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第98話:運命予兆(D)

 世界と戦うって何だろう。

 私は見えない何かと戦うことだと思う。

 自分の見えている範囲――その臨界点に位置するものに、勝負を挑むことだと思う。


 人は皆、見えている範囲が違う。


 例えば、生まれたばかりの赤ちゃんは、自分にとって、眠るベッドと周囲の家具と優しげな母親の顔だけが世界のすべてだ。

 小学生にとっては、近所の人々と、通う学校と、親戚の家と自分の家と好きなゲームやマンガやアニメが世界のすべてだ。

 中学生くらいになると多様になってきて、「クラスメイト」だったり「部活」だったり「趣味」だったりする。

 まあ、もちろん、小学生くらいになると「地球」や「宇宙」という存在を知るので、地球と多様的なそれらが、彼/彼女の世界となるんだけど。


 個人的で具体的な世界と、壮大的で抽象的な世界、この二つが重なりあった状態が、私たちの世界認識となる。


 だから私たちは、世界という言葉が「地球」や「宇宙」という意味でつかわれることを知りながら、自分の学校やクラスや部活や恋愛や家族の話を、それにともなうちょっとした問題を、「世界」という尊大な言葉で呼んでしまうことがある。


 けど、さっきも言ったように、その発想は間違っちゃいない。


 それが、私たちにとっての現実の世界(リアル・ワールド)だからだ。


 狭くて個人的で具体的な認識範囲こそが、私たちにとっての世界だからだ。

 その臨界点に位置する存在は、地球という実際レベルの世界よりも、よっぽど世界然しているからだ。


 だから、私たちの多くにとって、世界と戦うとは、何も地球と物理的に戦う意味ではなく、私たちの認識範囲の限界点に挑む――という意味になる。

 学校や、クラスや、部活や、恋愛や、家族の話における、問題、事件、諍いの根本的原因を作っていると考えられる、本質的に、そうであると思える、自分の手に届く範囲外の存在に勝負を挑む、それこそが世界と戦うということなのだ。


 ちょっと抽象的すぎるかな?

 でも、あると思う。

 こういう感覚は。

 研ぎ澄ませていけば。

 私たちは固有の世界を持っていて、その範囲が限定的であるからこそ、自らから逸脱した超越者のことを、心の何処かで感じ取れるはずだ。

 そして、私はその超越者に挑む意志を示すことを――『世界と戦う』と呼んでいるのだ。


(でも、その私が……世界そのもの?)


 私は不安になった。

 共感は難しいかもしれない。

 そもそも共感なんて、理論上無理なんだけど。

 それでも、私の言ってること、よく分からないかもしれない。いつも以上に。

 ややこしくて、小難しくて、言葉足らずで、


 でも、思ったんだ。

 思っちゃったんだ。


 ひょっとして、私は英雄戦士じゃなくて、世界なのかもしれないって。

 他のみんなにとって。昔から、これまでも、ずっと。

 私という現象は、世界と戦うヒーローではなくて、世界という存在そのものなのかもしれないって。


 だとしたら、私が主人公のお話があったのなら、相当ヒドイものになるだろう。

 世界に挑む、ヒーロー達の物語じゃない。


 ヒーロー達を観測し、いくつかの嘲笑を混じえながら、それを見つめる物語。


 そうだ、それはきっと。


 世界の物語だ。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



「ご無事でしょうか……、美月様?」

「う、うん……ありがとう、猿飛さん」


 私はとりあえずお礼を言った。

 眼下では川岸さんが美しい曲線を描きながら土下座のポーズを取っていた。


(……おおぅ)


 私は「どうしよう」という凄くシンプルでヤバイ状況を理解しつつも具体的な対処を打てずにいた。


「ちなみに、僭越ながら私も一次選考を突破させて頂きました。二次選考ではお手柔らかにお願いします」

「あ、そうなんだ、おめでとう。涼子ちゃんに報告してあげてね、多分喜ぶから」

「かしこまりました、美月様」

「あと、あんまり“様”って呼ぶのをやめてね……」


 日常会話をしつつも、私の視線は川岸さんから離れない。

 え、ええと……ど、どうしよう?


「あ、あの……そろそろ、土下座を止めてもよろしいでしょうか……?」


 川岸さんがおずおずとそう言ってきた。

 私は安堵し、「いいよ」と言おうとすると、


「あと、30秒は我慢してください。美月様を、押し倒した罰です」

「は、はいぃぃ……」


 おいこら、猿飛桃。

 私は怒りに似た不満を抱きつつ、しかし、それを表面に出さずに、猿飛さんを見た。


「私はそんなに気にしてないから、いいけど……猿飛さんもムリしないで」

「いいえ、美月様が押し倒されたとあっては、私は涼子様に立つ瀬がありません。美月様を押し倒した狼藉者には、押し倒したなりの罰が必要です」

「あんまり、“押し倒す”って連呼しないで」


 耐え切れず、私はツッコんだ。

 流石に我慢の限界だった。

 猿飛さんは、私の気持が伝わったのか、しぶしぶ川岸さんを解放した。

 何でちょっと残念そうなんだよ。拷問好き?


