第113話:ヒーロー達の一回戦/Dブロック 3
山車雄牛さん。
1年Aクラス所属の個人ヒーロー。
美月に偉そうな台詞を吐いた俺だったが、俺が雄牛さんのことをよく知っている・熟知しているかといえば、そんなわけはなかった。
なので、まあ、順々に話していこう。
変身名《世界爆誕》。
ずいぶん気宇壮大なネーミングセンスだ。
ハローワード/Hello,World./こんにちは、世界。
その能力が一度発動すると、雄牛さんは自分の身体を、まるで紙粘土の様に自由に拡大・縮小することができる。
性格は豪胆で剛気。つまり男前。
腕を組み背筋を伸ばしガハハと笑いよく眠りよく食べ気合一発入魂する。
だが、女だ。
女傑、というフレーズが最も適している。
女の頭領、女の首領、そう言ったイメージがつきまわる女性だ。
『天空の城ラピュタ』に出てくる空賊の船長を若くしたらあんな感じだろう。
ただし、変身を解除したら、話は変わる。高身長、足長し、スタイル良しの、ぶっちゃけ美人だ。
卑怯なくらい。
逆変身だ。
ちびっ子軍団中心の俺コミュニティでは珍しい、グラマスな体型の御方とも言える。
交友関係は主にAクラスが中心で、神山仁や高柳城、後はうちのあゆとも仲良しだ。
スタンドプレーの女王と名高い《不可侵領域》の君波紀美さんはライバル関係にあるそうで、
今回の試合で雄牛さんが勝ち、君波さんが負けたことで(防御特化の能力のため君波さんの取得点数は俺らより少なかったのだ)、いくらか小競り合いもあったそうだ。
ただしあゆ曰く「口では文句を言ってるけど、一番信頼しあってる二人だよっ!」とのこと。つまりは嫌いも好きのうち、ただのツンデレだ。
……これくらいだろうか、俺が彼女について言えることは。
後は観なければ分からない。
この先は。
試合を観なければいけない。
雄牛さんがどのような覚悟を抱き、どのような願いを想い、この戦いに挑んだのかを。
美月瑞樹という絶望的脅威に、果敢にも立ち向かった記録を、過程を、生き様を。
俺はこの両目にしかと刻まねばならない。
✝
(試合、か……)
風が強く吹いていた。
山車雄牛は立っていた。
闘技場。
その中央部。
何人ものヒーローによって破壊され、修繕され、新品同然となった白く綺麗な石状フィールドに、山車雄牛は腕組んで立っていた。
(まだか……)
美月瑞樹は来なかった。
試合開始の時刻は迫っており、すでに雄牛さんは変身を済ましていた。
(まるで宮本武蔵を待つ佐々木小次郎の気分だな)
巌流島の決戦。
そう思うと、白い闘技場は大海に浮かぶ小島に変わり、周囲の歓声は荒ぶる波音に変貌した。
(…………)
山車雄牛は静かに待っていた。
史実上、佐々木小次郎は存在しなかったのでは、と言われている。
理由は諸説あるが、一番の理由は、かの剣豪・宮本武蔵の著作である『五輪書』の中に、佐々木小次郎の名が一度も登場しないことに起因する。
語られていない。
語るに値しない。
宮本武蔵の視点世界からは、佐々木小次郎という返し技の天才の名は、すっぽりと抜け落ちてしまった。
認識されなかった故に、その存在すら“なかった”ことにされる。
どこぞの大嘘憑きかよと言いたくなる。
しかし、それゆえに、山車さんが、無意識下とはいえ、自らの想像の枠内で、自身の立場を佐々木小次郎と定位したのは、とても危険な行為と言えた。
最強から認識されない存在。
そう、成り果てる可能性を孕んでいた。
ヒーローの想像力は、いとも簡単に現実に作用する。
彼らの、彼女らのイマジネーションは、平易にリアルを侵食し、セカイを歪ませる。
雄牛さんの想像は、一歩間違えば破滅を呼ぶ笛となっていた。
そう、一歩間違えば。
だが、彼女は違った。
(……小次郎が、武蔵を倒す世界か……それはそれで、ワクワクするじゃねぇか)
雄牛さんには抗う意志があった。
物語の文法、物語の定型、世界の仕組みから抜け出す気概があった。
少なくとも彼女は、山車雄牛という人間は、始めから勝負を捨てるな女じゃなかった。
「おーーーーーーーーーーーちゃぁぁああーーーーーーーーーーーーーーーーーんっっ!!」
そんな彼女だからこそ、諦めない彼女だからこそ、彼女の勇気づけるに大きな大きな声が届く。
山車の意識は急速に観客席へと転移する。
見ると川岸あゆが観客席から叫んでいた。
「あゆ……」
今まさに「駆けつけた」に違いない威勢の良さで、川岸あゆは山車雄牛へ向けて応援の手向けを力強く送っていた。
「あゆ……」
「おーーーーちゃーーああああんっっ! 負けるなあーーーーっっ!」
「……。ああっ!」
両腕をぶんぶんっと振るあゆに、山車は親指を立てて返した。
そして、美月の来る入り口を見詰め直した。
(あゆ……そうか。そうじゃねぇか。私には勝たなきゃならねぇ目的があるんだった。迷うな。焦るな。英雄戦士なんか関係ない。私は私のやるべきことをやりゃあいい)
目的。
彼女は明確に明瞭に“目的”という言葉を使った。
その内実、目的の具体的な内容までは彼女は語らなかったが、今の彼女は、二次試験の時の山車雄牛を軽く超えていた。
強く、激しく、彼女のヒーローエネルギーは、今にも噴出しそうだ。
この一週間、彼女が何を成してきたのか、俺は知らない。
