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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
最終章 英雄戦士と七人のヒーロー編
126/169

第104話:ヒーロー達の一回戦/Aブロック 4

「新島宗太。君は避けられぬ運命が来た時に『自分を変える』のと『世界を変える』のどちらを選ぶ?」


 最終選考の数日前。

 終焉崎おわりざきまどかさんは、明日の天気でも尋ねる風に、当たり障りなく、ふわりと、ごく平然と、ごく自然に、俺にナイフを突きつけてそう問いた。


「……ぇ、えーっと、終焉崎さん、今は休憩の時間じゃ……」

「先延ばしにはできない。君の人生が一つの巨大装置だとしたら、この処理を経ずして君は君であり得ない」

「……うーんと」


 でたよキチガイ。

 人の話なんて聞いちゃいない。

 今日は普通の一日のはずだった。この期間を地獄と形容するならば、針の山に刺されるのそれなりの覚悟がいるが、釜ゆで地獄くらいなら耐えられそうな、そんな地獄の中でも比較的中休み的な一日だった。


(はずなんだけどなぁ)


 現実は違った。

 終焉崎さんは俺がこれまでの人生で見たこともないような禍々しい悪魔的な形状のナイフを俺の首筋に当てていた。

 完全に脅しであった。

 質問ではない詰問であった。

 俺の答えが彼女の好みから外れた途端、そのナイフは俺の首筋を華麗にカットして鮮血を生むだろう。


(同じノリで初日も殺されかけたからなぁ)


 油断はならない。

 あの時は拳銃だったが。

 あの時は真白さんと式さんが助けてくれたが。

 同じ目には二度と遭いたくないし、つーか、そもそも真白さんたちは席を外してるし。


「…………」

「…………」


 俺は真剣と書いてガチな(マジ怖い)終焉崎さんの両目(光彩が一切ない。真っ黒だ)を見つめて先刻言われたことを思考する。


(えーっと、避けられぬ運命が来た時に“自分”と“世界”のどちらを変えるか? 避けられぬ運命ってのは、つまりは『俺と美月の今の状況』を示しているんだろ。ってことは、この場合の自分と世界っていうのは――)


 ちく。

 俺の首筋に鋭利なナイフの先端が刺さる。


「ッ!? って、え、ちょ、痛い痛い痛い! え、な、何やってんですか!?」

「頭で考えるな。そうやって何かに当てはめようとするな、直感で答える」

「直感で!? 命かかってるのに!?」

「命がかかってるからこそ、直感に頼るんだ。それか何も答えず沈黙する。中途半端が最悪だ。身を滅ぼす」

「いやいや、今まさに身を滅ぼされそうな状況なんスが……」


 主に目の前の人によって。

 主に自分の師匠(二人目)によって。

 しかし、俺の皮肉めいた軽口に終焉崎さんはくすりとも笑わないし、カチンとも怒らない。

 この人ガチすぎんよ。怖いよ。

 そう心の中で毒づきながら――真面目に、終焉崎さんの言葉を考える。


(だって、死にたくないしっ!)


 自分が大事な俺であった。


(そいで、そいで、避けられぬ運命が来た時に~)


 自分を変えるか。

 世界を変えるか。

 そのどちらを選ぶか。

 考えることなく。

 直感で答えよ。

 ……うん。意味不明。


(完っ全に禅問答ぜんもんどうと同じだよな。何だよそれ。正解なんてねぇよ。つーかそもそも質問の意味がわかんねーよ)


 問いかけの体を成していない。

 俺もよく自己完結的な思考をめぐらして結論を導くことはよくあるが、他人にソレを押し付けることは滅多にしない。

 しかし、終焉崎さんは違う。己の論理で世界そのものを回そうと平気で考える。

 その点において、終焉崎さんは俺みたいな凡人と一線を画してるし、狂っていると言っても過言ではない。

 今は真白さんも式さんも戦闘データの解析作業で出払ってるし、俺に逃げ場はないといえた。つーか助けて。誰でもいいから。


(えーっと、えーっと、世界を変えるか、自分を変えるかだろ。何で俺、こんな理不尽な二択をしかも速攻で答えなきゃいけないんだよ)


