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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
103/169

第94話:ヒーロー達の英雄戦士再び

 砂煙の中を、真っ直ぐに、怪獣にめがけて、飛び込んでいく一つの輝きがあった。

 それは暗黒の闇を切り裂く一陣の光であった。

『世界は英雄戦士を求めている!?』第一話より抜粋。

「……赤井と青樹は、ジャバウォックの動きを止めろ。葉山はその隙を付いて超変身。ジャバウォックを追い詰めるんだ。俺は、バンダースナッチの相手をする」


 城ヶ崎さんが矢継ぎ早に指示を出す。

 赤井大地、青樹大空、葉山樹木は、それに頷き、みるみる戦闘態勢に移行する。

 俺は苦しげな身体を気合で押し殺しながら城ヶ崎さんに問いかける。


「俺はどうしたらいい?」

「新島君は……葉山のサポートを頼む。葉山と一緒に、怪獣ジャバウォックを攻撃する役目だ。危険だが、……構わないか?」

「構わない」


 俺は即答する。

 アイツとの死闘なら、すでに何度も重ねてきた。

 むしろ望むところだ。


「――よし、ならばともに戦おう。皆、経験上、ジャバウォックは非常に強暴な怪獣だ。この人数でも油断はできない。勝てるかも、わからない」


 俺は同意する。葉山も、赤井さんも青樹さんも、同意する。

 が、城ヶ崎さんは「……ふっ」と笑った。


「……しかし、それでも俺達は“勝つ”。“勝つ”と信じて戦う。俺達はいつもそう思って勝利を収めてきた。違うか?」


 違わない。

 俺はそう思った。

 俺達の力強い視線を感じ取ったか、城ヶ崎さんは満足そうに頷き、正面を向いた。


 目の前には――怪獣の軍団。大怪獣ジャバウォックと鳥獣バンダースナッチの大群。


 城ヶ崎さんは両腕を眼前で交差させ、

 奇声を上げる怪獣達へ向けて、

 勇猛に――叫んだ。


「――――――変身名《輝き(シャイニング)》ッッ! “覚醒”を認識しろ――ッ!」


 その瞬間。

 城ヶ崎正義の肉体から、猛烈な“輝き”が噴出した。

 あふれる閃光。その眩しさに俺は城ヶ崎さんの背中を視認できない。


「――超変身・・・、完了ッ!」


 そう言い終えると同時に、彼の指が弾ける。

 音が鳴る。

 怪獣達の空間が、連鎖的に“爆発”した。

「――――ッッ!!??」

 紅く、黄色い、爆炎が舞った。

 華麗な花火が、世界を染めるように咲き乱れた。

 怪獣達はいきなりの奇襲に隊列を乱す。俺達も突然の出来事に呆けてしまう。ただ一人、城ヶ崎さんだけが動じずに、言葉を告げた。


「――さぁ、戦闘の時間スーパー・ヒーロー・タイムだ。動き出せ、ヒーロー達」


 その台詞に、俺達は覚醒した。

 背中を強く叩かれた時のように、意識がかちりと切り替わった。

 この破滅に終止符を打とう。そう思い、大地を蹴り出した。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「変身名《熱闘旗手ヒート・メイカー》ッ!」「変身名《氷結調査員クーリング・オプ》…!」


