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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
132/169

第110話:ヒーロー達の一回戦/Cブロック 3(A)

 葉山樹木は、地獄を見た人間だ。

 三年前、彼の中学は君島優子によって壊された。

 壊された。

 その表現に比喩的な意味はない。

 彼の学ぶ教室は校舎ごと吹き飛ばされ、広大なグラウンドは地下の爆弾が爆発したように黒く深い穴を生み、塩素水の満ちたプールは宙を舞って体育館に被った。

 不幸な校長像は木の下敷きになり、近隣の猫たちは声を鳴らして避難を始めて、学校の武道場も、音楽室も、理科室も、図工室も、大切な図書室も、ありとあらゆる学内の施設は、君島優子によって壊された。


 完璧な破壊だった。

 一切のファンタジーも、

 僅かなフィクションも、

 寸部のメタファーも、

 少数のアレゴリーも紛れ込む暇なく、

 ――――極めてリアルに、努めてクールに、葉山の中学は壊滅した。


 生徒の99%は無傷だった。

 これは別に奇跡でも何でもなく、彼の中学では一週間以上前から《怪獣警報》によって休校が決定していたからだ。


 怪獣警報。

 最長で一ヶ月先の怪獣出現の時刻と地域を予測できる。

 その歴史はヒーローよりも遥かに旧く、怪獣誕生の数年後には主要都市に試作機が配備された。

 当時の人類にしては賢明な判断で、正体の分からない怪獣を撃退するよりも、まずはその出現を予測することで、民衆の安全確保を優先したのだ。

 行動も早かった。人間同士の争いが急速に収束した影響だと考える社会学者もいる。


 これは皮肉かもしれない。しかし、皮肉だとしても喜ばしいことに、当時の人間達は、怪獣という圧倒的脅威の出現に対して、『国境を超えた一致団結』という奇跡を演じてみせたのだ。


 まあ、しかし、この時の怪獣警報はそういうものとは、少々色合いが異なった。

 もっと、策略的で、裏の顔があり、一人の無力な少年と、一人の戦闘美少女の、運命を決する事情があった。

 そのことを知る生徒は、全部で三人だけだった。


 一人目は、中学校を破壊した張本人である、君島優子。

 二人目は、当時の中学校の生徒会長であった、和泉イツキ。

 三人目は、和泉会長の後輩であった中学一年の、葉山樹木だった。


 葉山は、三人の中でも《例外者イレギュラー》だった。


 そもそも、和泉会長は一人で君島優子との決着をつけるつもりだった。

 僕が死んだ時は、彼女を頼む。

 月見酒代さんにそう言付けて、和泉会長は学校に向かった。

 その運命の戦いに葉山はいた。

 偶然と必然と境で、

 後からその時の事を振り返れば、「葉山は自ら巻き込まれる形で戦いに参加した」とのことであった。和泉会長曰く。


 ただし、俺はこれ以上、当時の詳しい内情について、葉山からも和泉会長からも教えてもらえなかった。だから、これ以上は知らなかったりする。知ってるのは、その日の後、君島さんのヒーロー学園入学が決まった事と、君島さんと和泉会長の戦いが現在に至るまで延々と続いてる事、それくらいだ。


 鴉屋クロさんに聞けばその謎は簡単に解けるのだろう。だが、あいにく尋ねる機会がなかったし、素直に聞くのも芸がない気がした。詳しすぎる攻略サイトは見ない主義なのだ。俺は。


 だけど、葉山は言った。

 その時、自分は見たと。

 何を?

 地獄を。

 地獄?

 いわゆる、この世の果てって奴を。


 俺や狗山さん、真白さんに式さん、狗山理事長の言うところの『世界』ってやつを。

 その脅威と途方もない哀しみを。


『フフフ……僕の言葉で表現して良いのなら、あれはこの世に生きる全てのものに対する《メタ》だろうね……。新島君や会長が“世界”と呼ぶのも頷けるよ。彼女たちは世界と戦ってるつもりなんだろうけど、その姿は、僕たちから見ればもうすでに“世界そのもの”なんだ……。フフ……皮肉なものだね……いつから僕たちのために世界と戦うヒーローは、世界そのものに果ててしまったんだろうね……まあ、僕はもうその先も見たけど……』