 毒づいていると、終焉崎さんのナイフの圧力が増してきた。

 ヤバイヤバイヤバイ。

 俺は咄嗟に口を開く。

 あ。

「あ、」

 思った時にはもう遅い。

 気づいた時には絶望だ。

 放たれた言葉は銃弾のように不可逆的で後戻りはできない。

 俺は結果的に終焉崎さんの予言通りに直感という形式で持ってして――――言葉を放っていた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



 終焉崎正義……、じゃなかった。

 城ヶ崎(じょうがさき)正義せいぎ

 彼の能力の仕組みをここで改めて説明しておこう。


 彼の能力、変身名《輝き(シャイニング)》はヒーローエネルギーを見えなくして攻撃する能力だ。

 では、この見えないという行為をどのような経緯を経て行っているのだろう。

 ヒーロー大好き改造大好き、1年Cクラスの真堂真白さんに寄ると、以下の通りらしい。


「はいっ、新島さんにも分かりやすく説明しますと、城ヶ崎正義を中心とした世界改変系ヒーローは、自分の周囲に超微細のヒーローエネルギーの粒子を飛ばすことができるんです。超超ちっちゃい目に見えないくらいちっちゃい粒です。それはもう物の因果に干渉できるくらいちっちゃい粒です。この粒を上手に操って、この世の条理をねじ曲げるんです。いきなり爆発を起こしたりいきなり刃を出したりするんです」


「は????」


 俺が高圧的な返しをしたら、真白さんはアゥッ!とよろめいた。


「え、えーっと、そ、そうですね……新島さんはアクセ○・ワールドはお読みですか?」

「アニメなら」

「オーケーです。あの世界は脳の微小管の中に魂があったらっていうSF小説ですからね。いけますよ」

「そんな話だっけ?」

「ですですっ」


 そう言って真白さんは力強くぐっと両手を握った。可愛い。


「あのお話の世界では、意志の力が、現実の事象を書き換えることがありますよね。《心意》システムとか覚えてますか?」

「んー? んーと、あれだろ、師匠に教えて貰ったやつだろ。超高いビルから落とされたりして」


 知らない人に説明しておくと、師匠とは先刻の小説に登場するお淑やかな巨乳のお嬢さんだ。ちょっと俺の幼馴染に似てる。


「大体あってます。基本はあれと同じようなものだと思ってください。あの仕組みは、要するに私たちがヒーローエネルギーと呼んでいる力が脳の一部から発せられていて、自らのイメージ通りに世界を書き換えることができるんです」

「ふーん?」

「正確に言えば、私たちヒーローは皆多かれ少なかれ、世界をイメージで書き換える力を持ってるんですけどね。その力が特に強いヒーローたちが、城ヶ崎正義さんのような世界改変ヒーローと呼ばれるんです」

「自分の想像通りの世界を作れるってことか?」

「制限はありますけど、条件は決まってますけど、そんなもんだと思っておいてください。ヒーローエネルギーは飛ばせる範囲は決まってるでしょうし。城ヶ崎さんと戦う際のポイントは、どこまでが能力の発動範囲か見極めることですね。ある一定範囲内に立ち入らなければ、城ヶ崎さんは攻撃できないはずです」

「ふーん? まあ、何となく分かった。大体、わかった。要は、攻撃範囲の決まったハ○ヒみたいなもんだと思えばいいんだな」


 すると、真白さんは地に両手をつけて倒れこんだ。

 大丈夫かなと近づくと「そっちかー、そっちで説明すればよかったのかー」と頭を抱えてつぶやき出した。

 俺は真白さんの頭をよしよしと撫でながら城ヶ崎が周囲に飛ばしているというヒーローエネルギーの粒のことを考えた。

 無数の粒が、浮かんでいる光景を想像した。


「それじゃあさ、城ヶ崎って普段は周りにエネルギーの多くを飛ばしてるわけだろ。そのヒーローエネルギーを自分に集めたらどうなるんだ」

「は、はい? 周囲の粒子を意図的に一箇所に集中するってことですか? そりゃあ城ヶ崎さんにそんなことができる才能があるならの話ですが、その場合は、荷電粒子砲みたいなものでも作れるんじゃないですか?」

