第121話:準決勝② 3
当たり前だけど、
私が見てる範囲の外にも世界はある。
矛盾した言葉だけど、世界である私の外にも世界はある。
そのことを私は理解したつもりだったけれど、本当の意味で知ってはいなかった。
知識としてはあれど、心に根付いていなかった。
(私は――――恵まれている)
私は世界として、私が思ってる以上に、多くの人に想われて、生きている。
期待され、憧れられ、今ここに立てている。
世界になること、それは悲劇でなく、もっと違う。
すべての人が夢見て、願って、祈って、いつか辿り着く、そう信じた最後の頂……。
そんな素晴らしい何かだ。
かつて私が討ち果たしたもの。
そして私が到達したもの。
世界。
その存在は、喜びであり、悲しみではない。
山車さん。
猫谷さん。
桃さんに城ヶ崎さん。
君波さんに神山さんに高柳さん。
Sクラスの皆。
他クラスの皆。
……涼子ちゃん。
…………そー…………。
「戦おう」
私は恵まれている。
ならば報いなくては。
絶望の戦いではない。希望の戦いだ。
夕闇に夜の帳が落ちる世界ではなく、夜が明けて朝焼けを全身に浴びた時の、幸福と感動を抱いた世界を描くのだ。
私を、世界として見てる人たちのためにも。
私は戦おう。
「――――と、いう訳で、今からボコボコにするから」
準決勝第二戦。
闘技場の真ん中で私は葉山くんを指差し、そう告げた。
葉山くんは「フフフ…」とシニカルな笑みを浮かべ、こう返した。
「……僕、詰んでない?」
詰んでるよー。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
「さぁさぁッ! 英雄戦士チーム最終選考も残りわずかとなってきました! 準決勝第二回! 美月瑞樹選手 VS 葉山樹木選手ですッ!」
「久々に実況してる気がするわ」
「凄い試合が続いてますからねッ! 平成の本部以蔵と呼ばれたクロちゃんさんも解説する暇なしですね!」
「……本部じゃないし、呼ばれたことないし、平成昭和関係ないし。
でも、そうね、解説する隙のない勝負が続いてるのは確かね」
「今度の試合、クロちゃんさんはどう見ますかッッ!?」
「そうね。
葉山君 VS 美月ちゃんでしょ。
普通に見れば、美月ちゃんの圧勝よね」
「と、言いますと!?」
「葉山君の『幻影魔人』は、ヒーローエネルギーを介在して煙を操る能力。
なら、『英雄戦士』のヒーローエネルギー吸収の前には無力になるわ」
「ふむふむ。ランターンに水ロトムをぶつけても蓄電で全て無効化されてしまうと」
「何その狭い例え。
葉山君に具体的な打開策があればいいけど、ない場合今は美月ちゃん有利よ。
ただ……」
「ただ?」
「加えて言うとしたら、
葉山君も美月ちゃんも、一回戦とは雰囲気が違うのよね」
「ふんいき、ですか?」
「――――"覚悟を決めている"、と言えるかしら。
曖昧だった事象がぴたりと確定した時の、強靭な意志が2人から感じ取れるの」
「暗闇の荒野を切り開く感じですか!?」
「さあね、ただ、自らを"こうあるべき"と決めた人間は結構強いわよ。
ヒーローとならばなおさらね」
「それでは準決勝 第二試合 はりきっていきましょーッ!」
「話聞いてないでしょ、あんた……」
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
私は構える。
珍しく構える。
平静の儘、戦闘態勢を取るのは何年ぶりだろう。
痺れる空気。緊張の間。
懐かしさに私は親しみを覚える。
「フフフ……何だか、"本気"だね。君はもっとやる気がないイメージだったのだけれど」
「……ちょっとした心境の変化があって……、葉山くん。全力で戦います」
「フフ……怖い怖い。君が油断してると予想していた僕はどうなるんだい?」
「見込みが甘かったと後悔してください。世界は一分一秒と成長しているんです」
葉山くんは笑みを絶やすことなく銀のオイルライターの音をカチリカチリと鳴らす。
彼の笑みが、勝利の笑みか、敗北の笑みか、私には判別できない。
「…………フフフ、まあ、いいさ。逆境には慣れている。
…………いざ、変身……ッ!!」
葉山くんの変身が始まる。
白い煙が彼の周囲を侵食し、その中から幽玄な世界を抱いたヒーローが現れた。
「――――1年Dクラス、葉山樹木、変身名《幻影魔人》……」
ぐにゃり、と蜃気楼のように身体を揺らめかせて、
ゆぅらり、と幻のように右腕をこちらへ傾けて、葉山くんは言葉を漏らす。
「そして――――」
そして!?
葉山くんの肉体が突如爆発した。
風船が弾けた時と同じ。彼の肉体が白煙ごと爆発した。
「……フフフフ、……フフフフフフフフ、」
「……フフフフフフフ、……フフフフフフフフフフフフフ」
「……フフフフフフフフフフフフ、…………フフフフフフフフフフフフフフフフ」
しかし、周囲から声は聞こえる。
怖い。
かつて葉山くんがいた場所には火柱が上がり、円運動を始める。
(この光景は……?)
