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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
128/169

第106話:ヒーロー達の一回戦/Bブロック 2

 ――そも、初代ヒーローとは何なのか。


 初代ヒーロー壱号、《英雄(ヒーロー)》、狗山隼人。

 初代ヒーロー弐号、《帝王(クイーン)》、猫谷良美。

 初代ヒーロー参号、《殺戮者(スレイブ)》、猿飛十門。

 初代ヒーロー支援者、《終焉(エンドロール)》、月見酒代。

 初代ヒーロー研究者、《神様(ランドマン)》、鴉屋博士。

 初代ヒーロー実験対象、《少女(ヒロイン)》、針鼠涼。


 何ものにも負けることを許されず、

 ただの勝利のために生まれた戦士たち。

 人類が終わりを覚悟をしたその時に現れた、

 文字通りの救世主たち。


 怪獣という絶望。

 怪獣という脅威。


 1999年という末世、

 混沌の時代を切り替えた革命者たち。


 それがヒーロー。

 それがヒーロー。


 初代ヒーロー壱号、狗山隼人いぬやまはやと

 初期変身名《英雄(ヒーロー)》。

 肉体を人類を超えたものに変身させる。


 初代ヒーロー弐号、猫谷良美ねこたにねこみ

 初期変身名《帝王(クイーン)》。

 怪獣の力をコピーする。


 初代ヒーロー参号、猿飛十門さるとびじゅうもん

 初期変身名《殺戮者(スレイブ)》。

 自在に兵器を生成する。


 初代ヒーロー支援者、月見酒代つきみざけしろ

 初期変身名《終焉(エンドロール)》。

 他人の心が読める。


 初代ヒーロー研究者、鴉屋博士からすやはくし

 初期変身名《神様(ランドマン)》。

 世界を俯瞰できる。


 初代ヒーロー実験対象、針鼠涼はりねずみすず

 初期変身名《少女(ヒロイン)》。

 怪獣になれる。


 彼ら六人。

 人類で初めてヒーローに変身し、《終末の魔王》に挑み勝利した彼ら六人を、

 人々は尊敬を込めてこう呼んだ。


 初代ヒーロー、と。



 ✝



「――――っらァッ!」


 大地が、割れた。

 いや、そう錯覚しただけだ。

 実際には猫谷が大地を蹴っただけだ。

 それだけで激しい衝撃が走り会場の人間全員に大地が割れたと錯覚させたのだ。


「…………ッ!」


 狗山は驚いた。

 衝撃も無論そうであるが、何よりも猫谷の気迫に驚いていた。

 今までとはちょっと違うぞ。

 百戦以上相まみえたライバルとのこれまでの戦いを思い出し、そのどれにも該当しない新たな戦いが始まる予感をひしひしと受け取っていた。

 そして、自分が取ろうとした対処法――猫谷の攻撃を紙一重で避けて、カウンターで楽々と先制を取る、といった考え方を切り替えた。


 止めだ。


 狗山は恥ずかしくなった。

 そんな生ぬるいやり方を最初に選んだ自分が恥ずかしい。

 狗山涼子はすぐに迎撃態勢に入るべく、自身の肉体を巨剣と共に発射させた。


 彼女は決めた。

 猫谷を迎え撃つのだ。


「……いいぞ。涼子。そうだ。お前はそれでこそ私の敵対者ライバルだ」


 猫谷は喜ぶ。

 涼子の行動を既に予測――いや、もはや予知してたかのごとく準備していた両拳を握りしめた。

 蒸気が吹く。拳が熱を帯びる。力が充填される。

 迫る涼子。彼女目掛けて力が弾ける。


「ダッ――」

「ダダッッ――」

「ダダダダダダダッダダダッダダダダァ――――ァッ!」


 拳の機関銃マシンガンが放たれる。

 1秒間に120連発。

 ミリ単位の圧縮時間に放たれる強靭な拳。

 その全てが狗山涼子に襲い掛かる。

 シンプルな肉体強化を己の特性とする初代ヒーロー、狗山隼人、初期変身名《英雄ヒーロー》の得意技の一つであった。


「ダダダダダァッッッダダダダダダダダダダダアダダダダダダダだッッッ――――ァッ!!」


 その一打一撃が、巨大怪獣の鋼鉄の外殻を打ち砕く威力を備える。

 そして、一度でも拳の嵐に巻き込まれれば、痛みを感じるその前に、次の拳が被弾し、炸裂、破砕を生む。

 蟻地獄のごとく捕縛する。

 拳同士は相互に連携し合い、捕らえた敵を決して逃がすことなく、攻撃すべてを対象者ターゲットの身に刻み込む。

 狗山涼子といえど、かの連射砲をまともに喰らえば、只では済まないのは明白だった。


「重いな、強いな、辛いな…………だが、防げるぞ」


 しかし、幸いにも涼子は無事だった。