「家電粒子砲?」


 真白さんは涙目を向けてこう答えた。


「つまりビームですよ」



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして、城ヶ崎正義はそんなことができる、才能のヒーローであった。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



「新島君。俺がこれからやろうとしていることが只の悪あがきじゃないってことくらい、何となく分かるだろ?」

「……ん、まあな、確かに、それが今のお前にできる最善手だと俺も思うぜ」

「その上から目線な台詞が非常に腹立たしいね――――でも」


 城ヶ崎は指先を俺に手向ける。


「君の言うとおり。俺に出来る術は、これが最後だ。新島君。君はこの一撃を受け止めるか、逃げるかのどちらかを選ぶといい」


 君の自由だ。

 俺の才能の前に撤退を選び勝利を掴み取るのも、俺の才能を受け止めて敗北をこの場に晒すのも、君の自由だ。

 そう城ヶ崎は言っている。

 敗れることが怖くなければ向かってこいと。失う勇気があるなら挑んで来いと。負ける覚悟があるなら打ち倒せと。


(安い挑発だ)


 常識的に考えれば。

 城ヶ崎正義は敗北寸前のギリギリの状態で日和ってしまった。勝ち負けの判断を相手に委ねるだねてしまった。勝利を掴み取る気概を失ってしまった。もう城ヶ崎は抜け殻同然だ。俺が光の剣でビームを打ち消せば勝利確定だ。負ける気はしない。


(そう。思うだろう)


 だが、違う。

 城ヶ崎は最後にやり方を変えた。

 目先の勝利ではなく、己が望みを果たす方向に変えた。

 才能の限界。

 己の臨界点。

 ずっと、城ヶ崎が言っていた台詞だ。

 ずっと、城ヶ崎が追い求めていた望みだ。


(城ヶ崎は最後に決めた。勝敗という些事を放り投げて、自らの夢を希求しようと決めた)


 こいつは、知りたくなったのだ。

 自分が全力を出して、何ひとつのケレン味なく、真剣に、真っ直ぐに、自分が出せうる限りの本気を出して、それを打ち破ってくれる人間がいるのか知りたくなったのだ。

 最強という自負を持つ俺の才能を、受け止めて、それでも立っていられる人間がいるのか見たくなったのだ。


(それが、俺だ)


 戦いというのは戦略だ。

 本気の殴り合い。全力のぶつかり合い。

 それを目指したところで現実はそうもいかない。


 裏をかき、先を読み、手札を切ったり切らなかったり、そんな知略の必要な権謀術数渦巻く戦いが、現実の戦いだ。


(だから、今からやる戦いはそういった戦いとは違う。城ヶ崎が、何一つ守ることなどせず、全力だけを持って解き放つ、その一撃を俺が受け止める。そんな戦いだ)


 こいつは美月と同じだ。

 あまりにも強すぎたせいで、あまりにも才能がありすぎたせいで、自分が一体何なのかわからなくなっているのだ。

 強烈すぎる才華は人の立ち位置を見失わせる。

 これは持論だが、大体の人間っていうのは、自分というものを他者と比較して、その違いを検証することで、ようやく自分というものを認識できる。

 相対的であるからこそ、自分というものが何なのか成立するんだ。


(だから、あまりに強すぎた城ヶ崎は、相対ではなく、“絶対的な存在”に成りかけている城ヶ崎は、自分がどこにいるのかわからなくなっている)


 自分がわからなくなっている。

 それは途方もない不安だ。

 地に足がついてないのだ。どこにも。この世界のどこにも。


 それは、そんなのは、“世界そのもの”と一緒だ。


(わざわざ自分のスタイルじゃない攻撃技で決戦を挑んできた時点で、そう考えるべきだったな)


 負けを覚悟して。そんなこと分かってるはずなのに。

 俺が逃げたり避けたり光の剣を使ってヒーローエネルギーを消してくれば、あんな真っ直ぐなパワーだけの攻撃なんて、すぐに倒されてしまうのに。

 俺がちゃんと守るか攻めるかでもしない限り、成立しない攻撃なのに。


(最後の最後で、厄介なことしてくれるな)