どこかで見覚えのある。
「1年Dクラス、葉山樹木、《幻影魔人》改め……」
火柱から葉山くんが姿を現す。
その様子は。
「!」
両腕に"巨大な砲身"を携えて、
膨大な煙を一瞬で闘技場に吹かし、
全てを破壊し、全てを呑み込む、その姿の彼は。
「葉山樹木、変身名《幻影魔神》……」
そう名乗り終えた。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
(《幻影魔神》……川岸さんの能力の継承か)
一回戦Cブロック。
葉山くんは川岸さんのヒーローエネルギーを大量に吸収しました。
その結果として、葉山くんは今の姿を得たのでしょう。
(本来、能力の継承は技術的なサポートがなければ不可能なはずだけど……)
研究職(Cクラス)の優秀な生徒の手助けでもあったのか。
または想いの成せる技か……。
(でも、葉山くんが進化した事は変わらない。今の私に大切なのは、原因の究明ではなく、"状況の打開"だね)
状況の打開には、彼の能力の検証が不可欠。
葉山くんは重そうな両腕で器用に腕を組み、不服そうに私を見る。
「フフフ……全力を出すと言った割には、変身はしないんだね……」
「はい、しません」
私はきっぱりと言う。
「フフフ……何か変身できない理由があるのか、それとも舐めてるのか……」
「どちらととってもらっても構いません」
(とりあえず葉山くんの動きをみたいな。と、なれば――)
私は考える。
決断する。
可能な限り自然に、気づかない風を装った嫌味さを込めて、
「まあ、どうせでしたら、私を変身させてみてください」
挑発する。
「……フフフ。狙いは分からないが、乗ってみようじゃないか」
と、両腕が私に向けられる。
(……よし、バレたけど、結果オーライ)
と、葉山くんの両腕が蠢く。
来る。
噴射だ。
超巨大な。
消防車の放水と同じ、密度ある煙。
膨大な量が。
「……よっ、と」
けれど、私に迫る前に、私は虫を払う動きと同じで。
右から東に受け流す。
その結果、白煙は消え、世界はクリアに戻る。
「無駄、ですよ?」
「フフ……そのようだね」
葉山くんは諦めを微塵を見せずに、砲身を斜め上に動かす。
(私を狙っていない?)
角度がやけに高い。
何だ。
何故だ。
「変身名《幻影魔神》、種類『散布弾』」
噴射される煙は私の上空で停止する。
まるで雲だ。
と、同時に狙いがわかった。
「降り注げ――――《白煙戦士》!!」
見覚えある葉山くんの分身たち。
彼らが落下してきました。
まるで天の国から来た天使のように。
「まあ、無駄ですけどね」
先程の煙と本質は変わりません。
どちらも同じヒーローエネルギーである以上、私には無力です。
意識を上に向けるだけで、煙の戦士たちは姿を消します。
「……予備動作も必要ないのか」
「手で払う動作なんて、気分の問題ですよ」
二次選考会では面倒だった煙分身ですが。
この程度の量であれば身体を動かす必要もありません。
途中、川岸さんそっくりの分身も落ちてきましたが、今回の試合には関係ありません。
容赦なく、消滅。
「フフ……ヒーローエネルギーであれば、性質に関係なく消されるか。
方向も関係ない。
フフ……新島くんと同じって訳か」
「…………まあ、そうです」
「……――――なら、ヒーローエネルギーでなければ、どうする?」
ッ!?
一瞬、地面が揺らいだ気がしました。
気のせい?
いや、気のせいじゃない。
私は上空に向けた意識を下に向けます。
「地面が」
「"足元がお留守"ってやつだ」
(……!)
分身は囮!?
私は下を見ると――――大地が溶けてました。
飴細工みたいに。
ドロォと溶け出している……!
「変身名《幻影魔神》、種類『毒煙弾》』」
「毒!?」
ええっ!?