 誰よりも早く、

 前に飛び出したのは赤井大地と青樹大空であった。


 城ヶ崎の奇襲を合図として、戦線に躍り出た二人は、広間中央まで反撃されることなく突き進む。

 互いに手を握り締め、

 寸部の狂いもない完璧なコンビネーションで、

 彼らは怪獣ジャバウォックに肉薄する。


「膨らめ熱量ッ!」「失え熱量…!」

「物理の法則を」「捻じ曲げて」

「ニュートン力学を」「超越して」

「エネルギーよ拡散せよッ!」「エネルギーよ。収束せよ!」


 呪文の如き旋律を流して、二人の手のひらの間から渦巻くエネルギーの塊が生成される。

 嵐の海に生まれる大潮のように巻き付それは、二人の間で増幅され、螺旋を描き、ジャバウォックの直ぐ側まで――接近する。

 が、しかし、


「GYAAAAAAAAAAAAAA~~ァ?」


 なめるな。


 ジャバウォックは「舐めるな」と言いたげに自身の巨大な右腕を振り上げた。

 ぶおんと。

 強烈なアッパーカット。

 空気を断絶する勢い。

 赤井達のいる空間ごと、エネルギーの塊と共にその豪腕でぶち抜いた。


「…………」

「…………」

「…………GYAAA……っ?」


 はずだった。


「………………ぎゃ~ぁっ……」


 だがしかし、彼らの姿はなかった。

 消えていた。消え去っていた。

 殴った形跡はなく、奴の拳は空気を瞬間的に圧縮させただけで、

 空振りに終わった。

 混乱、異様、錯綜、刹那の捜索の後に、――赤井、青樹の姿が確認される。


 ジャバウォックの――足元から。


「…………GYAッ!?」


「残像。です」

「蜃気楼と言ってもいいぜっ」


 二人はジャバウォックを“囲むよう”に立っていた。

 右と左に。

 大怪獣の両側から、奴の反応速度よりも速く、両腕を、守るように捧げるように伸ばすように、かざした。

 囲い、大声で発する。


「……変身名《熱闘旗手ヒート・メイカー》ッ」

「……変身名《氷結調査員クーリング・オプ》…」

「空間」

「圧縮」

「拡散」

「収束」

「「――――赤く、青く、世界を止めろッッ!」」


 それは――文字通りの“囲い”だった。

 檻のような。牢屋のような。監獄のような。

 ジャバウォックの周囲、数メートル間が一瞬で“隔絶”されてしまった。

 ジャバウォックはガラスの壁に覆われたように、

 閉じ込められる。

 大怪獣は咆哮し、豪腕が振るうが、内側からは、弾き、返される。


「無駄だぜ」「無駄だよ」

「そんなものじゃ」「私たちの」

「俺たちの防壁は」「やぶけ。ない……!」


 ジャバウォックは雄叫びをあげる。声だけで大地の表面を削る。

 奴の瞳が憤怒で埋まる。

 俺は奴が何をしようとするのか直感的にわかった。

(……ワープだ)

 ジャバウォックは、空間を跳ぼうとしている。

 例え今のまま閉じ込めていたとしても、

 脱出されてしまう。

 その前に、攻撃を、

 ダメージを与えなくちゃ、

 駄目だっ!


(――――早く、行動に移す前に攻撃しないと……!)


 そう逡巡して構える前に、“一つの影”が飛び出すのが見える。

 フフフフフフフフ……、と不気味な笑みが追従して届く。やつだ。


「――――フフッ、隙をつくり攻める。そのために、僕がいるんだろう……?」


 いつもの笑みで、いつもの調子で、いつもの様子で、

 葉山樹木はジャバウォックに飛び込んでいった。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「……フフフッ、絶望が君のゴールだ。……なんて、ね」


