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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
149/169

第125話:ヒーロー達の決勝戦 猫谷猫美の場合

 ――模倣する者。

 しかして、模倣は本物に劣るのか。

 精巧に築かれた力の結合体は、あらゆる正統を凌駕する。


 ◆


 決勝開始の一分前の世界――――。

 少女・猫谷猫美は苛立いらだっていた。


(……これまでの戦い。私は涼子に負けている。涼子は新島に負けている。つまり、次の決勝で美月が勝った場合)


 握るメガホン。

 ぐしゃり。

 猫谷の実握力は60㌔を有に超える。


(それってつまり、――"私が一番弱い"ってことじゃねぇか!)


 猫谷は気づいていた。

 トーナメントで最下位の人間は、

 下記の通りになる。


 決勝で負けたヒーロー

 ⇒決勝で負けたヒーローに、準決勝で負けたヒーロー

 ⇒準決勝で負けたヒーローに、負けたヒーロー

 ⇒最下位のヒーロー!


 面倒だが時間を掛けたら分かる論理。

 つまりこの場合――、

 猫谷は頭を抑える。


「頭痛か? 猫谷君?」

「あ、ああ……すまねぇ」

「試合の疲れも残るのだろう。問題ある場合は言ってくれ」

「オーケー、大丈夫だ」


 猫谷は隣にいる少年――城ヶ崎正義を見る。

 彼には苛立ちのせいで、先刻から無様な所を晒している。

 自覚しているし、結構本気で申し訳なく思っている。土下座したいくらいガチで思ってる。


(あ~~~、ままならね~~~)


 猫谷の煩悶は行動に出る。

 "それも"制御できればいいのに。

 猫谷は不甲斐ないながらそう思う。


(私が最下位かぁ……)


 ――――だが、ここで矛盾に気づける。

 猫谷の考えは、"美月瑞樹が新島宗太に勝利すること"が前提となる。

 つまり、猫谷は美月の勝利を"確信"しているのだ。


(いや、英雄戦士は勝つに決まっているだろう)


 それは、クラスメイトだからではない。

 友達であるからではない。

 英雄戦士。

 ヒーローとして。

 "崇拝"に近い感情に寄るものだった。


英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー……まさか同じ学園で友達になる日が来るとはな)


 過去に猫谷は英雄戦士と出会っていた。

 戦場で。

 猫谷からの一方的な出会い。

 美月にとって出会いと呼べない出会い。

 それでも猫谷にとっては意味があった。


 新島宗太がそうだったように、

 狗山涼子がそうだったように、

 英雄戦士という存在自体に、彼女は心を動かされた。


(私は……あいつが嫌いだった)


 それは、マイナスの方向で。


 猫谷が美月を嫌う理由は、

 猫谷の信念に関わる問題だ

 そのためには猫谷猫美というヒーローの人生を語る必要がある。


(私は昔からヒーローを見てきた)


 猫谷猫美は"古参のヒーロー"だ。

 ヒーロー歴という年数だけでみれば、学園の教師と変わらない。

 幼年期に栄華の限りを尽くした狗山涼子や、成長の過程で発見された自律変身ヒーロー達とは異なる。猫谷猫美は、文字通り、生まれた時からヒーローとしての研鑽を積んできた。

 故に、英雄戦士に対しては反抗心以上の想いを抱く。


(そもそも猫谷家うちのとこは単騎特攻スタンドプレー専門の化け物を排出する所んじゃねえ。どんな仲間チームだろうと対応できるマルチなヒーローを目指してんだ)


 この世のあらゆるヒーロー能力を要素分解し、再結合して己のものとする。

 ヒーローの工業化。

 能力の大量生産方式。

 猫谷家のテーマだ。


(ヒーローは一発屋じゃいけねぇ。継続して、安定して、確実な平和を"供給する"。

 どんな敵にも最後に勝つんじゃない。最初から"常勝"を目指す)


 猫谷は、生家のその考えを許容していたし、むしろ猫谷の家に沿った自分の戦い方こそ、あらゆるヒーローの中で頂点に立つ能力だと信じていた。


(結局のところ……"強さ"なんてもんは、能力の組み合わせに過ぎない)


 それが猫谷猫美の信念だ。

 叔母に当たる猫谷良美の教えでもあった。


(だからこそ、――――私は、英雄戦士みたいな力は嫌いだ)


 猫谷は断言した。

 それは狗山涼子に対しても同様に抱いていた感情だった。


(能力を……力を、特別なものだと錯覚する考え、私はそれが好きじゃねえ。

 能力は能力だ。部品を有難がってどうする。それに紐付く人間もそうだ。

 人間は人間だ。そいつに紐付く状況や環境や肩書き、――いろんな複合要素が、そいつ自身を一意に見せてるだけだ)


 猫谷は特別を否定する。

 夢を理想を輝きを否定する。


(第一、英雄戦士の力だって"猿飛隼人の能力"を突き詰めただけじゃねぇか)


 猿飛桃の父親が持つ旧変身名《殺戮者スレイブ》、

 "他者の能力を消し去る力"。

 それを『吸収』という形式に置き換え、消し去る威力を極端に突き詰めた能力――それが美月瑞樹の英雄戦士の能力だと解釈できる。


(特別なもんは幻想だ。何だって由来はある。つながりは、必ずある)

(だから私は騙されねーよ。絶対にな)


 猫谷猫美の生き方は、英雄戦士への崇拝を否定する。

 あんな戦い方、あり得ない。それを凄いと言うやつも、あり得ない。猫谷はそう思う。



 ――――だが、猫谷の声はとどろいた。



「美月ーーーーッッ! 頑張れ、オラァッーーーーッッッ!!