「……大丈夫? 川岸さん」

「……う、うん、美月ちゃんごめんね」


 川岸さんを解放すると、猿飛さんは煙のように姿を消した。

 川岸さんは、普段の様子に似合わず殊勝な様子で、私に謝罪した。


(何だか逆に申し訳ない)


 あとで、涼子ちゃんに告げ口してやろう。

 私はめずらしくそう決める。

 血の巡りが悪いのか、ふらふらとした川岸さんを心配しながらも、彼女のために、私は猿飛さんのことを紹介した。


 忍者であることとか。

 涼子ちゃんのメイドさんであることとか。

 姿を消せることとか。

 屋根裏に住んでいてよくフナムシと間違われることとか。

 マトモに姿を見るとニンジャリアリティショックを起こすこととか。

 ピンチになると何処からともなくやってくる忍者戦士の末裔であることとか。

 よく幻術を使いすぎてどれが本物だか分からなくなることとか。


 そういうことをお話した。

 8割方ウソだったんだけど、川岸さんが本気で信じてしまって私は焦ってしまった。


 けど、後で、猿飛さんに尋ねると、


『大体あってるので、ご安心を、美月様』


 と、フォローを入れられてしまった。

 だいたい、あってるんだ……。

 私は軽く引いた。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



 私たちはいろいろな話をした。

 具体的には、私の過去を。

 それは、忌まわしい4年前じゃない。

 

 もっと昔の話。


 私の父が生きていて、私の母が笑っていて、私が力に気づいてなくて、まだ、私の世界が、ほんのちっぽけなものだった頃のお話。


 子供の頃のお話。


 私がそーちゃんと出会ったのは、幼稚園に入って2年目のことだった。

 最初は嫌な子だと思った。

 滑り台に登ったはいいが、怖くて降りれなくなった私を見上げて、馬鹿にしやがった。


『やーい、何降りられなくなってんだよーっ』


 成長の早い私は、――すでに力の覚醒自体は始まっていた――彼の子供じみた言い方に腹を立てた。

 私より下にいる癖に。

 何言ってやがる。


 そんな風に思った。


 彼は私の姿を写真を収めた。

 盗撮だ。

 私はプライバシーとか肖像権といった概念を既に理解していて、彼の自分勝手な行動に余計に腹を立てた。


 嫌なやつだ。


 私の嫌悪感は高まった。

 自分から他人に関わろうとしない私は、他人から好かれることもなかったが、一方で他人から攻撃されることも少なかった。

 だから、こんな風に、直接的な怒りを感じることは少なかった。


 私は自分の怒りに戸惑った。


 私は、自分からは怒らず、他人から攻撃された場合は敵意を持つという、ぶっちゃけ自動機械みたいな感情制御をしている人間だったが、その時の私は、明らかに、彼の嘲笑に比べ、必要以上の怒りを抱いていた。


『そんな高いとこにいるのに、何が不満なんだよーっ』


 彼はおどけたようにそう言った。

 顔は笑っていたかもしれない。

 そんなに怒るべきではないのに、私は妙に腹立たしかった。

 どうして、そんな風に言うのか。

 まるで、彼の台詞一つ一つが癪に障るように、私は感情の炎を燃やした。


 そして、思わず、私に似合わず、感情を、口に出してしまった。


『うるさい。わ、私より下にいるくしぇに!』


 噛んだ。


 私の顔は真っ赤になった。


 こもった私の声はどう聞こえたか。ゆであがった私の顔は彼の目にどう映ったか。

 彼は、ぴたりと囃し立てるのをやめると、やがて、無言でこちらに向かってきた。

 カンカンカンと、滑り台を登りだし、私のすぐ側に近づいた。


 目と目が合うくらいの至近距離で、彼はこう言った。


『これで、同じ場所に立てた』


 彼はにこりと笑って、私の手をとった。

 そして、自分のほうに近づけると、手にしたカメラを見せた。


『見ろよ。この写真』


 それは、先ほど彼が撮った私の写真だった。

 そこには、高い高い滑り台のてっぺんで、たった一人でたたずむ私の姿があった。


(寂しそう……)


 そう思っている私に対して、彼はこう言った。


『カッコいいだろ、これ?』

『カッコいい?』


 何で、そう思ったら、彼はニッコリと笑った。

 そして私が言葉を返す余裕もなく、彼は私の握った手を引いた。


『さあ、戻るぞ』


 どこに?

 尋ねる私に、にべもなく彼は答えた。


『みんなのところに』


 それが、10年前、私とそーちゃんの出会いだった。



「へーっ、そんなことがあったんだね」


 川岸さんは感心したように言った。

 私は上記のエピソードをから、恥ずかしい部分を外して、語った。

 おかげで、要領を得ない説明になった気がするけど、川岸さんも猿飛さんも、さほど気にする様子はなかった。


 むしろ、強い興味を持ってくれたようだった。


「なるほどねー、本当に昔からの仲なんだ」

「そうだね。もう忘れてることの方が多いけど」

「じゃあ、やっぱり美月ちゃんって、ソウタ君のこと好きだったりするの?」


 ん?

