第118話:ヒーロー達の準決勝① 4
もし、目の前から拳が飛んできたらどうする?
避ける? 避けることができなかったら?
ガードする? 防御して反撃にそなえる?
まあ、大抵はそのどちらかだろう。
「うぉぉおおぉぉぉぉぉおおぉおおぉぉぉぉぉおおおォッッッ!!」
「だぁぁああああぁあぁぁぁっぁぁあああああぁぁああァッッッ!!」
だが、今の俺たちは「自分から殴られにいく」という明らかに常軌を逸した戦い方をしていた。
「はははっ、拳が軽いぞ新島くん! ちゃんと力を込めるのだ!」
「うるせぇ! お前こそ弱っちい攻撃してんじゃねぇ!」
試合は殴り合いのデスマッチになっていた。
一発殴る度に地面に沈み、一発殴られる度に地面に沈む。
俺と狗山はお互いに立ち上がり、顔を狙い、顎を狙い、腹を狙い、脚を狙った。
力任せに殴った勢いで自分ごと転倒しても、それでも必殺の一撃を狙って地面で殴りあう。
「泥仕合……」
実況の鴉屋さんの声が聴こえる。
彼女がそうボヤくのも無理はない。
俺の限定解除能力はすでに効果を失い、次の実行までは数十秒はかかる。狗山も狗山で能力で強くなっているものの、使える特殊能力の多くは発動限界を迎えたようで、先ほどから実行してくる様子はない。
(ギリギリの戦い……いや、俺には次の限定解除が残されている)
次の限定解除まで目算で約30~40秒程。
狗山からすればその前に勝負を決めたいはずだ。
対する俺からすれば、次の限定解除まで力を温存して時間を稼げばいい。
攻める狗山と逃げる俺。
理論上の構図はそうなるはずだが、現実は異なっている。
「おらッ!」
「ははははっはっ! 右脚!」
「右脚!」
「らぁっ!」
「左脚!」
「うぉおおおっ!」
「ぐっ、上っ!」
「下!」「上段」「回転!」「ローキック!」「押し倒してからの右腕強化!」
「ははっ、……ぐっ、ははっ、ガンガン攻めるな新島くんはっ!」
俺は攻めていた。
残り時間を逃げることなく、狗山涼子に向かい続いていた。
対する狗山は逃げていた。まるでこの戦いが永遠に続くことを夢見るように、俺の攻撃を受け続けていた。
「はははははははっっ! 新島くん! 新島くん! いいぞ! 強いぞ! 私を超えるか! ヒーローを! その歴史を! 超えてみせるか!」
「うるせえ! とっとと、倒れろ! やられろ! 俺は勝つんだ!」
「ははっ、それは無理だ! 勝つのは私だからなっ!」
攻める俺と逃げる狗山。
構図は理論上の形と反転していた。
だが、その理由はわかる。
俺自自身だけでなく、狗山の理由もわかる。
俺は狗山を見る。
彼女は楽しそうに戦っている。
彼女を見ていると、時間を稼いで逃げ切ることが、机上で描いた回避戦術が、意味のない馬鹿らしいことのように思えてくる。
だから、攻めたくなる。
攻めて攻めて攻め続けたくなる。
一方の狗山。
彼女は俺の攻めを見て、徹底して自分を追い詰める脅威を見て、俺との戦いを終わらせたくないのだろう。
戦い続けたい。
まるで北欧神話におけるヴァルハラの戦士たちのように、俺との戦いを永遠に続けたいと思ってるのだろう。
でも、そうなのだ。
楽しい。
すごく、楽しい。
戦うのが、楽しい。
次に相手がどこを狙ってくるのか考えて、考えて、その末に殴り、殴られ、失敗と成功を繰り返しながら、それでも倒れない目の前の強敵。
好敵手。
そんな奴と戦うのが、楽しい。
できれば、この戦いをずっと続けていたい。
終わらせたくない。
その気持ちは痛いほどわかる。
だが、俺はそれ以上に、この戦いを最高の戦いにしたいという思いがある。
誰もが目を眩ませるような。
人の心のなかで永遠に息づくような。
この会場にいる全員が語り継ぐような。
そんな、”世界そのもの”のような、決闘にしたい。
「頑張れーーっっ! ソウタ君っっ! 負けるな―! そこだボディだ! ボディを狙えーー!」
「おら、りょうこ! 何やってんだ! 回り込め! ぶちのめせ! お前の本気はそんなもんじゃねぇだろ!!」
「そーたくーーーーーーーーーーんっっ! いっけええええええええ!」