 葉山は能力を発動する。

 一体、二体、三体、五体と、無数に無限に分裂を始め、ジャバウォックに飛び掛る。


「フフッ」「僕が」

「僕たちが」「君を」「決して」

「そこから」「動くことを」「許しはしない」


 葉山達は統率のとれた動きでジャバウォックの攻撃をかわしつつジャバウォックに抱きつく。

 猛獣に付着するノミのように離れることなくピタリピタリと接触する。


「GYAAAAAAAAAAAAAA……ッ!?」


 気持ち悪いのか身体を激しく震わすジャバウォック。

 その動きにあわせて葉山は吹き飛ぶが、

 代わりの葉山達が同じように、ジャバウォックの身体に密着する。


「フフフ……」「フフフフフフフフ……」

「質は悪くても……」「これだけ数がいれば……」「……嫌だろう?」


 ジャバウォックは咆哮を飛ばす。

 空気そのものが激しく揺れ、超音波と成って周囲全域を攻撃する。

 全体攻撃。

 赤井達の防壁のお陰でその範囲は限定されてるが、直近にいる葉山達は大打撃を受ける。


「フフ――」「フフフ――――」「フフフフフフフフ――――――」


 次々と消える葉山達。

 だが、その笑い声は消えない。

 震える音波の中でも、葉山の妖しげな声が響く。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッッ!!」


 ジャバウォックはその様子に奇妙さを覚えつつも攻撃を続ける。

 なまじ人の心がわかるジャバウォック。

 人の恐怖を食い物にするジャバウォック。

 それ故に、葉山のスタイルは異様に映るだろう。

 狂人か、そんな風な異様さを葉山に対して抱いてしまう。


 だが、俺達は知っている。

 葉山の笑いが狂いでもなければ諦めでもなく、

 綿密に計算された“勝利の笑い”だと。


「フフフフ……――超変身《幻想魔人ザ・ファントム》」


 そして、必殺の一言が発せられる。

 その途端、消滅したはずの葉山達が、一つの白煙となって再構成を始める。

 密集、集中。

 それはジャバウォックの周囲にとどまり――集まる。

 赤井大地、青樹大空の環境構築、

 その結果として、より密度の濃い、深い白煙に変わり、ジャバウォックの前に現れる。

 ジャバウォックは両腕を振り回すが、が、しかし、攻撃は当たらず空振りに終わる。


「フフ……本来は、“こうやって”戦うものなんだよ。煙そのものの僕に、鋼のあぎとが効くのかな?」


 葉山は煙、それ自体となって纏わり付く。

 決して剥がれぬ呪いの様に怪獣ジャバウォックを拘束する。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA…………ッッッ!?」


 予想外だったのだろう。

 こういう搦手は。

 ジャバウォックから困惑の声があがる。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!」


 と、ふたたび咆哮。

 しかし、今回は毛色が違った。広間に響くとともに、ジャバウォックの周囲に動きがあった。


 鳥獣バンダースナッチが、

 動き出したのだ。


「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッッ!」

「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」

「KRUUUUUUUUUUUUッッ!!」KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッ!」


 広間内に存在する大量のバンダースナッチ。

 彼らが団結をしてジャバウォックの救済に向かった。


「KRUUUUUUUUUUUUUUッッ!」

「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッ!!」

「KRUUUUUUUUUUUU――ッッ!」


 狙うは、赤井大地と青樹大空。

 まずは彼らの構築する防壁を壊そうと、加速を始める。


「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッッ!」


 ガラスを引っ掻いたような叫声。

 大地を疾走し、赤井達に迫る瞬間、それらは急に立ち止まる。

 先陣を切っていた一体が爆散する。

 そこにはヒーローが立っていた。


「――ふっ、怪物の考えなど読めている。彼ら二人は、俺が倒させない」


 指を鳴らす。

 続いて、バンダースナッチの集団が弾け飛んだ。

 輝きに満ちた両腕を伸ばし、“城ヶ崎正義”はクールに決めた。


「――変身名《輝き(シャイニング)》、“敗北”を認識しろ」



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 赤井大地、青樹大空。

 葉山樹木。

 城ヶ崎正義。


 彼ら四人の活躍は見事だった。

 ヒーローに相応しい、嫉妬すら覚える強さだった。

 俺も戦いたい。俺も、彼らのように戦いたい。

 憧れと競争心と熱くなる心といろんなものが混ざり合って、そう思った。

 自分の限界すら見えず、自分の状況さえ分からず、そう思った。


 そう、思ったんだ。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



(――さあ、俺も頑張らなくては)


