第129話:ヒーロー達の決勝戦 山車雄牛の場合
変哲なき少女。
世界を変える。
無自覚のまま。
◆
「第三領域の発動か」
「……はい?」
山車雄牛は「何ですかそりゃ?」という声で終焉崎円に突っ込んだ。
「自律変身ヒーロー同士がぶつかり合うと稀に起きる現象だ。
相手の意識と自分の意識が混ざり合い、奇妙な映像を見せられることになる」
「へー…………新島、自律変身ヒーローじゃないっすよ」
「そうだな。ただ彼は美月瑞樹のヒーローエネルギーで生き返った過去がある。
限定解除した新島であれば、自律変身ヒーローと同じ現象が起きても不思議じゃない」
「適当っすね」
「話すと長くなるから端折ってるだけだ」
轟音。
美月瑞樹と新島宗太がぶつかり合った空間で大爆発が起きた。
「お、……おいおいおい、美月大丈夫っすか、終焉崎先輩」
「問題ない。第三領域発動後はいつもああなる」
「流石関係者」
事実、新島宗太と美月瑞樹は起き上がった。
二人は軽く震える。
空を見る。
動きを止めて見つめ合う。
(ん?)
山車雄牛は違和感を覚える。
(美月泣いてんのか?)
隣の終焉崎は無反応。
(いや、喜んでいる……?)
答えは出なかった。
◆
山車雄牛から見た終焉崎円の第一印象。
尊大。
変な喋り方。
なげー髪。
漫画やアニメで「魔女」と称される様な人物が自分の目の前に現れたらこんな感じなんだろうなと雄牛は思った。
「どうしたん…ですか。終焉崎さん」
「会いに来た」
「何で私の隣に座るんすか」
「君に興味を持ったからだ」
「はぁ」
雄牛は興味を持ったという表現は悪くなかったが、何となく変な気持ちになったのでどうしようか周りを見たら、
「いいんじゃないか入って頂いて」
「……コクリ」(頷き)
「え、私? いやー参っちゃいますねー」
歓迎ムードだった。
どうやらお断りは不要の様だ。
「あとお前のことじゃねーよ、君波紀美」
「あれ?」
「君。紀美」
「……ああ、うん、叙述トリック」
トリックじゃねーよ。
雄牛は君波紀美をぐりぐりと痛めつけ、その後終焉崎を自分の席の隣に迎えた。
「……」
「どうかしました?」
神山が尋ねると終焉崎は朗読する調子で、
「変身名《自由装填(フリーガン)》、弓使い・神山仁(かみやまじん)。
変身名《侍(サムライ)》、魔剣士・高柳城(たかやなぎじょう)。
変身名《不可侵領域(クリーン・ストーリー)》、守護者・君波紀美(きみはきみ)
変身名《世界爆誕(ハロー・ワールド)》、格闘家・山車雄牛(やまぐるまおうし)」
一気に言った。
「……よくご存知ですね」
「友人に何でも知ってる奴がいてな。教えて貰った」
「今あそこで実況やってる鴉屋クロさんですか」
「そうだ」
おおーっと、声が上がった。
鴉屋クロ。
雄牛も知っている。
この学園の研究者としてはトップクラスで優秀な人物であり、
英雄戦士選考会は彼女と妹の鴉屋ミケの尽力によって実現しているという話だ。
影の支配者。
そういうイメージだ。
「影の支配者……そんな感じっすね」
「間違っていないな」
「ほー」
「私は裏の支配者だけどな」
「……何が違うんすか?」
「影は光を照らして見ることができるが、裏は見ることができない」
ドヤ顔でそう言った。
雄牛は思ったよりアホの人なのかなと終焉崎円のことを思った。
「思ったよりアホの人っすね」
「……君は思ったことを何でも口にする癖があるようだね」
「そうですか?」
あまり自覚はないのだがそうなんだろうか。
と隣を見ると、
「……」
「……」
「……」
全員頷いていた。
普段寡黙で心優しい高柳城までもが頷いていた。
「普段寡黙で心優しい高柳までが……」
「君は、何というかあれだな。地の文をそのまま読んでしまうタイプの人間なのかな」
「地の文って何すか」
「思ったことをそのまま言うって意味だ。他意はない」
そうか、そうなのかなー山車雄牛は少しだけ落ち込んだ。
試合は入場がまだ始まらない。
試合開始、三分前の出来事であった。
◆
終焉崎円から見た山車雄牛の第一印象。
壮大。
歯に衣着せぬ思考。
