第125話:ヒーロー達の決勝戦 猫谷猫美の場合
――模倣する者。
しかして、模倣は本物に劣るのか。
精巧に築かれた力の結合体は、あらゆる正統を凌駕する。
◆
決勝開始の一分前の世界――――。
少女・猫谷猫美は苛立っていた。
(……これまでの戦い。私は涼子に負けている。涼子は新島に負けている。つまり、次の決勝で美月が勝った場合)
握るメガホン。
ぐしゃり。
猫谷の実握力は60㌔を有に超える。
(それってつまり、――"私が一番弱い"ってことじゃねぇか!)
猫谷は気づいていた。
トーナメントで最下位の人間は、
下記の通りになる。
決勝で負けたヒーロー
⇒決勝で負けたヒーローに、準決勝で負けたヒーロー
⇒準決勝で負けたヒーローに、負けたヒーロー
⇒最下位のヒーロー!
面倒だが時間を掛けたら分かる論理。
つまりこの場合――、
猫谷は頭を抑える。
「頭痛か? 猫谷君?」
「あ、ああ……すまねぇ」
「試合の疲れも残るのだろう。問題ある場合は言ってくれ」
「オーケー、大丈夫だ」
猫谷は隣にいる少年――城ヶ崎正義を見る。
彼には苛立ちのせいで、先刻から無様な所を晒している。
自覚しているし、結構本気で申し訳なく思っている。土下座したいくらいガチで思ってる。
(あ~~~、ままならね~~~)
猫谷の煩悶は行動に出る。
"それも"制御できればいいのに。
猫谷は不甲斐ないながらそう思う。
(私が最下位かぁ……)
――――だが、ここで矛盾に気づける。
猫谷の考えは、"美月瑞樹が新島宗太に勝利すること"が前提となる。
つまり、猫谷は美月の勝利を"確信"しているのだ。
(いや、英雄戦士は勝つに決まっているだろう)
それは、クラスメイトだからではない。
友達であるからではない。
英雄戦士。
ヒーローとして。
"崇拝"に近い感情に寄るものだった。
(英雄戦士……まさか同じ学園で友達になる日が来るとはな)
過去に猫谷は英雄戦士と出会っていた。
戦場で。
猫谷からの一方的な出会い。
美月にとって出会いと呼べない出会い。
それでも猫谷にとっては意味があった。
新島宗太がそうだったように、
狗山涼子がそうだったように、
英雄戦士という存在自体に、彼女は心を動かされた。
(私は……あいつが嫌いだった)
それは、マイナスの方向で。
猫谷が美月を嫌う理由は、
猫谷の信念に関わる問題だ
そのためには猫谷猫美というヒーローの人生を語る必要がある。
(私は昔からヒーローを見てきた)
猫谷猫美は"古参のヒーロー"だ。
ヒーロー歴という年数だけでみれば、学園の教師と変わらない。
幼年期に栄華の限りを尽くした狗山涼子や、成長の過程で発見された自律変身ヒーロー達とは異なる。猫谷猫美は、文字通り、生まれた時からヒーローとしての研鑽を積んできた。
故に、英雄戦士に対しては反抗心以上の想いを抱く。
(そもそも猫谷家のとこは単騎特攻専門の化け物を排出する所んじゃねえ。どんな仲間だろうと対応できるマルチなヒーローを目指してんだ)
この世のあらゆるヒーロー能力を要素分解し、再結合して己のものとする。
ヒーローの工業化。
能力の大量生産方式。
猫谷家のテーマだ。
(ヒーローは一発屋じゃいけねぇ。継続して、安定して、確実な平和を"供給する"。
どんな敵にも最後に勝つんじゃない。最初から"常勝"を目指す)
猫谷は、生家のその考えを許容していたし、むしろ猫谷の家に沿った自分の戦い方こそ、あらゆるヒーローの中で頂点に立つ能力だと信じていた。
(結局のところ……"強さ"なんてもんは、能力の組み合わせに過ぎない)
それが猫谷猫美の信念だ。
叔母に当たる猫谷良美の教えでもあった。
(だからこそ、――――私は、英雄戦士みたいな力は嫌いだ)
猫谷は断言した。
それは狗山涼子に対しても同様に抱いていた感情だった。
(能力を……力を、特別なものだと錯覚する考え、私はそれが好きじゃねえ。
能力は能力だ。部品を有難がってどうする。それに紐付く人間もそうだ。
人間は人間だ。そいつに紐付く状況や環境や肩書き、――いろんな複合要素が、そいつ自身を一意に見せてるだけだ)
猫谷は特別を否定する。
夢を理想を輝きを否定する。
(第一、英雄戦士の力だって"猿飛隼人の能力"を突き詰めただけじゃねぇか)
猿飛桃の父親が持つ旧変身名《殺戮者》、
"他者の能力を消し去る力"。
それを『吸収』という形式に置き換え、消し去る威力を極端に突き詰めた能力――それが美月瑞樹の英雄戦士の能力だと解釈できる。
(特別なもんは幻想だ。何だって由来はある。つながりは、必ずある)
(だから私は騙されねーよ。絶対にな)
猫谷猫美の生き方は、英雄戦士への崇拝を否定する。
あんな戦い方、あり得ない。それを凄いと言うやつも、あり得ない。猫谷はそう思う。
――――だが、猫谷の声は轟いた。
「美月ーーーーッッ! 頑張れ、オラァッーーーーッッッ!!
