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第96話:壇上挨拶(C)

「マーちゃん、俺達もう終わっちゃったのかなぁ?」

「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」

北野武監督作品『キッズ・リターン』より抜粋。

 かつて、私たち三人は『自律変身ヒーロー』と呼ばれた存在だった。


 君島優子きみしまゆうこ

 終焉崎円おわりざきまどか

 美月瑞樹みつきみずき


 人類初の変身装置を必要としない変身ヒーロー。

 “2000年”という新時代を境に生まれた歴史の異端児。

 それが私たち『自律変身ヒーロー』であった。


 ヒーロー連盟の人たちは、私たちのことを『新人類』と呼んだ。

 あるいは『ゼロ年代の傑士』と。

 あるいは『第三世代型ヒーロー』と。

 あるいは『セカイと戦うヒーロー』と。


 場合によっては『従来の形式を前提としつつそれを意図的に逸脱いつだつしたヒーロー』だとか、『無秩序な魂のガジェットを集積しゅうせきして新たな創造を果たしたヒーロー』だとか、無駄に長ったらしい名前で呼ばれた。


 無数の呼び名があった。

 どれも大げさでスゴそうでちょっと意味が分からなかった。


 とても衒学的げんがくてきだった。


 でもそれがあの時代の魅力であり強さであり輝きであったと、シロちゃんは懐古して言っていた。


 2000年代。

 それはごく狭い世界において濃密でまばゆい時間だったらしい。


 セカイとか。リアルとか。ポストモダンとか。ラカン派とか。キャラクターとか。楽園とか。ビルドゥングスロマンとか。パースペクティブとか。オートマンとか。メタフィクションとか。視線トリックとか。記号的とか。決断とか。その他諸々。


 いろいろあった。

 いろいろあった時代らしい。


 だがしかし、すべて過去の話だ。

 今は2018年。

 2000年代なんてはるか昔。過去の過去だ。


 確かに、そこで私たちはヒーローだったかもしれない。

 新時代に生まれた寵児ちょうじだったかもしれない。

 世界の求めた英雄戦士だったかもしれない。


 私たちは変身装置という人類の地平から抜け出して、

 世界の仕組みと相対した可能性の塊だったかもしれない。


 だが、それも過去の話だ。

 しつこいが何度でも言おう。すべて、過去の話だ。


 2000年代はとうの昔に終わった。

 私たちは向き合わなくてはいけないんだ。その現実と。


 私は小学六年生の時にヒーローを辞めた。

 それは四年前だから2014年だろうか。

 それが限界だった。

 私の持ちえる限界だった。


 それ以後の話は聞かない。君島さんも終焉崎も話を聞かない。


 私たちの新時代は終わっていた。

 世界はもう英雄戦士を求めていない。


 ……でも、どうやら、そう思わない人もいるようだ。

 例えば、私の席の前。

 私の『良き学友』にならんとする“彼女”は、私の終わりをどうしても否定したがっているようだった。


 

 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



「よう、美月、クラスはどんな感じだ」

「ひ、ひゃうっ!」


 私は飛びねた。

 敵から電撃を受けた時のように大きく飛び跳ねた。

 入学式に向かう途中で、いきなり後ろから肩を触られたのだ。


(ち、痴漢……)