 放たれるその拳、その初弾が迫る直前に、涼子は自らの巨剣を上空へと高く放り投げて、両の手を空手にした。

 そして、襲い掛かる拳が、自らの肉体に到達する臨界点で、自由になった両手で巧みに拳を受け流し、弾道を逸し、総ての攻撃を華麗に捌き切っていた。


 おぉぉ……。

 後に、会場からはそう声が漏れる。

 見事、そう称するしかなかった。


 しかし、今は彼女たち2人について行ける人間は誰ひとりとしていなかった。


「102……剣を……持ったままでは不可能だった……」


 103、受け流す。


「105……必要なのは受けるのではなく、流すこと……」


 106、ひたすら続ける。


「109……雨粒に打たれる草木のように、力の方向を軽やかに通してやることが重要だ」


 110、人類を超越した速さ。


「115……自分の父親の技だ……対処法くらい心得ている……」


 118、涼子の瞳に炎が灯る。

 来るべき時が来た。

 そう伝わる輝きが生まれる。


「……119……そして、その弱点もだ」


 涼子、カウントを終える。


「……120、『拳の重機関銃(ヘビーマシンガン)』は、最後の一撃後、僅かな隙を見せるっ!!」


 連射の終焉――――涼子は跳んだ。

 飛翔する鷹のごとく。

 空だ。

 彼女は大地を蹴り空へと跳んだ。

 同時に、彼女の右手にあるものが収まる。それは上空へと放たれていた巨剣だ。彼女の剣だ。重力落下した巨剣が右手にすぽりと収まる。


 剣を構える。

 八双に構える。


 準備はオーケー?


 ならば、打ち崩せ。


「変身名《血統種パーフェクト・ドッグ》、『受け継ぎし者インヘリット・ザ・ヒーロー』、――――絶対に駆ける後肢ッッ!!」


 空中の剣士。

 180度回転させ、何もない天井を踏みしめるように涼子は空を駆ける。

 立体的に回り込む。

 狙うは猫谷の振り切った120発目。

 右拳を放ったが故に隙が生まれた右半身。


「喰らえッ――――キャットッォッ!」


 熱く滾る涼子の叫び。

 だが、猫谷は冷静だった。

 気持ち悪いくらいに無反応だった。

 彼女。猫谷は北極のごとき冷徹な声でこう囁いた。


「変身名《記録式猫(ストレージ・キャッツ)》――――選択(Select)、《殺戮者スレイブ》」


 猫谷の肉体が変わった。

 無駄なき人間体から黒衣を纏う戦士に。


「…………ッ!?」

「必殺・人間爆弾」


 涼子の剣閃が猫谷に到達する。

 その瞬間、周囲が爆裂した。



 ◆◆◆



「『拳の重機関銃(ヘビーマシンガン)』、初代ヒーロー、狗山隼人が当時よく使っていたと聞く必殺技の一つだ。単純な肉体強化でありながら、その絶大な力も前に息をできる怪獣はいなかったという。まあ、今はあんまり知られちゃいねーが」


 猫谷は両手に巨大な鎌を出現させる。

 死神を思わせる禍々しさ。

 グルグルと回す。


「けど、涼子、お前は別だろ? 優秀で真面目なお前なら、そもそも狗山隼人の娘のお前なら、あの技の対処法くらい知ってて当然。むしろ余裕で反撃に出るだろうと踏んでいた」

「わざと……父の技を囮に使ったのか……、私が攻略してくると計算して」


 両手を使い何とか起き上がる狗山涼子。

 だがその身体はわずかによろめく。ダメージを受けてるように見える。


「計算? それはちょっと違うな、私はお前を信頼してんだよ、親友」

「…………」

「お前なら、私の狗山涼子ならきっと攻略してくれると信じてたぜ」


 と、猫谷さんは皮肉めいた口調で両手を広げる。

 そこには大鎌が舞っている。 


 事実、狗山涼子はほぼ無意識的に、猫谷の攻撃に対処していた。

 多くの天才が、物事の本質を一瞬で見極めることができるように。

 一流の芸術家が、複雑怪奇な現実から、一瞬で真理を掴み取るように。

 狗山涼子は戦いの天才だった。

 彼女は、あらゆる論理を超越して、猫谷の弱点、攻略すべき糸口を発見していた。

 故に、あれほどの短期間で、驚愕に値する解答、優秀すぎる戦い方を見せることができたのだ。


「必ず私の弱点をついてくる。必ず正解を導き出す。普通に考えればホラーだが、超怖ええつーかそんなオカルトあり得ないと言いたいところだが、だけど、だからこそ、突きべき弱点は存在する。いいか、必ず正解するっつーことは、裏を返せば『必ず間違えない』ってことだ。つまり、失敗のない、軌道のわかったボールみたいなもんだ。私は、私の弱点をなくすのではなく、むしろ見つけてもらうことで、そこにとっておきの罠を準備しておけばいい」