やたらデカイ。
「つかぬことを聞くが、君は身長はいくつだ?」
「……180cmっすよ」
山車雄牛は嫌そうに答えた。
「そうか。もっとあるイメージだったが」
「立端もそこそこありますからね。高1にしちゃあ珍しい方だと思いますよ」
「ドイツには君と同じくらいの女性が大勢いたよ」
へぇ……と雄牛は興味深そうな口調でそう言った。
「国民の平均身長が日本人より10cmばかり高い。
長身でガタイが良くヘディングがうまい」
「いい国っすね」
「君もそのうち来るといいさ」
後に雄牛は、
(あれは誘いの言葉だったのか)と気づくことになる。
◆
「三年生の試合ってどうなってるんすかねぇ」
「もうすぐ決勝戦だ。和泉イツキ VS 君島優子」
「あー、生徒会長さんと副会長さん」
山車雄牛も何となくは聞いていた。
大抵の交流試合がある場合、
あの二人は一番大事な場面で常に雌雄を決することになると。
「あれが二人なりのコミュニケーションの取り方なんだ。
対立という状態が定常化している」
「喧嘩するほど仲が良いってやつですね。
……二年生はどうなんすか?」
「そうだな」
終焉崎は少し考える。
英雄戦士選考会は、
一年生の部・二年生の部・三年生の部に分かれている。
本日試合が行われているのは一年生の部・三年生の部。
二年生の部は明日の予定だ。
「去年見た限りでは、楽しそうなヒーローはいなかった」
「そうっすか」
「だが、人間は変われる」
雄牛は思った。
この人、だから外国に行ったのかな、と。
戦える存在を探すために。
そして戻ってきたってことは――。
「だから私は楽しみだ。明日の試合、どんなヒーローがいるのか。私の認識していない地平に、どんな人間が待ち受けているのか」
「……」
「どうかしたか?」
「いや、楽しみっすね」
雄牛は口に出さなかった。
自分が終焉崎と戦う相手になる。
君島優子における和泉イツキのような、
美月瑞樹における新島宗太のような。
そんな存在になる。
(流石に気恥ずかしいな)
夢物語みたいな台詞だ。すぐには言い出せなかった。
◆
だが、それもすぐ終わる。
◆
それから美月と新島の試合が進行し、雄牛は無意識に、
「終焉崎さんって戦える相手を探してるんすね」
「……ああ」
「なら私は将来、終焉崎と戦える相手を目指しますよ」
「……」
言ってしまった。
言ってしまった。
確かにすぐには言い出さなかった。
(あ)
だが、数分後には、もう口に出してしまっていた。
隣で苦笑する声を聞いた。
◆
隣で聞いていた君波紀美は「ああ……またか」と苦笑した。
(英雄戦士さんとお友達になった時も驚いたけど、次は終焉崎さんとライバル宣言……)
遠慮とか配慮とかそういうのが一切ない。
躊躇いとか迷いとかそういうのの前に行動が先んじる。
(まったく仕方ない)
君波は溜息。
だが、思っていた。
雄牛のそうしたスタイルが、
君波紀美・神山仁・高柳城の三人の輪を成立させたと。
(終焉崎さんはどう思うのかな?)
君波は終焉崎を見た。
◆
「君は……本当に思ったことをすぐ口に出すんだな」
「どうやら、そうみたいっす」
雄牛は自分の発言に対する後悔を既に終え、
むしろ「まあいいか」という気持ちで終焉崎に相対していた。
「面白い。私の判断は間違っていなかったか」
終焉崎円はそう呟いた。
――美月瑞樹に忠言した少女に会う。
終焉崎が山車雄牛に会いに来た目的は、そうした興味からだった。
(誰もがヒーローとなり得る時代か)
環境が整ったお陰だろうか。
人類は思ったより手軽に気楽にヒーローになれる。
だからこそ、こんな学園もできる。
「その中にはこれからも、君のような人間が出てくるんだろうな」
「はい?」
終焉崎円は試合で戦う新島宗太と美月瑞樹を眺める。
そして目の前の変哲なき少女を見る。
当たり障りなく、ふわりと、ごく平然と、ごく自然に、ナイフをつきつける調子で、尋ねた。
「つかぬことを聞くが、君は身長はいくつだ?」
次回「第130話:彼にとっての決勝戦」をよろしくお願いします。
掲載は約1週間後を予定しています。