第98話:運命予兆(A)
画面の向こうで力が踊る。
君島優子の放つエネルギーは、無数の軌道を描きながら総合体育館の中を舞っていた。
触れるものをねじ伏せ、逃げるものを追い潰す、実体を得た暴力は、その荒々しさとは裏腹に、美しい躍動を持って“一つの光”を追っていた。
『そーちゃん……』
新島宗太。
その光の正体は――1年Dクラス新島宗太だった。
「追う獅子と、逃げる小鳥といったところですか」
知的な声が、私の意識を画面から剥がす。
ソファに身体を預け、となりをみると、画面を凝視する少女の姿が目に映った。
真堂真白さんだ。ここは……星空のマンションだ。
「確かに、力の差は歴然ですが、そーちゃ……新島くんの対応も見事ですよ」
「逃げまわっているようにしか見えませんが」
「君島さんの攻撃から“逃げまわれる”これだけでも並みのヒーローにはできません」
そーちゃんの力は、単純な肉体強化だ。
策を弄さないぶつかり合いは、実力差がはっきりと出る。なのに、そーちゃんの戦いは君島さんに負けていなかった。
力の出し惜しみがない。
見てるこっちが気持ちよくなるくらいの思い切りの良さで彼は戦っている。その戦闘姿勢が、その全力が、君島さんの攻撃に対抗できる理由を作っている。
君島さんは本気を出していない。
そんなのは明らかにわかる。だから、対抗できているといえる。でも、手抜きだとしても、普通の人が君島さんとぶつかってマトモに生き残れはしない。
(……がんばれっ)
そーちゃんの動きはわるくない。
これならきっと、
「そのうち攻めに転じると思います……ほら」
私がそう予想するのに合わせて、そーちゃんの逆転が始まった。
逃走劇が一変する。君島さんの攻撃を回避しつつ、彼は、そーちゃんは、君島さんに向かう。
「……本当だ、さすが美月さんです」
真堂さんが感心する最中もそーちゃんと君島さんの距離は縮まる。右へ左へ。輝く肉体が緻密な制御のもとに君島さんの肉体へと近接する。
激突、衝撃、
そして、周囲に光が満ちる。
「え?」
第三領域始動――。
光は爆発に転じ、照射は爆風に切り替わる。そーちゃんは壁越しまで吹き飛ばされそのまま背中から激突するが、しかし、
(今のは……)
爆破の寸前に垣間見えたものは間違いない――第三領域の発動であった。
(何で……まさか……)
私は立ち上がるそーちゃんを見つめながら再び意識を画面内へと移していった。
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入学してから一ヶ月以上が経った。
早いもんだ。
私はぎこちないながらもクラスに溶けこみはじめた。涼子ちゃん以外の人ともおしゃべりできるようになってきた。
猫谷さんや城ヶ崎さん、猿飛桃さんともお風呂場での一件以来、たまに話すようになった。授業に顔を見せなかった彼女だが、実戦形式の授業では参加するようになった。
まあ、どれもこれも、私の実力ではなく、涼子ちゃんの人望によるものだった。
彼女の近くにいると自然と人が集まってくるのだ。
小さい頃の涼子ちゃんが、お父さんの狗山隼人を通じて、他人と接していたように、
私も狗山さんの影に隠れて、そのおこぼれを預かっているような立場だったけれど、
それでも、
私は楽しかった。
いろんな人といろんな話をできるのは楽しかった。
猫谷さんは口は悪けど面倒見がよかったし、城ヶ崎さんは高校で初めて変身したのに一撃で怪獣を倒しちゃう凄い人だし、桃さんは無表情のわりに中身は熱い人だってわかってきた。
朝日とともに起きて、そーちゃんと登校して、学校では涼子ちゃんたちと笑い合って、授業ではたまに怪獣とバトルをして、帰りはちょっと寄り道をして遊んだり最近練習してる料理に挑戦したり、そうして夜はそーちゃんとぐだぐだゲームでもしながら過ごして、
私は今の生活を満喫していた。
このままずっと過ごせればいい。
そんなふうにまじめに考えた。
私を倒すという目的のもと開催される英雄戦士試験の日は徐々に近づいてきたけど、それすらも私は適当にこなせばいいと思っていた。
