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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
137/169

第114話:ヒーロー達の一回戦/Dブロック 4

 美月瑞樹、本選考会初となる一撃。

 美しく、無駄のない、可憐で強烈な、見る者を魅了する――魔性の光。

 光線銃。

 高密度のビーム。

 俺はそれを見て、城ヶ崎さんの攻撃を思い出した。

 彼が窮地に立たされた時、全能力を“攻撃”という一点に込めて撃った最後のビーム、その輝きが脳裏によぎった。


 だが、ごめん、城ヶ崎さん。

 あんたの名誉のため、こんなこと言いたくないが――。


(禍々しい……力)


 美月のビームは、城ヶ崎の渾身の一撃を軽く凌駕した。


 ◆◆◆


「うぉっらぁッ!」


 咆哮と轟音。

 雄牛さんは、猛った叫びと地盤の破壊で、美月瑞樹のビームに対抗した。

 揺れる大地は無重力のように二人を浮かせる。

 即座の判断。

 にもかかわらず、雄牛さんの心に迷いはなかった。


 むしろ雄牛さんは、殴りながら思っていた。


(美月が変身をしなかったのは確かに妙だ。なのに化け物級に強いビームが来るのも謎だ。それは確かにそうだ)


 しかし険しい両眼で、敵を睨む。


(嫌な予感は拭えてねぇしな。負けるかも。倒されるかも。そんな気持ちがよぎる部分も確かにある)


 しかし、きつく豪腕を握り締める。


(だけどな)


 雄牛さんは殴りながら思っていた。


(そんなこと今の私に関係ない。疑問も、不安も、すべて無意味だ。私の成すべき“目的”、その為の“覚悟”、その前に実体のない予感なんぞ、吹き飛ばすべき妄想に過ぎないッ!)


 強烈な決意を反映する様に、叩き割った大地の裂け目から砂塵が激しく噴出する。

 砂塵――それが、雄牛さんを取り囲む防御壁となる。


「……さあ、狙えるものなら狙ってみろよ、英雄戦士」


 雄牛さんの姿が砂塵に覆われて消える。


(砂煙のカーテンか……考えたな雄牛さん)


 雄牛さんの姿は完全に見えなくなる。


 いや、しかし、――冷静に考えれば、雄牛さんの巨体を砂煙に隠し切るのは困難だろう。

 肉体の縮小化。

 おそらく、彼女は砂塵の発生と同時に、――『能力の発現』を行った。

 二重の隠蔽行為。

 山車雄牛は、その結果、美月瑞樹の『認識外』へと到達できたのだ。


(美月はいくら世界そのものなったとは言え、その認識手段は今だ人の五感……特に“視覚”に頼ってる部分が大きい。美月の監視下から抜け出せば、雄牛さんは俄然有利な立場に立てる)


 俺たちの控室をストーキングしただけのことはある。

 対戦相手の対策。

 勝利の準備は万端という訳だ。


 事実、雄牛さんの読みは功を奏した。

 美月の放った美しきビームは、雄牛さんが“かつて居た場所”で空を切った。


(イェスッ!)


 回避に成功したのだ。

 そうだ。

 山車雄牛は、かの英雄戦士の初撃を、見事外すことに成功したのだ。


 観客席からは拍手があがり雄牛さんの心にもエンジンの様に熱が回る。


(よし、いいぞ、悪くない、悪くないぞ。予感なんて関係ねぇ、例え相手が英雄戦士だろうと、私の名前は山車雄牛、私の覚悟の前に、神も悪魔も関係ねぇ、全て拳で殴るだけだ)


 ただ、勝利を果たすのみ――!


 山車雄牛は考える。

 抗えると。

 戦えると。

 先ほどの攻撃。

 あの威力から見て、放つのに何かしらの“リスク”があると見て、妥当。

 ならば、今は彼女の隙。狙うべき隙。勝機の予感。


(ならば!)


 構える。山車雄牛――変身名《世界爆誕ハロー・ワールド》。


(勝利をもぎ取れ――ッ!)


