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第98話:運命予兆(C)

世界っていう言葉がある。私は中学の頃まで、世界っていうのは携帯の電波が届く場所なんだって漠然と思っていた。

新海誠『ほしのこえ -The voices of a distant star-』より抜粋

(ゲーム世界ね……)


 カプセルに腰を落ち着け私は呼吸を整える。

 中はひんやりとしてお尻が冷たい。

 ”天使の卵(エンジェルエッグ)”と呼ばれるこの楕円形の入れ物は、鴉屋クロさんの製品だそうだ。


(……レトロなイメージ。量子接続の時代はまだ遠いなぁ)


 ヘルメットをかぶり、目を閉じる。


《皆さん、準備は完了したでしょうか?》


 試験官の紅先生の声が届く。

 物理的な音声ではない。

 ヒーローエネルギーを経由したのか、心に直接届く。


(まるでテレパシー……シロちゃん先生の能力か)


 おそらくその応用技術。


《これから、あなた方を仮想世界に“転送”します。最初は驚かれるかと思いますが、すべてこちらでモニタリングしているのでご安心ください》


 仮想世界。

 私は気持を深いところに沈め、意識のスイッチを“パチン”と切り替える。


《それでは“転送”を開始します。――――では、幸運を(グッドラック)


 紅先生の台詞が終わると同時に私は分解されゆくのを感じた。


(……これは、第三領域……?)


 いや、違う。

 第三領域を模したもの。

 擬似系。


 おそらく身体のヒーローエネルギーの一部を変換し、カプセル内の擬似エネルギーとぶつけてる。そして、人工的な第三領域を作り上げて、私たちの意識を、恣意的な空間に転送している。


(おそろしい科学力……、クロさん流石です)


 やがて、私の意識は薄れ、彼方へと送られた。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



 勝利とは確定された結果に過ぎない。


 ゲーム世界に送られた私は、いつもどおり怪獣たちを戦った。


 一回目は一頭相手に準備運動を、

 二回目は二頭相手に肩慣らしを、

 気分はマウンドで投球練習をする先発ピッチャーだった。

 今日の調子を確認しつつ、いろいろ試していく。

 今の自分にやれることと、やれないことを見極めつつ、やれる中での一番いい形を見つめて、それを完全な形になるまで追求していく。


「――――よっと……っ!」


そうして――身体が温まる頃には第二の試練は終了していた。


《お疲れ様です。最後の試練となります。美月さん》


 声が響いたかと思うと、紅先生が空間の一部から現れた。


「……何でもありですね。この世界」

「人工的な夢みたいなものですから、フォーマットは決まってますが、その範囲でしたら自由にカスタマイズ可能なのです」

「まったく製作者の才華には驚かされるばかりです」


 私はそう言って肩をすくめる。

 紅先生は、そうですね、“上品そう”に笑った。

 私はその様子に言葉が返せない。


 先生の恰好は――上品から程遠いところにあったからだ。


 長大な学ランに、研磨済みの学生帽、

 V字型のグラサンに、真っ白なサラシ、

 手には分厚い竹刀が握られており、その昭和のヤンキーみたいなスタイルに思わず目眩がした。


(なんというか、そのまま「やれやれだぜ」とかいいそうな雰囲気だなぁ)


 あるいは、この学校の生徒全員と友だちになるとか。

 そのまま大胆不敵にハイカラ革命に決めてしまわれるというか。


「最後の試験は、私を倒すことです」

「あ、はい」


 いけない、私が妄想に塗れた間も、紅先生は説明を続けていた。

 私は話に集中して、「ライフポイント制」であることととか、「勝利条件は紅先生を倒すこと」とかを聞いた。


(ようやく本番だね)


 私はそう思い、ちょっとだけ力を振るうことを決めるのだった。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



 もう一度言おう。勝利とは確定された結果に過ぎない。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



「……参りました」


 紅先生が降参した。

 ライフポイントがゼロを刻み、大きな音が鳴り響いた。


「はい、ありがとうございました」


 私は頭をさげる。

 ふぅ、と息を吐き、軽く身体を動かして調子をみる。


(うん、損傷なし、エネルギー不足なし、これなら問題ないね)


 満足気にうなずき、


「試験ってこれで終わりで大丈夫ですか?」


 そう先生に尋ねた。

 先生はちょっとだけ驚いた挙動をみせた。顔が見えれば目をぱちくりとさせていたことだろう。


(今日はここに来る前に川岸あゆさんに会ったんだ)


 彼女は太陽のような明るさで「頑張ろうねっ」と笑ってくれた。

 だから、できたら、私は彼女を待たせるようなことをしたくない。


 私の気持は少し急いでいた。


「はい、これで一次試験を終了とします。美月さんは無事合格です」

「ありがとうございます」


 もう一度頭をさげた。


(さて、試験も終わったし、あゆさんとどんな話をしようかな……)


