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第96話:壇上挨拶(B)

「久し振り……美月ちゃん。再会できて私は光栄だ」

「美月ちゃんって言うな」


 前回までのあらすじ

 すごい親しげに話しかけてくれた女子に冷徹に返した私だった。



(あー、死にたい死にたい死にたい……)


 私は死にたくなった。

 死にたくなって血反吐でも吐いてその場にうずくまって大地にでも還りたかった。


 しかし、いくらでも恥ずかしくても人生は続いていくのだ。

 多くのやっちまったことを抱えながらも、人はその続きを送らなければいけないのだ。


(……なんか名言っぽい)


 とりあえず私は切り替えることにした。

 気持ちを。心を。

 狗山涼子といえば狗山隼人の娘の名前だった。

 先刻、確かにクラス表で見た覚えがある。

 そして、何年前か知らないが、確かに昔会ったことがある。


 ……はずだ。


 狗山さんは私の暴言にも関わらず表情ひとつ動かさず言葉を続けた。


「了解した。久し振りだな美月さん。小学四年生以来だから、五年ぶりになるのかな」

「……そんなに、経ちますか……」

「ああ、会えて嬉しいよ」

「……お久しぶりです……」


 狗山さんはしみじみと、そしてにこやかに手を伸ばす。

 その動作を見つめて私は数秒間硬直してしまう。


(……いやいや、握手だろ。何テンパッてんだ、私。さっき頑張ろうって決めたばかりだろ)


 私はおずおずとその手を握り返した。

 うわめっちゃすべすべしてる。何だこれ。

 私は驚きながら狗山さんを見た。彼女は落ち着いた笑みで私を見ていた。


「入学の話自体はシロちゃん経由で伺っていたのだがな。しかし、同じクラスまでは知らなかった。私としては、光栄な話だ」

「そうですか……」


 ありがとうございます……と私は口の中でもごもごさせて言う。

 そのもごもご感にまた私は死にたくなったが、今死んでもしょうがないので私は目の前の状況に対処する。

 私のテンパリ具合は狗山さんには伝わらなかったみたいで、「この後も話さないか」という狗山さんの提案のもと、教室の奥に移動することとなった。


(あー絶対「当たり強い」とか思われたよなー私ーマジ何やってんだろうなぁー死にたいなーあーでもいい子だよなーあー)


 対話の機会が途切れた途端にやってくる思考の奔流に呑み込まれそうになるが、私はどうにかその勢いをせき止める。


 ……あー、落ち着け、私。切り替えろ、美月瑞樹。


 私は彼女のすらりと伸びた後ろ姿を見た。

 狗山涼子。

 狗山隼人の一人娘。

 彼女の台詞「最強のヒーロー“達”の魂を受け継ぐ者」という言葉を私は思い出した。


(最強のヒーロー達……ってことは、あの噂は本当なのかな……)


 噂。

 私も関わってくる噂。

 最近のヒーロー業界の情勢は詳しくないが、彼女の噂くらいは小耳に挟んでいた。


(それにしても……)


 狗山さんは快闊かいたつな女の子だった。

 はきはきしていて、さっぱりしていて、それでいて優しくて気が利く。

 こんな私にも親切にしてくれて。

 地味で暗くてぱっとしない私とは真逆の存在であった。 


 彼女との出会いは、いつだっただろう。

 狗山隼人主催のパーティで何回か。

 後は戦場でも何回か。

 ……確か、彼女の初陣の時に助けた覚えがある。どんなシチュエーションかまでは定かじゃないけど。


 正直、私は昔の狗山さんの記憶を持ち合わせていない。

 彼女の人となりについて、どうであったか、はるか彼方に忘却していた。


 だから、


「これからの学生生活、もし美月さんが構わなければ『良き学友』となりたい。……構わないだろうか?」

「……ま、まあ、いいですけど」

「そうか、よかったっ! ありがとう、美月さんっ!」


 こんなに良い子だったとは……。

 私はこの時初めて知ったのだった。



 ----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------



 Sクラスの特権なのか、着席する席は自由だった。

 しかも、普通のボロ机ではなくて、高級オフィスでもありそうなお洒落なシステムデスクだった。

 まあ、私にはどうでもいいけど。

 私はほぼ無意識的に窓側の一番後ろの席をチョイスした。

 これでクラスの監視ができるね。やったぁ。


(……ダメ人間が)


 狗山さんは私の座った場所に合わせて前の席に座った。


「……なんか悪いね」

「?何がだ?」

「無理やり……席一緒にさせたみたいで……」

「……ああ、気にするな。私が好きでしていることだ。美月さんが気にすることではない」

「そう……ありがと……」

「うむ、むしろ邪魔だったらいつでも言ってくれ。私にはそういう配慮が足りないらしいからな」


 そう言って恥ずかしそうに笑う。

 ……何というか、この娘。

 会ってすぐに気づいたんだけど、

 この娘、やけに私に優しかった。


 アホみたいに優しかった。

 

