第116話:ヒーロー達の準決勝① 2
この一瞬の中で俺たちは相克を果たす。
もう誰にも止めることはできない。
「うおぉぉおおおおぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉおおおおおおおおお――――ッッ!!」
「おぉぉおおぉぉおおぉぉおぉおおおぉぉおおおおおおおおおお――――ッッ!!」
ガシィンッ!
と鉄の音が鳴る。
狗山涼子の剣と新島宗太の拳が激突する。
風が波紋を描くように飛散し、その中心で俺たちは見つめ合う。
「拳で、私の剣を止めるか……」
「……変身名《限定救世主》→《右腕》×5」
「ならば――ッ!」
狗山涼子は大地を蹴った。
俺の拳を弾くと同時の跳躍。剣を振るった後にしては不自然な跳び方を彼女は見せた。普通ならばバランスを崩しかねない体勢。しかし、彼女は自信たっぷりに地上数十センチを跳んで実行した。
反り返った体勢。
何もない虚空を。
思いっきり――――。
「変身名《血統種》、『受け継ぎし者』、――――絶対に駆ける後肢ッッ!!」
彼女は踏み込んだ。
その瞬間から空中は狗山涼子の主戦場となった。
狗山涼子は圧力をかけるように俺を上段から押し潰しにかかる。
「ぐ、ぐぐぐぐっ……!」
「上から叩く! 思いっきり叩く! これぞ戦いの基本なのだっ! わははっ、力負けとは男の子的には悔しいかな?」
上空の狗山涼子。
地上の新島宗太。
この状況はまるで俺たちの実力差を表しているようで腹が立った。
「巨剣のパワー! 私の腕力! そして重力そのものが新島くんの敵だ! 君は愛らしい虫のようにじっくりと倒してあげよう!」
空中でも地上と変わらぬ力強い踏み込みで決めにかかる狗山涼子の巨剣は、俺の踏ん張りをじりじりと、じりじりと押し超えてくる。またもや闘技場にヒビが走り、地盤が砕け、俺の両脚を支える場所が失われていく。
「おかしい……替えるたびに硬度の高い石にしているのに……」
実況席からクロさんのそんな声も聞こえる。
当然だ。
狗山涼子を簡単な机上の計算で捉えきれると思うな。
考えて考えて考えぬいて、ようやく生まれた選択肢のいくつかを揺るがぬ意志で選択した果てに、ようやく彼女は存在するんだ。
(そんな化け物な彼女だからこそ、俺のライバルに相応しい)
両肩が壊れるような痛みを上げながら俺は無視してイメージを開始する。それは基本に立ち返る動作だ。基本には基本。
俺は高く高く、飛翔するイメージをする。大切なのは。感覚だ。俺が、俺だけが持つ、イメージの、変身像だ。
だからやがて俺は捉える。
直観の彼方に俺は言葉を唱える。
「――――ブースト、オン」
俺の肉体は浮き上がる。背中から『火が付いた』ような感覚を得る。
攻め続ける狗山涼子の巨剣。
ただの横回避や、ジャンプだったら、避けきることはできなかっただろう。
彼女のパワーは半端じゃない。中途半端な回避は追撃や反撃の餌食になってしまう。
「――だが、俺の“飛翔”は、ただのジャンプじゃない」
押しつぶされていた俺の肉体が浮かび上がる。
狗山涼子の巨剣を、俺の、拳が、押し上げはじめるっ!
「…………お、おおおおおおおっっ!」
完全に押し返される前に、行動を決めた。
狗山涼子の判断は高速だった。
彼女は巨剣を上段に上げ直しつつ素早いバックステップを決めて、地上二メートル付近まで跳んでから着地し再度中段に構え直す。
対する俺はブーストを発したまま勢いを殺すことなくその場で一回転し、同時に狗山涼子が立っている位置と『同じ高さ』に立ってホバリングを開始した。
「……」
「……」
同高度から、交差する視線。
「同じ場所だ」
「……新島くん」
狗山涼子はその場でぐっと腰を落とした。
踏み込む姿勢。
ホバリングする俺にはできない動作。
右脚を一気に後ろに下げる。
すると巨剣が槍の如く、一直線上にこちらに向けられる。
構える。
突撃のコンマ数秒前。
余りにも静かに、余りにも無駄なく流れたその戦闘動作は、おそらくこの会場内においてもその挙をすべて視認できた人間はごくわずかであるだろう。
(来る……!)