だが、俺たちに負けない、いや、それ以上の修練を積んできたのは間違いなさそうだった。
強くならない人間はいない。
(……来いっ)
この勝負、負けはしない。
勝つ。絶対に、勝つ。
雄牛さんの想いが頂点に達した時。
――――闘技場口から一つの影が現れた。
(…………来たッ!)
そこに見えたるは最強のヒーロー。
伝説となりヒーローの頂に最も近い存在。
新世代の戦士。ゼロ年代の英雄。かつて世界と戦い、世界そのものとなった少女。
英雄戦士。美月瑞樹であった。
「…………もじもじ」
美月瑞樹は布団を被りながら登場した。
◆◆◆
「…………」
「…………」
新型ファッションかな?
「……うう」
「…………」
山車雄牛さんはじっと見詰める。
それは布団だった。
寝る時に上からかける安眠・快眠・睡眠の味方。冬場は外に出ることを阻み寒き現実から人類を安楽のビューティフルドリームへと導く幸せの衣、俺らの僕らのオフトゥン様であった。
「…………うぅ」
「……オラァッ!」
「うわっ!?」
雄牛さんはそのオバQもどきの生き物から布団たる衣を剥ぎ取った。
そこには美月がいた。
いつもの美月がいた。平凡、普通、普段と何ら変わりはしない、美月瑞樹15歳高校一年生がいた。
「う、わ、わ……」
「何やってんだ美月」
「わーーー!」
布団を奪われた美月は両手で顔を覆いながら闘技場の隅っこまで逃げ出した。
「だから、美月、お前――」
「お前何やってんだ」と雄牛さんが再度言おうとした瞬間――。
「!」
喝采が、来た。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおぉぉぉおおおおおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぁ ぁぁぁああおおおおおお おおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおお――っ!」
歓声が。
歓声が。
大歓声が、来た。
「うぉぉぉぉぉぉおぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお おおおおおおぉぉぉ ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおぁ ぉぉぉああおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉおお おおおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお おおおおおおおお おおぉぉぉぉおおおおおおおお――――――っっ!!」
本最終選考最高潮の歓声が、声が、声が、大声が、闘技場内に轟いた。
「っ!? 何だっ!?」
戸惑う雄牛さんと、顔を隠して恥ずかしがる美月。
歓声は止むことはなかった。
むしろ、高まっていった。
神の再来を歓喜するかのように、
奇妙に、
異様に、
不思議に、
不気味に、
一人一人の人間が、生徒が、ヒーローが、候補生が、己の望みを叶えたの如く、美月の到来を感嘆したかの如く、沸き立ち、喜び、叫び、祝杯し、記念し、喝采し、気づけば、気づけば、気づけば――――会場内にスタンディングオベーションが巻き起こっていた。
立ち上がり。
手を叩いていた。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:交響曲第9番、第4楽章。
通称『歓喜の歌』が心に鳴り渡った。
理屈じゃなかった。
もはや現象に近かった。
リンゴが大地と落ちるのと同じで、水が100度を超えないのと沸騰しないのと同じで、美月瑞樹が現れたこと、すなわちイコールそれこそが『喜ぶべきこと』という原理が成立してしまっていた。
事実、会場の人間は皆、自分たちが拍手を送っている理由は判っていなかった。
理解不能であった。
むしろ、むしろ、「無意識に席を立ち闘技場に向けて拍手を送っていること」に、見たことない自然現象に出会った時のような、原始的恐怖を抱いていた。
「これは……何だ。何だ。……これが、『英雄戦士』?」
「うわぁ……謎サービス、超恥ずかしい」
美月はガチで恥ずかしがってるようだった。
まるで、天の石屋戸から無理矢理引きずり出された状態に似た、心からの羞恥であった。
「……お、おい、美月。……何だこの歓声は」
「……う、は、はい、私にもよく分からない、です、けど……多分、私の復活を喜んでる……みたいな?」
みたいな?って何だよ。
雄牛さんんは素直にそう思った。
と、同時に「ああ、だから布団被って現れたのか」とも思った。
(アホか、こいつ……)
山車さんの思考回路はド直球だった。
「ああ……なんで、こんなに目立つ……あぁ、仕方ない、これもこうなった責任ってやつか……」
美月は何やら怪しげにぶつぶつとつぶやいて、ため息を吐いて、ゆっくりと、しかし確実に縮こまった身体を元に正した。
「じゃあ……勝負を始めましょうか」
そして見た。
見た。
見た。
雄牛さんを見てしまった。
それが全ての始まりであり、終わりであった。
(……ッ!?)