別に無理に参加することもない。
優勝した人と戦って勝敗を決せばいいだけのことだ。
私の日常は、そんな気だるさの伴った、朝起きた時の布団の中のような心地よさのまどろみにあるのであった。
しかし、私の猶予期間を阻害するように、『あの少女』がふたたび私の前に現れたのだった。
「今度、君島さんの試合を観に行きませんか?」
「はい?」
まるで野球観戦に誘うようなノリで、真堂さんは私を星空のマンションに連行した。
部屋には、鴉屋クロさんの姿もあった。
私たちはソファに座り、映画でも鑑賞するように、広域監視システム――“神の視点”の監視映像を見はじめたのだった。
「……え」
そこに映ったのは、学園最強のヒーローの君島優子と、私の幼馴染の新島宗太。
二人が戦う姿だった。
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「……きた、きたわっ!」
クロさんがめずらしく感情的な声を出した。
「ましろん、デバッグちゃんと取ってるわよね?」
「おーけーですよー、クロさん」
クロさんは「よーし、これでまた完成に近づいた……私はついてるわね……」と感慨深そうに言う。
「クロさん今のは……『第三領域』ですよね……?」
「ええ、そうよ。美月ちゃんが言うなら間違いないわね」
そんなこと言われても私は“外側から”アレを見たことはない。
自律変身ヒーロー同士の魂の相克。
互いの深層意識の共有。
私も実験で何度か試した経験があるだけで、自発的に起こしたのはこの前の君島さんとの戦いが初めてだった。
なのに、
「どうして……そーちゃんが第三領域を……」
しかし、そう口に出しはするが、私はその原因について思い当たるふしがあった。
まさか、いやでも……そんなことがあるだなんて、
「思いもよらなかった?」
クロさんは私の思考を読み取るように、言葉をつなげた。
「私がその事実を観測できたのは――5月の上旬のこと。彼、変身するときに妙なヒーローエネルギーの増幅をしてたのよ。おそらく常人の数倍、異常なエネルギー量を持っていると推察できた」
クロさんは私を見ることなく、画面を見つめる。私はクロさんを見つめる。
「決定的だったのは、彼が超変身を初めてした瞬間、彼、力を使い続けて倒れたのよ。学園の変身装置は肉体に必要以上の負荷がかからないように制御されてるからそんなことはありえないはず。なのに、倒れた。このことから、私はいろいろと考えたわ」
画面の向こうでは、そーちゃんが立ち上がり君島さんと視線を交錯させる。気になるが、それはあとで確認すればいいだけ、私はそれよりも、クロさんよりも言葉を出すことに意識を傾けた。
「もしかして……そーちゃ……新島くんは」
「そーちゃんでいいわよ。美月ちゃん、さっき無意識に言ってたわよ」
私は燃えるように赤面した。しかし、諦めることなく続ける。
「……そーちゃんは、『自律変身ヒーロー』になろうとしているんですか……?」
画面の方を向き続けていたクロさんの視線がわずかに私の方に向けられる。
「それは、はっきりとはわからないわ。正確に言えば、自律変身ヒーローのちからを受け継ぐ、まったく新しいヒーローになろうとしている」
「自律変身ヒーローのちからを持つ……?」
すると、クロさんは今度は本格的に私の顔を見た。
じっと。
水晶のような瞳。
決定的な言葉を放つ。
「貴方――――新島くんに魂の一部をあげてるでしょう?」
「……はい」
私は肯定した。
クロさんはそれだけ聞いて満足すると、画面に意識を戻す。
「おそらく膨大なヒーローエネルギーが彼の中にとどまっているのはそのせい。第三領域を開くことができたのもそのせい。私の予想だけど、君島さんが領域内で見たものは――美月ちゃん、『貴方の深層意識』よ」
私はクロさんに言われたことを頭のなかでゆっくりとどうにか整理する。
異常なヒーローエネルギー量。変身装置があるのに気絶する肉体。変身とは魂の加工技術。自律変身ヒーローとは魂を操作できる特権者。それゆえに起きる第三領域の発動。深層意識の共有。……そーちゃんが?
