第97話:女子寮潜入(B)
「人がそうしたいと思うのとは違うやり方で、人がそうなりたいと思うことを実現すること――――それが悪」
WHITESOFT『ギャングスタ・リパブリカ』より抜粋
私たちが星空のマンションにつくまえに、変身について簡単に説明しておこう。
変身。
それは魂の加工技術のことだ。
この世界にヒーローエネルギーがあることはすでに説明したと思う。
そして、それが魂を実体化したものだと。
まあ、実際のところそれが魂であるのか不明だし、便宜上そう呼んでいるのにすぎないんだけど、ともかく、魂を実体のものとしたヒーローエネルギーなる存在が、この世界にはある。
そして、変身。
これは人類が生み出した、魂を加工して人間の身体を守る『外殻』を生み出す技術のことだ。
そう、簡単にいえば変身とは『魂の加工技術』のことなのだ。
ちなみに、この変身という発想とヒーローを関連させる行為。
変身を行った人間が“ヒーロー”として戦うという考え方、そのもの。
これは、非常に――日本的なものであった。
私はそれほど創作上のヒーローには詳しくないのだけれど、それでも海外のヒーローと、日本のヒーローを比べてみた際に、否応なしに浮かび上がる“相違点”を、私はあげることができる。
――――“変身”。
そうだ。海外のヒーローは、変身をしない。
彼らはヒーローではあるけど、変身ヒーローではない。
超人なのだ。
初めから。あるいは結果的に。
特殊な生い立ちに寄って、異常なまでの財力に寄って、奇態な人体実験の結果として、想像を絶する鍛錬の末として、彼らは、彼女らは、ヒーローとして肉体を変化させることなく、戦う前も後も一貫してヒーローなのだ。
変身ではない、変装なのだ。
この違いは大きい。変身という思想自体はもちろん海外にもあるけど、(そんなのはカフカさんを見ればわかる)変身という行為を前提としたヒーローがこれほど豊穣であるのは、日本だけのことだ。
だからこそ、それゆえに、私たちヒーローは、特に日本人のヒーローは、世界的に活躍できる。
変身ヒーロー=日本という世界観を地球上で確立させた。
自律変身ヒーローが私たち全員日本人というのも、理由はまあ不明だが、こうした事実がいくらか関わっているのではないかと思う。
ともかく、変身ヒーローとは、日本が世界に誇る存在なのだ。
この日本で頂点に輝くということは、すなわち世界に誇れるヒーローになることと同義なのだ。
……最後のはちょっと言い過ぎだけど。
まあ、そんな訳で私は変身技術の研究を行なっているCクラスの方にお会いするのだった。
鴉屋クロ。
彼の父親――鴉屋博士は、変身装置を開発した研究者の一人なのだった。
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「到着しました。ここが星空のマンションです」
「うわぁ……」
私は驚きの声をあげた。
室内が、夜空で瞬いていたのだ。
「無数の星々を眺めながら思索にふける。それがこの星空のマンションです」
真堂さんはそう言って、奥の椅子にぐるりと飛び乗る。
その背後には巨大なスクリーンが幾層にも重ねられていた。
画面からは学内の映像がリアルタイムで更新されている。
「……これは、監視カメラですか?」
「正確には違いますが、まあ似たようなものです」
真堂さんは椅子をコマみたいに回転させてリモコンを操作する。
「これは、『神の視点』。現在開発中の広域監視システムです」
「神の……?」
「神の視点。元はフランスの文学理論家ジュラール・ジュネットから引用した言葉です」
「ジュラ?」
「ジュラール・ジュネット。世界の物語のあり方に挑んだ学者の一人です。彼は、世の中の物語の“視点”というものを『焦点化(focalisation)』という言葉に置き換え、こう三つに分類しました」
① 内的焦点化:物語内人物を「視点人物」として、その視点人物によって知覚された現象のみを叙述する。
② 外的焦点化:物語内人物の外面のみを叙述する。人の思想や感情は窺い知れない。
「例えば小説ですと、①の場合は『俺は怒った』とその人の内面を描きます。
②でしたら、『彼は怒ったように見えた』と外面のみを描くことになります」
この①が語り部となり、登場人物に対して②の叙述しかできない状況が、いわゆる“一人称小説”と呼ばれるものの定義となります、と彼女は言う。
「一方、映画やアニメーションなどの映像作品の場合です、