 本当に。

 我儘なやつだ。

 勝負なんてとっくに決着してるのに。

 言うなれば、最初の殴り合いで戦いの八割は決まっていたのに。

 それでも、城ヶ崎は「自分の攻撃を受ける権利をやる」とあくまで傲慢にあくまに傲岸に俺に理不尽な二択を押し付けてくる。


(やれやれ……俺を評価してくれるのは嬉しいが、困るんだよなまったく)


 俺はため息を吐く。

 その反応を城ヶ崎は見る。

 何だ。どうした。怖いのか。

 そんな反応が返ってくる。


「何だよ。俺の好きでいいんだろ」

「ああ、君が決めるがいい」


 理不尽な二択。

 俺に押し付けて。

 ため息吐く俺は残念顔。

 やれやれ。本当に、どうしようもない。

 三度目のため息を吐いて、両拳を構える。



「――――――勝負だ。城ヶ崎」



 俺は肉体のボタンを押す。

 それは輝く。

 同時に。輝く。鮮烈に。そして、俺はその名を語る。


「変身名《限定救世主リミット・セイバー》、完全体モード、フルバースト」


 全身が輝くその上で、俺は――さらに(・・・)肉体のボタンを連打する。

 瞬間、身体の内側に掛けられた鍵が外れる感覚を得る。

 美月瑞樹が過去に刻んだ楔が外れる音がする。


 そして、同時に、俺は強化を――――開始する。

 どこまでも、限界の果てまでも――。


限定リミット解除オープン


 輝きは性質を変え、運命は顕現し、ヒーローへの力は最高潮に達する。

 神聖を帯びた白色を全身に刻みながら、俺は宣言する。


「1年Dクラス、新島宗太、変身名《限定解除救世主リミット・オブ・セイバー》」


 大地を馳せる。空を駆ける。永遠の英雄戦士ヒーローの魂を胸に宿して俺は戦う。俺は救う。


「さあ、全てを斬り裂く一陣の光と成ろう」


 城ヶ崎正義。

 世界に成りかけたお前の才能。

 俺はお前をその力から――――救世しよう。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ど、どちらでもないですっ!」

「は?」


 最終選考の数日前。

 終焉崎円さんにナイフを突きつけられ意味不明な問答を挑まれた俺はそう応えていた。


「自分を変えるとか、世界を変えるとか、そんなことだけじゃないんです。避けられないくらい凄い運命が迫ってきたってことは、もっと他にもいろいろ考えるべきなんです。二者択一のどうしようもない感じじゃなくて、他の、他の選択肢も考えるべきなんです!」

「……? 新島は自分も世界も変えるつもりがないのか」

「そういうわけじゃないんです。結果的に自分や世界を変えなきゃいけないんだとしたら、そうします。そうすると覚悟を決めます。そうじゃなくてですね。ええと、なんて言えばいんだろう、こういう時に限っていい言葉がでてこない……」

「他にも目を向けろ、ということか? 他の選択肢を提示しろと」

「そう! それです! 他の選択肢、終焉崎さんはいい言葉が出てきますねっ!」

「……君が漏らした言葉から引用しただけだ」

「あ、あれ、そうでしたっけ? とにかく、俺は二者択一なんて許しません。俺に満足の行く答えを出させるなら最低でも10個くらいは代替案を出してから言って下さい。俺がその中から覚悟を持って選びますから」

「随分と適当だな」


「適当ですよ。案を出すときは固定観念に縛られない勢いが大事なんです。ぽんぽん選択肢を出していくんです」

「そして、その中から選んでいくと」

「はい、可能性を最初から二つにするのは間違ってます。無限の可能性から、有限の選択を掴み取る。それが俺のスタイルですから」


 そうか。君はそうするのか。

 終焉崎さんはナイフを鞘に閉まってそうつぶやいた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



 戦いが始まった。

 城ヶ崎正義の攻撃は何の奇襲もなく指先から真っ直ぐに放たれた。

 その光景を俺は思考時間を“強化”して観察していた。


 変身名《限定解除救世主リミット・オブ・セイバー》の真骨頂がそこにはあった。


(まるで、ゲームの戦闘を一時中断してポーズ画面をとっているみたいだ)