「私は信じてるからな! 格好良いとこ見せてやれ!」
「いいぞ、城ヶ崎! よし、もう一回コール行くぞ!」
違和感。
異様な状況だ。
心のありようとは正反対に、猫谷の声援は天を貫く。
「あーーーー! 何仲良さそうにしてんだよ、馬鹿野郎! 勝つんだろっ! 涼子倒したやつを倒すんだろっ!」
演技の色はない。
嘘はない。
欺瞞はない。
皆無だ。
なのに、猫谷は英雄戦士を否定する。
(私はアイツらが嫌いだ。私より遅れてスタートしたってのに。平然と私を追い抜いていく。私より優秀で、私より要領が良くて、私より凄い。すげー腹が立つ)
なのに猫谷は美月の勝利を"確信"していた。
それは、クラスメイトとしての評価ではない。友達という親愛からの想いではない。
英雄戦士。
ヒーローとしての、"崇拝"に近い感情であった。
矛盾だ。
美月の勝利を確信しているのに、彼女の応援を続けている。強いヒーローを嫌いだと言っているのに、新島よりも美月の味方をしている。そもそも、英雄戦士の強さを嘘だと思っているのならば、
彼女の勝利を確信するなんて、不可能のはずだ。
(あー美月勝つと、私は最下位か……)
猫谷の心は矛盾していた。
にも関わらず成立していた。
まるで自分の能力のように。
異なる感情を、一切の問題なく技術的に結合させることで、
自分の心を完璧に稼働させていた。
矛盾を、制御していた。
間違いを間違いとして、維持した。
不具合を不具合として、前進した。
(分かっている。だが、凡人の私はこうやってやり繰りしなきゃいけねぇ。仕方ねぇんだ)
だが、猫谷は気づいていない。
その技術は、卓越したものだということを。
矛盾を矛盾として許容する。
城ヶ崎正義にも、狗山涼子にもできなかったことだと。
弱さを自覚し、逡巡できる猫谷だからこそできる"特別"であることを。
(こいつは)
猫谷の視点が城ケ崎へ。
(こんなことで、苦しまないんだろうな)
逆だ。
城ヶ崎は、間違いを不具合を、否定できなかった。
正当化できなかった。
天才だからこそ、明哲だからこそ、優秀だからこそ、彼は猫谷のように生きられなかった。
猫谷の生き方が正しいか、分からない。
おそらく手痛い失敗を受ける未来もあるだろう。
それでも。
(まあ、いいか)
猫谷は、前を見る。
矛盾だらけでも、しっかりと前を向ける。
歩いていける。
決勝戦の開始だ。
闘技場はすでに静かになっている。
(…………さっきまであんなにうるさかったのに)
試合のカウントダウンが終わろうとしている。
3。
2。
1。
始まり。
瞬間、猫谷の視界から二人が消えた。
「!」
空だ。
直感的に猫谷は、分かった。
「…………あいつら」
風が切れる音がした。
わずかにだけ、雲に裂け目が生まれた。
「猫谷君……よくわかったな」
「……だろ、すげーだろ」
城ヶ崎の台詞にそう応えるが、猫谷には、見えていなかった。
彼女は直感で二人が空に移動したと理解しただけだ。
(……直感……んー、何言ってんだ私は)
猫谷の思想には、直感や才能といった単語は存在しない。
あるのは、純粋な能力の結合体だ。
だから、猫谷は今日も苛立つ。
"また"直感を信じてしまった自分に苛立つ。
しかし、彼女は苛立ちを無理に抑えようとは思わなかった。
(私は色んなものを見れずにいる。けどな、見れてないって自覚を前提としてりゃー、そんなに怖いもんじゃない)
猫谷は、あえて自身に苛立ちを与える。
自分が逆境に立たされた瞬間こそ、最も強力な力を発揮できると、理解していたからだ。
例え偽物であっても。
(あ~~悔しい……)
妬む気持ちを抱きつつ、美月瑞樹に心からのエールを送る。
「美月君は勝つだろうか?」
「勝つに決まってるだろ、――――あの英雄戦士だぞ」
戦闘はもう始まっている。
戦いは――新島優勢であった。
――――世界は英雄戦士を求めている!? 猫谷猫美の場合。
次回「第126話:ヒーロー達の決勝戦 狗山涼子の場合」をよろしくお願いします。
掲載は3日後くらいを予定しています。