①が失われ、②が中心として描かれるようになります。当然です。『映像』なんですから。
この表現の変化が、いわゆる一人称小説を映像化したときに趣きが変わる原因となります」
よく原作のほうが面白いとおっしゃる方の根本的な原因は、この①の視点世界が作品の面白さの根幹を成していると判断していることに由来します。と真堂さんが言う。
「…………」
対する私は、――ぶっちゃけ学術トークの開始に軽く引いていた。
いや、まあね。
ちょっと面白いけど。小難しいから。
しかし、真堂さんは気にせず、こういった。
「そして、①でも②でもない、三番目。いわゆる『三人称小説』と定義される物語の視点。超越的な語り部の視点――あらゆる時間・空間を飛び越えて、物語内人物の内面に飛び込める高次の焦点」
③ 焦点化ゼロ:あらゆる時間・空間を飛び越えて、登場人物の内面を描く。
「それが焦点化ゼロ――別名『神の視点』と呼ばれる言葉なのです」
あらゆる時間・空間を飛び越えて、登場人物の内面を語れる。
要するに、どこにいても他人の内面を知ることができる。
それが焦点化ゼロ。神の視点。
――ああ、ここでさっきの監視カメラの話とつながるのか。
……あれ。
でも、そこで私は違和感を覚える。
「それって、シロちゃんの変身名《夢見心地》のことじゃないですか?」
「そうです。私の母・シロ先生の能力は、あらゆる“空間”を飛び越えて他人の内面に踏み込むことができる能力です」
しかし、と彼女は加える。
「私たちは、さらにその上、“空間”だけでなく“時間”も、シロ先生の能力を超えたものを目指しています。あらゆる空間と時間を超越する広域監視システム――それがこの『神の視点』なのです」
そう真堂さんは堂々と言った。その時の両目は真実を語るように輝いていた。
(……ふーん)
確かに、監視カメラだったら、いろんな場所を監視できるし、録画すれば時間を遡って、他の人のことを知れるもんね。
「でも、カメラだったら映像だから、②の外的焦点化だっけ? そっちになるんじゃないですか?」
すると、真堂さんは「よく気がついてくれた」と言わんばかりの視点でこっちを見た。
あ、ちなみにここで、私が真堂さんの心情を知覚しないで、“言わんばかりの視点”って言うことが、②外的焦点化ってことね。私からじゃわかんないもんね、真堂さんの本当の気持ちは。
「ふっふっふ、そこが普通の監視カメラと違うところなのですよ。美月さん」
と、真堂さんが得意気に言った。
ちなみに、この場合だと「気」って表現しているのが、②にあたるわけだね(しつこい)。
「普通と違うってことは……他人の気持ちがわかるってことなの? この監視カメラは?」
「ふっふっふ、それは――――」
「――そこで、貴方に話を伺いたいと思ったいたのよ。……英雄戦士」
その瞬間、いきなり部屋の一角のドアが開けられた。
中から、オカッパ頭の女の子が参上した。
無表情・無関心・無感情――そんな三拍子を揃えたような雰囲気を出している。
まるで、この世の全てを見ていて、この世の全てが“既読済みの本”のようになってしまった視線で、彼女は私を見た。
そして、言った。
「――――やぁ、美月瑞樹さん。――――また、会ったわね」
ゾゾゾゾゾッ、と『心の鳥肌』が立った。
「クロさん、お仕事お疲れ様です」
「うん、ましろんもお手伝いありがとう。――また、会ったわね」
彼女は、ふたたび私に向き合うと、こう言った。
「ようこそ、美月さん。私の星空のマンションへ――」
「……鴉屋、クロさん……」
天井からは満天の星空が降り注ぐ、Cクラス秘密基地――『星空のマンション』。
スクリーン群のまぶしい光を背景として、
彼女は、堂々と宣言した。
「――貴方の運命はここで変わる」
揺るがぬ瞳が私を捉えた。
「さーて、戦いの始まりだ。――――――真相を崩していこう」
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変身の説明をしたんだから、
ついでに、第三領域という概念についても補足しておこうか。
まあ、大した話じゃないけど、
豊臣秀吉の話をするついでに竹中半兵衛の話をするようなものだけど。
私たち自律変身ヒーローは、コマンドを入力することで、
魂を自動的に加工して変身することができる。
私たちをパソコンに例えれば、私たちは自分で自分の中にあるソフトウェアを動的に起動できるロボットみたいなものだ。
魂を外側に放出している。