 それくらい緩やかに時が流れている。

 俺の中で、俺の頭の中だけで。俺だけの時間が。


(実際、肉体はこの思考速度にまったくついていけてないから、本当に一時中断画面みたいなんだよな)


 実際はリアルな戦闘中だが。

 城ヶ崎の指からは現在進行形で白光のビームが放たれているが。


(さて、まあ、それはいい。難しいことは、もういい。こっからは、今の避けられない運命ってやつをどう切り抜けるかだ)


 俺の腕の見せ所だ。

 考えて考えて考えぬいて。

 ダサくて地味で泥臭く、それでもきっかりしっかり勝って行きましょう。

 強さに酔ってる馬鹿野郎どもを、真面目に救っていきましょう。


(うーん、そうだな、ま・ず・は、――――攻めるッ!)


 ダンッ!

 と音が鳴る。

 音が鳴った時には、俺の右肘は城ヶ崎の腹部に埋もれている。


(最初に理不尽な二択を否定する。迎え撃つか。逃げるか。だなんて、そんなのビームが迫る前にやっつければ済む話だ)


 終焉崎さんのワープ能力で潰してもいいけど。

 音を超えた動きをした方が、城ヶ崎の精神に与えるダメージは大きだろう?


(そいで、からの――――)


 俺は蹴りを加えて城ヶ崎に止めを刺す。

 地面に垂直に刺さる城ヶ崎。

 もうこれでゲームオーバーだ。


(さて、これで俺の勝利が確定。しかし、この対決はもう勝敗なんてどうでもいい領域に達している。俺は城ヶ崎を救世しなきゃいけないんだ)


 無限の可能性から有限の選択を掴み取る。

 敵を倒すくらいなら、普通の人間にもできる。

 敵を救うのは、ヒーローにしかできない。

 だから、俺はヒーローになりたいんだ。


(放たれたビームは既に充分な力を保持して直進している。その距離ここから五メートル、本気を出せば一歩で飛べる)


 じゃあ、飛ぼう。

 俺は跳躍し再び――ビームと向き合った。


(さーて、ここからが正念場だ)


 俺は前を見つめ、強烈で鮮烈なエネルギーの放射を認識する。

 そして、ここでようやく声を出す。

 早口過ぎて伝わるだろうか。

 伝わればいいな。

 そう思い端的に言う。


「これが、才能の終わりだ」


 俺は光り輝く拳でビームに触れた。

 電流とも熱とも圧力とも異なる種類の力が俺の拳に拮抗する。


(これが……純粋なヒーローエネルギー……淀みも迷いも何もない、人間一人分のヒーローエネルギーの力……っ!)


 俺は驚き、しかし、負けじと押し返す。

 そこに、言葉は要らない。

 あとは時間を使うだけ。

 俺は処理を終えるように全力を果たすように城ヶ崎のヒーローエネルギーを打ち切った。


「…………っ」


 消滅する。

 光の剣を使ったのではない。

 俺の純粋なパワーで相殺したのだ。


 俺の、俺だけの力で城ヶ崎の輝きを打ち破ったのだ。


(終わりだ)


 俺は城ヶ崎を見た。

 彼は地面に刺さったまま気絶していた。

 シュールな光景だ。

 身体は人間のものに戻っている。

 しかし、その表情は清々しかった。


(才能の限界を知りたいか。俺からすれば羨ましい限りだよ)


 才能は試すものじゃなく、伸ばすものだったから。

 俺は眠っている城ヶ崎から視線を外し、会場を見た。

 本日三度目の拍手の嵐に見を包ませた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆



「攻撃を喰らったな、新島宗太」


 試合終了後。

 入場口前に来ていた終焉崎円さんは、プレイヤーの欠点を指摘する敏腕監督みたいな口調で、――いやいや、それは褒めすぎだが――それなりにできた教師が生徒を窘めるような口調で、俺を叱りつけた。