「りょうこおおおぉおおおぉぉぉぉっっ! きめろぉぉぉおおおおお!」
だから、俺は攻め続ける。
そもそも、俺たちの身体は一秒ごとに削られ続ける。
それはダイヤモンドがぶつかり続けるように。
だからこそ、やがては磨り減り削られ壊れてしまう。
終わりの時がやってくる。
それはゆっくりと、しかし確かなものとして、やってくる。
「はははっっ! 遅い! 断然遅いのだ! 新島くんっ!」
「おらぁッ!」
「その程度の拳、何人もいたぞ。君は私の歴史に本当に勝てるのか!?」
「うるせぇっ!」
「ぐっ!」
血統種。
狗山涼子。
ヒーローの申し子。
歴史の継承者。
限定救世主。
新島宗太。
ヒーローの新境地。
新たな歴史を目指す者。
その戦いは、まるで過去と未来の人間がぶつかり合うような、ある種の大きな時代のうねりを表わす象徴のような、しかして、前者が後者に飲み込まれるだけの単純なものでないような、
(そんな対決)
だけど、きっと、真白さん。
彼女はきっとが嫌がるだろうけど、
「お前、やっぱ強いわ……」
「ははっ、新島くんは強くなったのだ」
強くなった。
強くなった。か。
成長してるのか。俺。
俺は何も変わってない気がするけど。
まだまだダメなところばかりだけれど。
(それでも成長してるのか)
もともと、俺は成長って言葉が嫌いだった。
挫折して、素直に成長してしまうって生き方が嫌いだった。
それじゃあ、挫折するまで頑張ってきた時の気持ちは、それまで抱いていた意志は、必死に願っていた想いは、祈りは、一体どこに行ってしまったんだよ、って思ってしまった。
不幸が、絶望が、苦しみが痛みが嘆きが、ただの“成長”って言葉の栄養にされて、まるで数学の公式みたいに、パチパチパチと、これで失敗は繰り返さない、良かったね、もうあんなことは二度としないよ、ってハッピーエンドにしてしまうのが嫌だった。
俺は肯定したい。
過去の自分も。今の自分と同じくらいに。
たとえ、過去の自分に間違いや過ちや勘違いがあったとしても、それはそういうものだとして、認めてあげたい。
だから、俺は挫折して成長するだけってのは嫌だ。成長して、過去を捨て去るってのは嫌だ。成長するなら、あらゆる欺瞞を認めたうえで、成長したい。
見切りたくない。
だから、今の俺が過去の俺に比べて成長してるっていうのならば、“そういう成長”であって欲しい。
「なんだか不思議な気持ちなのだ、こうして戦っていることが」
「おいおい今更そんなことを言うか? そういうのは、すべてが終わってから言え――よッ!」
「ぐっ! ははっ、その通りだな……終わる。終わらせる……すべては終わることから始まるのだものな……」
狗山涼子は逆境にあった。
同じく俺も逆境にあった。
俺たちはお互いに信念の元定めたルールに苦しめられていた。
俺は逃げねばならないのに、攻め続けていた。
狗山は攻め続けねばならないのに、逃げていた。
だが、世の中、制限があるからこそ輝けるものもある。
壁を認識することで、ようやく動けるものもある。
前に、手が震え続ける病気にかかった画家のニュースを見た。
画家はペンを握っても震えてしまい描けないことに絶望したが、その後、震えるという制約のもとで、素晴らしい絵を書き続けることに成功した。
大切なのは壁を認識することで、そこを飛び越えるのも、そこを飛び越えないのも、その人の自由なのだ。大事なのはそれを決定させる意志で、物事を確定させたという認識で、決断に伴う理由や結果はあんまり関係ないんだと思う。
少なくとも、制限あることが、何かを否定する要因にはならない。
つまりは……。
「ヒーローはあらゆる逆境を怖れない」
「よくいった!」
そして、狗山が方針を変える。
絶対の意志で自分の意志で戦術を変える。
「攻め立てるぞ……」
一旦距離を取った狗山は、大地を滑るように駆け、手放していた「巨剣」を右腕で掴み取る。
こちらを見てくる。
息を呑む。
距離数メールの位置から、狗山は獣のように低い姿勢から飛び出した。
消える。
稲妻のように俺の眼前に至る。
「速…っ!」
「ははっ、いつから弱ったと思っていたのだ? 甘いぞ、新島くんっ!」