奇跡か努力か俺はそのごくわずかの人間に立てた。
だから俺は――――。
「――変身名《限定救世主》、種類『直進拳』ッ!」
右腕の弾丸をぶち抜いた。
◆◆◆
限定救世主、種類『直進拳』。
それは俺の保有する数少ない遠距離攻撃の一つ。
全身のボタンを特定の順序で押すことで、右拳から丸みを帯びた弾丸を放つことができる。
川岸あゆの持つ右腕の砲台からうち放たれるビームに近いイメージだろうか。
だが、強調すべきはその威力。
魔導医師の真堂真白から施されたその弾丸の威力は、鉄板に安々と穴を開け、二次試験の地下迷宮の岩壁をえぐり続けながら直進するほどのレベルだ。
故に、狗山涼子といえど、真正面からこれを弾き落とすのは、相当の体力と覚悟を要する。
「――――想定外の力。新島くん、良い技を持ったな」
(まあ、燃費が殺人的に悪いんだけどな)
さあ、彼女はどうするか。
①狗山涼子が弾丸を避けたら、避けた先に攻め込み追撃をする。
②構わず突撃してきたら、弾丸をまともに相手することになる。体力の消耗は必須。本来の目的である突撃の勢いが軽減される。
(①か②か……どっちにしろ。俺の有利は変わらず)
そして、俺の弾丸に対して狗山涼子は――――。
「……面白いッ!」
②を選んだ。
狗山涼子は大波に挑むサーファーの様に果敢に俺へと突撃する。
その前には拳の弾丸。超強力な光の弾。しかし、狗山涼子は怯みはしない。
(無策かそれとも? 無謀な挑戦は勇気じゃなく、蛮勇だぞ)
狗山涼子は応えた。
「忘れたか新島宗太ッ! 私の能力をッッ!」
狗山涼子は堂々と巨剣を向ける。俺の放った弾丸に向ける。そして巨剣の色が変わり始める。
鮮血の赫。
従来と違う。
異質の輝き。
そうだ。そうなのだ。狗山涼子には“アレ”があるのだ。
「変身名《血統種》、種類『受け継ぎし者』――――絶対に斬れる前肢ッ!」
俺の弾丸が、赤き一閃で両断される。
「……!」
狗山涼子は一切の勢いを落とすことなく直進する。
俺の目の前まで迫る。
あと2メートル。あと1メートル。
計算が狂った。
その思われた瞬間――――。
「なんてな」
狗山涼子は視認したことだろう。
俺の右腕のボタンが赤く輝いているのを。
俺は迷わずボタンを押した。
するとそこから放射状のエネルギーが飛び出した。
素早くつ掴み一振りする。
「ッッ!」
強烈な、白い、眩しい、剣が、光が、――――光の剣が、俺の右腕から生み出される。
「さぁて、5秒も……今は要らないか」
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおぉぉぉお――ッッ!」
「ッらァッ!!」
本日二度目となる激突。
狗山涼子の赤き剣と、俺の白き光の剣がぶつかり合う。
お互いがお互い持つ能力。
それがヒーローエネルギーの吸収だ。
同能力を持つ武器が相まみえる時、
その時結果起きるのは――――。
「相打ちか……」
「……面白いだろ狗山さん。まるでロボット物でよくある対消滅みたいな現象だ」
俺たちの剣は互いに弾き合い、磁石のS極とS極をくっつけた時のように離れ、やがて消えていった。
「……なるほど、互いに反発し合い……消滅するか……私の『絶対に斬れる前肢』は使えない……そういうわけなのだな」
「それはお互い様だろ。それに……」
俺と狗山さんは再度距離を取りながら、構えなおしている。
だが、やがてそれもタイムアップを迎える。
「こんなところも似てるんだぜ」
「……!」
狗山さんの両足に宿った『絶対に駆ける後肢』の効果がなくなり、彼女の身体が闘技場に戻る。
同時に、俺のブーストも限界を迎え、地上へと脚を戻す。
「……空に居られる時間もほぼ同じ……いや、私の方が若干長いか。しかし、ブーストの力を考えれば」
「うちのパートナー曰く、何も動かなかった場合の滞空時間は同じらしいぜ。そう、計算されて、俺は強化されている」
「……まったく、『絶対に駆ける後肢』までも被るとは……」
狗山さんは、はぁ……とため息を吐く。
刹那の空白。
狗山涼子は巨剣を投げた。
「うおっ!」
いきなり迫る鉄の塊に俺は軽くジャンプして回避を行う。
そして意識を前方に写した時には。
「覚悟」
当然狗山涼子の顔が目の前にある。
「……変身名《血統種》、種類『受け継ぎし者』――――絶対に狩る牙……ッ!」
黄金色に輝く狗山さんの身体。
俺は勿論知っている。
あの猫谷猫美が最も恐れた狗山涼子の必勝能力。
「――――伝説の時間、開始」
対する俺は、身体中のボタンを連打した。
◆◆◆
俺は願う。妄想を現実にするために。夢を事実にするために。可能性を必然性に変えるために。
強くなれ。
もっとだ。
もっと。
光り輝け――ッ!
力が欲しい。あの戦士みたいに。わずかでもいい。限定的でもいい。少しでも俺に力を。まぶしい力を。どうか頼む。俺に宿れ。俺こそ勝者だ。俺は負けない。今こそ抱け。勝利の栄光を――――――――っ!