山車雄牛は。
(何だ!?)
その瞬間から。
(嫌な)
絶対的な。
(感覚……ッッ!?)
敗北の運命に晒された。
◆◆◆
バトル漫画の世界はこんな感じだろうか。
山車雄牛は息の詰まりそうな感覚を誤魔化しながらそう考えた。
前を見る。
美月瑞樹。
彼女がいる。
それだけなのに、それだけの事実のはずなのに、恐怖?嫌悪?危機感?敗北感?そのどれでもあってどれでもない感情が山車雄牛の精神を襲っていた。
きっと雄牛は『野生の勘』という奴が優れていた。
アフリカにいる一流の猛獣たちが、自分よりも強い猛獣の存在を察知した瞬間、風のように去るのと同じで、
山車雄牛は本能的に目の前にある『危険』その概念を凝縮した存在を目にした自分を逃がそうとしたのだ。
(こんな感覚、初めてだ……中学の時に怪獣に会った時よりも、ジャバウォックの顔を見た時よりも、怖ろしく圧倒的で何というか次元が……)
と、
そのタイミングで雄牛さんは自身の頬を思いっきり叩いた。
「うわっ!」
美月が驚くが雄牛さんは意に返さない。
(気圧されんな、馬鹿野郎ッ! 私には勝たなきゃなんねーことがあんだろッッ!)
自身を叱咤した。
物理的に。
力任せに。
だが結果的に、雄牛さんの精神は落ち着きを取り戻した。
「カウントダウン開始だ。……よろしく頼むぜ、美月瑞樹」
「は、はい。よろしくお願いします……大丈夫ですか? 顔」
「痛くも痒くもねぇ、変身後だしな」
雄牛さんはそう言い切って、むんっと胸を逸らした。
ならよかったと、美月を頬を掻きながらそう言った。
「それよりも美月。もうカウントダウンが始まってるんだ。さっさと変身しちまいな」
変身を終え、その肉体を人外の者へと変貌させている雄牛さんとは対照的に、美月はいまだに可愛らしい女の子の姿のままであった。
通常、変身を終えてから始まるカウントダウンであったが、美月の到着が遅れた関係からか、前倒しで合図が始まったようであった。
だが、美月はこう言った。
「あ、私大丈夫なんです」
「何が大丈夫なんだ」
カウントダウンは既に10秒を切っている。
しかし、美月は髪をいじりながら、いつも通りの申し訳な口調でこう言った。
「私そういうの必要ないんです」
「必要ないって」
何言って。
そう雄牛さんが思ったと同時に、抑えていたはずの恐怖が、嫌悪が、危機感が、敗北感が、山車雄牛に再来した。
「…………~~ッッッ!?」
「うわっ、ご、ごめんなさい」
美月は頭を下げた。
素直に正直に、謝った。
そして、離れた位置から掌打を当てるように、手のひらを雄牛さんに向けて言った。
「私、変身しないでも強いんです」
カウントダウンがゼロになった。
だから、美月の手から強烈なビームが直進した。
雄牛さんが男前すぎて想定より長くなりました。次回決着。
「第114話:ヒーロー達の一回戦/Dブロック 4」をよろしくお願いします。
今年中には掲載する予定です。