 周りは生徒でいっぱいだ。

 人混みに紛れて女の子を狙う変態がいてもおかしくない。

 私はその正体を確かめるべくおそるおそる振り返った。


 変態の正体は――そーちゃんだった。


「お、おう……! 驚かせてすまなった」


 そーちゃんはすまなそうな顔をして触れた手を虚空に浮かせていた。

 その様子に私は安堵あんどする。

 痴漢でなかったという事実――それに加えて、『数十分ぶりにそーちゃんと再会した』という至極平凡な事実に、私は心から安堵していた。


「な、なんだ……そーちゃんか。…………痴漢かと思った」


 ゆえにそんな馬鹿にした風の言葉を出すこともできた。

 そーちゃんは不満そうな顔をして口を尖らせたが、その予想どおりの反応は私の精神をさらに落ち着かせた。


「そりゃ、また失礼な間違われ方だな。入学式初日に痴漢はさすがにそれはないよ」

「いやいや、分からぬよ。男子校出身のせいで、あたり一面に広がる女子高生の群れに欲情した殿方がいるやも……」


 そう適当にペラペラと言った。そーちゃんはため息を吐きながらも相手をしてくれた。ありがとう。私は心で感謝して口元は邪悪な笑みを浮かべて素直に甘えた。

 と、私の様子が気になったのだろうか――“美少女”が、私の真横に現われた。


「――どうかしたのか、美月さん?」

「お、おひょうっ!」


 私は飛び跳ねた。さっきよりも跳ねた。跳ねる時は跳ねる女なのだ。私は。


(そして、なんか変な声出してるし)


 二重のキョドりに私は二回死にたくなった。


「お、おお……驚かさせてしまったか。すまない」


 彼女はそーちゃんと同じ反応を示した。

 彼女――“狗山さん”は丁寧に頭を下げる。


(すごい……綺麗なお辞儀だなぁ……)


 その様子に私は申し訳なさやら恥ずかしさやら劣等感やらが心の中で弾けた。

 内心で懊悩おうのうした。

 多分ここに布団があったら、頭から被って暴れ出す自信がある。


(あぅぁ……人生は難しいなあ畜生ちくしょうぅ……)


 ちなみにこの後の私は、さらに対応を何度も間違え、手痛い失敗を重ねた。

 その全部を紹介するのは、私の精神衛生上よろしくないため、ダイジェスト版で簡単にご紹介しよう。


「い、狗山さん――う、ううん、ダイジョ~ブ、ダイジョ~ブ、ヘーキヘーキ、ワッハハハ……」

「そ、そーちゃんは、えと、わ、私の…………お、“男”です」

「こ、こ、子供の頃は一緒にお風呂とか入ってました」

「そ、そーちゃん、た、助け、私やっぱまだ無理……」


 …………あかん、心折れそう。

 ここに練炭あったらそのまま焚いて永遠の眠りについてしまいそう……。


 幸か不幸か、そーちゃんはその後やってきたクラスメイトに連れられて、先に進んで行ってしまった。


(風のように去っていったな……)


 そーちゃんを見送った私は、そんなことを思った。

 それにしても、もう、友だちとあんな仲良さそうに。

 さすが、そーちゃん恐るべし……。私は彼のコミュ力に恐れおののいていた。


「彼が……新島宗太にいじまそうたくんか」


 と、私の視線から考えを読んだのか。

 狗山さんはそう話しかけてきた。

 声は硬質で、そのぎこちなさを隠そうとしていなかった。

 何か知っている風なのは明白だった。


(そりゃあ……まあ、知ることくらいできるか)


 一応、連盟内でも非公開の情報のはずだけど。

 狗山さんの立場なら知ることは不可能ではないはずだ。

 私は、沈黙することであえて肯定を意味した。


「私も偶然知ったに過ぎない。あまり良い事件ではなかったとだけ聞いている」


 私はふたたび沈黙。

 あんまり良い態度とはいえないけれど、私にできるのは沈黙を保つことだけだった。


「……すまないな。別に何かを言いたい訳ではないのだ。ただ、私は、美月さんがこの学園に来てくれてよかった。そう言いたかっただけなのだ」

「…………」

「また、美月さんの戦う姿が見れる。しかも、共に。私は、それだけで嬉しくて光栄で仕方ないのだ」

「……そんなに、スゴくはないですよ」

「うむ?」


 狗山さんが小首をかしげる。

 言ってしまった。

 反論してしまった。

 後悔しながら、私は言葉を続けた。


「私は……そんな、狗山さんが光栄に思えるようなヒーローではないですよ……確かにかつて、何か周りをビックリさせたことはありましたが、そんな……讃えられるほどのものではありません。私は……そんな光栄に思われるような人間では、ありません」