狗山の巨剣が拳を喰らう。
「私の十五年とヒーローの歴史に賭けて、私は負けない! 私は倒されない! 君を、あらゆる覚悟を込めて、絶対に倒す!」
俺は狗山の言ってることがよくわからなかった。
俺と彼女は違うから。抱えてるものに違いはあるから。
だが、わからないが、わからないなりに、狗山が自分の持ってるもの、全てを込めてぶつかってきているのはわかる。それだけはわかる。わかるからこそ、俺は絶対に後に引けない。
狗山の動きは、応酬が進めば進むほど、強く、激しく、そして速くなってきた。
巨剣を構える速度・巨剣を定める速度・振り被る速度・振り下ろす速度・振り抜く速度・斬り終わる速度・残心に至る速度。次の剣撃へと移る速度!
烈風の如く動きは加速し、狗山は一気呵成に俺を攻め立てる。
拳を放って、巨剣に対抗する。俺は攻めで対抗する。
ぶつかり合う最中に、俺は肉体の回復を実感する。
(……っ! この感じ……、次の限定解除まで十秒ってところか)
理解する。
終わりが目の前に来ていることを。
残す時間は十秒。
限定解除の時間は近い。
だが、俺は油断しない。
むしろ、逆。
集中する。
狗山涼子はさらに全力で来るだろうから。
意識すべきは逃走ではなく、闘争。
十秒以内に狗山を気絶させる。
勝利への欲望を持つ。
だから、俺は、この拳で巨剣を――、
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぉぉおおおぉぉぉぉぉおぉおおおお!」
「とぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」
俺の右腕が輝きを得る。
狗山涼子の巨剣を受け止める。
俺の右脚が輝きを得る。
狗山涼子の鋭い蹴りを押し返す。
新島宗太。限定救世主。神の如き美月瑞樹によって産み落とされた神の子。救世主。SAVERにしてSABER。その権能を一部譲渡したが故の限定性。
狗山涼子。血統種。完璧な種であり、完璧な種であり、完璧な種。DOGにしてDOC。大いなる流れを受け継ぐが故の血統。
「倒れろ! 倒れろ! 私は勝つ! 絶対に勝つ!」
「勝つのは俺だ! さっさと倒れろ! 地面に這いつくばれ!」
「変身名《限定救世主》……!」
「変身名《血統種》……!」
俺は構える。狗山は構える。
俺たち両手には剣が光輝く。
「光の剣!」
「絶対に斬る前肢!」
鋭く鋭く鋭い音が弾けて散り合う。
共に衝撃――俺たちは互いに力を打ち消し合い吹き飛ばされるように別れる。
しかし、
「私はこの展開を待っていた……っ!」
狗山は吹き飛ばされると同時に、「あること」をした。
同じく吹き飛ばされる最中、俺は見ていた。
彼女の両足が輝き出すのを。
「!」
「絶対に駆ける後肢!」
狗山は空中を蹴った。
正確には、空中を足場とする空間に“作り替えた”。
世界改変系能力の、『終焉崎円』の力を受け継いだ彼女の両脚は、吹き飛ばされかけた肉体を即座に軌道修正し、安定した足場に立つことを実現してのけた。
「絶対に狩る牙!」
と、同時に掛け声とともに黄金に輝く肉体。
無敵の肉体を実現させる奇跡の能力。
正しくは常人を遥かに超えるヒーローエネルギーを保有する『君島優子』の力を反映させた、“超肉体強化能力”を発揮させた。
彼女は、大地を蹴る。
俺に接近する。
ミサイル。
まるでミサイルだ。
その力は俺では測れない。
「仕方ない…もう一回、光の剣!」
「絶対に斬る前肢!」
だが、
だが、
無敵状態を無効化するための光の剣を目の前にして、狗山が取り出したのは真っ赤に染まった巨大な剣であった。
「!」
その能力はヒーローエネルギーの消滅。
正しくは、ヒーローエネルギーの“吸収”。
世界そのものとなった英雄戦士『美月瑞樹』の能力を元としたその力は、俺の光の剣とぶつかり合い、先ほど打ち消しあったばかり、
「まさか……!」
「うぉぉぉおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
その巨剣を――――狗山は――――投げた!