 川岸さんが言った。

 いきなりだった。


 おかげで私は言葉を返すことなく、止まった。


 しかし川岸さんは、フリーズした機械を叩いて直すように、続けて言った。


「――――いや、だから、美月ちゃんって、ソウタ君のこと好きだったりするの?」


 彼女は言った。

 言った。

 言いやがった。


 私は心の中でゆっくりと深呼吸して、「どうしようか」と冷静に考える。

 鼓動の速度とは反比例に、私の思考は冷静になっていった。


(どう、答えよう?)


 私は迷った。

 ぶっちゃけ、お茶を濁すことは、いくらでも、できる。

 そういうのは得意だ。

 雰囲気的にも可能そうだ。


(だけど、私は)


 そうだ。


 私は選んだ。


 言葉を、出すことにした。


 適当なことは、言いたくない。


 彼という存在に対し、私は、適当なことは、言いたくない。


「――ううん、そんなことないよ」


 私は否定した。

 自分の言ったことを噛み締めながら、万感の思いを込めて言う。


「昔、私は誓ったんだよ」


 それは4年前。

 彼の命をジャバウォックごと奪って、無理やり生き返らせたあの日から。


 私の願いは、ただ、彼の青春を見守ることにあるのだって。


(でも、そうか、そうなんだ)


 私は気づいた。

 この試合が終わったら、彼に秘密を告げよう。

 その行為は、すなわち――私の誓いに、終止符を打ち込むことなんだって。

 私自身の制約に、結論を出すための儀式なんだって。


 だからこそ、私は、今は、こうとしか言えない。


「そーちゃんのことは、絶対に好きにならないって――」



 停滞している。

 強くそう思う。

 私の時間は4年前から何一つ動いちゃいない。

 何が、過去に引きずられないようにだ、馬鹿らしい。


 でも、私は、きちんと、前を向きたい。

 そう思ってる。今はこうとしか言えない自分を歯がゆく思いながら、でも、こうとしか言えない自分を認めて、その一歩向こう側へ進みたかった。


 私の告白を聞いて、川岸さんは驚いた顔をしていた。

 けれど、そのうち驚くくらい優しい顔をした。


「……美月ちゃん」

「はい」


「頑張って」


「……はい」


 それが何に対する返事であり、川岸さんが何を言いたかったのか、私にはよく分からなかった。


 というか、当の川岸さん自身も、よく分かってないみたいだった。


 けれど、川岸さん。

 極度の動物的直観を持つ彼女なら、私の言葉に、何か、相応のものを感じ取ったのかもしれない。

 時として人間は、無数の限りない事象の中から、奇跡とも思える力で本質を抜き取る。

 これを理論立てて学問として体系化していけば、現象学などと呼ばれる分野に到達するのだろう。


 川岸さんは、自身の才覚で、私の言葉足らずの語りの中から、語るべき本質的一言を見抜いた。


 彼女の台詞が何を意味したのかよくわからないのに、何故か私の胸が妙に温かいのは、彼女の言葉が私の何かを撃ちぬいたからだろう。


 彼女は応援してくれた。


 頑張れ、と。


 そして、私は「はい」と言った。


 ならば、頑張らなきゃいけない。


 私はそう思った。


「…………」


 そして私たちの話す姿を、猿飛さんはじっと眺めていた。

 その時彼女が何を思ったのかわからない。

 今の一連の会話の過程で、彼女もまた何かを感じ取ったのだろうか。


「…………」


 何かしでかすかもしれない。

 猿飛さんの人形のような顔を見ながら、そんな予感を覚えた。



 そして、



『………………』



 超常の位置から、遥か彼方の世界の位相から、私を見つめている存在に、私自身は気づいていなかった。


 私は気づかぬままに、家に帰り、いつも通りの時間を過ごし、――しかし、どことなく奇妙な、そして不安の残る――日々を過ごし、そして、時間は経っていった。



 その不安さの要因は、間違いなく彼だった。


「……美月」


 そーちゃんだった。


 彼の様子は私の一次試験終了後から、ずっとおかしかった。


 私は気になるが、気になるけど、何も言えずに、時間ばかりが経過した。


 あんなに前に進もうと思っていたのに。


 弱虫が。


 私は自分で自分を罵倒したくなった。


 しかし、


「…………」


 私は何も言えぬまま、そうして、運命の日がやってきてしまった。

 英雄戦士第二次試験。


 そこが、運命のうごめく舞台だった。


 私はふたたび高い滑り台に登り、やがてみんなを見下ろす世界そのものとなったのだった。


ここまで読んでいただいたきありがとうございます。

次回「第99話:運命動乱/そして彼女は世界そのものになった。」をお楽しみください。

掲載は一週間ほどを予定しています。しばし、お待ちください。

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