 雄牛さんは左足を“バネの様に”曲げた。

 それは比喩でも何でもない。言葉の通り、左脚の膝から下の部分をスプリング状に変形させ、弾性エネルギーを蓄積し始めた。できるのだ。肉体変化のスペシャリストの彼女なら。今にも、すぐにも、飛び出せる準備を物理的に完了できるのだ。


(次は私のターンだ……歯を食いしばりな、美月瑞樹……!)


 雄牛さんは前を見た。

 砂塵の結界の中から自分だけが見た。


 その瞬間、――“違和感”に気づいた。


(……!)


 山車雄牛さんの作戦。

 美月瑞樹の認識範囲から脱し、回避と反撃を行う。

 それは適切で正しい。同時に勇気ある対応だ。

 おそらく、多少腕に覚えのある生徒程度では、雄牛さんと同じ発想に至れたとしても、同じことは実行できなかっただろう。

 あの恐怖、あの威圧感を前にして、コンマ数秒以下の圧縮時間の中で、勝利のための正しき選択を思い浮かべ、なおかつ、それを信じて実行できる、そんなこと、雄牛さんのようなヒーローにしか成せない業だ。


「ぶつぶつぶつ……」


 だが、“例外”が一つだけあった。

 それは、不幸にも、雄牛さんの作戦のロジックにヒビを入れ、破壊する例外であった。


(こいつ……!)


「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ……」


(私を、見ていないっ!?)


 この時、この瞬間の美月にとって、山車雄牛さんの存在は“そもそも”眼中に無かった。


「この距離でヒーローに遭遇した場合の対処法は、……やっぱりヒーロー殲滅プログラムの発動か。うん、それが一番安定している。そうだね。なら、先に条件だけ出しちゃおう。それで手動と自動を交えながら広域を一気に攻める感じで。とりあえずは闘技場、これ以上壊れるとマズイよね……学校の予算がなくなっちゃうでしょ。……うん、ついでに地面も壊さないようにね……後は観客席か、一応防御用シールドは用意されてるんだっけ」


 美月はぶつぶつと。

 ぶつぶつぶつぶつぶつぶつと。

 言葉を呟き思考を進める。

 その間、美月の意識に雄牛さんの存在は――無かった。


「ただ、私にはそんなの関係ないし、念のため当たらないよう仕込んでおいた方がいいよね。よし、近接2メートルまで来たら自動的に避ける、っと。後は打ち込んだビームの逃げ場所かあ。空がいいかな。空に打ち上げれば被害はないし、というか他の選手もそうしてるみたいだし、やっぱ先行例はなぞった方が安心だね。安心……安心……安心……、というわけで」


(こいつ……っ!)


 どこから間違えたのだろうと問えば、初めの『前提条件』から間違っていたと言わざるを得ない。

 美月は雄牛さんのことを、『山車雄牛』という個人の人間のことを、最初から興味の対象に置いていなかった。

 彼女にとっての雄牛さんは。

 ヒーローA。

 敵。

 とりあえず、やっつける相手。

 その程度でしか見ていなかったということだ。


 だからこそ、雄牛さんの行動の大半は無意味であり、雄牛さんは、もっと別の戦法を取るべきであったと、今からなら言えた。


 美月は無意識に発言した。


「よーし、じゃあ、さっさと倒してみますか」


 それはまるで、掃除を始める前の主婦のようだった。

 それはまるで、電車に乗るお金をチャージするサラリーマンのようだった。

 それはまるで、ボス戦の前にレベル上げをする小学生のようだった。


 きわめて作業的で、つとめて無意識的、

 美月にとってそれは、食事の前にテーブルを拭くくらいの気軽さで、決めたことだった。

 部屋に虫が入ってきたから、スプレーを取り出して、窓際に誘導して、外に逃がそう、その程度の思考の回転だった。


 要するに――美月はまともに、目の前の人間を見てなかったのだ。


(上等だ、舐めやがって……!)