 ただし、石弓のような何かを構えた状態で。


「……えっと、終焉崎さん、それは」

「60ポンド・コンパウンドボウ。上下に装着された滑車の回転に寄りフルドロー時の荷重の通常のリカーブボウの半分以下にまで軽減させる。それ故に高い精密性と強力な射出能力を備えた世界で最も普及されている弓の現在の形態だ」

「……えーっと、何で、それを俺に向けてるんで」

「愚問だな、弓とは放つためにある」

「だからなんで、その弓を俺に向けてるんでっ!?」


 すると、終焉崎さんは、さらりと答えた。


「新島宗太。私は君に言ったはずだ。一度も攻撃を喰らうなと。なのに貴様は、先刻の一騎打ちの際、城ヶ崎の奇襲に遭い、攻撃を喰らった」

「あ、あー、あの空中で動きを封じられた時ですか」


 確かにあの攻撃は手痛かった。

 城ヶ崎さんは優秀だから、あんな定石を外した攻撃をしてくると思わなかったのだ。


「さらにはその後も苦戦をした」

「い、いや、マジ強かったですよ。城ヶ崎さん……一撃必殺みたいな攻撃ばっかしてくるから、俺みたいに基礎能力低い人間だと、一度でも喰らったらノックアウトなんですし」

「なのに、攻撃を喰らった」

「いや、無理ですよ、あれ。城ヶ崎さん。俺が一度も攻撃を受けてないことを分かってるから、わざわざ圧倒的優位の状況にも関わらず、さらに命懸けの博打まで打って来たんですよ。無理ですよ、騙されますよ、あれは――」


