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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
127/169

第105話:ヒーロー達の一回戦/Bブロック 

 ――――1回戦/Bブロック、狗山涼子 VS 猫谷猫美。

 才能を受け継ぐ者/才能を模倣する者。

 いつだって時代とは後ろから前に進むのもので。

 誰もかもが、他の誰かから影響を受けている。

 そして、その他の誰かもまた誰かに――。


 ✝


 猫谷猫美ねこたにねこみ

 15歳。

 1年Sクラス所属。

 変身名《記憶式猫ストレージ・キャッツ》。

 最大5人のヒーローの能力をコピーして使用できる『能力模写コピーヒーロー』。

 使用条件は、右手の巨大な鉤爪でヒーローエネルギーを一定以上吸い上げること。

 以後は、自由に使用することができる。

 ただし、能力の発動には、猫谷自身のヒーローエネルギーを使う必要があるため、膨大なエネルギー消費が予想される能力や、互換性に優れない特殊な能力の使用はできない。

 実家である猫谷家の地下蔵には、猫美の叔母に当たる猫谷良美によって大量のヒーロー能力のデータが格納されており、猫美はそこから自身の使用したい能力を参照しカスタマイズすることができる。


 そんな猫美の性格は、挑戦的で野心的。

 理想は高く“最高のヒーロー”。

 面倒見は良く、友人も多い。Sクラスでは委員長も務める。

 成績は高く、Sクラス内でも上位を常にキープ。

 実家である猫家の中でも、初代ヒーロー猫谷良美の後継者との声も高い。


 と、ここまでは申し分のない人間像であり、

 実際非常に優れた人間であるのだが、


「また私の勝ちだな。キャット」

「……ごめん、今ので勝負あったかも、猫谷さん」


 幼少期からの親友兼好敵手の狗山涼子。

 今年から同クラスとなり友人の仲を結んだ美月瑞樹。

 この2人との勝負で、猫谷は一度も勝てたことがなかった。

 入学以後、28戦中、28連敗中。

 特に狗山涼子とは中学時代から負け通しが続いていることになる。


 彼女の名誉のためにいうが、彼女は弱いわけではない。

 むしろ、強い。

 その才能は猫谷家の中でもトップクラスであるし、その才能に慢心せず自己鍛錬を続けている。

 だがしかし、

 実戦における彼女は、どちらかと言うと詰めの甘いほうで、

 また、小さなミスが後の大きな大惨事につながるなど、生来の運のなさも加わり、

 また油断しがちで、狗山さんに言わせれば「キャットは隙が多いのだ。何というか、戦闘面というよりも、もはや人間的に?」

 とのことで、こんな事を10年以上の付き合いである親友に言われてしまってる時点でもはや致命的であった。


 猫谷猫美は強い。

 志は高く、努力も惜しまない。

 しかし、ただ、ほんのちょっとだけアホの子なのであった。


 Sクラスの生徒達が満場一致の推薦で彼女をクラス委員長に仕立てあげたのと同じように(中学時代も同じような経緯でクラス委員長を務めた)

 クラスメイト達はそんな彼女の実力の高さと、実際の人間面でのある種のギャップを、子供の面倒を見る母親のように深く広く了承していた。

 それ故に、Sクラスの生徒達は、彼女:猫谷猫美のことを、実力は高いが狗山さんや美月さんにいつまでも勝てない/なのに毎日のように挑戦を挑んでくる人物として、愛情と親しみを込めてこう呼んでいた。


 残念なヒーローと。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



「いじめかよっ!!」


 猫谷さんのツッコミがどこかで叫ばれた気がした。

 まあいいや。

 今は体力の回復が最優先だ。

 俺は次の試合に向けて、真白さんと式さんから治療を受けていた。


「猫谷さんですかー、ぶっちゃけコピーヒーローってかなり強いんですよねー」


 真白さんは俺の腰回りを小さい足でグリグリ踏みつけそう言った。


「使いたい能力をコピーできる。研究者としては夢のようですね。ご実家の能力データベースとやらにハッキングでもかけたいものです」

「かけるなよ」


 式さんが俺の両足を両指でコチョコチョくすぐりながらそう言った。


「けど、まあな。普通ヒーローって持てる能力は一つだからな。それが戦闘ごとに切り替え可能っていうのは、戦術の幅が広がるってレベルじゃないよな。無限だ。無限。対策なんて打ち用がない」