 ……いや、会ったばかりの子に「アホ」とか言っちゃだめだけど。


「美月さんもやはり一人暮らしなのか……もし生活に不便なことがあったら言ってくれ。私は寮暮らしが長いからな。簡単な料理くらいなら教えられる」

「掃除はこまめにやるといいぞ。意外とすぐにホコリがたまるからな。それに布団は干せる時に干した方がいいな。寝る時気持ちいいぞ」

「制服もクリーニングに出す必要があるだろう。学校の近くに見つけたら今度寄ってみるといい」


 理由は不明だけど、詳細は謎だけど、狗山さんは好感度MAXのギャルゲーのヒロインみたいに、やけに好意的に私に接してくれていた。


 なんだ、私の恋人か何か?


 私は一方で喋りが上手くないのも相まって「ぁ、ぁりがぁと……」みたいな人類が口にだすべきではないおかしな感謝の言葉を馬鹿みたいに繰り返すばかりで、だんだんと会話の応酬を続ける度に口下手な自分のダメさに絶望して呪い殺したくなった。つーか死ね。


「……よう、涼子。お前と同じクラスだったのか」


 と、私の申し訳なさが極限状態に達しようとしていたその時。

 私たちの会話に割り込む者がいた。

 私は若干の安心感と、一抹の寂しさを抱きながら声の主を見た。


 女の子だった。

 それも可愛い。

 赤髪の、挑戦的な表情をした、可愛らしい女の子だった。


「キャット。君も同じクラスだったな。知ってる者が多くて、私は嬉しいよ」

「……ああ、涼子。あたしも嬉しいよ……」


 キャットさんはそういって笑った。

 不敵な笑いだった。

 狗山さんの言う「嬉しい」と彼女の言う「嬉しい」の意味合いに隔たりがあるのを感じた。


(……なんだか見覚えある?)


 直感的にそう思った。でも、しかし、それよりも、


「嬉しい……嬉しいに決まってるさ。お前があたしに敗北する瞬間を、この目に焼き付けることができるんだからな……」


 この娘の敵意のほうが気になった。

 この娘ライバルオーラ全開だった。

 まるで因縁の相手に出会ったような宿命の好敵手にまみえたような、そんな高揚感、血沸き肉踊る感覚、抑えがたい興奮を隠すことなく発しているのが伝わってきた。


「……長きに渡る決着、ついにこのヒーロー学園でつけられるんだからな。アンタが血染めで倒れる姿が、あたしにはまざまざと見えるよ……」


 キャットさんはそう言った。

 狗山さんを見下すような視線で言った。

 冷徹。

 冷酷。

 慈悲なき想いを込めて狗山さんに視線が注がれる。


「それで美月さん。食事を買う時は買う量に気をつけるのだ。自分一人で食べることをよく考えるのだ。そうしないと食材が残って後々大変なことになる」


 ただ、まあ狗山さんは聞いてなかったんだけど。


「おい聞けよっ! 涼子っ!?」

「……なんだ、キャット。私は今美月さんに安くて栄養価の高い食材の一覧を伝えようとしているのだが……」

「いや、それは大事だが、ちょっとは人の話聞けよっ! ようやくあたしとの勝負がつくかもしれないんだがっ!」

「しかし、美月さんに楽しい自炊ライフを送って貰うのも大事だぞ」

「いや、大事だけど! 栄養バランスのとれた食生活は大事だけどっ! それ入学早々にする必要のある会話か!?……って、“美月瑞樹”ッッ!?」


 キャットさんは数メートル後ろに下がりながら私を見た。

 ……うわ、すっげぇ驚いてる。

 私は大げさだなあこの人うるさいなあと思いながらも、口には出さずに「こんにちは」と頭を下げた。


「ああ、どうもこれはご丁寧に……って、美月瑞樹……そうか、……《英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー》が入学するって“姉さん”が言ってたのは本当だったんだ……」


 ねーさん?

 私の疑問符を察したのだろうか。キャットさんは応えた。鋭い。


「ああ、姉さんってのは、猫谷良美ねこたによしみだよ。変身名《記憶領域メモリーズ》のコピーヒーロー。知ってんだろ。そんで私が姪の猫谷猫美ねこたにねこみ。一応、中学時代の変身名は《記録式猫ストレージ・キャッツ》だ」

