第126話:ヒーロー達の決勝戦 狗山涼子の場合
――強き者。
伝説を継承し、才能という刃を努力で研ぎ澄ました者。
夢見る強さの頂は、いまだ見果てぬ。
◆
見る立場は久々だ。
「涼子ちゃん、涼子ちゃん、焼き鳥食べる―?」
「うむ、いただこう」
「涼子ちゃん、涼子ちゃん、お茶飲む?」
「ああ、ありがとう」
「涼子ちゃん、涼子ちゃん!」
狗山涼子は試合を見る。
普通の試合ではない。
英雄戦士。
最終選考会の決勝戦だ。
「川岸さん。こんな奴に私たちの備蓄を分ける必要はありませんよ」
「ほら、涼子ちゃん、ケミカルライトだよ」
「よし、振ろうではないか」
「ましろん無視されてるね」
「フフフ……あゆは最後だろうと元気溌剌だなぁ……」
「いえすっ!」
狗山の隣には川岸あゆ。
二人の後ろには真堂真白、人型式、葉山樹木の三人が並んで座った。
「うわぁ……新島くんも美月ちゃんも早いね……全然見えないよー」
「フフ……どうやら若干新島くんが優勢のようだね……」
「葉山くん見えるの!?」
「見えるさ」
「おおー」
「凄い! 凄いよ葉山くん!」
「フフ……もっと褒めてくれ」
「凄い! 格好良いよ葉山くんっ! 流石は私が惚れ込んだ彼氏だよ! グレートだよ!」
「フフフフフ……」
目を輝かせるあゆ。
邪悪な暗殺者みたいな目をして恥ずかしがる葉山。
満更でもない様だ。
甘い空気が流れる。
対照的に、狗山は試合に没入した。
(駆ける新島君。ラッシュ。ラッシュ。右からの一撃。これはガード。
エネルギー弾が来るぞ。――消滅。
美月ちゃんの攻撃を避けて、反撃。
おお、あの体勢から跳べるか。
さらに連続攻撃!?)
焼き鳥を頬張る。
(美月ちゃんのでかいのが来るぞ。
回避と見せかけて……殴りかかる。
そこからの撤退。
準決勝の私のトレースか。
面白い。私の真似をするとは。
倒れ間際にブーストでストップ。避けつつ攻め。フェイントが1,2,3……おお、そこで分身か!)
緑茶を飲む。
「美月さん。全然攻めないですね……」
「おそらく新島くんの力を測ってるのだろう。どれほどの力加減で攻めればいいのか。見極め中のはずだ」
「……先手はくれてやる、って奴ですか」
「いや、美月ちゃんは純粋に分からないのだ。どの程度の力で戦えば、相手が壊れずに済むのか」
だが、そんな余裕はない。
そのことを美月はすぐに理解することになる。
狗山は思う。
新島宗太は今までのヒーローと違う。
(もちろん私とも……)
そう断言できる自分自身に、
新島への"信頼"を揺るぎなく持つ自分に、不思議さを覚えながら、
(?)
自分に相槌を打った少女を見る。
(この娘は……)
真堂真白だ。
試合観戦の為の特注のゴーグルを両目につけた真白は、
狗山と目を合わせると、
「……ふんっ!」
と、そっぽを向いた。
「……私は何か嫌われることでもしただろうか?」
「知りません! 気にしないでくださいっ!」
狗山は小首をかしげる。
疑問はあるが、今は闘技場から目を離せない。
新島の一撃は、美月を闘技場の中央へ叩きつけた。
「おおおおぉーーっっと! 新島選手! 強烈な一撃! 美月選手を闘技場ごとブチのめしたーッ!」
「というか、ようやくどこで戦っているか分かったわね……」
嘘だ。
狗山は彼女たちの台詞が嘘だと知っている。
トーナメントの全貌をプログラムした鴉屋クロ。
そのクロの姉であり、鴉屋博士によって造られた擬似生命体である鴉屋ミケ。
ミケによって観測されたデータは、クロの脳内に格納される手はずとなっており、
二人が試合内容を把握できない、といったことはあり得なかった。
狗山は細かい事情までは知らないが、
英雄戦士選考会が、二人にとって大規模な実験施設であることは把握していた。
(うむ、私には関係ないことだ)
狗山は割り切る。
もし真実を知らずとも、同じ様に答えた。
狗山は自信を持って言えた。
「ホントだ! ソウタ君勝ってる!」
「フフ……よくあそこまで成長したよ」
狗山は同意する。
と、同時に疑問も起きる。
(あれほどの強さ……短期間で可能なものだろうか?)