「それが、……さっきの爆弾か」


 そうだ、と歩みを緩ませることなく応える猫谷。


「前もって肉体に連射砲が終わったら、変身が始まるようトリガーを仕込んでおいた。あとはお前が私の弱点をつけばドカン!だ。結果は今の通り。ボロボロだ。情けねぇなあ」

「人間爆弾……知ってるぞ、桃の父親が昔使ってたという……」


 YES!と猫谷は応える。

 変身名《殺戮者スレイブ》。

 自在に武器を生成することができる。

 先刻の爆弾も、現在の大鎌の、その能力ゆえのものだ。

 そして、それは、初代ヒーロー・猿飛十門の能力だ。


「初代ヒーローの能力か……英雄ヒーローもそうだけど、良美さんの閲覧室ライブラリーから持ってきたのか……キャットあの人の力は借りないと言ってたのに……」

「前会った時言っただろーが、私は勝つためにあらゆる手段を行使するってな。例え自分の叔母に頭を下げることになってもだ。いいか、涼子。私はお前みたいな大それた目的みたいなもんはねーが、それでも、いやむしろそれ故に、勝って優勝してーんだ。勝ちたくて勝ちたくて仕方ねぇんだ。夢見てーんだ。分かるか?分かんねえだろ? お前みたいに目的のある主人公みたいなやつにとってはなあ」


 凡庸であること、

 人並であること、

 小市民的であること、

 世間並であること、


 そして、普通であること。


「理想がなけりゃ戦っちゃ駄目か? 目的がなけりゃ進んじゃ駄目か? やるべき事がないから弱いっつーのは、それは優秀な奴らの傲慢だよ。私は、目的も何もないまま、お前に勝って優勝して、そして自分自身をこの世界に刻むんだ。そして言ってやるんだよ。目的? そんなのは馬鹿馬鹿しいってね」


 猫谷は両腕を大きく広げる。

 その動きに連動して大鎌が不穏に煌めく。

 まるで生者を刈り取る悪魔のようだ。


 生者を羨む地獄からの使者。この世の終わりのような光景。


「キャット……君は二つだけ勘違いしている……」

「あん?」


 だけど、狗山涼子はゆっくりと口を開いた。

 立ち上がり、空になった両手を広げ、猫谷を見据えながら、言った。


「君は私を天才だと言った。天賦の才を持つ超越性を持つ人間だと……だが、私が『拳の重機関銃(ヘビーマシンガン)』に対処出来たのは事前知識があったからだし、そもそも同じように知っていた『人間爆弾』は消し去ることができなかった……咄嗟にヒーローエネルギーを消す『絶対に斬れる前肢』を使ったにも関わらずだ」

「……あの一瞬でそんなことやってたのかよ。当然だ。猿飛十門の能力は質量兵器そのものを生成することだからな。つーか、ヒーローエネルギーそのもので攻撃しない、初代ヒーロー相手にはヒーローエネルギーの消滅は効かないと思え」

「そうか……知らなかった。確かに私の剣ではヒーローと怪獣の消滅が限界だ……瑞樹ちゃんなら、こうはいかないんだろうが……」

「そりゃ、まあ、そうだろ。美月の能力なら、初代ヒーローとか関係なしに、全吸収だ」


「そこだよ」


 と、涼子は猫谷の言葉を指摘した。

 は?と動きを止める、猫谷に対し、涼子は言葉を続ける。


「キャット、君の勘違いしてる点はそこだ。君は私を天才だと言ったが……事実、私にはそれなりに優れた面もあるのかもしれないが、だがしかし、キャット、この言い方は卑怯かもしれないが、いいかい、『上には上がいる』んだ」

「…………」

「君は、自分の気持ちが私には分からないと言った。確かに人間は、他人の気持ちを本質的にわかってあげることはできないだろうし、そんなのは私相手に限らないことだろうけど、でも、私にだって共感くらいできるんだぜ?」


