第95話:入学(B)
「お~い、置いてかないでよ~」
私が体力ないの知ってるだろ。何で走りだすんだよ。ちょっとは考えろよ。フリーダムすぎんだよ、この馬鹿。
「は、はぁ……そーちゃん、急に走らない、でよ。びっくりしたっ――」
びっくりしたよ。いきなり消えるんだもの。探したよ。私が追いかけるのにどれだけ苦労したか。ここまで走るのにどれだけの人に見られたか。どれだけ恥ずかしい思いしたのか。知らないだろ。
あんなに汗かいて息きらせちゃって、入学初日からいい笑いものだよいいご身分だよ変な子だよ死んじゃうよ。その辺り、分かってるの、そーちゃんは?
と、山のように蓄積する文句を生み出して、
実際にはさらに多く、言葉にできない恨みごとが呪詛のようにたまっていって、
今にも、全部、吐き出してやろうと口を開くと、
それよりも早く。
彼は、最高の親友に会ったような笑顔で、こう返してきた。
「ああ、悪かった、美月。ついに学校が目の前にあると思ったら、いてもたってもいられなくなってな」
あどけない表情、恥ずかしそうに顔をちょっと赤らめる表情、純粋な、少年がそのまま大きくなったような表情をこちらに向けて、最近は、ずいぶんとたくましくなった上背を自慢げに張り両腕を腰に当てて、
そう、笑った。
(…………ああ)
卑怯だ。
それだけで――私の恨みはすべて封絶されてしまう。
喉からせり上がる呪詛たちが雲散霧消する。
(……ばか、そーちゃん……)
彼の名前は、新島宗太。
私の小さい頃からの――幼馴染だった。
----------THE WORLD SEEKS THE BEST OF HERO----------
大平和ヒーロー学園。
狗山隼人の作ったヒーロー専門の学校だ。
ヒーロー特別養成学校。
調べたら、一応ちゃんとした学校だった。
ヒーローの専門技能に加え、きちんと一般の教養課程も受講できる。
現在は高等部だけだが、来年度から中等部も開設されるらしい。
所在地は東京の北西部。八王子と奥多摩の中間点くらいにある。
私は推薦入学、そーちゃんは一般入学でこの学校にきた。
(しかし、ヒーロー専門の学校ねぇ……)
学校。
学校かぁ。
いや、別にいいんだけどね。今さらヒーローを育てる学校とか……。
(募集なら、ヒーロー連盟の広告だけで十分な気もするけど……)
雑誌のインタビューで狗山隼人は、「ヒーローの世代交代に伴い、後継者の育成が急務が云々~」などと言っていた。
事実、入学前に会った時も似たようなことを言ってたように思う。
しかし、
そのために学校をわざわざ建てるとは、――信じられない。
大平和ヒーロー学園の生徒数は、500人強。
単純計算でも、毎年100人以上のヒーロー志願者を世に送り出すことになる。
(…………いらねぇよ、そんなにヒーロー)
自分で言うのもあれだが、真っ当な意見だと思う。
年々、ヒーローは必要なくなっている。
当然だ。人類は強い。怪獣に対処できている。
人類の進歩にともない、怪獣の脅威は『災害レベル』にまでさがっている。
やがては台風や地震よりも恐るに足りない、『災害以下』の現象になるだろう。
ヒーローが戦えば、戦うほど、世界が平和になるほど、ヒーローの必要はなくなる。
それは必然だ。魔王がいなければ勇者はいらない。お腹が膨れれば食事はいらない。ぐっすり眠れば昼寝はいらない。
それくらい当たり前の論理だ。
(今はまだ大丈夫……でも、将来、近い将来きっと訪れる)
ヒーローが、その職業としての特権性を失い、
あらゆるお仕事と変わらない、普通の一般人に成り下がる日が。
そんな現代。そんな状況で、ヒーローの志望者だけが数を増やして。
ヒーローになりたい人間だけが増えていって。
どうするんだ。
そんなんで将来、どうすんだ。
(確かに……私たちの子供時代は、ヒーロー全盛時代だったけれど)
幼少期の多感な時期に、ヒーローに助けられた。
自分の運命を自分の世界を自分の価値観を変えるような衝撃に出会った。
出会ってしまった。
だから、自分もヒーローになりたい。
分かりやすい論法であり、美しいくらい純粋な理由だが、だが、しかし、
――ヒーロー自体の需要は、減る一方なのだ。
日陰産業なのだ。
ギリギリなのだ。
事実、ヒーローだけでは生活の目処が立たず、兼業のヒーローは今でもいる。
この学校の教師などその例だろう。
ヒーローは衰退しました、ってわけなのだ。
あらゆる異能が、あらゆる異常が、常態のものとされ、
特権性の剥奪されたこの世界で、
これからのヒーロー達は生きていかなければいけないのだ。
