第97話:女子寮潜入(A)
入学直後に波乱はあったものの、私の学園生活は比較的に順風満帆だった。
朝
「……うぅ~んっ……おはよ、そーちゃん」
「おはよう、美月」
そーちゃんに起こされて目を覚ます(鍵はもう渡した)。
昼
「ふわぁあ……ぁ」
「眠そうだな美月さん」
「……うん、眠い」
「少し眠ってて構わないぞ」
「ん……、ありがとう」
「私がずっと見守ってるからな」
「ん?」
狗山さんと話しながら休み時間を過ごす(授業はたまに寝る)
夜
「そいじゃあ美月、俺はもう寝るから」
「んー」
「……あんまりゲームばっかしてるなよ、そのうち身体壊すぞ」
「ん~」
「ゲームは一日一時間っ」
「んー」
「……それじゃあ、おやすみ」
「おやすみ……」
そーちゃんと一緒にグダグダする(そーちゃんはもう寝た)
深夜
「…………よし」
私はゲーム機を布団に投げ捨てる。
立ち上がる。
電気を消す。
あらかじめ準備しておいた椅子の上に座る。
目を閉じて意識を集中させる。
「……起動、変身名《生死遊園》」
私は新しい変身名を告げる。
即座にヒーローに変身する。
ここで変身の仕組みについて説明でもしたいところだが、それは次回にまわそうか。
私は精神の集中を進める。
より強く、より深く、心の内膜を外側へ向けて広げていく。
(……対象範囲を拡大――半径、約8メートル)
対象者の存在を確認中。
対象者を発見。
生命反応の解析と認証を開始。
魂の種類が指定のものと一致。対象者:新島宗太と判断。
(……うっし、やるか)
私は気合を込めてコマンドを打ち出す。
「LifeGame.chaeck_sataus(Human.NIJIMA,Hero.SoulEnergy)」
(変身名《生死遊園》種類『確認』対象者――新島宗太)
「LifeGame.vest(Human.NIJIMA,Hero.SoulEnergy)」
(変身名《生死遊園》種類『付与』対象者――新島宗太)
「LifeGame.Recovery(Human.NIJIMA,Hero.SoulEnergy,80)」
(変身名《生死遊園》種類『修正』対象者――新島宗太)
魂を確認し、魂を付与し、魂を修正する――。
「……ふぅ」
私は一仕事終える。
満足気に息を吐きふたたび立ち上がる。彼のいる部屋の方を見つめる。
(余計な……心配かもしれないけど……)
けど、それでも不安になって、こうしてエネルギーを与えてしまう。
そーちゃんがいなくなってしまうんじゃないかって。
不安になって。苦しくなって。
気がつけばもう四年も続く習慣となった。
(我ながら……馬鹿らしい)
さっさと寝よう。また寝不足で学校行くことになるぞ。
私はそう思い布団を頭から被るのだった。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
夢という状態の一番良くないことは、自らの現状に対して疑念や違和感を抱けない点にある。
「…………ごめんなさい」
私は謝っていた。
「…………ごめんなさい」
私は誤っていた。
「…………ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
世界は真っ白に覆われていた。
怪獣とヒーロー。壊れた家。眩しい光。この世の終わりと始まりを両方見ているような光景が広がっている。やがて光がだんだんと強くなり、怪獣を包み込み、同時に彼をも包み込む。視界全てが新品のノートみたいに真っ白移り変わる。やがて何も見えなくなる。
その光の原因が私だと、私は夢のなかだというのに、それだけは、はっきりと自覚していた。
「…………ごめんないさい。ごめんないさい。ごめんないさい」
私は謝り続けていた。
しかし、私は気づいていた。彼は私の謝罪を聞いていないことに。彼は私の謝罪を聞ける状態にないことに。
私は気づいていた。
私の声が彼に届いていないことに気づきつつも、私は謝り続けていた。
「…………ごめんなさい。ごめんないさい。ごめんないさい」