 涼子は大体了承していた。

 その猫谷の持つ感情の意味を。

 それは自身が味わったことのある経験だからだ。


 それは、小学生の時、彼女と初めて出会って嫉妬した時。

 そして、彼女に怪獣から助けられた時。

 そして、一週間前、彼女を助けられなかった時。


 多くの羨望を、多くの無力を、味わってきた。


「私は君にとっての羨望の対象かもしれない。君にとっての世界とは、私のことなのかもしれない。だが、キャット、私だって世界を夢見る小市民の一人なのだよ」


 涼子は観客席に目を向ける。

 その姿は小さいながらも視認できた。

 それだけで、今までの何十倍もの勇気が湧いてくる。

 強い強い勇気が湧いてくる。


「だから、君と私は違うだなんて言うな……それは口にしちゃダメな言葉だ。世界を、世界として突き放すのは、それは……とても悲しいことなんだ」

「…………」

「君にも、そして私にとってもね」

「…………」


 正直――猫谷は困っていた。

 困り果てていた。

 涼子の言い分はわかる。

 抽象的であり、特別に了承された範囲でしか使われない表現を用いた、自己完結的な言い回しだが、でも、それでも、彼女の言いたいことは何となくわかった。


 理解した。


 だがしかし、理解することと納得することは別問題だった。


「…………言いたいことはそれだけか、狗山涼子?」

「…………」


 猫谷は冷酷な声でそう言った。

 一切の躊躇なく、

 一切の手加減なく、

 今にも涼子を断罪できる力を込めて両鎌を振り上げる。


「おめーの言葉は、まあ分かる。理解できるよ。ただなぁ、私にとっちゃそれは只の言い訳だ。強い奴の言い訳だ。私が戦うことを止める理由にはならねぇ」


 だから終いだ。

 猫谷は力を込めた。

 おしまいをつげる一撃。

 だが、猫谷は忘れていた。

 涼子が最初に言ったことを忘れていた。


「……キャット、ちなみに私はもうひとつ、君に指摘があるんだ。……言っただろ、君の勘違いは二つあるって」

「……んだよ」


 歩みを止めることなく、進む猫谷に涼子は言う。


「君は私が爆撃でボロボロだと言った。確かに、私は爆発を消し去ることができなかった。……けど、それで私がダメージを負ったと思うのかい?」

「――――ッッ、コイツッ!?」


 瞬間、

 狗山涼子は超特急のごとく爆発した。


 否、跳躍。

 大地を蹴っただけだ。


 何の牽制もなく、

 何の前振りもなく、

 ただただ愚直な直線行動。


 なのに、――――これほどまでに怖ろしい。


「君が私に勝って優勝する……ははっ、そんな未来なんてこの世にあるわけないじゃないかぁ!」

「この野郎ッッ!!」


 猫谷の精神は沸騰し立ち向かう。

 両腕の鎌を大きく構える。

 猿飛十門、変身名《殺戮者スレイブ》、生成武器『魂狩り鎌』。

 その名の通り対象者のエネルギーを刈り取る武器だ。

 美月瑞樹の能力や、狗山涼子の剣の源流とも言える武器だ。

 使用条件として、一定時間力を溜める必要があるが、猫谷はその問題を先刻の会話時間で解決した。

 時間を稼いだのだ。


 そして今、鎌の力は十全に発動できる。


「くたばれぇッッッ!!」


 猫谷が恐れたのは、狗山涼子の能力の一つ『絶対に狩る牙』だった。

 それは、涼子の肉体を十秒間無敵にするという脅威の技だった。

 おそらく、先刻の人間爆弾を防いだのは、その力によるものだろう。

 脚を駆動させながらも猫谷は既にそう断じていた。

 それは確かに事実だった。

 狗山涼子は爆発の瞬間に自らの肉体を輝かせ――防御に使用した。


 真堂真白曰く、『絶対に狩る牙』は戦闘中に数回しか使えない技だから、それほどまでに彼女が追い詰められていた証左に他ならないのだが、


 しかし、猫谷は恐れていた。

 何度苦渋を飲まされたことか。

 何度あの技に苦しめられたことか。


 猫谷が今回用意した対処法――無敵殺しこそ、この大鎌だった。


 ヒーローエネルギーを刈り取るこの大鎌ならば、涼子の能力を潰せる。

 これは、叔母である猫谷良美、そして、涼子の無敵能力の源流となる君島優子に確認済みであった。


 勝てる。これなら勝てる。


 そう思い、彼女は大鎌を振るった。


 時間を稼ぎ、回転を溜め込み、威力そのものも爆発的に向上させた両断。