 疲れきった俺はせわしなく動く2人に身体を預けてなすがままにそう答えた。


 そして、そんな俺たちのトークを控室の奥で聞いていた終焉崎おわりざきまどかさんは、ド変態でも見るような冷めた視線で俺たちに尋ねてきた。


「――――いつも見るたび思うのだが、君たちのその治療法はギャグなのか? 本気なのか?」

「本気です」

「本気です」

「大真面目です」


 俺たちは即答した。


「…………それなら、何も言うことはないな」


 終焉崎さんは納得してくれたようでひたいに手を当て視線を外した。


(まったく、何を言ってのかな、終焉崎さんは)


 真白さんが全力で俺の後頭部を蹴飛ばしてくるのは、俺が城ヶ崎さんとの戦闘で唯一負ったダメージが上半身であるためだし、式さんが脇腹を気でも狂ったようにくすぐってくるのは、彼女にとっての月見式診断法が指先の精緻な動きにより成立するものだからだ。そして、俺自身が地面に這いつくばって同学年の女生徒2人に身体を預けているのは、身体を一刻も早く回復する必要があり、そのためには無意味に身体を動かしちゃいけないからだ。

 すべて、論理的かつ科学的な理由があるのだ。

 終焉崎さんは俺の第二の師匠的存在だが、こばかりは譲れない。


「――――ちなみに、真白さんがナース服、式さんがメイド服を着ているのは何か意味があるのか? それともギャグなのか?」

「趣味です」

「信条です」

「俺は2人が最高の治療を施してくれる環境を作るのみです」


 俺たちは即答した。


「…………それなら、何も言うことはないな」


 終焉崎さんは海のように広い心で深い理解を示してくれたようで、頭をうなだれさせて視線を全力で外していた。

 心なし、距離も開いたようだけど、気のせいだろうか? 能力でも発動したのかな?


(まったく、しょうがないな終焉崎さんも)


 真白さんがナース服を来て治療にあたってくれているのは統計学的に、ナース服を着た場合と着なかった場合で、前者の方が約20%の治療効果の向上が見られたからだ。式さんがメイド服を着ているのは、彼女が月見式診断術を使用する場合は、メイド服を着なければいけないという宗教上の理由があるからなのだ。どちらも本人たちからの進言によるもので、ここでは明確なソースを示すことができないのが非常に残念だが、そういうことなのだ。


「ちなみに俺はナースもメイドもそんなに好きじゃありませんよ。何だか、あんまり良さがわからないっていうか。まだ制服の方がいいですよね」

「ええっ、そうなんですかっ!?」

「……何でそこで真白さんが驚くの?」

「い、いえ……別にナンデモナイDeath……」


 後半ロボット風味になってしまわれた。

 あとライトウィング調に……。

 ふと振り向くと、式さんがいそいそとメイド服を脱ぎ始めていた。


「何で脱ぎ始めたのっ!?」

「いやぁ、制服で治療しようかなと思いまして……」

「式さん、宗教上の理由でメイド服着ないと来世でくつしたばっか食べさせられる子犬になるんじゃなかったのっ!?」

「ああ、棄教してしまったので大丈夫です」

「辞めちゃったんだっ!?」


 早いね!?

 終焉崎さんの「どんな理由だよ」というつぶやきも気になったが、それにしても早いね。


「いやあ、主義思想信条あらゆる考え方において絶対的なものが見いだせなくなった現代社会において、やはり私は古典的なハウスキーパーとしてのメイドを絶対とする『メイド原理主義者』の考え方では今後の社会の転換を生き抜いていけないなと感じてまして、近年私は『メイドさん擁護派』や『ゴシック・ロリータ・ロココ調啓蒙主義』や『和洋折衷女中支持者』など様々な一派を渡り歩き、その果てとして、一度メイドという観念から距離を置き、外の立場からこの制服という衣を身に纏いメイドのあり様を見つめなおそうと思いまして、――――今回の棄教に踏み切った次第です」

「結構、いろいろ考えた末の決断だったんだねっ!?」


 すごいや!