 戦う四人を見つめながら俺は心を一層強く燃やした。

 空飛ぶ俺はそう思った。


 赤井と青樹が環境を作り、

 葉山が動きを封じ、

 城ヶ崎が周囲の足止めを行った。


 状況は全て出揃った。

 あとは、強烈な拳を、怪獣ジャバウォックに沈めるだけだ。


 必殺の一撃を、決めるだけだ。


 葉山を見送り天井に待機した俺は、そう思った。


(――――――……)


 気持ちを、静める。

 これまでの想いをうかべて。

 そのすべてを背中に乗せて。

 今までで一番の力が発揮されることを願って。


(…………よし)


 終わらせよう。

 そう決めた。

 この地獄みたいな戦いを。

 終わらせようとそう決めた。


(…………ならば、出発だ)


 俺は熱をたぎらせたブーストを燃やす。天井を蹴り、怪獣ジャバウォックに突撃していった。


 葉山の超変身で動きを封じられたジャバウォック。

 今がチャンスだ。

 今がその時だ。

 大怪獣を倒すため、俺は今、空を飛ぶ。


「うぉ……」


 口からあふれる言葉。

 それがだんだんと熱を持ってくる。


「うぉぉおぉぉおぉ……」


 魂の揺らめきが炎に変わり、熱く燃え上がるのを感じる。

 あらゆる疲労を、あらゆる苦痛を、燃焼して、今という瞬間に賭けていく。


「うぉぉぉおおぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ……!」


 強く、強く、まぶしく光れ。

 激しく、激しく、世界を照らせ。


「うぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――っっっ!!」


 雄叫びあげて、

 全霊込めて、

 目指すは怪獣、ジャバウォックッ!


「うぉぉぉぉぉぉおおおぉおおおぉぉぉぉぉぉぉおぉおおぉおおぉぉおおおおぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおおぉ、ぉぉぉぉっぉお――――ッッッ!!」


 あゆ、雄牛さん、桃さん、君波さん、倒されたヒーロー達。

 葉山、赤井さん青樹さん、城ヶ崎さん、戦っているヒーロー達。


 倒されたヒーロー達と、

 戦っているヒーロー達の想いを乗せ、

 過去の因縁断ち切るため、

 全ての仲間に報いるため、

 今この地獄に幕を下ろすべく、

 今こそ俺はヒーローとなり、


 怪獣ジャバウォックを、撃退するっ!



「うおぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉxぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉおぉぉおぉおおぉおぉぉぉおおぉおぉぉ―――っっっっ!」


 後ろは振り返るな。

 疲労は吹き飛ばせ。

 突き進め。

 エンジンを燃やせ。

 全身強化だ。

 俺は超変身をする。

 連打して押す。

 超変身のさらに先。

 全身をさらに輝かせ、俺は、俺自身の限界を解除する。



「うおぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉおぉおぉおぉぉおぉおおぉおぉぉぉおおぉおぉぉぉぉぉおおぉお――――ッッッ!」



 最大限のパワーを、俺の中の限界を、自分で定めた臨界点を、強制的に、解除する!


「変身名《限定解除救世主リミット・オブ・セイバー》ッッッ! 俺の全身は“強化”されるッッッ!!」


 叫ぶ。

 とにかく叫ぶ。


 言葉が言葉が反響し俺の叫びが俺の想いが広間内に響き渡る。

 空飛ぶ俺は無我夢中で、空気を裂き、大気を割り、焼け付く肉体を輝かせて、今この時は、怪獣ジャバウォックの撃退だけを考えて、俺は、俺は、この空を行く。限界を超えて、俺は、本当のヒーローになる!