 その先。

 葉山は、言った。

 見たと。

 地獄とその先の光景を。

 和泉イツキと君島優子の行き着く果てを。


『あの二人は戦い続ける生き方を選んだ……会長と君島さん……まるで、神に対抗するためには、別の神にならなければいけないようにね……フフ、まあ、そんな経緯があったからか、一つの結末を知ってるからか、僕は君に期待しているんだ、新島君」


 葉山は俺を見た。


『君が何を見せてくれるのか。世界そのものとなった少女を相手に、どう向き合い、どう生き抜くのか。……フフ、僕は僕で、これから、あゆに一世一代の挑戦状を叩きつける。後悔はない。前に進まなきゃ、後悔すら生まれないんだ……フフ、これも君のおかげだけどね。君の頑張りが、僕に勇気をくれた。君の生き様が、僕の生き方を定位したんだ。フフ……信じてるよ、親友』


 そう言って去って行った。

 試合開始の五分前のことである。


 ◆◆◆


 人間には覚悟を決めねばならない時がある。

 追い詰められた時、頑張らねばならない時、ここで止めたら自分の人生が変わってしまう時。


 葉山樹木にとって、それは今だった。

 英雄戦士チーム選考会の一回戦、この瞬間であった。


(フフフフフ……これだけ圧倒してるのに、諦める様子が微塵もない)


 葉山はあゆを見つめてそう思った。

 くじけない、諦めない、人間が超えられない壁にぶつかった時に抱く、諦念の感情が皆無だった。

 葉山と真逆だった。

 それは、まるで暗黒を照らす太陽のようだった。光、輝き、そのものを身に刻んでいた。

 それくらい、そう思えるくらい、あゆからは敗北の様相がなかった。


(まるで、どんな絶望に身をやつそうとも、希望を心の奥に持ってるオーラだ……フフ、あゆは強いなぁ、怖いなぁ……けど)


 葉山は白煙を動かし、煙分身を発射する。

 あゆは一歩もひるまず銀色の剣で分身を両断する。


(だからこそ……僕が倒し、好きになるにふさわしい……)


 俺は気づけば――葉山の心を読めていた。

 おそらく――葉山の配慮だろうか?

 彼は、彼の意志で、俺に心を読み取らせることを許した。


 葉山の意識を司る煙の観測を、可能とする。

 その程度の芸当は、今の葉山ならばお手の物だろう。


(おそらく保有する煙の量からいって、これ以上の拡散は不可能……それでも闘技場の八割は僕のものだ……フフッ、あゆ君に僕の聖域が崩せるかな)


 葉山の視点は複数あった。

 それはまるで昆虫の持つ《複眼》のように。

 体感としては、一つのテレビで複数の映像を流しているようだろうか。

 煙と共に広がる葉山の五感は、人類を遥か彼方に置いている。


 ただし、全ての葉山が見詰める先は唯一つ――――川岸あゆの動向であった。


「……うぉぉぉおおおおぉぉぉ、輝け私の《全壊右腕クラッシャー・アーム》ッッ!! 種類『暴風ハリケーン』ッッッ!」


 あゆが右腕をガシィと押さえる。

 反動に耐えながら、烈風が放たれた。

 葉山の煙分身は、強風に巻き込まれかき消える。


「……へぇ」

「よーっし、よしよしよし!」


 あゆはガッツポーズの変わりに花火を撃ちだす。

 切り刻むのではなく、爆撃するのでもなく、強烈な風を撃ちだす。

 分身の形状を戻せなくする。

 おそらく、対葉山分身の策としては、満点の戦法だろう。


「このまま、一気にッッ!」


 あゆは右に左に、前に後ろに、フットワーク軽く動き回る。

 葉山の猛撃を回避しつつ、右腕の烈風で分身の軍勢を討ち取っていく。


 だが、しかし――。


「……フフ、無駄だ」


 “次なる分身”が発射されてあゆに襲い掛かる。

 あゆは加速を止め、分身を倒す。しかし、続けて葉山は分身を撃ちだす。


「…………ッ、くぅ」

「……フフ、残念だけど、いつもとは違う。いくらかき消そうが無駄だよ。僕の煙分身は僕自身と一体化しているんだ。僕が望めば再生し、僕が望めば凶器となる。物理破壊は一切効かない」