ギュィ―――――――――――ン!
音ともに力は応える。俺の全身は彼女に負けないくらいに光り輝く。
無意識に言葉が浮かんだ。だから、俺はためらいなく直感的に告げた。
「――――超、変、身ッ! 完全体モード移行ッ!!」
狗山涼子との殴り合いが始まる。
右拳と右拳がぶつかり合い、互いにはじけ飛ぶ。一瞬反応の遅れた俺に目掛けて狗山の左拳が腹に決まる。だが、俺は耐え抜き、そのままヘッドバッドを喰らわせる。ヨロケた瞬間を右脚のハイキックで狙う。しかし、狗山涼子は踏みとどまることなくその場でブリッジをして上体を逸らす。避ける。一回転し、回転に合わせてサマーソルトキックが俺に迫る。前かがみになっていた俺のアゴにヒットする。
狗山涼子はその隙を逃さない。
回転を終えたばかりの脚で大地を蹴る。
飛び掛かる。
だが、俺も負けてない。
殴りかかる狗山涼子の右腕をつかみとり、体勢を後ろに倒したまま――投げ飛ばすッ!
狗山涼子は2メートルほど先に飛ばされるが、すぐさま受け身を取り、向き直る。
対する俺も、崩れた姿勢を元に戻し、向き直る。
一拍。
二拍。
「ふふ……っ」
「……ははっ」
俺たちは声を漏らし、互いに見つめる。
「……10秒経過。伝説は終わってしまった……」
「超変身終了……これ以上はエネルギー負荷が強すぎる……」
俺たちは互いに肉体に宿った輝きを失い、元の姿に戻った。
「なるほど。これは、私も初めての経験だ」
「まるで自分の鏡と戦ってるような?」
「そうだ。勝負とは自分との戦いだが、自分そのものと戦う経験は初めてだ。
……これほど似通った人間がいるとは、私は昔の私を褒めてやりたいよ。よくぞ、数あるヒーローの中から新島くんを探し当てたとな」
狗山さんは楽しんでいた。
自分とまったく同じ信念を抱き、まったく同じ能力を有し、まったく同じ人間を好きになった俺というヒーローのことを。
「……それは俺も同感だが、ただし、同じ人間は地上に二人は要らない。
狗山さん知ってるか。物語における鏡像の敵とは、やがては打ち砕かれなくてはいけないと決まってんだ。ドッペルゲンガーを見かけたら、どちらかが死なねばいけないように、俺たちは戦って、一人が勝たねばならない」
「ふふっ、新島くんにしては厳しいものの考え方だな。二人いてもいい。そういう立場につくのが君という人間じゃないのか?」
「…………」
「まあ、いいさ。自分を超える。当然だ。これ以上ないくらい当然なのだ。ヒーローを名乗る人間ならば、世界を救うと豪語する人間ならば、自分一人超えられなくして果たせるはずがない」
俺は――――なるほど、と思う。
なるほど。
学ばされる。
素直にそう思う。
(やれやれ……いいヤツだなあ)
狗山さんに任せたら、案外美月も救われるんじゃないかと思えてくる。
それでも、目的は果たせる。
そんな風な思考回路が回ってきてしまう。
(けどな)
俺は、傲慢に行かせてもらおう。
ヒーローは目立ちたがり屋で自慢屋で自己中なのだ。
それなきゃ、人を救う、なんて仰々しくて誰も口にしないお題目をその身に刻むはずがないのだ。
「……狗山さん先に言っておく」
「なんだ?」
「俺は、これから狗山さんを超える」
「……ほぉ」
返しはそっけないものであった。
しかし、“轟ッ”と、彼女の持つヒーローエネルギーがハリネズミのように逆立った気がした。
(おいおい、感情を高めるだけで力が溢れるのかよ)
俺は呆れ、同時に段々楽しくなってきた自分を感じながら、再度肉体のボタンをすべて連打した。
「――――変身名《限定救世主》ッ! 完全体モード、フルバーストッッ!」
全身を輝かせた状態から、俺は――さらに肉体のボタンを連打する。
瞬間、身体の内側に掛けられた鍵が外れる感覚を得る。
そして、同時に、俺は強化を――――開始する。
どこまでも、限界の果てまでも――。
「――限定解除ッ!」
輝きは性質を変え、運命は顕現し、ヒーローへの力は最高潮に達する。
神聖を帯びた白色を全身に刻みながら、俺は宣言する。
「――1年Dクラス、新島宗太、変身名《限定解除救世主》ッ!」
大地を馳せる。空を駆ける。永遠の英雄戦士の魂を胸に宿して俺は戦う。俺は救う。
「さあ、血統種を切り裂く一陣の光と成ろう」
狗山涼子にない力。
それで俺は彼女を倒そう。
次回「第115話:ヒーロー達の準決勝① 3」をお待ち下さい。
掲載は一週間後を予定しています。