 式さんの何気ない行動のなかに、これほどの葛藤と迷いが生まれてただなんて。

 もっと台詞の行間を読めるようにならないと。


「ちなみに、宗太さん。ものの本によりますと、『メイド』と『メイドさん』というのは別物の概念なのです。前者のメイドとは、家事の全般を担当する一流のハウスキーパーとしての仕事が求められますが、後者のメイドさんとは、家事を行うことはむしろ付随する要素の一つに過ぎず、その実愛玩用としての役割が求められるのです。……エッチな意味じゃないですよ。エッチなのはいけないと思います。メイドさんとは、お仕事は二流であり、むしろ失敗するのがメイドさんの本分なのです。つまり、メイドさんとは、メイドという概念の完璧性を前提として、その未成熟性を愉しむドジっ娘萌えを備えた存在のことなのです。ドジっ娘万歳! お皿とかいっぱい割っちゃえ!」

「ものの本もすげぇが、お前もすごいなっ!?」


 何だその心から湧き上がる叫び、

 式さんこれまで見た中でもトップクラスに活き活きしてるぞ。


「そういえば筒井先生の七瀬シリーズとか、主人公の七瀬は序盤で女中をしていましたね。今リメイクしたら間違いなく、メイド服着ます。いや、私が着せます」

「また懐かしいもの引っ張り出してきた上に唐突だが、それよりも何だその謎の宣言」

「私が思うに、七瀬シリーズは序盤のメイド設定をそのまま続けるべきでした。メイドのまま諸国行脚とか、メイドのまま学校の先生とか素敵です」

「むしろお前の頭が素敵なことになってるぞ」


 お花畑状態だ。そのままクルクル回ってろ。


 と、そこで、俺はあることを思い出す。


「……そういや、狗山さん家ってメイドが沢山いるって、星空(星空のマンション)のデータにあったはずだぞ。猿飛桃さるとびももさんとかもその一人だって言ってたし」

「な、なんですとぉ――――っ!?」

「とぉー?」


 叫びだす式さんに小首をかしげる俺。式さんは一瞬考えこみそして何かを決断した重苦しい表情で、


「宗太さん。今までお世話になりました。これからは主を改め狗山さんのパートナーとしてお仕えしたいと思います」

「急に鞍替えしやがったっ!?」


 メイドに釣られやがった!

 滅茶苦茶単純だった。こいつ。


「一身上の都合によりこのような中途半端な形で宗太さんのパートーナーを辞めることを非常に心苦しく思います。今後も宗太さんのご活躍ご発展を祈らせていただきます。申し訳ございません。メイド可愛い」

