第112話:一回戦/Dブロック 2
いやいや、前も言ったよね。
勝利なんて確定された結果に過ぎないって。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO---------
皆さん、お久しぶりです。美月です。
私は今、試合を控えて闘技場の前のベンチに座っています。
(うわぁ……、あと数分で入場か……)
外からは歓声が聞こえています。
とても大きな声で狭い通路が震えます。
自然と身体もぶるぶると震えてくるのが分かりました。
(うわぁ……)
震えは止まりませんでした。
腕で抑えましたが止まりませんでした。
何も寒いわけではありません。今座ってる場所は薄暗くひんやりとしてますが、凍えるほどじゃありません。
ならば身体が疲れているのでしょうか。いいえ、それも違います。確かに戦いの果てに隠し持った後遺症とかありそうなポジションですが、私は普通に元気ですし今日も朝ごはんをいっぱい食べました。
ならば、何故。
……そうですね。そうでしょう。分かってしまいましたか。
はい。そうです。その通り。
私は、――――緊張しているんです。
(人、たくさん……)
人がたくさんいました。
ドン引きでした。
(なに、これ……ちょっと多すぎない?)
会場全体の収容人数は把握してませんが、ほとんどの席が満席なのは確実です。
しかも、学内の生徒だけでなく、外部からも大勢……うわっ、カメラも……来てるようです。
(どうして……こんなにひとが……何故、学生のイベントに……どこのアイドルのライブ……?)
三年生の試合も同時にやってるので、お客さんは分散されると読んだのですが……。
予想外でした。
多すぎでした。
こんな大人数の前で戦う。自分の姿を衆目に晒す……それは結構……いや、かなり……言葉に尽くせない恥ずかしさでした。
(よし、帰ろう……)
私は決めました。
くるりと脚を逆方向に向けて、意気揚々と戦略的撤退の道のりを目指して歩き出しました。
試合なんてなかった。
そうして逃げようとした時でした。
“頭の中に”声が響いてきたのは。
《こらーっ! 帰るなーっ!!》
「うわっ!?」
私は飛び上がりました。
この世界が漫画の世界であれば、私の身体は地面を離れ、ビックリマークを出してその場に倒れたことでしょう。
《美月ちゃん! 勝手に帰るのはダメだからね~っ!!》
声はまだ止みませんでした。どうやら幻聴のたぐいじゃないようです。
もしかして神の声?
そうか私もついに異世界転生する時が来たのか……。
これはそうですね。天上にまします天照大御神様でしょうか……!?
《フザケタことを言うのはやめさない~っ! あととっとと、その謎敬語もやめなさいっ!?》
ホントでしょうか? やめる?
悪くないと思ったんだけどなぁ……。
(いやでも、敬語キャラって可愛いじゃないですか。最近の私って怖いイメージがあるので、親しみを持ってもらおうかなあって思いまして)
《そんなの今さら過ぎるよ》
もっと過ぎるご意見だった。
(でも、天照大御神ってカッコイイですよね。古事記とか読みました? VSスサノヲ戦の彼女、華麗に変身シーンを決めて、英霊召喚までやって。日本最古の戦闘美少女って彼女じゃないかなって私思うんです)
《リアルアマテラスみたいなポジションなのによく言うよ~。あとVSスサノヲ戦とか言わない》
バトル漫画じゃないんだから、とシロちゃんのため息が聞こえる。
シロちゃん。
そう。そうでした。
私の心に話しかけてくる神の如き声。
彼女こそ、この大平和ヒーロー学園の教師の一人であり、初代ヒーローの一角であり、真堂真白さんの実母にして、悪の組織の元幹部、旧変身名《終焉》、現変身名《夢見心地》の月見酒代先生であらせられるのでした。
《何かやたら凄そうに盛ってるし……》
(いいじゃないですか。減るもんじゃないですし)
《減るよ……可愛さとか》
三十路越えて可愛さとか言わないでいただきたいなー。
《お ま え こ ろ す よ ♪》
「ひぃっ!?」
今度は本気で宙に浮き、身体を床に倒してしまいました。
殺意、圧倒的な殺意が襲いかかってる……っ!?