 少なくとも、私はそんなに喜ばれる人間ではない。

 そんな上等な人間ではない。

 だから、


「私はそんな風に肯定されてしまうと……少し、戸惑います……」


 2000年代。

 確かにヒーローは輝いていた。

 私たちのような力が求められていた。


 大げさで凄そうでちょっと意味が分からなくて、でも何かやってくれそうで。

 そんな衒学的で意味深長で気宇壮大で大言壮語なあり様が。


 世界と戦う術だった。


 けど、違うんだ。

 私たちは終わった。

 もう今は2000年じゃない。

 世界は現実感を明らかにした。

 ヒーローは世界中にあふれ、しょぼくれた現実感が跳梁跋扈し、中途半端にまとまった思想真理が人の心の表面だけを軽く滑っていく。


 そんな時に私たちは生き抜く術を持たない。

 穴だらけでボコボコで可能性しかない私たちは生きていけない。

 狗山さんは褒めてくれたが、猫谷さんは驚いてくれたが、私はそんなスゴい人間ではない。


 今だって自分の友だち一人まともに紹介できなくて、彼がいなくなった途端うじうじと悩みだす情けない女子高校生なのだ。


 私はそんな風なことを言った。

 そんな意図を伴った言葉を吐いた。


 どこまで伝わったか判らない。

 しかし、狗山さんは――首を横に綺麗に振った。

 振った。

 否定の動作――。

 何故、どうして……。怒りに似た感情すら身勝手に抱いた。


 だけど、狗山さんは真っ直ぐに私を見ていた。

 私だけを見ていた。


「美月さん。私はそうは思わない。貴方が否定しても、私はそうは思わない。昔の話は寡聞だが、しかし、世界は何も変わっていない。美月さんは何も変わっていない。私たちはまだ世界と戦う術を持っているし、ヒーローは人類を救うことができる」

「…………」

「美月さんは過去が終わったと言っている。しかし、そんなことはない」

「……何を根拠に、そんなこと……」


 私は目を背ける。

 ――背けた目を、ふたたび見られる。

 狗山さんが回り込んだのだ。

 疾い。

 人混みの中で狗山さんは言った。


「根拠はない。しかし、私にはわかる。美月さんはまだ終わってないし、美月さんはまだ戦える。時代なんて恣意的なものであるし、真の輝きは歴史を超える」


 一度回りこまれて目を合わせられると――もう弱い。

 私は何もできなくなる。

 蛇に睨まれた小鳥のように――動けなくなってしまう。


 狗山さんは続ける。


「私の能力は受け継ぐ能力だ。だから、私にはわかる。月見式診断術は使えないが、私には美月さんの輝きがわかる。だから、私はあえて言おう」

「…………」

「ゼロ年代はまだ終わっていない。時代は超えきっていない」


 そして、狗山さん言った。なぜなら、私は狗山涼子だから、だと。

 私には何が「なぜなら」なのか、意味不明だった。

 理解不能だった。

 狗山さんの言葉には、理屈なんてなくて、そもそも何を言ってるかも判別がつかなかった。

 しかし、狗山さんははっきりと言った。

 自信満々でそう言った。


「美月さん……私は、これから入学式で、挨拶を行う。新入生代表の『壇上挨拶』だ。美月さんにはぜひ――その話を聞いて貰いたいと思う」

「話、……ですか?」

「ああ、そうだ。私は話そう。ゼロ年代がまだ終わってないことを。そして、“その先”に進んでいくことを」


 狗山さんはそう言って、颯爽と歩き出した。

 私もその後ろについていく。


 彼女がその話を持ち出すことはそれっきりなかった。

 しかし、数十分後、彼女の言った言葉が、具体的な意味合いを持って現れる。

 狗山さん壇上挨拶を切っ掛けとして始められる。


 そして、私は想起する。

 彼女の挨拶で、狗山隼人の計画のことを。


 彼の仕掛ける――『英雄戦士チーム』の目的のことを。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

次回「第96話:壇上挨拶(D)」です。次で96話はオシマイです。

掲載は3日~6日以内を予定しています。それでは次回も宜しくお願いします。

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