投擲!
直進する狗山より僅かに速く、巨剣は円形に回転しつつ光の剣に迫る。
俺は、それを、避けることはできない。
「くっ!」
激突と消滅。
光の剣が消滅する。
俺はとっさに再発動を考えるがその瞬間には狗山涼子が。
「いっ、けぇええぇぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ――――!!」
一気に突っ込んでくる!
剣同士の衝撃に吹き飛ぶことなく、俺の眼前まで迫ってくる。
(耐えやがった!)
否、耐え抜くよう計算したのだ!
『絶対に狩る牙』を発動させて、衝撃に耐えたのだ。
肉体の超強化を施す『絶対に狩る牙』。
『狩る牙』の発動を前に、俺が光の剣を発動させると読んだのだ。
そして、俺の光の剣を読んで、『絶対に斬る前肢』を発動させたのだ。
光の剣を消す力。
そして、その際起きる衝撃に耐え抜くことも兼ねて『絶対に狩る牙』を発動したのだ。
(肉体強化を囮に使うとは……っ! だが、しかし)
なんて博打だ。
俺が、光の剣を使う保証なんてないのに。
(むしろ、逃げたり、肉体強化で対抗する方が確率は高い。にも関わらず狗山は賭けに出た。俺が光の剣を出すと読んできた)
(これは……直観とかそういうものじゃない。……ただの、博打を打ってきたのだ!)
俺は驚いた。
驚愕、といってよかった。
(昔の狗山だったらこんなことはしなかった。推測や当てずっぽうで行動を決めることなんてなかった。
まるで“大きな何か”に導かれるようにして、神がかった『直観』のようなものを駆使して行動していた)
攻める狗山。
その動きを見て。
(変わっている。歴史に根ざした『絶対に勝つ』存在から、新しい『勝つか負けるかわからない』存在へ……)
でも、それは弱さではなく、むしろ強さ。
行動パターンの読める機械は、理解すれば誰でも対処可能だが、思考にノイズが走った人間は、行動を読むことができない。
ヒーローは本来、自動的なはずだ。
超越性を手にする代償として、ある種の人間らしさを失ったはずだ。
なのに、今、彼女はヒーローの概念から抜け出している。
新しい。
新しいものを手にしようとしている。
(なんだよ、お前だって俺と変わらないじゃねぇか……)
だが、しかし、
「宗太さあぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁあああんっっ!」
唐突な声。
叫ぶ声。
「絶対に勝ってくださぁぁぁぁぁああぁあああああああああいいいい!」
それは観客席から聞こえる声。
聞き覚えのある少女の声。
(ああ……)
ここまで頑張ってきてくれた俺の相棒。
嫌な人間だったはずだ。嫌いな人間であったはずだ。でも、自分の信念を曲げないところだけは、どうしようもなく愛おしかった。
『私の名前は真堂真白。最強のヒーローを作ることを人生の目標としていますっ!』
『ただ、私は許せないんです。――才能がある人がいて、才能がない人がいて。努力してもどうしようもなくて。それがうまく言えないですけど“見えないシステム”として規定されている世界の現状に』
『私は単純に。至極単純に、このどうしようもない世界のあり方に、反逆しようとしているだけです。ささやかな逆襲劇を仕掛けているだけなんです』
『すべての人間が大地から解き放たれ、大空を目指す。誰一人として埋もれさせやしない。等しく人類が世界そのものとなることを目指す。それが私の目標、それが私の望み、そのためにただ暗躍する悪の首領の娘です』
『……宗太さん、勝って決勝に行ってくださいね』
「がんばれぇえええええぇぇぇぇええええええええぇぇぇぇぇぇっっ!」
俺は初めて聞いた。
彼女が、ここまで大きな声で、恥も外聞も自分のキャラも何もかもを無視して、