「おぉぉぉぉおぉぉおぉおおおぉおおぉぉぉぉ…………っ!」


 だが、しかし、徐々に、加速する過程で、嫌な感じが生まれてきた。

 変だな。

 違和感を覚えてきた。

 うまく言語化できないが。

 とにかく。


 俺の内側で“嫌なもの”が生まれていた。


「おぉおぉおぉぉぉぉぉ……っ」


 その感覚は肥大していった。

 輝きに陰りが生じるように、想いに欺瞞が混じるように、俺の肉体の内側から、嫌な感覚が広がっていった。

 どうした、どうしたんだ。

 不安は徐々に膨らんでいって、

 目を背けることのできない段階に至り始めて、


「おぉぉおぉおぉ……」


 言いたくないが、

 気合でどうにかしたいが、

 何というか、その、認めたくないんだが、それが……。


(力が、……抜けていく?)


「ぉぉぉぉ……?」


 やがて、

 それは、怖れていた事態となって、

 俺の前に、

 現れる。

 ガソリンの切れたバイクのみたいに、

 俺の力が、

 失われる。


(え……、なんで、エネルギー切れ? なんで、おれ、落ちてる……?)


 そう思った時にはもう遅くて、俺は落下している。

 身体の操作がまともに効かず、徐々に剥落していく俺の意識が、その崩落を助長させて、意識が、飛びそうになって、地面が、ブーストが、俺が。



(ぇ、ぁ……ま、待って……な、なんだ、これ……?)


 あれ?

 なんだこれ?


 やばい。

 あ、これ、あかん、どうしよう。


 気づけば、俺は、俺の意識は、ああ……。

 ああ……。


「…………フフフフフフ、……――新島君ッ!?」


 霞む世界の果てから葉山の声が聞こえた。

 俺の視界に映る茶色と黒。

 よくわからない何かの圧力。

 迫る。破壊の序章。

 網膜を暗黒で彩る。

 しかし、そこに、俺の視界に、白い、人型の、煙のように揺らめく……。

(……はやま?)

 お前何やって、

 そう思った途端、俺の意識の残りが急速に消し飛んだ。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



(…………ん)


 俺は意識を快復させる。

 立ち上がろうとして痛みで全身が動かないことに気がつく。

 固まっている。

 せめて考える力を確保して、今の状況を把握しようと目を開く。


 そこは、地獄だった。


《…………えっ》


 思わず目を閉じてしまう。

 同時に、声が出ないことに気がついた。

 俺は驚く。

 喉に痛みはないのだが、かすれた「……ぇぁ」という呼吸音しか出て来なかった。

 何だか怖くなった。痛みがないのが逆に怖かった。


(…………な、んだ?)


 夢のなかにいるみたいだった。

 俺の感覚と、世界のあり方に、齟齬があるみたいだった。

 しかし、この全身の痛みは、俺の状況が夢ではないことを明白に証明していた。


(……ったく、なんなん、だよ……)


 とにかく現状を認識しよう。

 俺は霞がかった視力に力を込めて、意識的にピントを合わせて前を見た。


 そこは、地獄だった。


(…………いやいやいや、そうじゃねーだろ。それはもう言ったから)


 進んでない。ループしてる。思考が。

 ――俺はまだ混乱しているようだ。

 とにかくもう一度、地獄という表現を、具体的な意味合いにおいて紐解く必要がある。


(とりあえず、いま、俺、逆さに寝てるな……)


 変だと思った。

 視界が反転している。

 頭が下で、足が上。

 少なくともそれに近い状態で寝かされている。

 ……いや、倒されてる、といったほうがいいか。

 重心をズラし、動かない身体を無理やり動かす。


 どしんっと、音がする。


 全身が強烈な痛みとなって俺の神経を刺激する。

 吹っ飛びそうになる意識を堪えて、ちゃんと前を見る。

 正確に、認識する。



 皆、倒されていた。



 先刻までの俺が、視界に収めながらも、無意識的に認めようとしなかった、“事実”が、“現実”が、“真実”が、そこには容赦なく広がっていた。


(…………ぁ)