流石に私は空を飛び、今いる場所から離れます。
「はい、邪魔!」
残ってた煙の雲も同時に消して私は逃げ切ります。
「……フフ、女子高生がノーモーションで空を飛ぶなよ」
見下ろすと葉山くんが軽く引いてました。
「いいじゃないですか、飛んだって」
「予備動作がなさすぎて、凄さを通り越してシュールだよ……ああ、そうか。
そういうことか。
フフ……何となく、君が『変身しない』理由が分かってきたよ」
「……」
私はゆっくりと地面に降ります。
と、同時に(バレたか?)とも思いました。
(さすが葉山くん……鋭い)
既に、私が変身しようとしなかった理由を、概ね掴んでいるのでしょう。
いや、もともと知っていて、ようやく確信に至れたという場合もあります。
(君島さんのお知り合いなんだっけ……)
私が変身しない理由は、彼を挑発して、行動を見るため、といった目的もありますが、
けれど、同時に――――。
「フフ……美月さん」
「はいっ!」
考え事中にいきなり呼ばれてビビりました。
葉山くんは「フフフ……」といつもの様に笑い。
「僕の身体には《戦闘美少女》の力が宿っている」
「!」
「……だから、問題はない。フフ……全力でヒーローと戦ってくれ。
心配する必要はない。
僕は――――死なない」
「…………!」
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
あー。
あー。
そうだったのか。
そうでしたのか。
だから、川岸さんとの戦いで、あれほど膨大なヒーローエネルギーを溜め込むことができたのでしょう。
「葉山くん、思ったより修羅な境遇だったんですね……」
「まあ、今は幸せだけどね」
そう言う彼の後ろの観客席の一番前を見ます。
そこで先程から大きな声で応援してる女の子を見ます。
私の友達でもあるその人を見ます。
「……《幻影魔神》なんて変身名なのに、リア充なんですね」
「フフ……幻想と現実を両取りしてはいけない規則などないからね」
「それ、似たこと最近言われました」
私は自分の後ろから聞こえる声援に耳を傾けます。
大きな声。そうじゃない声。
そして知ってる人の他にも、知らない人の声もします。
「――――確かに、私は怖がっていました。
心のどこかで。
意識レベルでなく、無意識レベルで」
変身をして、
ヒーローを――――他の人を"亡き者"にしてしまうことに。
「フフ……自律変身ヒーローか。
本物の超人。変身を解けないヒーローか」
的は射てる。
変身しないのではない。
変身できないのではない。
今、この瞬間、現在進行形で、過去未来関係なく、
私はずっと――――“変身”し続けているのだ。
「バッドマンではなく、スーパーマン。
ロールシャッハではなく、Dr.マンハッタン……。
フフフ……変身を止められるということ。
深く考えたことはなかったけれど、……そうか、凄いことだな」
その通りだ。
私たち自律変身ヒーローは、変身を解除できない。
常にヒーローだ。
だからこそ、新人類として、恐怖と羨望の両面で迎えられたのだ。
「初めて知った時は精神ダメージのある事象でしたが、今は割りと吹っ切れてますよ。
まあ、人相手だと戦闘を怖がってしまうのは事実ですが」
「だから、普段は全力を出すことをしないと」
「まあ、変身した時も全力は出さないですけど」
けれど、そうか。
今までは確かにそうだった。
しかし、これからは違う。
違うのだろうか。
「フフ…………、僕は構わないよ美月さん。僕は君が変身しても殺されない自信はあるし、負けるつもりもない」
「……」
「君が遠慮する必要もなく僕は強いし、強いヒーローはたくさんいる。苦しんで戦うんじゃない。楽しんで戦って大丈夫な相手は、たくさんいるさ」
「……」
「フフ……それは君のすぐ近くにもね」
葉山くんは後ろを見ます。
そこには葉山くんを応援している彼女の姿があります。
そして、先程は見ていなかった。
いや、認識することを避けていた……。
けど、そこに。
「自分でも多分解ってるのだろう?」
わかる。
理解っている。
頭だけでなく、心でも。
もう絶望ではなく、希望を生み出す時なんだと。
葉山くんはさっき幻想と理想は両取りできると言った。
山車さんは世界であるからって孤立する必要はないと言った。
どちらかを選び取る必要なんて無い。
決断も責任も覚悟も。
どれかを捨てるではなく、どれも捨てないから始めるのだ。
「私は」
構える。
珍しく構える。
平静の儘、戦闘態勢を取るのは何年ぶりだろう。
痺れる空気。緊張の間。
懐かしさの中に、新しい風が心に入り込んでくる。
「戦おう」
絶望の戦いではない。希望の戦いだ。
夕闇に夜の帳が落ちる世界ではなく、夜が明けて朝焼けを全身に浴びた時の、幸福と感動を抱いた世界を描くのだ。
「変身…………!」
私は変身する。
過去に幼馴染を殺し、そしてこの前も殺しかけたこの神の力で私は戦う。
けれど、それは絶望の戦いではない。
希望の戦いだ。
勝利し、ヒーローの強さを、圧倒的な者の存在を、皆に示し、心を奮わせるための戦いだ。
圧倒的な者が存在している。
それだけで、人は可能性を夢見て、希望を抱く。
自身の限界点を、無理だ、不可能だって思った地点を引き上げることができる。
それが歴史を作り、それが時代を作る。
何だか偉そうだけど、今は偉いふりをする。
ヒーローは、偉いふりをするものだから。
「1年Sクラス――――美月瑞樹、変身名《英雄戦士》」
そして宣言する。
最終選考初となる変身で、お相手しよう。
葉山くんを見つめ、指を差す。
「――――と、いう訳で、今からボコボコにするから」
「フフ……」
葉山くんはとシニカルな笑みを浮かべ、こう返した。
「……僕、詰んでない?」
詰んでるよー。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
前回の後書きでも書きましたが社畜度が上がってのんびり進行になってます。
気長にお待ちいただけたら幸いです。
次回「第122話:準決勝② 4」をお楽しみください。
決着、つきます。そして、いよいよ大詰めです。