 だが、時間を稼ぎたかったのは――――涼子も同じであった。


「キャット、君はいつも甘い。自分の論理に固執しすぎる。だから、君は負けるんだ」

「ハァ!? ……ん、なぁ!?」


 猫谷の進撃が止まる。

 否、正確には真横に逸れる。

 回避。

 猫谷は自身の横を通過しかけた物を間一髪で避ける。


「避けたか。偉いぞキャット」


 狗山涼子はそう言って通過してきた何かに飛び乗る。

 空気がぶおんと大きく音を出す。

 猫谷の後方から迫る巨大な何かは――――――涼子の巨剣だった。


「は……はぁぁあああ!?あり得ねえよ! 何だよそれ!?」

「剣だ! ブーメランみたいに投擲して戻ってくるよう力を込めた」

「あり得ねえよっ!?」

「あり得る!」


 涼子は剣の上に飛び乗り、そのまま飛翔。

 正確には『絶対に駆ける後肢』を使用して物理法則をねじ曲げて剣の上に乗っている。


「前にド○ゴンボールを読んでから行けると思っていたのだ」

「いけねえよ!? どうやって飛ばしたんだ!? つーかいつの間に!?」


 そう言って見上げる猫谷。

 既に剣は、いや涼子は観客席の上空にまで辿り着いている。


「爆発の風力に合わせて投げたのだ。思い出してみろ、会話中私はずっと手ぶらだったぞ」

「知らねぇよ!」


 観察力が足りないな、だからダメなのだキャットは……と狗山さんはつぶやきながらUターンを開始する。


 少し言葉を付け足すのならば、涼子は巨剣を投げた際にヒーローエネルギーを込めた。

 元々、彼女の変身装置を兼ねているあの巨剣は、涼子によって長年つぎ込まれてきたヒーローエネルギーを多く内蔵している。

 それ故に、彼女は自らの能力の一つである『絶対に斬れる前肢』、ヒーローエネルギーを消し去る力を、実在する剣が発動することができるのだ。


 だからこそ、涼子は意志を持って動く。

 ラジコンのような複雑な操作は不可能だが、回転力を維持し浮力を保ち続けるくらいならば、相応の訓練をと、彼女の類まれなるセンスがあれば、実際に可能なのであった。


「さあて、キャット。私はグチグチしたものは嫌いだ。君の劣等感も嫉妬心も負け犬意識も敗北主義も、全部全部全部ひっくるめて私にぶつけてくるがいい、私はその全てを受け止めて、そして倒す!」


 空高く舞う巨大な刃。

 荒唐無稽で、美しい。

 鉄の生き物のように巨剣は舞い。

 狗山さんの先導に伴い急速な落下を見せる。


「――――ぅお、ぉ……っっ!」

「はははっ、受け止めるがいい、キャット。これが、これこそが、――――伝説の力だッッ!」


 轟音!

 砂煙!

 舞い上がる中に生まれる影。


 それは勝利を舞い込む風。


 誰もがそう信じて疑わなかった。


 だがしかしそれは、誰も予想のつかなかったものであった。

 スマートな人間でもなければ、黒衣の戦士でもない、別の存在。



 ◇◇◇



「変身名《記録式猫(ストレージ・キャッツ)》――――選択(Select)、《少女ヒロイン》」


 巨大な剣は弾かれていた。

 狗山涼子は弾かれていた。

 圧倒的な力で突撃したのに。

 重力と遠心力と加速力とそれらひっくるめてヒーローエネルギーで階乗していった威力なのに。


 涼子は猫谷がいる影を見た。


 それは写真でしか見たことのない存在だった。


 来賓席にいた狗山隼人が息を呑んだのを鴉屋クロだけが聞き取っていた。


 それは、巨大な怪獣の様相をしていた。


『これが――――《本当の》伝説の力だ。狗山涼子』


 身体を振るう。

 闘技場が砂で造られたように崩壊する。

 人間とも、ヒーローとも違う力。

 もっと別の、上位の力。


「キャ……ット……」

『これが私の最大の罠だ。猫谷家、究極の能力の一つだ』


 それは初代ヒーローにとっての世界そのもの。

 運命を保持した少女。

 実験体。

 君島優子。モンスターヒロインの源流。

 狗山隼人の恋人。


 その名は針鼠はりねずみすず


『つまりはお前の母親だな』


 振り落ちる。全て壊れる。


次回「第107話:ヒーロー達の一回戦/Bブロック 3」をよろしくお願いします。

多分、決着つきます。ちなみに美月さんはイカ焼きでも食べながら桃さんと一緒に観戦してます。

掲載は7日以内の予定です。

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