その仕様は――様々な安全装置が備わり、決して死なないように作られている(むしろ現代技術ではそこまで魂を活発化させることはできないらしい)変身装置の変身とは根本的に異なっている。
もっと、雑で、強烈で、危ない。
これは例え話だけど、爆弾を他人からもらうのと、爆弾を自分で作るのでは、後者の方が危険度は高いだろう。
そして、そんなヤバさの弊害の一つとして、『第三領域』という現象が発生する。
「――――自律変身ヒーローの魂を持つ者がお互いに全力でぶつかり合った際に、お互いの深層意識の共有を果たす。それが『第三領域』よね」
「はい……」
クロさんは確認するように言った。
おそらく私でもなければ、クロさん自身のためでもなければ、真堂さんのために言ったのだろう。
「……確かに君島さんと戦った時に、お互いの深層意識の交換はありました。……君島さんの考えも理解できましたし、……私の気持ちも」
「理解し合ったのね」
私は無言で頷いた。真堂さんが「おおーっ」と驚き、なんか語り出した。私は無視する。
私たち自律変身ヒーローは戦うことで、相手の魂の一部を閲覧することができる。
お互いの深層意識の一部がログファイルのように魂に格納されているらしく、私たちはお互いの『大切な記憶』を知ることができる。
つまり、理解し合える。
化け物同士の戦闘の拮抗に伴い。
真っ白な空間が展開され、異質な体験をすることになる。
クロさんは私の話を聞いてうんうんと頷いた。
「それは重畳。終焉崎は海外に行ってしまったし、君島さん一人だとどうしても限界がたったのよね。その辺りの原理について、少しお話してもらえないかしら」
「それは、構わないですけど……」
私は逡巡した。
「……もちろん、君島さんの過去については触れなくていいわ。私が知りたいのは、貴方の感じ方なのだから」
「それなら……」
私はぽつりぽつりと話始めた。
その異質な体験について――。
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話を終え、私は星空のマンションを後にした。
「ありがとう、美月さん。これで実験がはかどるわ」
「どういたしまして……」
クロさんは出口まで私を見送ってくれた。
「貴方も色々と抱えてるものがあるだろうけど、この学校で変われるといいわね」
「……はい」
私は頷いた。頷いてしまった。
彼女は一般的な事項なら何でも知っているのだろう。私の過去も、私の今も。
「――――私は知れることはすべて知った。あとは他人の内面くらいなのよ。知らないのは」
そう平然と言い切るのが鴉屋クロさんなのだった。
「人間過去は変えられないけど、未来は変えられる。罪は消えないけれど、善行はできる。月並みな言葉だけれど、変化を肯定的に捉えなさい。人間の細胞は毎日入れ替わっているのだから」
クロさんはそう言って、私に何かを手渡した。
黄色いカードだった。
「これは……」
「これは『神の視点』の認証カードよ。レベルは1。現在の時間軸であれば、だいたい好きな空間を見ることができるわ」
そして、レベル2で過去のことを。レベル3で精密な把握を。レベル4で範囲を拡大を。
「レベル5のカードで他者の内面を見ることができるわ」
「他者の……?」
「まだ実験段階よ。『神の視点』はまだ調整中だからね。それに膨大なヒーローエネルギーの使用を伴うから、まだ準備が必要なのよ。でも、必ずやり遂げてみせるわ」
私は天才だから――。
そう事もなげに言って、彼女は私を最後まで見送ったのだった。
そして、私は帰った。
自宅へ。
「…………ん」
帰路につき、私が郵便受けを漁っていると、奇妙なものを発見した。
それは、綺麗な便箋であった。
開けてみると、そこにはこう書かれていた。
――――お泊り会のお誘い――――
出席者:狗山涼子 参加・不参加
出席者:美月瑞樹 参加・不参加
出席者:新島宗太 参加・不参加
日時:2018年04月18日土曜日 PM:18:00~
会場:大平和ヒーロー学園△△△女子寮 2F 205号室
※備考:お友達を連れての参加も歓迎します
主催者:狗山涼子
「…………おぉ」
今週の土曜日は、何だか特別な時間になりそうだった。
今回の話の作成に伴い以下の文献を参考にしました。
宇野常寛『リトル・ピープルの時代』幻冬舎 2011/7/28
ジェラール・ジュネット『物語のディスクール―方法論の試み』水声社 1985/09
次回「第97話:女子寮潜入(C)」をお楽しみください。掲載は3日~6日以内とします。