それはかつてヒーローであった私から見れば歴然たる事実であった。
(まあね、『ヒーローになろう』とそれらしい文句で、ヒーロー志願者を釣るのはいいよ。けどさ、ちゃんと『その先』のことも考えてるんだろうね。……狗山隼人)
私は、そう毒を吐きながら、隣りの幼馴染の顔を見た。
純粋な――彼は、ヒーローになれると信じて疑わない顔をしていた。
真っ直ぐな視線でヒーロー学園の校門を見つめていた。
(……私は構わない。ただね、私の幼馴染までその愚行に巻き込むのだとすれば――)
私は、あんたを許さない。
(それにしても……)
「げ、元気だね……。私は緊張してよく眠れなかったって言うのに」
いつまでのキラキラオーラを振りまいている。私は呆れ、そう言った。
文句を言われて彼は不満そうな顔を返す。素直、かわいい。
「よし、じゃあ。さっそく中に入っちゃおうよ。クラス発表あるんでしょ」
「ん、ああ……わかったけど、もう少しだけ正門で感慨を……」
「よし、行こう! 行こう~!」
私たちは出発した。
道中、彼が内弁慶とかいらんこといろいろ言ってきたが、私はクールに返しながら学園に入っていった。
「おい、美月見てみろよ、歴代ヒーローの名前の書かれたプレートがあるぜ」
「はい、行こう行こう~」
「なあ、美月、桜がすげぇぞ、まるで俺たちの学園の成功を祈ってるような……」
「はい、行きましょ、行きましょう~」
子供か。
そーちゃんは不満そうだった。「イケる!イケる!」ってどっかの幼馴染のパクリかとツッコんできた。残念ながら、私はフ◯ラほどたくましくないし、素直でもない。自分も街をめちゃくちゃにしても心ひとつ動かなかったのだ。
いくらか歩くと、人通りの多い場所に出た。
(うわっ……)
私は人混みが嫌いだった。
人が密集してるのをみると一歩引きたくなった。
バサラゲージをためて吹き飛ばしたくなるタイプの人間だった。
「……クラス番号が書かれてるみたいだな」
なるほど。そーちゃんのつぶやきに私は納得する。
ここでクラスを確認してなかに入るのか。
私は背を伸ばした。
見つからない。
もっと背を伸ばした。
まだ見つからない。
困って横をみると、そーちゃんも見つからないようであった。
私の視線に気づいたか、そーちゃんは「美月はどのタイプのヒーローになりたいんだ」と聞いてきた。
この大平和ヒーロー学園には三つのクラスがある。
一つは、もっとも一般的な個人で戦うヒーローのクラス。
二つは、最近流行ってるチームで戦うヒーローのクラス。
三つは、ヒーローを支援する技術者を育成するクラス。
「やっぱ司令官タイプか」
「ううん、一応、個人で戦うヒーロー志望だよ」
司令官って。
Cクラスの概要は知らないけど、多分、シロちゃんとか鴉屋博士の領域だろう。
人間の魂をデータベース化して変身装置に組み込むような、狂気のマッドサイエンティストさん達の仲間になれるとは、私には到底思えなかった。
そんな私の考えを知らずか、そーちゃんは驚いた顔をしていた。
私は心の中で嘆息する。
「私も例の怪獣事故には影響を受けた人間だからね。良くも悪くも……」
そんな言葉を付け加えた。
例の怪獣事故。
あれは、私の人生にいろいろな影響を与えた。
そして、そーちゃんに至っては人生そのものを変えてしまった。
その罪は贖えない。
そもそも贖罪をして過去を清算しよだなんて思わないけど。
「……そうか、あのヒーロー格好良かったもんな。お前も憧れちゃうか」
そんな的はずれな感想を抱くそーちゃん。
あーくっそ可愛い。
守ってやりたい。
そう思えてしまう。
「ん~やっぱ見つからない」
私は気持ちを切り替えるためそう声を出した。
そーちゃんには困ったように映ったのか、「他のクラスを探してみたら」と提案してきた。
(他のクラスかー……まぁ、イコールBクラスなんだけど……)
“団体”ヒーローとか、私みたいなコミュ障にはいじめのようなクラスだよ。
初対面の人たちと、チームを組んで、バトル……。
死ぬぞ。私。たぶん、同調圧力とか掛けられたらアリみたいに潰れちゃうぞ。
「そーちゃんは、名前は見つかった?」
「見つからない。もしかしたら俺が優秀すぎるせいで、例の特別選抜クラスに選ばれてしまったとか――」
「ああ、そういえば、そういうクラスもあるのね」
なるほど、特選クラス……、そういうのもあるのか……。
私はそーちゃんの発言を華麗にスルーして独り孤独に納得する。
「スルーすんなや」という発言にも軽くスルーする。
「ん~こうも見つからないと不安だなあ」
