第95話:入学(A)
「セカイ系におけるキミとボクの恋愛空間が、ようするに「セカイ」である。セカイは、現実的な日常空間でも妄想的な戦闘空間でもない。前者に属する無力な少年と、後者に属する陰惨化した戦闘美少女が接触し、キミとボクの純愛関係が生じる第三の領域がセカイなのだ。」
――――笠井潔「社会領域の消失と「セカイ」の構造」(『探偵小説は「セカイ」と遭遇した』南雲堂 2008年12月)
帰宅したら、自宅が消えていた。
今から四年前、私が小学六年生の時の話だった。
(怪獣だ)
私にはすぐにわかった。
個体番号S9011
怪獣ジャバウォックがこの街に出現したのだ。
この私、美月瑞樹の住処に、愚かにも怪獣が出現したのだ。
見上げるほど大きな巨体、大地をやすやすと砕く破壊力、風よりも素早い俊敏さ、
知性に富み、人の心が読めて、空間を一瞬でワープする。
怪獣ジャバウォックという化獣が、第一級危険指定を受けてるのは、私もよく知っていた。
シロちゃんもそのエネルギーの波長を解析するのに追われてたし、
狗山隼人もその怪獣に手を焼いていることも聞いていた。
ヨーロッパ、アジア、北米、南米、オセアニア、
報道されたのも、管制が敷かれたのも合わせて、
世界各地で多大な被害を出している。人づてにそう聞いていた。
怖ろしい、怪獣だと。
(――まあ、私の敵ではないけど)
瓦礫に埋まった自宅。
その光景を見た私は、悲しむことなく“変身”を開始した。
何の感慨もなく、何の感傷もなく、絶望もなく、悲嘆もなく、
いつも通りの“自律変身”で、周囲にはびこる怪獣どもを一掃した。
(両腕をー、左右に向けてー。大きく伸ばしてー、手のかたちはパーでー)
はい、ちゅど~ん。
私は掌から――白色の光を放った。
個体番号S9012 怪獣バンダースナッチ――二十を超えるその軍勢が、私の前から屍体も残さず消え失せた。
その終焉を見届けもせず、私は前を向く。
(さて、親玉を探すか)
私は戦う気まんまんであった。
単独戦闘は原則禁止と言われていたが、
君島も、終焉崎も、そんなルールを守っていないことは知っていた。
狗山隼人自身だって、過去に何度も独断専行で世界の危機を救っていた。私たちに許されない道理はない。
(私の街は私が守る。……当然でしょ)
まあ、私に地元愛なんてないから、そんなのは連盟向けの言い訳に過ぎないけど。
戦うことに、理由なんかない。
世界を守るとか、人類を守るとか、戦いが好きだとか、戦いの中でしか生きられないとか、
そんなことはない。
私に戦う理由はない。
強いてあるとすれば、何となくだ。
私は、何となくで戦っている。ただ、呼吸をするように当たり前な感じで、生まれた時からそうであったような感じで、悲壮感もなく、ただ、漠然と怪獣を狩っている。
そもそも懐疑的なのだった。
とってつけたような理由や動機ってやつに。美しすぎる論理ってやつに。技巧めいた腹立たしさすら感じるのだ。
(っと、早速、私の発言がブーメランされそうな予感……)
まあ、私はいいのだ。自覚的だから。自覚的に詭弁を構築するから。そういうことにしておく。
ともかく、私は戦うことに理由をつけない。
私は何となくで戦う。
そう決めている。
何となくで、私は、怪獣たちを墓場に導く死神になる。
私の後ろにはいつだって棺桶が並び、そこには静かな荒野が広がっている。
それが、いつも通りの風景だった。
(ただ、いつもと違うのは……)
そんな、怪獣達の断頭台が、私の住む街だってことだった。
別に私はそんなに気にしないのだが、流石に近所の商店を壊した時は申し訳ない気持ちになったし、警報が遅れてる現状にいつもよりイラツキを募らせたりした。
まあ、いいや。
戦闘自体はスムーズに進んだ。
怪獣たちをひと通り廃棄処分に送り、ほどなくして、私は――北西に向かった。
怪獣ジャバウォックを発見したのだ。
奴は腹立つくらいうるさい雄叫びをまき散らしながら哄笑し、破壊を愉しんでいた。
(やっつけよう)
砂塵で視界は不鮮明だったが、
どれ程の強さなのか不確定だったが、
私はそう決断した。
理由はまあ、特にない。ないが。ない、が。
……そこが私の『友人の家』だってのは、それくらい、考慮に入れてもいいかもしれない。
(やっぱり、ブーメラン……)
まあ、いいや。
いつも通りの不遜さで、いつも通りの傲岸さで、
私は、暗黒の闇を切り裂く、一陣の光となった。
あらゆる現象の魂を取り込む英雄戦士として、空を駆けた。
私はその時の出来事を忘れることはないだろう。私のその後の運命を決定する瞬間だったのだから。