だから、この「ごめんなさい」は偽物の言葉だった。
謝罪という建前から生まれた、私の許されたいと願う気持ちからでたマガイモノの言葉だった。
贖罪だけを済ませたいという私の独善的な意識の現れだった。
「…………ごめんなさい。ごめんないさい。ごめんないさい」
それでも私は謝り続けていた。やめろ。私は腹が立った。謝罪さえすれば許されると思うのか。馬鹿な。
謝りの言葉を免罪符にするな。ごめんなさいを自己肯定に使うな。そいつは欺瞞だ。嘘っぱちだ。
「…………ごめんなさい。ごめんないさい。ごめんないさい」
それでも私は謝り続けていた。
何故なんだ。イラツキながらもその原因はわからない。いや、わかる。夢だからだ。夢だから行動の判断基準が現実と異なるのだ。私の深層意識が理性に反した行動を行なっているのだ。自らの間違った行動に対して疑念や違和感を抱けないのだ。
「…………ごめんなさい。私のせいで。私の力が。こんな私自身が世界と戦おうなんてするから」
私は謝り続けていた。馬鹿な。彼が言葉を返してくれるとでも思っているのか。そう思いながらもその謝罪はいつまでもいつまでも響き続けていた。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO?----------
私は目覚める。
はっきりと目覚める。
心臓が冷えて汗がわいて身体が震え上がるのがわかる。
布団が別の生き物みたいだ。
ゾゾゾッと全身に悪寒がかけあがる。
私は立ち上がり布団から出て洗面台の前に立つ。
電気をつける。
視界が広がる。
私の顔があった。
憔悴しきった私の顔があった。
私は視線を逸らしコップに水を注ぐ。
飲む。
もう一杯飲む。
息を吐く。
トイレにいき、一息つく。
出てきて、手を洗う。
この間、私が鏡をもう一度見ることは決してなかった。
(……寝よう)
なるべく何も考えないように。身体が疲れているんだという信号を無理やり発信させて無理やり寝てしまおう。
(……こっち来ても、変わらないな私は)
入学して二度目か。
入学前を入れるともう何度になるのかわからない。
私、美月瑞樹は悪夢に悩まされている。
別に隠してる訳でもないからいうが。
私、美月瑞樹は四年前の出来事を今だに振り切れていない。
まったく、女々しい……。
今もこうして夢を見る。そして、深夜に起こされる。朝方になってようやくぐっすり眠れる。
入学後、私の学園生活は順風満帆だが、それでも私の“私生活”はいまだにダメダメのままだった。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
そんな私にお客さんがあったのは、入学して一週間ほど経った時のことだった。
「おい美月、お前を呼んでるやつがいるぞ」
「……はい?」
昼休み。教室。
猫谷さんはそう言って私の本を取り上げた。
「呼んでる人、ですか……?」
「ああ、Cクラスのやつみたいだ。どっかで見覚えあるんだけど、どうも名前が思い出せねぇ」
「はぁ」
「とりあえずご指名だ。言ってこい」
「は、はい……ありがとうございます」
私はそうお礼を言って席を立った。
猫谷さんは私から取り上げた本を私の席で読み始めた。自由人だ。
(まあ猫谷さんはさて置いて、……呼んでる人?)
そーちゃんかな、と思ったが、Cクラスの人だと言っていた。
私にそんな知り合いなんていたっけな。いや、いない(断言)
私は教室の入り口に立っている女の子を発見した。
小さい女の子だった。
可愛い女の子だった。
怪しい女の子だった。
涼子ちゃんが職員室から帰ってきてからじゃあ駄目かなと思ったけど、もう彼女の前に着いてしまった。
線が細く、背も低く、とにかく華奢な印象を強く受けた。
彼女は――馬鹿丁寧に頭を下げて、こう言った。
「初めまして美月瑞樹さん。私は1年Cクラスの真堂真白と言います」
「はぁ……ハジメマシテ」
私は挨拶を返し、と、そこで引っかかるものを感じる。
真堂?