俺に向かって叫んでいるのを。
「力を、あなたの力を、この世界に見せつけてくださあああああああああぁぁぁあああいいいい!」
真堂真白の叫び声は、闘技場で戦っている俺の耳に強く強く響いてきた。
絶体絶命の状況にあるにも関わらず、ゼロ距離で話されてるような切実さで、俺の心に直接響いてきた。
(まったく……)
ため息。
嘆息。
ちょっと笑み。
俺は自分の中にある魂が強く滾るのを感じる。
マグマの中にあるような熱い熱い意識が生まれるのを感じる。
俺はしっかりと応えた。
可愛らしい俺のパートナーに向かってちゃんと応えた。
「おうよ」
そして見つめるは狗山涼子。
「! ……新島く」
「時間だ」
俺はその瞬間から覚醒する。
(救世の時間だ)
俺の意識はその瞬間から離れていく。
俺は、俺自身は、今ある認識から解き放たれる。
(心を、意識を、魂を放つ)
輝き、今、溢れんばかりに。
(妄想、空想、あらゆる仮想を肯定し)
(現実、真実、あらゆる本物を肯定し)
「今こそ英雄戦士の魂を超える」
空飛ぶ、認識、俺/新島は目の前の狗山に。
「俺の勝ちだ。狗山涼子」
拳を握り、ぶち抜いた。
◆◆
その後のことはちゃんと言おう。
それが俺の義務だろうから。
「……ふっ」
限定解除救世主。
力を取り戻した新島を前にして、狗山涼子は微笑んだ。
「そうか……私は間に合わなかったのか……」
狗山は敗北を認めた。
彼女の内側には、諦念とは違った感情が宿っていた。
まるで夕焼けを見ているような、洗われて、どこか物悲しい心象だった。
それは最高の一日の終わった夜のベッドの中のような、それは楽しかったお祭りの帰り道のような、それは全力を出し切った試合の閉会式のような、考えに考え抜いてクリアしたゲームのエンディングのような、
終わりの悲しみと、やりきった解放感。
敗北にも関わらず、狗山の心は晴れやかだった。
「俺の勝ちだ。狗山涼子」
「ああ……」
新島の変身が終わった瞬間、彼の勝利は確定した。
高速で光の剣を発動させた新島は即座に狗山の『絶対に狩る牙』を消滅、そして突撃する彼女の後ろを取り拳を構えた。
これまでお互いにギリギリの戦いだったのだ。
狗山も、前に限定解除救世主を相手した時のような体力は残ってなかった。
抗うことはできない。
突撃で勢いを前に飛ばしている狗山には、新島の攻撃を物理的に回避してガードする時間がない。
故に、言葉は発せたとしても、身体はもう動かない。
「本当に負けるは思わなかった……」
「これが現実だ」
「現実か……現実は面白いな」
自分の敗北直後にそう言える狗山は、やはり尊敬に値するヒーローだった。
(そのヒーローを終わらせる)
なんだかもの凄い重罪を犯してる気分に新島はなっていた。
心がざわつく。
なんだか不安になってくる。
しかし、
「……行くぞ、狗山さん」
「ああ……」
握りしめた拳を新島は緩めない。
放つか放たないか。
その二択の中で新島は「放つ」を選択する。
彼は、俺は、うっすらと涙をうかべながら。
「新島くん……」
「……何だ」
「美月ちゃんを……よろしく頼む」
……っ!
握りしめた拳、力強く、身体ごと、思い切り、
「うおおおぉぉおぉぉおおおぉおおおおぉおおおぉぉぉおぉおおおおおぉぉぉおっぉぉおぉおおおおおおぉおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉっぉ――――っっっ!!」
狗山涼子に叩き込んだ。
◆
準決勝。
新島宗太 VS 狗山涼子。
勝者:新島宗太。
――――俺の、決勝戦進出が決定した。
次回「第119話:ヒーロー達の準決勝②」。
投稿が遅れてしまい申し訳ございません。ちょいと社畜ってました。
次話掲載は、一週間ほどを予定しています。
それでは、今後ともよろしくお願いします。