(や、やだなぁ~、せ、先生っ、今さらな話じゃないですか? 生徒たちにも言われるはずですよね? 先生、世界中の人の声聞こえるはずですもん)
《先生、生徒には年齢隠してるから。あと、大いなる力でプロフィールの年齢も不明にしてるから》
なにその権力、怖い。
《というか美月ちゃん、今まで散々変身ヒーローで戦ってきたのに、今さら人前で戦うのが恥ずかしいの? 本気で言ってるの?》
(あ、話題を変えようとしてますね)
《してませんっ! 先生普段は『30歳』とか『若作り』とか言った心の声はNGにして、聞こえないように鍵掛けしてるから大丈夫なのですっ!》
(NGワードとか掛けられるようになったんですね、その能力……)
私はあえてNGワードの悲しさには触れなかった。(まあ、この独白も気づかれてるんだろうけど)
《そうですよ~美月ちゃんがいた昔とは違うんだからっ。今は力も弱くして、聞こえる範囲はこの学園内くらいなものです》
(それです)
《はい?》
(私が人前で戦うのを恥ずかしがる理由です)
昔とは違う。
それが理由だ。
確かにかつての私は怪獣を倒すため、人前で戦ってたことがある。
時には目立つように、派手に、過剰に、人に目撃されることを意識して戦ってた時期もある。目的はその都度違ったが、私なりに戦いを最高の結果で終わらせられるようにしたつもりだ。
(けど、それも三年以上前の話ですよっ! 今とは違いますよっ! 恥ずかしいじゃないですか、こんな大勢の前で戦うなんてっ!)
《そうかな~?》
(そうですよっ!)
シロちゃんの言い草はまるで、小さい頃はあんなに喜んでいたのに~と、変身グッズを友達の前で持ち出してくる親戚のおばさんみたいだ。
《親戚のお姉さん》
(…………)
《親戚のお姉さん》
(…………)
シロちゃんの言い草はまるで、小さい頃はあんなに喜んでいたのにと、変身グッズを持ち出してくる親戚のお姉さんみたいだった。
《親戚の可愛いお姉さん》
(…………)
《親戚の可愛いお姉さん》
(……自分で言ってて虚しくないですか?)
ごめん最後のは冗談、とシロちゃんの謝罪が聞こえた。
《それにしても美月ちゃん。冗談はともかくとして、帰っちゃうのはダメだよ。せっかくここまで来たんだから》
(負けた人のためですか?)
《それもあるけど、一番は美月ちゃんのため。美月ちゃん、覚悟を決めてこの選考会に出ることを決めたんでしょ?》
(まあ、そうなんですけどねー)
事情が変わったというか。
出る前と出た途中で、私のあり様が変わってしまったというか。
《美月ちゃんはそういうとこ面倒くさいよね、あゆちゃんみたいに素直に生きればいいのにー。さっきの試合見た?》
(……見ましたよ。川岸さんはいい子です。そして、葉山くんはナイスです。あのまま行ってたら、川岸さんはもしかしたら私に近しい存在になってたかもしれません)
《つまりは新島くんは遅すぎたと》
(そんなこと言ってるんじゃありません)
そういうことを言ってるんじゃない。
そもそも、四年前の時点から遅すぎたのだ。
《四年前、新島くんをフッたのは彼に対する贖罪からだったよね? 一度殺してしまった彼を、蘇らせてしまった彼を、何も知らない彼を、我が物にして幸せになること、そうなる自分が許せなかったからだよね?》
(…………)
《沈黙なんて私には無意味だよ》
ならば、答えはYESとでも返そうじゃないか。
実際そんなところだ。
結果的に私はヒーローをやめたんだし、あんまりいい中学生活を送らなかった。
ヒーローをやめた私に、戦うことをやめた私に、何ができるのかよく分からなかったし。
《そして、二週間前、新島くんのことを好きじゃないと断言した。これは前の理由とは違うよね。それまで美月ちゃんはむしろ、新島くんに本当のことを話して昔をやり直そうとしていた。少なくとも私にはそう捉えられた。なのにいきなり、新島くんのことを好きじゃないと言い始めてしまった。ましてや、好きじゃないと決めた、だなんてまるで、それが運命だと言わんばかりに美月ちゃんは新島くんを振ってしまった。あれがよく分からない。何で美月ちゃん、神様なんかになっちゃったの?》
(…………)
《美月ちゃんが神様――世界そのものに近しい存在になる可能性は確かにあった。多分、一回戦の何気ない会話がトリガーとなったんだろうけど、そこで美月ちゃんは半ば無自覚的に感じてしまった。自分は、他とは違う存在になっていると。だからこそ、新島くんも、もっと言えば他の人も、涼子ちゃんも猫美ちゃんも含めて、皆等しく恋愛の対象と見えなくなってしまった》
(…………)
《ここの理屈はまだ分かる。“ギリギリ”分かる。神様が個人を愛しちゃいけないのは分かる。次元が違うってのはそういうことだから。直截的な言い方を許してもらえるのなら、それはモニターの前の女の子に恋をするようなものだから。ただ、私が一番分からないのは、美月ちゃんが、神様となることを、世界そのものとなることを、“良し”としちゃったことが分からない》
《もう一度言うよ?》
《私は、美月ちゃんが、世界そのものであることを、自ら認めてしまった理由が分からない》
(…………何が言いたいんですか?)