「私は信じてるからな! 格好良いとこ見せてやれ!」

「いいぞ、城ヶ崎! よし、もう一回コール行くぞ!」



 違和感。

 異様な状況だ。

 心のありようとは正反対に、猫谷の声援は天を貫く。


「あーーーー! 何仲良さそうにしてんだよ、馬鹿野郎! 勝つんだろっ! 涼子倒したやつを倒すんだろっ!」


 演技の色はない。

 嘘はない。

 欺瞞はない。

 皆無だ。


 なのに、猫谷は英雄戦士を否定する。


(私はアイツらが嫌いだ。私より遅れてスタートしたってのに。平然と私を追い抜いていく。私より優秀で、私より要領が良くて、私より凄い。すげー腹が立つ)


 なのに猫谷は美月の勝利を"確信"していた。

 それは、クラスメイトとしての評価ではない。友達という親愛からの想いではない。

 英雄戦士。

 ヒーローとしての、"崇拝"に近い感情であった。



 矛盾だ。



 美月の勝利を確信しているのに、彼女の応援を続けている。強いヒーローを嫌いだと言っているのに、新島よりも美月の味方をしている。そもそも、英雄戦士の強さを嘘だと思っているのならば、


 彼女の勝利を確信するなんて、不可能のはずだ。


(あー美月勝つと、私は最下位か……)


 猫谷の心は矛盾していた。

 にも関わらず成立していた。

 まるで自分の能力のように。

 異なる感情を、一切の問題なく技術的テクニカルに結合させることで、

 自分の心を完璧に稼働させていた。


 矛盾を、制御していた。


 間違いを間違いとして、維持した。

 不具合を不具合として、前進した。


(分かっている。だが、凡人の私はこうやってやり繰りしなきゃいけねぇ。仕方ねぇんだ)


 だが、猫谷は気づいていない。

 その技術は、卓越したものだということを。

 矛盾を矛盾として許容する。

 城ヶ崎正義にも、狗山涼子にもできなかったことだと。

 弱さを自覚し、逡巡できる猫谷だからこそできる"特別"であることを。


(こいつは)


 猫谷の視点が城ケ崎へ。


(こんなことで、苦しまないんだろうな)


 逆だ。

 城ヶ崎は、間違いを不具合を、否定できなかった。

 正当化できなかった。

 天才だからこそ、明哲だからこそ、優秀だからこそ、彼は猫谷のように生きられなかった。

 猫谷の生き方が正しいか、分からない。

 おそらく手痛い失敗を受ける未来もあるだろう。

 それでも。


(まあ、いいか)


 猫谷は、前を見る。

 矛盾だらけでも、しっかりと前を向ける。

 歩いていける。



 決勝戦の開始だ。

 闘技場はすでに静かになっている。


(…………さっきまであんなにうるさかったのに)


 試合のカウントダウンが終わろうとしている。

 3。

 2。

 1。

 始まり。

 瞬間、猫谷の視界から二人が消えた。


「!」


 空だ。

 直感的に猫谷は、分かった。


「…………あいつら」


 風が切れる音がした。

 わずかにだけ、雲に裂け目が生まれた。


「猫谷君……よくわかったな」

「……だろ、すげーだろ」


 城ヶ崎の台詞にそう応えるが、猫谷には、見えていなかった。

 彼女は直感で二人が空に移動したと理解しただけだ。


(……直感……んー、何言ってんだ私は)


 猫谷の思想には、直感や才能といった単語は存在しない。

 あるのは、純粋な能力の結合体だ。



 だから、猫谷は今日も苛立つ。

 "また"直感を信じてしまった自分に苛立つ。

 しかし、彼女は苛立ちを無理に抑えようとは思わなかった。


(私は色んなものを見れずにいる。けどな、見れてないって自覚ことを前提としてりゃー、そんなに怖いもんじゃない)


 猫谷は、あえて自身に苛立ちを与える。

 自分が逆境に立たされた瞬間こそ、最も強力な力を発揮できると、理解していたからだ。

 例え偽物であっても。


(あ~~悔しい……)


 妬む気持ちを抱きつつ、美月瑞樹に心からのエールを送る。


「美月君は勝つだろうか?」

「勝つに決まってるだろ、――――あの英雄戦士だぞ」


 戦闘はもう始まっている。

 戦いは――新島優勢であった。



――――世界は英雄戦士を求めている!? 猫谷猫美の場合。



次回「第126話:ヒーロー達の決勝戦 狗山涼子の場合」をよろしくお願いします。

掲載は3日後くらいを予定しています。

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