「おい、最後本音漏れてるぞ」


 バイトの面接落としてきた会社と同じこと言いやがって。

 しかし、欲望に素直な娘だった。

 それでも、式さんは俺の治療を続けてくれたし、結局制服に戻った真白さんも同じように頑張ってくれた。

 有り難い。

 本当に。

 お陰で、俺の肉体は、試合前とほぼ変わらない状態に回復していた。


「よし、気力充分。体力万全。問題ねぇな。準備オーケーだ」


 俺が軽く身体を動かしてチェックしていると、真白さんから声がかかった。


「宗太さん。こちらの準備はできてるので、早く入って下さい」

「必死に戦われてる間、こちらも急ピッチで準備しましたからね、感謝してくださいよ」

「ああ、感謝してるよ」


 だから、狗山さんとこ行くとか言うなって。


「――――新島宗太、試合開始まで後三分だ。頃合いとしては、丁度いいだろう」

「了解しました。とりあえず、狗山さんと猫谷さんの試合が終わりましたら、戻ってきます」


 俺はそう言って、目の前のカプセルに身体を沈めた。

 外見は、一次試験で使った『天使の卵(エンジェルエッグ)』によく似ている。


 だが、その内容は少し違う。



「――――自律変身ヒーローの起こす第三領域の発生原理を利用した、空間俯瞰認識システム『神の視点』その試作機」



 両腕にかけられる『悪魔達の腕輪(デビルズ・リング)』と類似の腕輪。

 これからの行動を制御するコンソールの役割を果たす。


「人ならざる神の視点。高次に近づくための視点。君はその到達点に触れる」


 ゆっくりと意識を彼方に向ける。


「狗山涼子と猫谷猫美。彼女たちの試合をそこから観測するといいだろう。人の限界を超えたものが、そこからなら視える」


 そうして。

 俺は。

 俺の視点は。

 切り替わり/生まれ変わり。

 変換され/転換され。

 飛び出していく感覚/放たれていく感覚。


「よい船出を――――新島宗太」




  ◇◆◇◆◇◆◇◆



「さぁーって、最高潮の盛り上がりを見せた一回戦初戦ッッ!! 続けて、二回戦が始まるわけですが、解説の鴉屋クロさん、どう見ますかっ!?」

「……ん、ああ、そうね。対戦選手は、狗山涼子と猫谷猫美。二人ともSクラスの生徒ね」

「狗山選手と猫谷選手は、昔からの知り合いで、いわゆる幼馴染に近い関係のようですね」

「ちゃんとした交友を持ち始めたのは同じ寮になった中学時代からだけどね。昔からの付き合いなら、私だってあの2人の幼馴染になるわけだし」

「ほほう? クロちゃんさんはお二人の幼馴染で、お姉さん的存在だったと?」

「どう解釈すればそうなるのよ……そうね、思い出話がてらで、面白い情報を教えてあげると、ヒーローとしての経験年数は、実は猫谷猫美の方が長いのよ」

「?? そうなんですか?」


「狗山涼子は昔は絵に描いたような高慢なお嬢様だったからね。実際にヒーローの訓練を始めたのは、小学生の半ばくらいからなのよ。一方の猫谷猫美は、親や周囲の親戚の協力もあって、真の意味で幼いころからヒーローとしての鍛錬を積んできた」

「うはぁー、『家』ってやつですか。私、歌舞伎の世界とかで見たことありますよそれっ、稽古場でふざけるとぶん殴られたり灰皿でビール飲ませられたりするんですよねっ!?」

「すごい偏見とあと他のが混じってる気がするけど、ま、まあ……小さい頃から鍛えてきたっていうのは似てるんじゃないかしら? もちろん、実際は本人の意向も組んだ上でも判断でしょうし、遊びながらの特訓みたいなものだったでしょうけども」

「でも、クロちゃんさん。幼い子どもに自身の判断なんてものがあるんですか? 子供も気に入ってるからって言葉を言い訳に、その子の将来を勝手に決めつけたりしてませんか?」

「何? 貴方は歌舞伎役者に家族でも殺されたりしたの? 何その歌舞伎への飽くなき反抗心」

「いえ、歌舞伎は好きですよ。若衆歌舞伎とか現代に甦れって思いますね」

「……聞いた私が馬鹿だったわ」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



 実況の二人の会話を聞き流し、俺の視点は転換する。

 会場上空。

 そこから進む。

 イメージはゲームで操作キャラクターを認識する位置を決めているときのような。

 俺の身体は。既に身体のイメージを抜けだしているが。それでも両腕にはめられた腕輪の感覚だけは残っていて。俺の意志と連動して腕輪が反応し、場面が切り替わる。


 狗山涼子と――――猫谷猫美。

 二人に近づく。

 視点だけが飛んでいる。


「キャット……これまでの戦績はどれほどだったか?」

「今週分を合わせると、累計で134戦中、私の126敗、3引き分け、5勝だ」

「高校生になってからだと、私の全勝だな」

「……わーってるよ、そんなこと。入学してからガンガン強くなりやがって。何だ、美月のやろーの影響か?」

「それもあるが……」


 と、狗山さんは瞳を閉じた。

 ふふっ。

 と。

 何か親しみを込めた笑みを浮かべる。


「なに笑ってんだよ」

「いや、私には戦うべき目標ができたのでな。最高の好敵手という名のな」

「……けっ、最高の好敵手ならここにいるだろ」

「いや、キャットは親友だ。私の最高のな」

「…………」


 言葉を飲み込む猫谷猫美。

 変身越しからも赤面しているのが分かる。

 おそらく――――こうして言葉に窮してしまうあたりが、狗山さんに「隙が多い」と言われてしまう由縁だろう。


「だが、今日は倒さねばならん。私は準決勝にあがり、目的を果たさねばならないのだ」

「準決勝だ? 私らの目的はただひとつ、決勝で勝って優勝することだろう」


 すると、狗山さんは首を振った。

 否定の動作。

 猫谷さんは驚く顔をするがすぐに好戦的な顔になって。


「……そうか、そういうこった。お前はいつもそうだ。他のやつらとは見てるものがちょっとだけ違う。凡人と天才の違いとでも言うべきか。涼子、お前は準決勝で新島ってやつと戦うためにわざわざこの試合を勝ちぬいてきたのか?」