尋ねる私にシロちゃんは《だからさ》と言った。
《美月ちゃん、普通の女の子になっちゃえばいいじゃん》
……ああ。
それは過去の月見酒代ならば、絶対に言わない言葉だっただろう。
しかし、彼女、今の月見酒ならば、非常にそれらしい、彼女だからこそ言える、彼女らしい言葉として映るのかもしれない。
(……真白さんが、あなたに会おうとしない理由がなんとなく分かりましたよ)
《私そんなに変なこと言ってると思うかな? 要するに、“人と違うこと”を止めて、“普通に”恋すればいいって言ってるんだよ》
『世界』とか『特別』とか『異端』とか『異常』とかそんな分からないものに固執してないで、さっさと新島くんと仲良く高校生活を楽しめばいいんだよ。
大変なことはいっぱいあったけど、それを乗り越えて“ちゃんとした”大人になればいいんだよ。
成長して。真っ当になって。
幸せな人の隣りで安らかに時を過ごせばいいんだよ。
苦難の過去はあったかもしれない。でも、今は違うって。
生まれ変わって、キチンと現実と向き合って。
ヒーローとして働けばいいんだよ。
(…………シロちゃんさん。どうして、変身名《終焉》をやめたんですか? 全盛期はスペースシャトルに乗った人の心の声まで聞こえてたって知ってますよ)
《う~ん、もともと強力な分燃費も悪かったしね~。個人があんまり強すぎる力を持つのもアレだったし、ヒーロー連盟も大きくなってる最中だったから》
(だから、やめたんですか)
《そうだよ。何もよりも私には私の役目があったし)
役目があったから。
それは確かに大切なことだ。正しい。正しいから、止めてしまえるのか。
(……私は半ば本気で、アナタこそが真の黒幕、本物の世界そのものなんじゃないかって思ってたんですが、……どうやら違うようですね)
私は理解した。
彼女は凄いけれど、次元が違うかもしれないけど、それでも神様じゃない。
彼女は世界じゃない。
むしろそれは今を生きる私たちと相反する者。
正しさを持った公共に根付く存在。
――――“世界の敵”だ。
《さっきましろんも似たようなこと言ってたよ。世界を守るヒーローじゃ大空へは羽ばたけないって。大空なんて飛んでも落ちるだけなのに》
(なるほど。一理あります。長年世界を見てきた人の言葉は違いますね)
おそらく真白さんの行く手は困難だ。
きっと彼女の辿り着く果てには、シロちゃんが最後の砦として待ち受けるのだろう。
母親。母親、か。
まったく、血縁とは厄介なものだ。
――――と、そんな会話をしていると、入り口からアナウンスが聞こえてきた。
「……時間だ」
《……もうこれで逃げられないねー》
計りやがったな。この教師。
(……仕方ないですね。これもいい経験です。騙されたと思って戦いますよ)
《頑張ってね~。ふぁいと、だよっ》
(文句は戻ってからします。覚悟しておいてください)
《…………そういえば美月ちゃん。一度も戦い負けるとか倒されるとか不安がってなかったよね》
「はい?」
何を言ってるんだこの人は。
「私は世界ですよ? 勝ち負け関係ないです」
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山車雄牛さん。
1年Aクラス所属。
…………。
ごめん。それ以上は何も知らない……。
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(ただいま戻りました)
《おかえり~、早かったね》
(思ったより手こずりましたよ。変身名《世界爆誕》って思ったより応用力あるんですね)
《Aクラスは強くていい子多いよ。イベント向きじゃないせいか1年生だと出場者多くないけど》
(シロちゃんさんってAクラスとか好きそうですもんね)
《うーん、一番はBクラスかな? 将来、チームでやっていけるヒーローは強いよ。スター選手が一人なんて状況はこれからみるみる減ってくだろうから》
(そうですか~)
マジこの人なんだかな~って思いましたが、私は言いませんでした。
《聞こえてるけどね》
(よく心折れないで生きてこれましたね。シロちゃんさん)
昔は気づかなかったけど。
一年中、心が読める生活とか気が狂うだろ。
《それだよ》
(はい?)