 葉山も、赤井さんも、青樹さんも、城ヶ崎さんも、皆、地面に倒れ伏していた。


 いや、倒れ伏していた、という表現は生易しいもので、実際はもっとえげつない、言語化したくない酷い姿で地面に散乱していた。


 それ以上は言わなくていいだろ。これ以上は言わせないでくれ。


(なんだ、よ……)


 皆、負けていた。


 それは荒唐無稽な事態だった。前衛芸術みたいな不条理でナンセンスな事態であった。

 ヒーローが。ヒーローが、あれだけいて。

 あんなに圧倒的で。

 あんなに鮮烈的で。

 負けることなんて決してなかったはずの、ヒーロー達が。


 今こうして身動きせずに沈黙している。


(なん、で、だよ……)


 ありえねえだろ……。

 どうして、どうしてこんなことになってるんだよ。

 毒づき、困惑し、俺は――先ほど自分が身体を動かすときに『音を出した』という普遍的事実を思い出しながら――怪獣ジャバウォックと、目を合わせた。


「…………」

「…………」


 吸い込まれそうな至近距離、宝玉の眼球、見ている/視られる。


「ぎゃぁぁ~~~~ぁ♪」


 爛漫の笑み。

 敗北。

 絶望。

 地獄の果てを覚悟した。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 猛烈な危機意識の中で、俺は“ある仮説”を立てていた。


 俺がエネルギー切れになった刹那。

 葉山は俺を助けるため、飛び出した。


 そして、救出は成功した。

 ――葉山自身を犠牲として。


 葉山は倒された。倒したジャバウォックは、妨害を受けずワープ。


 バンダースナッチの相手をしていた城ヶ崎さんを、背後から奇襲する。

 城ヶ崎さんは対応するだろうが、奇襲が致命傷となり結果的に倒れる。


 それから、残りは赤井と青樹の二人。


 バンダースナッチの軍勢とジャバウォックが相手では勝つことは困難だ。

 二人して、倒される。


 そして――現在に至る。


 すべては瓦解した。

 俺を始まりとして。


 あくまでこれは仮説だったが、それでもリアルな仮説として俺の心に刻み込まれた。


 そして、その仮説を受け入れた時、

 俺の心が急激にかすんでいくのがわかった。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「…………ぁ」


 ……ああ。

 負けた。

 俺は確信した。

 倒れ伏したヒーロー達を前にして。

 身体を動かせない俺を感じて。

 負けた、と強く深く実感してしまった。


(……あぁ……)


 怪獣ジャバウォックが愉しげに嗤ってる。

 蹴りが一気にだされる。

 面白いように身体が飛ぶ。

 視界が無数に回転する。

 壁に当たる。

 くふぅと息が漏れる。


《……くぁ、はっ……!》


 叫び声一つ出ない。

 俺は息をかすらせながらも、奇跡的に意識だけは保っていた。

 運がいいのか……悪いのか……。


(…………これは、悪いほうだな……)


 ジャバウォックと目が合った。


「ぎゃぁあぁあ~~~~~~~んっ♪」


 あのまま気絶すればよかった。

 心からそう思った。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 目を開けたら、全てが壊されていた。


 瓦礫の山となった大広間の中で、俺は怪獣が暴れるのを見ていた。


 人家を超えた巨体、山脈を切り崩して作られたような外皮、岩石を繋ぎ構成された眼球。


 テレビ画面の世界から飛び出してきたような容貌からは、現実感が消え失せてみえた。しかし、怪獣の発生させる激しい地響き、荒々しい砂塵、鋭い咆哮は、この状況が夢ではないことをはっきりと物語っていた。


 俺は呆然と眺めていた。

 絶望しかしていなかった。

 ただ、目の前で起きている惨状に打ちのめされていた。


 仲間が倒れ、俺自身が倒れ、世界そのものが崩れ去る。

 自分の人生がここで終わるかもしれない。

 そんな風にすら、弱った俺には思えてきた。


 怪獣は、俺の意識があるのに気づいている。


 まったく、どうやって気づいたんだか。この状況下において的はずれな疑問を抱きながら、呆然と俺は怪獣を見つめていた。静かに、そして確実に俺の心は衰弱をはじめた。無力感が全身を覆い、あらゆる感情が絶望に向かおうとしていた。


「―――――ゃんっ!」


 そんな危機的状況において、俺は――――“声”を聞いた。


 叫び出すような、

 泣きだすような、

 怒り、感情を吐き出し、すべてを投げだすような、声だった。


(だ、だれだ……?)