 彼女の場合、好きに自分から話してくれるから、口下手な私としては嬉しい限りだ。

 こんな私だけど、大切な友だちだと思ってくれている。その認識だけで私は嬉しかった。


 私がそんなとりとめない思考をめぐらせて前を見ると、今だその場に残っている紅先生と目があった。


 先生は、何か考えるように、黙っていた。


 な、何だろう……。

 不安に思ったら、


「……すみません、さすがにお強いですね。美月さん」


 謝られたあと、いきなり褒めてくれた。


「ありがとうございます。私の取り柄はこれくらいですから」

「そんな風に自分を卑下することはありません」

「すみません」


 そう謝ると紅先生が再び黙った。

 ど、どうしたんだろう、私、変なことでも言ったかな……。


「あ、あの私、何か……?」

「いえ、大したことではありません。しかし、美月さんの強さ……素晴らしいものだと思います。まるで、ヒーローを超えたような、そんな風に感じました」

「……ヒーローを超えたものですか?」

「はい、何といいますか、ヒーローと戦っているというよりも、強力な怪獣を相手にしているようでした。まるで……“世界そのもの”と戦っているような……」


「世界、そのものと……」


 それは、ヒーローとしては、どうなんだろう……。

 ヒーローは超常的なものに挑む存在で、世界と戦う人類の頂点のはずだ。

 それが、世界と一緒だっていうのは……。


(褒められているのか、けなされているのかよくわかんないや……)


 しかし、褒めてくれているんだろう。

 紅先生も自分でおかしな発言だと気づいたようだ。

 すぐに謝罪し、私をもとの世界に戻す手はずを整えてくれた。


(けど、そうか……世界そのものか……)


 もしかしたら、ヒーローとして世界に挑むっていうのは、最終的に世界そのものになってしまうのかもしれない。


(まあ、そもそも“世界そのもの”ってのが何だよってのがあるけど……)


 でも、何となく分かる。

 戦い続けてきた私には。

 何か目に見えない大きなものがこの世には広がっていて、それは私たちの認識できる範囲によって人によって変わっているんだけど、でも確かにその壁のような何かは存在していて、


 それを皆、心の中で“世界”って呼ぶんだろう。


(だとしたら、私が、世界そのものとなってしまったら……私はどうすればいいんだろう?)


 世界と戦った結果、世界と同じになってしまうのだとしたら、私はどうなってしまうんだろう。

 私は、取り戻せるのだろうか、もとの自分を。

 私は、その世界に、私の居場所を得られるのだろうか。


(……うわ、怖っ)


 何だか見えてこなかった物事の本質が一瞬だけ見えた気がした。

 私は身震いする。

 深く考えないようにしよう。

 そう決めてゲーム世界をあとにした。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------


 ガチャッ。


『何といいますか、ヒーローと戦っているというよりも、強力な怪獣を相手にしているようでした。まるで……“世界そのもの”と戦っているような……』


 紅先生に言われた言葉を頭の中で反芻させて、私は言い様のない不安に駆られていた。もしかして私はもう他人にとってヒーローですらなくて、私はもはや世界そのものとなっていて、私はこの世にちゃんとしていないんじゃないかって気持になっていて、そうして何だか怖くなって呆然としていると、、試験室の扉がゆっくりと開かれた――、


 そして、


「やー、やー、美月ちゃん、勝ったよぉ――!」


 川岸さんに抱きつかれた。


「むぎゅぅ」


「いやー、厳しい戦いだったけど、私の右腕についたこの《全壊右腕クラッシャー・アーム》のお陰で、どうにか切り抜けることができたよ! 紅先生がパワーアップしてきた時はどうしようかと思ったけど、ボス戦には最終形態はよくあるからね。私にしては焦らず対処できたかな! これもある意味成長の結果なのかな! 頑張ってきたことが報われたってことなのかな! ねえ、美月ちゃんはどう思う? ――って、美月ちゃん大丈夫? どうして倒れてるのっ!?」


 完全なる不意打ちだった。

 私はほぼ垂直立ちの状態からブリッジを決めるようなアクロバットな動きを一気にした。

 ぐるりんと。

 私の身体はMAD素材のように異常な軌道で回転を行い地面に倒れ伏した。


 つーか、押し倒された。

 頭がクラクラして起き上がれない。

 川岸さんが悲壮な声をあげる。


「だ、誰がこんな非道なことを……」


 川岸さんです。


「まさか、ゴルゴムの仕業か……」


 ゴルゴムもとばっちりです。


「……拝見してましたところ、貴方が美月様を床に倒したようですが――」


 と、訓練室にいた生徒の一人が、見かねたように声をかけてきた。

 あ、あれ、猿飛さん、いたんだ……?


 生徒は――猿飛桃さんだった。

 狗山さんの従順なメイドさんである彼女は(メイドっていうと怒るけど)、その実直そうな瞳で川岸さんを見据える。本気になった猿飛さんはかなり怖い。川岸さんもその様子に気圧される。


(ああ、川岸さんも気の毒に……)


 この五秒後、川岸さんは土下座を決めた。

運命予兆。

次回「第98話:運命予兆(D)」をお楽しみ下さい。

掲載は4日以内です。

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