「大丈夫だって。仮に俺が特選クラスに行ったとしても、俺たちはずっと友達さ!」
「ずっと友達かぁ……」
嫌だなあ……。
いや、“その先”に進むだなんて、私にはおこがましい行為なのだけど。
決してあってはいけないことなのだけれど……。
決めたことなのだけれど。
(……欺瞞だなぁ)
私の中には数多くの矛盾と欺瞞が蜘蛛の巣のように張り巡らされてる。
醜くて、いびつで、自分でも気持ち悪くなるベトベトしたものがつまってる。
と、私がダウナー気味になってると、
そーちゃんが「――お、こ、これは!」と気持ちのいいリアクションでSクラスの掲示を発見した。
「本当にあったな特選クラス」
「だねー」
そーちゃんは意気揚々と人混みをかき分けて掲示板に向かっていった。
私はあとからゆっくりとそれに続く。
(えーっと、あー、いー、うー、……い、……“狗山涼子”? そうか狗山隼人の娘もいるんだけっか)
そんなこと言ってたなあのおっさん。
Sクラスか。当然といえば当然か。
深い面識はないが、小学生の頃、何度か顔を合わせた覚えはある。
(……猿飛桃、ああ、猿飛の家もいるのか……うわっ、猫谷もかよ、パクリヒーローだパクリ、……なんだか凄い人たちが揃ってるなあ……)
狗山隼人、猿飛十門、猫谷良美。
初代ヒーローの子供たちが勢揃いじゃないか。
これにシロちゃんと鴉屋博士が続けば、完全に初代パーティだ。
狗山隼人の『後世の育成』って意味が少しわかったかもしれない。
(……っと、そんなことより、自分の名前だ……)
上から順に洗っていき、私はSクラスの生徒一覧の中から自分の名前を発見する。
「あったぁ――――――!」
思わず声をあげてしまう。
あ、あ、あわ……声大きくなかった。なんだろ、初期ヒーロー揃ってるのみてテンションあがっちゃったのかな。
人間の無意識ってマジコワイ。
飛び跳ねた自分の身体を落ち着け静める。ひっひっふー。
「……ふぅ」
落ち着いて周囲をみると、そーちゃんが呆然とした表現でこっちを見ていた。
……ふふん。
私はトテトテと彼の前に歩くと、慈愛に満ちた「笑顔」を浮かべる。
「……大丈夫だよ、そーちゃん。特選クラスに行ったって、私たちずっと友達だから」
そーちゃんはいらっとしたのか口元をひくつかせていた。
私はそーちゃんの反応を無視して、掲示板を見る。
Dクラス。
そう書かれた紙が張り出されていた。
「そーちゃん、そーちゃん、あれを見てよ、あれ」
「あれ?」
私はDクラスの生徒一覧を指し示す。そこには「新島宗太(Dクラス所属 15番)」と書かれていた。
「や……」
「や?」
「や、やったぁ――――!!」
そう喜ぶそーちゃんだった。喜びのあまりハイタッチを求められてそれに返してやる。いぇーい。抱きしめようとしてくるのでグーで殴ってやる。いぇーい。
「そーちゃん、Dクラス入学おめでとう」
「おうよっ!」
そーちゃんは威勢よく切り返す。
ヒーローになるんだと。そう信じきった瞳を輝かせて。
(……まったく、揺るぎないんだから)
私のもらったパンフレットもなければ、
ヒーロー学園の存在も知らなかったくらいなのに。
こんなにも真っ直ぐに。
こんなにも純粋に。
ヒーローに憧れている。
(そーちゃんなら、本当になれるかもね……)
私にはわかる。
彼がそう遠くない未来、『現実』という壁にぶち当たることを。
自己を無条件に保たせている万能性を、粉々に打ち砕く“何か”が起きることを。
今の彼には先に進むために、決定的に欠けているものがあるから。
(でも、……そーちゃんなら)
この信じきった瞳なら。
この真っ直ぐな心なら。
飽和状態にあるヒーロー世界で。
いくら学校に通っても、学んでも、なれるとは限らない不確かなヒーローという存在に。
なったとしてもろくでもない、この先どうなるかも判らないヒーローという存在に。
なれるかも……しれない。
(ヒーローの必要性は減っている。その代替物が生まれる可能性も高い……)
だが、ヒーローは必要だ。
少なくとも今は。
もしかしたら、これからも。
その数を減らそうとも、世界と戦う人間は必要なのだ。
絶対。
そして、もし彼が望むなら、その隣に私が立つことも――。
(……ううん、今はそこまでは考えないで)
彼の――入学を純粋に祝福しよう。
新島宗太。
私の幼馴染。
四年前、私によって殺されて、私によって生き返った彼。
そーちゃんの青春を輝かせる。
それが、私の使命なのだから。
次回「第96話:壇上挨拶(A)」をお楽しみ下さい。
掲載は、4日~6日以内を予定しています。