 わからない。

 でも、聞き覚えのある声だった。

 ずっと昔。

 記憶のはるか彼方。

 小学六年生の頃。

 帰宅して、家がなくなっていたときの話。

 古い物語。



「ーーーーーーーーぅちゃぁぁぁぁぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁあんんんっっ!」



 そんな、四年前の物語の続編に、

 今の俺は、出会っている。


 一陣に輝く光のヒーローを、――俺は視界に収めた。


「明示的宣言:変身名《生死遊園ライフゲーム》→超変身、継承オーバーライド……っ!」


 せいしゆうえん

 →えいゆうせんし


「明示的変身:自動変身オートから手動変身マニュアルに、自律変身・・・・――始動!」


 輝く身体、変化を遂げる。


(…………ぇ)


 俺は目を見開いた。


 それは、砂塵の中を、真っ直ぐに、怪獣めがけて、飛び込んでいく一つの輝きがあった。

 暗黒の闇を切り裂く一陣の光であった。


 まるで過去と現在がシンクロしているような光景であった。


 白色のボディに身をつつみ、

 全身を輝かせ、ブーストを吹かす。

 そのヒーローの姿は、不思議と、俺の変身姿に似通っていた。


(…………な……)


 怪獣ジャバウォックは咆哮して豪腕を振りかざす。大気を割るようにヒーローに向けられる。ヒーローはそれを避けない。むしろ受け止めて右腕ごと消し去ってしまう。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッッッッ!?」


(……消えた!? 消滅? 無効化、したっ?)


「――――“吸収”」


 それは光の剣のように、狗山さんの赫き剣のように、――怪獣の力を消し去った。


 唯一、異なる点として、ヒーローの輝きが“増加”していた。

 怪獣のエネルギーを喰っているのだ。

 ジャバウォックは抵抗するが、全て受け止められ、ヒーローに吸収される。

 ぶつかるほど、怪獣の力は弱まり、対するヒーローの輝きは強まる。


(…………なんだ、あれ……圧倒的じゃないか……)


 俺はその光景を万感の想いと共に見つめていた。


 当然だ。


 俺は、その戦いを忘れることはなかった。

 今の俺が、生きる道を決めた、運命の瞬間だったのだから。


 そして、


(…………まさか……)


 過去の復活。

 約、四年の歳月を経て――。

 俺たちは、再会する。


 そして、俺の運命は、揺らぐ――。



《…………み、……美月……》



 かすれた声で俺はその名を言った。

 彼女の――幼馴染の名を言った。

 美月瑞樹、大好きな人の名前を。


 美月は自身の輝きを外に放射し、ジャバウォックを周囲に存在するバンダースナッチごと、完全消滅させた。


「…………」


 そして、ゆっくりと大地に降り立つ。

 静かに、誇り高きその名を、告げた。



「一年Sクラス――――美月瑞樹、変身名《英雄戦士ベスト・オブ・ヒーロー》……!」



 変身名《英雄戦士》……。

 その言葉を反芻させた瞬間、俺の意識が強烈な脱力感とともに――消滅、した。








(――第五章 ヒーロー達の運命動乱編(後編)――END)

(――――次章に続く)

ここまで読んでいただきありがとうございます。感謝します。

今後の予定は簡単な登場人物紹介を行ったあとに新章突入となります。

掲載は5~7日以内となります。

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