 だが、怒りに震える暇はなかった。


「えいやっ!」


 美月のターンは、“当たり前のように”継続した。


 ◆◆◆


 英雄戦士の撃ち出したビームは終わらなかった。

 壁に向かおうとも。

 ビームはぶつかる寸前で方向を変え、彼女の周囲で踊りだした。

 ぐるぐるぐるぐると。

 彼女を王座につかせ、その周縁をぐるぐるぐるぐるぐるぐると、騎士の如き従順さと忠節心と精密さを混ぜ合わせながら、ヒーローエネルギーは円環を描いた。


「せーのっ」


 美月は命令を下す女王の様に、自身を巡る光に合図を送った。


「そーれ、回れ回れまーわーれーっ」


 ぽんっ、と巫山戯た口調で、ニシシと含み笑い。

 髪を整えながら呪文を唱え終えた。

 エネルギーは自然と膨れ上がり、スポンジケーキの様に肥大し、回転運動を伴って会場内を圧迫し始めた。


 その間、1秒もない。

 ここまでで。


 超高速の動きを、俺の観測能力が時間を引き伸ばすことで、ようやく理解し得たものだった。


 美月のヒーローエネルギーは、大きく、とても大きく。

 容易に試合会場全域を包み込む程の大きさに成長を果たした。


「弾けて、まざれー」


 そして、弾ける。

 生まれ出る。


 白。

白。

  白。

    白。

  白。

 白。

白。


 白であふれる。

 美月瑞樹は考える。


(『あ、霧だ』『いや、雪でしょ』『白煙なのんっ』)


 いいえ、ヒーローエネルギーですよ。

 当たると死にますよ♪

 いや、マジですよ。


 嘘では、なかった。


 俺の目から見ても、それは――“死そのもの“であった。


 美月瑞樹の放った“死”は、会場に充満した。

 まるで葉山樹木の最終奥義、『終煙エンド』のように。

 しかして葉山の白煙よりも、淀みなく、濁りなく、――破滅的。

 白。

 純白だ。


 美しい。

 白い雪だ。

 白い霧だ。

 白い煙だ。

 美しい白に世界が美しく染まる。

 終わりの瞬間のように。


 その白は単なる白じゃない。

 まるで致死性のウイルス。

 触れれば・即破滅のイメージ。

 ある種、天界にも似た輝きをともなう。


(や、やばい。何だ、これは……危険だ。訳が分からんがこれは何かやばい感じがする……!)


 危険信号がなっている。

 俺の動物本能が警戒を上げている。

 観るべきか。

 迷う。

 目の前の現実を、この光景を見つめることを、迷う葛藤が胸中を支配する。


(……いや、見よう。現実から目を逸らすな、新島宗太。お前は、全てを見て、その上で戦わねばならないのだから)


 やがて、美月瑞樹と戦う時のために、俺は挑戦する。


 目の前の白の世界。

 それはヒーローエネルギー。

 つまりは美月瑞樹の魂。

 その深淵を覗く。


(いくぞ……)


 そして、俺は見た。

 危険漂う世界を――言語化困難な、まるで世界の果ての地点に集まったような言葉たちを、俺は、どうにか、認識した。


 それは、こんな言葉の連なり達であった。


 破壊衝動、絶望現象、即死是仏、地獄の果てに、見る最期。

 隔絶したセカイ、人の心、魂の在り処、この世の終り、終焉を。

 閉じた孤立、完璧な生き様、一人塔の上に立ち、見送る破滅。


 永遠の時を、悠久の今を、巡り来る輪廻の果て、至る夢は無し。

 唯一時の刹那、破滅、破滅、小さき森、永久の住処、素晴しき円環。

 せめて最後は幸せな時を、願い、祈り、白は不滅、諦念と決断、今こそ我らの。


 終焉・奇っ怪・鳥達・使者・天上天下唯我独尊・論者・幸福論・日常非日常の中継点の欠如・向上心・教養文法・全ての破壊・居直り的あり様・固持・固持・固持・鏡の国のアリス・永遠の少女・ここでない何処か・何処か・何処か・今は待つ・ただ破滅の時を。


 いざ行かん・威勢・意気揚々・自意識・プラスとマイナス・反転現象・挫折感・青春の挫折と人間的成長(笑)・異議・異議・意義は無し・正解などない・可能性などない・現実に生きよ? 仮想に生きよ? 倫理しか語らぬ不誠実・嗚呼・嗚呼・さらば今こそ。


 破滅。

 破滅。

 破滅の時を――――――。


(…………ッッ!)