 ヒュン。

 俺の右横を黒くて長くて速いものが通過した。


「今のは試射。次は外さない」

「いやいやいや、何射ってるんですか!? 刺さって死にますよっ!?」

「安心しろ。刺さりはしない」

「え、ああ、そういうものなんですか……?」


「このレベルの重さの弓になると、矢は人体に刺さらずに貫通する。君の身体に矢は残らずその先に直進する」

「余計に駄目ですよッ!? ああ、勝ったばっかりなのに、どうしてこんなことに……」

「それは君が甘い戦いをしてるからだ」

「甘くていいじゃないですか……俺は甘いまま強くなるんですから……」


 すると、終焉崎さんは「そうか」と納得したような、してないのかよくわかない相槌を打って弓を下げた。


「あ、ようやく下げてくれるんですか、よかった、死ぬかと思った」

「先刻までこの矢よりも速いビームを追い抜いていた。新島なら問題ない」

「いや、さっきまではヒーローだったからですよ! 今の俺は人間ですから、人間っ!」


 はあ、まったく分かってんのかな。

 自律変身ヒーローの方々って、君島さんもそうだったけど、普段の状態でヒーローみたいな身体能力を平気で求めてくるからな。

 本気で、何もない状態でもビルとか飛べると思ってるんじゃないだろうな。

 冗談じゃないぞ。


「しかし、最後のはよかったぞ。私の教えが効いたな」

「教え? 何かありましたっけ」


 俺がとぼけると、終焉崎さんが改めて弓を持ち上げて射出準備に取りかかりはじめた。


「いや、ちょっと待って、矢を装填しないで、覚えてる、覚えてますから、ちゃんとッ!」

「……やめても構わんが、別に倒してしまってもいいのだろう?」

「倒しちゃ駄目―――――ッッ!」


 はぁ、はぁ、と俺は息を吐く。


「理不尽な二択から、新たな選択肢を生み出すって話ですよね。自分を変えるでもない。世界を変えるでもない。他の答えを示せたら正解っていう無茶ぶりの問題のことで」

「正しい、花マル、100点だ」

「やったあ」

「ただし、200点満点中」

「実質、50点じゃないですか!」


 どこのセンター試験だよ。


「その通り。答えは正しいが、言い方が気に食わない。今回は無茶ぶりという言葉を聞かなかったことにしてあげよう」


 しまった。俺は話題をズラすべく考える。


「そ、そういえば、逃げるか足止めするかの二択で、倒してしまうって選択肢を出すのも、この問いかけの答えに似てますよね。流石、似たもの同士ってことなんですかねー」

「事実、私の問いかけに、君と同じ答え方をした人物が2名いるよ」


 おお、乗ってきてくれた。

 やったぜ。話を逸らすの大成功。


「というか、似たようなこと、俺以外にもやってるんですね……」

「1人目は、和泉イツキ。君もよく知る現生徒会長だ。今は別の会場で戦っていることだろう」

「つーか俺の話ちゃんと聞いていないですよね……」

「彼は私の問いかけに、『世界も自分も変えない』と答えた。何も変えずに運命に向きあうと」

「……へぇ」


 生徒会長。

 俺の先を行く人。

 君島優子さんを倒し、鴉屋クロさんのパートナーとなった英雄戦士チームのリーダー。


「そして、2人目は美月瑞樹。君が救いたがっている幼馴染だ」

「…………あー」

「もう5年くらい前の話だが、彼女は『世界も自分も変える』と答えた。自分が変わるということは世界が変わるのと同じだって。運命なんてその変化の前には塵も同然だとそう答えた」

「…………」

「君がどうして苦戦をした上に、城ヶ崎の最後の一撃を受け止めたのか分かる。彼に美月を重ねたな」

「…………!」


 心が跳ねる。

 確信をつかれた。

 こうも簡単に。


「試合が終わって安心したい気持ちはわかる。美月に似た絶望を兼ね備え、後にそうなる可能性を秘めていた城ヶ崎を打倒したことで満足感があるのもわかる。だが、忘れるな。君の目的はあくまで――――美月瑞樹を倒すことだ」


 ぐさりと。

 弓矢なんかよりも重々しく。

 彼女の言葉が貫通する。


「夢や想いを募らせるのは簡単だ。だた、同時にそれを終わらせるのは簡単だ。適当なところで妥協すればいい。しかし、君はそうしたくないのだろう?」

「……はい」


 分かりにくい終焉崎さんの言葉だが、俺には分かる。

 俺が城ヶ崎さんを助けたことで、自分の目的に満足してしまう可能性を危惧したのだ。

 さっきのセンター試験じゃないけれど。

 目標の高校を目指す前に、その次点の高校に合格することで、本来の高校に行くための気持ちを削いでしまうように。


 そこそこの幸せは、絶対的な目的意識を消滅させる働きを持つ。


「ならば、忘れちゃいけない。君は彼女を倒すため、今の想いを、今の力をを保ち続ける必要がある」


 まるで、戒めるように、彼女は現れた。

 俺の勝利を冷やかすためではなく、熱しすぎないようにするために、彼女はこの場に来た。

 そういうことなのだろう。

 そうじゃなきゃ、わざわざ入場口に来る必要なんてないのだ。どうせ試合も部屋で見てたんだろうし。


「あと、30秒後、真堂真白と人型式が喧嘩をしながら君をねぎらいにやってくる。これから15分後、君はメンテナンスを受けながら、神の視点に再び乗り込み、他の試合の観測に勤しむことになる。そして、20分後、一回戦のBブロックが始まり狗山涼子と猫谷猫美の試合が始まることになる。しかし、君は忘れちゃいけない」


「俺の目的はあくまで――――美月を倒すこと」


「それは、それだけは忘れないことだ。私の言いたいことは以上だ。それじゃあ、また後で会おう、新島宗太」


 そう言って――彼女は消えた。

 文字通り煙となって。

 空気に紛れるように消えて、失せた。


 そして、入場口の奥から、「そ~たさ~ん」という声が聞こえてくる。

 真白さんと式さんの声だ。


(それだけは忘れないようにねぇ……)


 まったく、忘れるわけないだろう。

 しかし、まあ、それはそれとして。

 今は彼女たち二人を温かく出迎えよう。



 第一回戦:Aブロック、新島宗太 VS 城ヶ崎正義

 勝者――――新島宗太。

 準々決勝、進出決定。





(次回:第一回戦 Bブロックに続く――)

才能をめぐる思想対決と“選択肢”の戦いでした。

次回「第105話:ヒーロー達の一回戦/Bブロック 1」を宜しくお願いします。

掲載は5日~7日以内です。

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