この私、美月瑞樹は、生まれて初めて――自分の幼馴染を殺してしまったのだから。
ヒーローとは、実在上の存在である。
「……ふぅ」
学校に向かう長い道の途中で、私はそんなことを考えた。
今はもうどうしようもない。益体もない。遥か昔、太古の物語。
ヒーロー誕生の物語。
1984年、象徴的であり、歴史に楔を打ち込んだ年。
その年に、海外のとある研究所を、ある巨大な隕石が襲った。
その瞬間、世界は一度壊されてしまった。
徹底的に。完膚なきまでに。
ガラス玉をコンクリートに叩きつけるような荒々しさで、世界は粉々に壊されてしまった。
まあ、すぐに再生したんだけど。
その時の歪み、世界の揺れ動き、観測上の齟齬といった、まあ、難しい表現はやーなので、とにかくSF的素敵干渉が起きて、
世界は、『本来あるべき姿』からズレてしまった。
『本来あるべき姿』っていうのは、私もよく知らないけど、
当然ならばこうあるべきだった、歴史の必然的帰結……ってやつらしい。
例えば、この世界にドラ◯もんがいるとしよう。
ドラちゃんだ。
ドラちゃんのいる世界の作りは、基本的に私たちの現実世界と変わりない。
同じだ。
しかし、ドラ◯もんという存在は、現実のあり様と比べた場合『本来あるべき姿』と明確に異なっている。
あり得るべき現実からズレている。
何をどう認識すれば、今の世界がズレていると判断できるのか知らないが、
世界の偉い研究者たちはそう定義し、そして、それは間違いのない事実らしい。
まるで、物体の速度が光を超えられないのと同じように、それはもう立証させたものらしい。
そして、私たちズレにあたる概念。
いわゆる、私たちの世界における、ドラ◯もんとは、――“ヒーロー”のことなのだ。
ヒーロー。
……正確には、“ヒーローエネルギー”のことである。
ヒーローエネルギーとは、要するに、『人間の魂』の具現体だ。
人類史において、その存在が不確定とされてきた、魂という概念。
古代ギリシア以前から論じられてきたその存在は、
いまや私たちの身体機能の一部として“当たり前に”実在するのであった。
ヒーローエネルギーは魂そのものである。
それは、血液や、大脳や、胃や、腸や、肝臓と、同じように私たちの身体の中の一部として循環している。
1984年の大崩壊が起こした奇跡。
魂は“ヒーローエネルギー”という形で現実になったのだ。
ちなみに、怪獣さんたちの正体は、私たち人間“以外”の魂の凝縮体だ。
動物、虫、自然、生きとし生ける全ての魂の凝縮体だ。
本来であれば、暴走して私たち人類に大きな損害を与えるその凝縮体を、
世界的な機関が、『怪獣化』を行い、撃退できる形に再構成している。
そして、私たちヒーローが狩る。
それが怪獣の正体だ。
まあ、個人的には、もっと安全な廃棄方法があってもいいと思うけど。
今の技術ではこれで精一杯らしい。
まあ、シロちゃんを含め、多くの研究者がそこは日夜格闘しているらしいから、これから頑張ってもらいたいものだ。
あくまでも魂の集合体、言い方変だけど“生もの”だから扱いが難しいのだ。
ちなみに、これは豆知識だけど、さっき言った『世界的な機関』は、世間一般には公表されていない。
当然と言えば当然だ。
そして、その『世界的な機関』は、
秘密裏な行動と、
非公開という形態と、
怪獣化という特殊業務の結果、
私たちヒーローの間で、こういう名前で呼ばれているのだった。
――――悪の秘密結社、と。
「……馬鹿っぽい」
私は毒づき、意識を現実に戻す。日光の強さと汗でべたついた制服にイライラしながら、『勝手に先に走りだした』馬鹿な幼馴染を私は追いかけていた。
私の周りには同じように制服を着た生徒たちが一様に同じ場所を目指している。
(……くっそ、あんま見るなよー、私だって好きで走ってるんじゃないんだからな……)
じろじろと視られて私は駆ける。
羞恥心と体力不足でいくらか顔を赤くしながら、妙に暑い太陽の日差しでさらに私の不快指数は上昇していった。
(あー、どこまで行ったんだ。勝手に行かないでよもー)
イライラしながら私は校門にたたずむ彼を発見した。
(……いたっ!)
出会ったら、色々文句言ってやろうと心に決める。
それは、2018年の4月上旬、入学式の季節だった。
校門には大きな文字で校名が書かれている。
――大平和ヒーロー学園。
私が、これから通うことになる学園の名前であった。
新章開始です。
続きは後編。「第95話:入学(B)」をお楽しみ下さい。
掲載は3~4日以内を予定しています。