避も甚だしい思考だが、それでも死ぬ間際に思うのは、案外妄想じみた考えだった。


「ぎゃー……」


 怪獣ジャバウォックは、俺が屈しないことに対して不満げだ。

 吹き出す息も力無い。

 ざまあみろ。

 俺は中指を立てて挑発し、ジャバウォックは諦めたように強靭な右腕を振り上げて、


 一気に、

 強く激しく、

 風。


「……」


 そして、


「……」


「……」


「…………?」



 俺は目を開ける。



「―――――助けに来たよ、そーちゃん」



 そこには光のヒーローが立っていた。




 ◆




 もう駄目だと空を見上げた。

 そんな危機的状況において、俺は――遭遇した。


 砂煙の中を、真っ直ぐに、怪獣にめがけて、飛び込んでいく一つの輝きがあった。

 それは暗黒の闇を切り裂く一陣の光であった。

 俺はその時の戦いを忘れることはないだろう。今の俺の生きる道を決めた瞬間であった。



 この俺、新島ニイジマ宗太ソウタは生まれて初めて――ヒーローの戦いを間近で見たのであった。




 ◆



 俺の意識は薄れていく。

 世界が白く変わる。

 視界が元いた場所へと移っていく。


(もう終わりか)


 前の時もそれほど長い間いたわけではなかった。

 むしろ今回は長かったと言えるだろう。


(美月は……何を見てるんだろうな?)


 ふと、そんな疑問を抱きながら、

 俺は現実へと戻っていく。



 皆のいる、ヒーロー学園に帰って行く。

次回「第131話:彼女にとっての決勝戦」を宜しくお願い致します。

次話掲載は一週間から二週間ほどを予定しています。

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