画面の向こうでは君島さんが話す声を聞いた。
『――ふふっ、なかなかに愉快な体験だったわ。ちょっと見直したわよ新島くん』
『……愉快な体験?』
『ヒーローエネルギーは人間の意識を根源としているわ。活性化するとそれが顕著になる。強烈なまでの意識と意識のぶつかり合い――爆発……あとは自分で推理しなさい』
『…………』
そして言葉を開く。
「……確かに、私はそーちゃんに魂の一部を譲渡しています」
「四年前の事件以外にもやってるわね。当時の話を聞いたとき、貴方たちは人間の条理すらも変えるのかと驚いたものよ」
「……あれは、私の能力のせいによるものでしたから。私が治せるのは当然でした」
「当然ねぇ……その割に一週間近くもつきっきりだったんでしょ?」
「…………」
「必死だったと聞いてるわよ」
「……なんでも知ってますね」
すると、クロさんは楽しそうに言った。
「そうよ。私はなんでも知ってるのよ。なんでも知ってるからこそ、新しい可能性に心躍らせるの」
新しい可能性ね……。
その一つがそーちゃんか……私は納得したようにして、画面を見つめた。
そして、決定的な映像が流れることになった。
…………そーちゃんが新しい能力を発動したのだ。
それは私の能力と同等にて、涼子ちゃんの《血統種》における『絶対に斬れる前肢』と同じ能力、
エネルギーを斬る力。
変身名《限定救世主》の光の剣だった。
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『俺はさ……実は、変身名に《英雄戦士》って付けたかったんだよ』
どきりとした。
画面越しのそーちゃんがそう言ったのだ。
まさか無意識に――。
そう思うしかなかった。
けど、彼は続けてこういった。
『カッコい名前をつけるなら、これだ!って最初に思いついたんだよ。そりゃあ、もちろん理事長の話を聞いてからだけどな。自分で自分の首を締められるし、ハードルあげられるし、いいなと思ったんだよ』
そうか。理事長の――。
勘違いに私は恥ずかしくなった。
というか、英雄戦士選考会のことをてっきり忘れていた。
私は息を吐き安堵する、となりでは真堂さんとクロさんがニヤニヤ笑っている。笑うな。
『あえてこの名前でいけば、最高にクールだと思ったんだよ。
――でもな。ダメだ。俺には、もっと他の言葉がありそうだ』
しかし、そーちゃんはそこで否定した。
その変身名は正しくないと。
直観だろうけど、否定した。
『俺は今でも迷ってる。今でも迷走している。変身名をどうするか?本当の自分はどんなんだろうって、今でも考えて考えて考えている――でも、』
彼は迷っている。
私は知っている。
彼は迷いながら迷いながらいつでも強い決意を持って選択をしていることを。
「――1年Dクラス新島宗太、変身名《限定救世主》!」
暫定的ではあるが、
限定的ではあるが、
そう前置きして、――彼は宣言した。
同時に、光の剣が現出した。
その瞬間――私は理解した。
(これは……私の能力だ)
君島さんの《戦闘美少女》は、その膨大なエネルギー量によって肉体を限りなく強化する能力だ。
終焉崎の《世紀末覇者》は、その卓越したエネルギー操作によって周囲の空間を自分の望む形に変える能力だ。
そして、私の《英雄戦士》。
それは、膨大なエネルギー量と卓越したエネルギー操作によって、
周囲の空間にいるもののエネルギーを吸い取り、自らを限りなく強化する能力だった。
つまりは、
「他人の魂を喰らう力……」
ヒーローエネルギーという概念を吸い取り自らのものとして利用する能力。
それが、私の英雄戦士の力であった。
そして今、その力が画面の向こうで生まれていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回「第98話:運命予兆(B)」をお楽しみください。掲載は4日以内です。
黄金の微睡みは終わり、物語は走ります。