「猫大好き人間みたいな名前だな」

「うるせー、あたしは犬派だ」


 犬派なんだ……。

 といいつつも、猫谷良美のことは知っていた。

 狗山隼人と同じヒーロー。

 それも、彼と同様に『世界的な活躍を見せた』ヒーローの一人であった。


 狗山隼人いぬやまはやと猫谷良美ねこたによしみ猿飛十門さるとびじゅうもん


 彼ら三人をまとめて『初代ヒーロー』と言った。

 世界で初めて怪獣と戦い、人類の尊厳と希望を取り戻した戦士たちだ。

 狗山隼人の名前が有名すぎて、残る二人の影が薄れている面があるが、それでも実力自体は狗山隼人に匹敵する。


「狗山さんに、猫谷さん……偉大な方が揃ってますね……」

「はーお前が言うか、それを。ゼロ年代の英雄戦士が」

「…………」


 私は黙る。

 しかし、黙ってばかりもいられないので無理やり言葉を探す。


「ってことは猿飛の方も……?」

「……ん、猿飛、ああ、桃か? いるんだろ涼子、適当に呼べよ」

「うむ、桃。姿を見せるのだ」


 と、

 その瞬間。

 私の隣りの席――何故か誰も座ろうとしなかった席――そこからいきなり人間が、現われた。


 女の子が、現われた。

 世界が切り替わったように。

 彼女が――現われた。


「う、うわっ!?」

「――涼子様の侍女をしております。猿飛、桃と申します」

「は、はぁ……」

「隼人様からお話は伺っております。これから宜しくお願い致します」

「……理事長から?」

「近いうち、改めて挨拶を致したいと思います……それでは……」


 と、言い終わり彼女――猿飛さんは姿を消したのだった。

 私がどぎまぎしていると、一部始終を見ていた猫谷さんが笑い出した。


「あはははっ、そうだよな、最初はびっくりするよな。何も意識して(・・・・)いなかった(・・・・・)場所にいきなり現れるんだもんな」

「キャットも最初見た時は、お化けだと言って逃げ出したな」

「逃げ出してねーよ。寮のみんなに伝えに行ったんだよ」

「そのまま階段から転げ落ちたもんな」

「落ちてねーよ。スタントの練習していたんだよ」


 スタントの練習してたんだ……。

 狗山と猫谷さんの応酬を聞きながら、私の心臓はまだドキドキしていた。

 狗山さんが申し訳そうな顔をする。


「すまないな美月さん、驚かせてしまったな」

「う、ううん、大丈夫、です……」

「ははっ大丈夫だよ涼子。なんたってあの英雄戦士だぜ? 新時代の寵児だぜ。伝説のゼロ年代ヒーロー。その一角だぜ?」


 そう言って背中を叩かれる。

 私は苦笑いを返す。

 新時代。

 伝説。

 ゼロ年代。

 世界と戦う。


 人間の魂を実体インスタンス化して戦うヒーロー達。

 かつて、その中で想像力を自律化させて、あらゆるシステムの干渉から抜け出した、世界の本質に迫るヒーロー達がいた。


 最強のヒーロー達がいた。


 ……すべては、過去の話だ。

 2018年。

 ヒーローが無限に増え続ける現代。

 新時代から十年以上の歳月が経ち、新時代のことも知らない者たちが増え、

 ふたたびの閉塞が訪れようとしている現代。


英雄戦士ベスト・オブ・ヒーローねぇ……)


 2000年出生の戦闘美少女モンスター・ヒロイン

 2001年出生の世紀末覇者ミレニアム・キング


 この二人に次ぐ、2002年出生の第三の自律変身ヒーロー。

 それが、この私、変身名《英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー》の美月瑞樹だった。


「うむ、確かに美月さんは偉大なヒーローだ。私の魂を輝かせた崇拝すべき先達だ」


 狗山さんはそう言った。

 魂を輝かせる……。

 私は、彼女に関する“噂”について聞いてみたくなった。


 言葉を選び、慎重に、焦ることなく、私は狗山さんの顔を見つめた。


「………あ、あの、いぬや――」

「そういや涼子。お前の能力って英雄戦士達のコピーなんだろ?」

「…………」


 先、越された。

 そして、狗山が頷いた。

 私と視線が合う。

 狗山は口を開いた。


「キャットの言う通りだ。私の変身名は《血統種パーフェクト・ドッグ》。伝説を受け継ぐ能力――そして、その対象は……」


 変身名《戦闘美少女モンスター・ヒロイン》:君島優子きみしまゆうこ 絶対にきば

 変身名《世紀末覇者ミレニアムキング》:終焉崎円おわりざきまどか 絶対にける後肢うしろあし

 変身名《英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー》:美月瑞樹みつきみずき 絶対にれる前肢まえあし


 ――絶対に斬れる前肢、絶対に駆ける後肢、絶対に狩れる牙、これらをもって世界を喰らおう。


「かつて、世界に君臨した“自律型変身ヒーロー”。その三人が私の能力の根源だ」

ここまで読んで頂き有難うございます。

次回「第96話:壇上挨拶(C)」をお楽しみ下さい。

掲載は3日~6日以内です。

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