 急場しのぎの策には変わりなかった。


 ゆっくりと、しかし、確実に、あゆの内部に焦りが生まれだした。

 白色の布に黒色の点が蓄積するように。


 あゆは駆ける。右腕を構え、前方からの分身をかき消す。

 反動で一歩後退する。

 しっかりと大地を踏み、追撃が来る前に逃げようと決める。


 しかし、そこで、あゆの下半身は動かなくなった。

 動かなくなった。

 まるで、底なし沼に嵌ったように。

 驚く。あゆは腰から下を見る。再度、驚く。本来《何もなかったはずの空間》に黒い煙が蠢いていた。黒い煙は、あゆの両脚をガムテープのように縛り、びったりと固まり離れない。


 あゆの脳内に黄色信号が響く。


「…………ッッ! しまっ……!」

「――――遅い、変身名《幻影魔人ザ・ファントム》、種類『黒煙ブラック』、――固着化」


 固着化。

 かつては、君島優子の動きすら封じた葉山樹木の拘束技。

 あゆの動きが止められる。

 これでは。

 これでは分身から逃げられない。


「く、くくくぐぐぅ……!」

「フフ……目に見えるものが全てじゃない。

 僕が煙の色を操れるくらい知ってるだろう? ……フフッ、捕らえた……捕らえた捕らえた捕らえた……残すは全方位からの分身一斉攻撃――回避は不可能だ……」

「……くっ、くっ、うぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおっっ!! 貫け《全壊右腕クラッシャー・アーム》、種類『ジャベリン』ッッ!!」


 あゆの右腕から槍が飛び出る。


「『竜巻トルネード』ッッ!!」


 槍を回転させ竜巻を生む。

 渦巻く暴風に葉山の分身たちは姿を消す。


 しかし、あゆは逃げられない。

 今までは、消滅と共に回避を行った。

 が、足を奪われた今は動けない。


 葉山の分身が消滅する、消滅する、消滅する。

 しかし同時に、葉山の分身たちが再生する、再生する、再生する――。


「フフ……無駄無駄、僕の分身は何度だって蘇る。君を倒すまで動きは止めない」


 一体目を消し、二体目を消し、三体目を消そうとするときには早くも一体目が復活する。

 ジリ貧であった。

 あゆは「うおぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉおおぉぉ」と絶叫し嵐を生むような槍捌きを見せる。が、葉山の攻撃に追い付けない。追い込まれる。息もできず、集中を続け、ひたすらに分身を屠り続ける。だが、間に合わない。

 やがて、槍の回転力も弱まる。

 緩む。力が抜ける。その隙から、煙の密度の高い分身たちが特攻をかける。


「フフ……チェックメイトだ」


 あゆの、肉体に、届きうる。

 あゆの、身体に、到達する。


「ぅぉ……うぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおお、私は、私はぁっ、絶対に、絶対に負けないんだぁ――――――ッッッ!」


 あゆは絶叫した。

 あゆは咆哮した。

 あゆは右腕のギアを超高速で回転させた。


「超・変・身――――ッッッ!!」


 あゆの肉体に変化が生まれる。

 あゆの肉体が変型が生まれる。

 右腕が膨らみ展開する。

 頭部が内部機構に収まる。

 左腕は左右に分離する。

 両脚は――縛られた両脚は、あゆの両脚は、あゆの肉体から、“分離”した。


「…………ッッ!?」


 戦慄する葉山。

 あゆは気に留めない。

 あゆの左腕が、ぐるりと移動する。

 あゆの腰下に収まり、プロペラ状の回転を始める。


「うぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおっっっっっ、“脚は”くれてやるッッッ!!」


 あゆは自らの両脚ごと、煙分身と固着した黒煙を吹き飛ばす。

 砲撃。発射。破壊する。


「……くっ!」


 苦悶漏らす葉山の隙を突き、あゆは空中を舞う。あゆは空を飛ぶ。砲台は空を飛ぶ。

 彼女はそうして人間を超える――! 超越する――!!


「これが、これこそがっ! 私の変身名《全壊戦士オール・クラッシャー》の真骨頂だ――っ!!」


 浮上したあゆは渾身の力を込めて爆撃を放った。

 大量の煙を生み葉山を包み込んだ。

葉山先生が全部言ってくれました。

終わると思ったんですが、長すぎたんで分割しました。次話は3~4日以内。

駄目だったら、7日以内に更新します。気合と根性と愛の力で。最後は主に作品愛です。


それでは、次回もよろしくお願いします。

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