 う、うおぅ……。

 なにこれ、気持ち悪ッ。

 何だかよく分からないが怖いと思った。

 世界の端に来たような不安感があった。

 これがヒーローエネルギーの内部……っ!

 まるでバイナリファイルを見た時のような理解不能感が俺の中に浸透した。


 しかし、その感覚もすぐに終わった。

 目の前の白の世界が激しく明滅したのだ。


 そして、声が聞こえたのだ。


「ひっさーつぅ、ヒーロー殲滅プログラム!」


 美月の声だ。


(……明けていく)


 それは、夢が醒めるように、攻撃が終わった。

 白き力は天へと消えて。


 そして、世界は。

 大地と闘技場と観客席を除く世界は。

 全て。

 彼女によって――全て“破滅”された。


 ◆◆◆


「……解説のクロちゃんさん。何も見えないんですが」

「当然よ。英雄戦士の光が場内を包み込んでいるのだから」

「これはあれですか? ゲームでよくある全体攻撃ってやつですか?」

「……そんな生易しいものならいいけどね」

「一撃必殺とかですか?」

「まあ、それに近いけど……鴉屋ミケ。あなたは英雄戦士の戦い方を根本的に勘違いしている部分があるわ」

「と、いうと?」


「貴方みたいにゲームで例えさせて貰うと、普通のキャラは、敵を倒すために覚えてる攻撃技を使うでしょう。まあ、その中に全体攻撃もあるとして、使うとする。でも、彼女は違うのよ」

「違う?」


「彼女は敵を倒すために、ゲームのプログラムそのものをイジって、敵そのものを壊そうとしてくる。物理現象とかそういう次元じゃない」


「英雄戦士の戦いは、私たちのそれと根本的に違うのよ」


 ◆◆◆


 しかし、奇跡は起こった。

 それはまさしく偶然としか呼べない代物だった。


「おかしいなぁ」


 全てが終わった美月は首をひねった。


「触れたら、ヒーローエネルギーが極限までゼロになる仕込みを入れたのに」


 平然と言い切り、彼女は周囲を見渡した。


「いない」


 山車雄牛の姿が消えていた。

 完璧に。

 完全に。

 それは、美月の攻撃に寄って存在が消滅したのではない。


(だって、ヒーローエネルギーが尽きたら、人間体が残るはずなのに)


 雄牛さんが見当たらない。

 もし仮に、彼女が能力で、肉体の縮小化を行ったとしても、美月の光の前では全てが無意味だ。

 ということは、雄牛さんは、何かしらの方法で、美月の攻撃を逃れ、今もどこかに潜んでいると考えた方がいい。


(まあ、大体分かるよ)


 美月瑞樹は考える。

 自分の攻撃は、闘技場と地面と観客席以外を全部攻撃するという条件を加えたものだ。

 必然それは、山車雄牛がそのどれかに潜んでいるという事実に帰結する。


 さらにあの時時間はなかった。

 ならば、それほど複雑な行動はできなかったはずだろう。


「観客席はルール違反だからないし、闘技場に隠れるってのも謎だし、……なら、地面か」


 美月は雄牛さんが最後にいた場所を確認する。


 すると、地面が不自然に盛り上がった部分が発見できた。


(ここから逃げたか)


 美月は頬を少し掻いた。

 それは試合終了1分前のことであった。


 ◆◆◆


(……何だよ、あれは)


 山車雄牛は、自身の不安が杞憂でも何でもなく、紛れも無い現実であったことを確信した。


(ヒーローエネルギーがゼロになるっつてたよな。そんなのありかよ)


 勝てない。

 いや、勝つ。絶対に勝つ。


 負けない。負けてたまるか。

 しかし、どうする?


 雄牛さんの心は激しく揺れていた。


(仕方ねぇ……奇襲を狙うしかない。一撃だ。全てを一撃に込める)


 そして、山車雄牛は美月瑞樹の動きを捕らえた。


(……チャンスは一瞬! この一撃に全てを込める……っ!)