ってことはもしかして……。
「あれ? 真堂……ってことはシロちゃんの」
「はい。旧姓:月見酒真白。シロ先生の実娘です」
彼女はきっぱりとそう言った。
まるで私に隠しても無駄だ。そういう感情が読み取れた。
「……ああ、昔シロちゃんが真堂のおじさんとの間に養子をもらったという話は聞いています」
「血のつながりはなくても、心は実娘です」
「はぁ……ソウデスカ」
白々しい。
トリックスター。
彼女との応酬で最初に受けた印象だった。
「真堂のおじさんは今は『悪の組織』の総取締をしてますよね。その娘さんが学校に入学していたんですね」
「ええ、と言っても私は半分勘当されてるんで、権力とかは何もないんですけどねー」
「へぇ……」
(……ふうん?)
どこまで本当か知らないけど、まあ、確かに彼女のことはあんまり聞かないや。
「そう……なんですか?」
「そうなんです。血統に左右されない努力の存在――真堂真白はそう認識しておいてくださいっ!」
両腕をぐっとやってそう応える。
元気っ娘か。
そんな線の細い身体をして。
どうもキャラが定まらない。適当でふわふわした娘だ。
(怪しいなぁ……)
どうも嘘つきの匂いがする。
「それで、その真堂さんが何の御用でしょうか……」
「やだなあ、美月さん。そう身構えないでくださいよ。私はただの伝言屋ですから。パシリですから」
「はぁ……」
じゃあ、何でまず自分の名前を言ったんだ。
私はそう思ったが無視することにした。
「……それで、その伝言とは?」
「はい。今日の放課後――『星空のマンション』という場所に貴方を招待します」
星空の……マンション?
「……それは、そういう場所があるんですか?」
「はい、学内に存在する施設の一つです」
「へぇ……」
「まあ、秘密の施設なんですけどねっ」
「はぁ……」
秘密の施設ならこんな教室の前で堂々と言わないでいただきたい。
「簡単に言いますと、実験施設です。現在は、私の実母である月見酒代の変身名《夢見心地》の広域監査能力を超える装置の研究開発中の場所です。まあ、私たちの根城ですね。今は研究よりも選考会の準備が中心となってますがー」
「…………」
いきなり情報密度の厚い話をされて、私はスルーした。
相手にしないこと。彼女への対応はそれが一番だと理解した。
「ちなみに呼んでいるのは鴉屋博士の娘さんです」
「……へぇ」
鴉屋博士の娘さんか。
彼女がいることは前に涼子ちゃんから聞いた。
鴉屋博士の一人娘もこの学校に来ているって。
まさしく二世ヒーロー揃い踏みみたいな学校になっているって。
(まったく皆同じタイミングで高校生になって……)
まるで二世ヒーローのバーゲンセールだ。
歳が近いってのもあるんだろうけどね。
「それで、……私を呼ぶ理由というのは」
正直、この時点で大体の展開予想はつかめた。
何故私を呼ぶのかその理由を。
だから、私は断ることもなく話を進めた。
どうせ分かっていたことなんだ。
これだけ多くのヒーロー候補生が集まる学校なら、こういう人間が一人か二人はいてもおかしくないって。
「はい、美月瑞樹さんと君島優子さんの決闘について、伺いたいそうです」
私たちの噂をどこかで聞きつけてくる輩がいると。
「特にその時に発生した《第三領域》について、鴉屋クロさんは伺いたいそうです」
「第三領域ねぇ……」
あれはそんな調べるほどのこともないけどな。
自律変身ヒーロー同士が、相克した時に起こり得る、特殊領域。
現実と非現実が入り乱れ、日常と非日常が混在し、個人とセカイの接近に寄る奇妙な体験。
「……まぁ、暇ですし、いいですよ」
私は了承した。
あまり研究員みたいな人は好きじゃないし、特にこの女の子は怪しさ満載だけど、この学園で平和にやっていくなら、あえて敵陣に向かうことも、必要な選択だろう。
「行きますよ。その星空のマンションとやらに」
私は行くことにした。その星空のマンションに。
そして、私は『神の視点』と出会った。
次回「第97話:女子寮潜入(B)」をお楽しみください。
今回も4分割くらいになります。
掲載は3日~6日以内となります。