《私が世界そのものになることを止めた理由》
(…………)
なるほど。私はてっきり針鼠涼さんの影響だと思ったんですが。
《それもあるけどね~。けどそれだけじゃないよ。なるのは易し、続けるのは辛し。継続する、ってのは思ったよりキツイことだよ。神様になるのはいいけど、神様であり続けるっていうのは、いつか必ずどこかで問題がでてくる》
(それは……確かにそうかもしれません)
《刹那的に考えすぎなんだよ。美月ちゃんも、ましろんも。世界そのものになるっていうのは、一時的なことじゃないんだよ。ずっとだよ? あらゆる存在を受け止め続ける。1ヶ月とか1年とかそんな次元の話じゃないんだよ。下手したら死ぬまでずっとだよ。そこのとこ分かってる?》
(まるで漫画家になりたい人への説教みたいですね)
実現するのではなく、継続すること。
成立するのではなく、維持すること。
1年ぽっきりとかそんな話じゃないんだ。
永遠に。少なくとも寿命の尽きるまで。
その覚悟、美月ちゃんにはあるの?
(分からないです。それは……せ、シロちゃんの言う通りかもしれません。私は、今の私の選択に間違いがあるのかもしれません)
そーちゃんを振り切って、
世界そのものになって、
あらゆるヒーローの羨望を集めて、
あらゆるヒーローの完成形となって、
それは孤独で孤高で寂しげで、
ただ一人何もない荒野にいるに等しくて、滑り台の上から大地を見下ろすだけの存在になっていて、きっと普通の理からは正しくなんてなくて、間違っていて、この先に絶望だけしか見えなくても、
(でも、なったのならば。なれたのならば、……全うすべきだと思います。私にはなれたのだから。戦って戦って戦い続けて、きっと誰もが心のどこかで夢に見ている、そんな奇跡みたいな領域なのだから)
嫌だった。怖かった。ならないのなら、ならなくてよかったのかもしれない。
そもそも、戦う理由なんて私にはなかったのだから。
まるで、見えない運命のように戦ってしまっただけで、きっかけもなく、戦う動機なんて、ほんの僅かな日常の維持程度だったはずなのに、
今はもう、こんなに遠くにいる。
私は私が悲壮に悲惨に戦い続けていた地点から、こんなにも離れた場所にいる。
これは何なんだろう。私はどこに行くのだろう。
(狗山隼人が言ってました。次の時代を切り拓くヒーローを探していると。私を倒すヒーローを探していると。……でも、その必要なんてありませんよ)
私は、私一人の力で、新しい地点に来た。
新時代とは、道路の草のように、自然と生えるものじゃない。
連綿と受け継がれ、引き継がれ、流れの中で定位してくるものだから。
(だから、私がさらに続けますよ。私が私で、新しい時代を切り開きますよ)
この先に何があるのか。見極めてみせますよ。
(私は……英雄戦士を超えた、世界なのだから)
……。
…………。
…………?
――――と、そこで、私は気づいた。
シロちゃんの声が止んでいるのに。
まるで念仏を唱えられた幽霊のように。
音もなく消え去っていた。
(……シロ、ちゃん?)
不安になった通路内で、私は信じられない声を聞いた。
よお、美月。
(…………っっ!?)
そ、そーちゃん?
それは紛れもなく新島宗太の声だった。
◆◆◆
さて。
さてさてさて。
美月には悪いがここからは俺の出番だ。
なぜなら次は俺の試合だからな。
狗山涼子 VS 新島宗太。
これがある。
ただしかし、山車雄牛さん。
彼女の試合が何も描かれないまま終わるのは寂しいだろう。
寂しい? いや、いいや。違う。
間違っている。
彼女の努力や頑張りが、美月瑞樹という、驚異的な運命に立ち向かった誇りが、このまま美月のど~~でもいい心の独白で消し去られてしまうのは間違っている。
取り戻してやる。引き戻してやる。
過去はやり直せないが、過去を繰り返すことはできる。
過去を観測し直すことはできる。
そこに生まれたものを、蘇らせることができる。
この俺《限定救世主》ならば。
神から生まれ出た存在が救世主とは、中々上出来じゃないか。
さあ。
1回戦のあとは準決勝の予定だが、その前に。
山車雄牛さんと美月瑞樹の対決を見ようじゃないか。
そうだろ?
そうだよ。
世界は英雄戦士を求めているのだから。
物語を進めるに当たって、月見酒代というある意味で厄介な存在を確定させました。
次回は雄牛さんと美月の対決となります。
二話連続でバトル無しで申し訳ないです。次回はきっちり戦います。
次回「第113話:ヒーロー達の一回戦/Dブロック 3」をよろしくお願いします。