 しかし、山車雄牛は気づいていなかった。

 自分がやすき道に流れていることを。


 おそらく、彼女戦いの中で最大のミスがあるとすれば、この時の選択だろう。


 彼女は、攻めることを――無意味に肯定してしまった。

 死ぬ時は、前かがみで死にたいという願望を優先してしまった。

 結果――彼女はこれから負ける。


 勝利ではなく、戦うこと・攻めることを優先したのだ。

 それはまるで、俺が、無策で怪獣ジャバウォックに挑んだ時のように。


 ◆◆◆


(どうするかな~)


 美月は地面を見つめて考えていた。

 どう倒すかではない。


(どうすれば早く倒せるかな)


 効率性。

 もはや彼女は、タイムアタックを始めていた。


 しかし、その姿は、とても無防備に思えた。

 ましてや美月瑞樹は――――その外見が少女のままなのだ。

 制服姿だ。


 逆転勝利を狙うには、またとない好機として、雄牛さんの目には映ってしまった。


 ◆◆◆


(――――今だッ!)


 山車雄牛はイメージを終えていた。

 その姿は巨大な槍。

 神をも突き殺す伝説の槍。


 貫けば、空を裂き、全てを終わらせる最強のイメージ。


 それを終えた。


 後は始めるだけ。


 だから――。


(勝利だ、美月瑞樹ッッ!)


 闘技場の瓦礫が姿を変える。

 ――山車雄牛が、最後の勝負を賭ける。


 ◆◆◆


(……?)


 美月瑞樹は自身を貫く何かを認識した。


(なんだこれ?)


 それは後方から放たれたものであった。

 否、それは放たれたもの――自身であった。


 つまるところその正体は、山車雄牛その人であった。


「……山車さん。その能力でそんなことまでできるの?」

《ワタシのショウリだ。ミツキミズキ……!》

 

 雄牛さんは、普段より数倍高い声で勝利を宣言した。


 美月の胸には、巨大な槍が貫かれていた。


 ◆◆◆


(ああ……なるほど。地面じゃなく、闘技場そのものになったのか。だから、私の攻撃をうまく避けたと)


 美月は理解した。

 地盤破壊と肉体の縮小によって、姿を隠した山車雄牛は、闘技場に肉体変化を行うことで、美月に奇襲を仕掛けようとしたのだ。


 だが、結果としては変わらない。

 山車雄牛の目論見は無事成功した。

 不用意に近づいてきた美月の胸を、二メートル近い巨大槍と化した山車雄牛は一撃で貫いたのだ。


(なるほどねー、質感までそれっぽくできるのか。ただ肉体を大きくしたり小さくする能力じゃないんだなあ。猫谷さんのコピーとちょっと似てるね。猫谷さんはヒーロー限定で能力までコピーできるけど、山車さんは何でもコピーできる代わりに能力は反映できないって感じか。応用できそうで面白い力だなあ)


 美月は一人納得していた。


(それにしても、シロちゃん、どうせ知ってるなら、教えてくれればいいのに。まったく、どれだけ人を長時間戦わせたいんだろう、まったく)


 美月は自分の胸を見た。

 そこには、もう“何も”なかった。

 何も。


 美月は振り向いた。


 視界の彼方には――倒れた雄牛さんの姿があった。


 ◆◆◆


 闘技場に仰向けで倒れている雄牛さんに美月は近づいていった。


「……どうして、私の変身が解けている。それに、何故私は寝ている」

「いや、私に攻撃をしてきたので、排除しただけです」

「排除……?」


「はい。私を攻撃しましたよね。――――だから、私は雄牛さんのヒーローエネルギーを極限まで吸い取りました。ほぼ全部」

「は?」


「いや、ですから、槍になって攻撃したんですよね。なので、そのまま私の中に取り込んでしまったんです。そこから、人間体に戻してキック。ここに寝そべらせていただきました」

「そ、そんな簡単に言いやがって……」

「簡単ですよ?」


 美月はきっぱり言った。

 試合前までの弱々しい雰囲気は消えていた。

 俺は知っている。これは英雄戦士としての貫禄が戻ったとかではなくて、単純に自分より下だと思った人間にはしゃべりが饒舌になるのだ。


(クズだ……)