「そうだ」


 もっといえば、

 かつて、私は約束したのだ。


 皆ライバルだと。

 皆で英雄戦士チームに入隊するのだと、新島くんや川岸さんや葉山くんや瑞樹ちゃんと、胸を張って約束したのだ。

 そして、その約束のために戦っている。

 だから、狗山涼子にとって、優勝することはさほど重要ではない。

 もっと大切な――――多くの約束があるのだ。


「……私は、私とか大抵のやつは、結構何も考えずに上を目指してる。トーナメントがあれば優勝したい。競争があれば一番になりたい。コミュニティがあれば優位になりたい。その意味に対してあんまり疑問を持たずに、ただ愚直に良くなろう良くなろうと生きている。ある種の思考停止といってもいい。私は自身そうして最高のヒーローを目指して戦ってきた」


 だが。


「だが涼子、――――お前は違う。お前がやろうとしていることはいつも、何か理由がある。理由があるから強くなるし、意味があるから上を目指そうとする。そして、その意味が大切だから、時には強くなることや偉くなることさえも否定する。まるで本当に大切なものが何なのか分かっているような風だ」

「…………キャット、別に私は……」


 すると、猫谷さんはわかってる、といいたげに手で制した。


「別に悲観的になっているわけでもない。これは普通のことだ。普通で、特別でないことだけなんだ。そして、特別でない、っていうのは別に悪くもないし弱くもないし酷いことでもない。ただ、ちょっと……ツマラナイだけなんだ」


 猫谷さんは狗山さんを見つめて。


「私に大それた理由はない。強いて言うなら家族のため、私自身を育ててくれた猫谷の皆のため、そして、私自身のため、これまでお前に挑んで挑んで勝てなかった過去の私たちのため」


 猫谷さんは。

 巨大な鉤爪突きつけて。

 宣告するように。


「私はお前を――――倒す。狗山涼子、お前の運命はここで終わりだ」


 気づけば――試合開始の合図が鳴ろうとしていた。

 戦いが始まる。

 狗山涼子と猫谷猫美。

 初代ヒーローの後継者である二人の戦いが始まる。

 いくども繰り返された戦いの中でも、記憶に残るだろう、大切な戦い。


「キャット、入学以後の私をここまでやる気にしてくれたのは確かに新島君と瑞樹ちゃんだが、これまでの人生で私をここまで強く鍛えてくれたのは君なんだ。だから、私は君に感謝してる。感謝した上で――君を強大な壁だと思い、乗り越えてみせる」

「ほざけ天才。壁じゃねぇよ。私は人間だ。人を勝手に自分を成長させる障害みたいに思ってるんじゃねぇ」


 試合音が鳴り渡る。

 猫谷さんは既に右手の爪を心臓に突き立てていた。

 ――――彼女がコピー能力を発動する時の合図。

 狗山さんは過去の経験から不用意に近づくことが危険だと知っていた。

 だから、様子を見ようと動きを止めた。



 ――――だが、猫谷さんは、そうした狗山さんの対応そのものを、既に十二分に理解していた。



「最初の見せ合い――――ここの選択は、私の勝ちだ、涼子」


 まるで将棋の打ち合いをするように、互いの手を知り尽くした二人だから言うことのできる台詞。

 猫谷さんはそのまま全身に力をみなぎらせる。


「変身名《記録式猫ストレージ・キャッツ》――――選択(Select)、《英雄ヒーロー》」


 そのまま猫谷さんの肉体が変化する。

 ――――否、変身する。

 無数のガジェットに包まれた猫谷さんの肉体が、長身の男性そのものの肉体に生まれ変わる。


「……その能力は」

「変身完了。知ってるだろ? といっても私も映像でしか見たことなかったんだけどな、今は変身名も変えて、別形態になってるらしいしな理事長」


 理事長。

 その言葉に会場の人間のほとんどは合点が行く。


「ねぇ、葉山くん、葉山くん! あれって、もしかして、もしかしてっ!?」


 テンションのあがる生徒数名。

 会場の声に猫谷さんははははっと笑う。


「そうだ。この能力はすべての原点にて、始まりのヒーロー」


 拳握り、両足踏み締め、無駄なきフォルム。


狗山隼人いぬやまはやと、変身名《英雄ヒーロー》の能力だ」

今回のメイドとメイドさんの定義の違い関しては『猫撫ディストーションExodus』における記述を参照させて頂きました。

100話以上続く本作ですが、初めて予定日時より25分ほど遅延したことをここにお詫び申し上げます。

原因はポケモンXYのシナリオが想像以上に長かったことに起因するものと思っておいて下さい。

次回の掲載は7日以内に行う予定です。宜しければ次回もお楽しみ頂けると幸いです。

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