新島に敗北し、
医務室のベッドで寝かされた時から狗山はずっと考えていた。
――――新島には、元からヒーローになる才能があったのではないか?
努力の天才。
という言葉がある。
努力すること、ひとつの目的のために、継続的に、脇目をふらずに邁進すること。
それ自体が、一つの才能であるという考えであった。
(新島宗太が努力の天才であることは疑いない)
だが、新島と同じ位、
狗山涼子が努力の天才であることは間違いなかった。
――いや、正確には、『努力する天才』であることに相違なかった。
狗山涼子は恵まれた環境・恵まれた才能にも関わらず、
驕ることなく、ストイックに鍛錬を続けた。
その努力は新島に比類する。
――おそらく、美月瑞樹という強者、圧倒的最強の存在が、彼女に慢心させる時間を与えなかったのだろう。
(そうだ。私は確かに努力してきた)
だが、負けた。
新島宗太と狗山涼子。
両者に才能、努力の差はない。
むしろ、才能の面では、新島の方が劣るといって良い。
にも関わらず、新島はこの数ヶ月に満たない短期間で、狗山涼子を凌駕した。
(何故だ。努力・才能、それ以外に何がある。運か? いや――)
狗山涼子は頭を振る。
運や、手緩い策で、この私を倒せる訳がない。
狗山の戦術は、真っ向堂々・正面から。
その戦闘スタイルは、貧弱な奇策やハメ手に対して、罅一つ入れることのできない強靭なもの。
(それに、新島くんは私と真正面から戦ってくれた)
狗山は考える。
だが、答えが出ない。
正解の見えない問い。
彼女にとって稀有な事態だった。
(漫画で弱小校が努力の果てに、最強校を破るという筋道はよくある。しかし、現実にそんなことが起きるとは……?)
信じがたい。
新島の強さとは何なのか。
何故、彼は勝てたのか。
何故、私は負けたのか。
狗山は、この疑問を解消すべく、あゆ達の応援席へと移動した。
(……新島君、笑ってる? それに美月ちゃんも?)
随分と楽しそうだ。
負ける瞬間、
「美月ちゃんを頼む」なんて、キザな台詞を吐いてしまった。
重荷にならなければよかったが、
どうやら要らぬ心配だったようだ。
「フフフ……新島君楽しそうだね」
「うむ、何よりだ」
「フフ……狗山さん。なかなか聞く機会がなかったのだけど、聞いてもいいかい」
「む?」
狗山は振り向いた。
あゆの頭を子猫のように撫でながら、葉山は闇のような深い瞳で狗山を見つめていた。
「フフ……身構えなくていいよ。狗山さん。僕が聞きたいことはシンプル。たった一つのことなんだ」
どうして新島君を決闘を挑んだのか?
「ああ、そのことか……」
狗山は赤面する。
闘技場では彼女が戦っている。
彼女は――新島くんの告白を受け入れた。
それが事実であり、受け入れるべき真実だ。
そうか。
そうなのか。
(私は――負けたんだな)
本当に。
勝負でも。恋路でも。
「もし嫌だったら答えなくても……」
「いや」
狗山は否定した。
「話そう」
すべて終わったことだ。
終わったならば、区切りを付けねばならない。
それがせめてもケジメだ。
「私が新島君に勝負を挑んだのは――――」
その時。
轟音。
強く、深く、地の底から響く音。
狗山は震源地を見る。
美月瑞樹が新島宗太に反撃を開始した。
次回「第127話:ヒーロー達の決勝戦 葉山樹木の場合」をよろしくお願いします。
掲載は2~3日後を予定します。