 ラスボスの持つクズさとは、またベクトルの違ったクズさであった。

 つか、普通に嫌なヤツだ……。


「けど、私のヒーロー殲滅プログラムを避けたのは流石です。そこは尊敬できます」

「そこはか」

「はい、そこだけです」

「ああ、……そうか」


 分かってたんだけどなぁ……。

 雄牛さんは仰向けになったまま、空を見上げていた。


「空か……届かない夢なのかな」

「いやあ、届きますよ。夢が夢のままでなく、目標に変われば」

「…………」


(完敗、だな)


 雄牛さんは思っていた。

 覚悟が足りなかったわけではない。

 意志は強靭にあったはずだ。

 なら負けた。何故だ。


(覚悟や意志……気合・根性……それ以外のものが、私には必要だ)


 雄牛さんは、戦う最初に言った。

 あらゆる疑問も、あらゆる不安も、妄想に過ぎないと。

 しかし、それは同時に、あらゆる覚悟も、あらゆる気合も、妄想に過ぎないという意味と同義だ。


 現実を知る。


 そこには荒野しかないが、しかし、荒野を見つめることで、生まれる何かもある。

 山車雄牛は強くなるだろう。戦い終えた彼女の心を見つめ、俺はそう実感していた。


(目標……叶えたかったなあ)


 雄牛さんは、純粋に言った。

 そういえば、彼女の目標は結局なんだったのだろう?


(準決勝……準決勝にでれればそれで十分だったのに)


 雄牛さんは、視線を会場に向け、拍手を美月へと送っている一人の少女を見た。


(あゆ……)


 その両目には川岸あゆの姿が映っていた。


 ◆◆◆


 これはちょっとした後日談だ。

 俺は雄牛さんに神の視点で心の一部を見たことを伝えると共に、何が目標であったのか尋ねた。

 すると、彼女は少しだけ、顔を赤らめ、こう応えた。


「……ははっ、大したことじゃないんだけどな、準決勝に出て」

「準決勝に出て?」



「――――葉山樹木をぶち殺したかった」



「…………」


 どうやら、本来、雄牛さんは準決勝で川岸あゆとの対決になった際、彼女に告白することを決めて、この最終選考会に望んだそうだ。(※女の子です)

 しかし、突如葉山樹木が川岸あゆに告白、しかも、それがオッケーを貰ったことだから、彼女の心は全く持って穏やかじゃなかったそうだ。


「アイ○ツの霧矢あおいくらい穏やかじゃなかった」

「いや、そういう小ネタいらないから」


 ちなみに、準決勝に上がった際は、葉山樹木を徹底的に倒して、川岸あゆに告白を行い、彼女を寝取ることが目標だったらしい。(※女子高生です)


「じゃあ、覚悟って……」

「そりゃあ……同性同士だからな……色々覚悟しなきゃいけないだろ……結婚とか子供とか」


 どうやら、思いの外ディープなところまで妄想を膨らませていたようです。(※まだ15歳の女子です)

 聞いてる俺の方が穏やかじゃねえよ。


「……それで、あれだけの力を出せるって……すごいな、おい」

「何言ってんだ。世の中には愛の力さえあれば、神にも悪魔にもなれるんだぜ」

「マジンガーとクレイジーサイコレズを一緒にするな」


「それによ――」


 と、雄牛さんは俺の後方に目を向けた。

 そこには、トーナメント表が記載されていた。



「お前の対戦相手は……まさしくそういうヤツなんじゃないか?」



 準決勝①

 新島宗太 VS 狗山涼子



「…………」


 そうだな。

 俺は何も否定できなかった。

 そして、次の試合が正念場だと――心から理解した。




 第一回戦:Dブロック、山車雄牛 VS 美月瑞樹

 勝者――――美月瑞樹。

 準決勝、進出決定。



(次回:準決勝①に続く――)

明けましておめでとうございます。

新年初投稿のオチが百合オチとなったことをこの場を持って謝罪させて頂きます。

次回「第115話:ヒーロー達の準決勝①」をお楽しみください。

掲載は一週間後くらいを予定しております。

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