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世界は英雄戦士を求めている!?  作者: ケンコーホーシ
第5章 運命動乱編(後編)
102/169

第93話:ヒーロー達のそれでも俺は戦った。

「奇跡は起きます、起こして見せます!」

『トップをねらえ!』最終話「果てしなき、流れの果てに…」より抜粋。

 君波きみは紀美きみ

 個人ヒーローAクラス所属の戦士。

 一般的な女子高生。垢抜けて、人当たりのよさそうな、クラスに何人かはいる、クラスの輪の中心になれそうな、比較的優秀で、基本的量産的な、そんな女生徒。


 変身名は《不可侵領域クリーン・ストーリー

 自分に近づく物体の速度を減衰できる。

 拒絶はしない。

 しかし、絶対に近づけない。触れようとしてくる存在を、ギリギリの位置で留める。


 それは彼女自身の生き方と相似してくる。


 典型的な“女子高生”というフィルター、それを外側に張り、その内側には他者の侵入を許さない。


 拒絶はしない。

 彼女は理解している。

 他者の完璧な拒絶など、この共同社会を生き抜く上で建設的ではないと、心のどこかで理解している。


 対応はする。受け入れはする。表面を触らして、触れた実感だけは相手に持たせてやる。

 だが、深奥には決して触れさせない。

 その内奥にはたどり着かせない。


 近づけば近づくほど、その速度は減衰する。


 あの大人びた生徒会長ならば、彼女の有り様もまた、普遍的な人間の一事例にすぎないと、そう結論づけるのだろうが、今の俺にはそんな難しい話はわからない。


(まあ、実際のとこ、どうなのか、俺にもわからんが……)


 君波紀美。スタンドプレーの女王様。怪獣ジャバウォックに敗北したと思っていた彼女。

 偶然か奇跡か、彼女は生き延びていた。


(もしこれを奇跡と呼ぶのなら……雄牛さんの起こした奇跡だろう)


 君波さんを助けるために飛び出した雄牛さん。

 その代償として自らが犠牲となった雄牛さん。


 その決死の行動の結果が、今まさに、実った。


 時間を超え、場面を超え、現在という時間軸の俺たちを救った。


 君波さんの復活。


 彼女の存在は、俺と桃さんを救う確かな篝火かがりびにならんとしていた。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「…………新島、宗太くん」


 君波さんはそう言った。

 空飛ぶ俺は、上空から彼女を見下ろす。

 今の彼女はあふれる怒りを抑えつつ、現在の状況を冷静に分析中のようであった。


「それに、……桃さん、だね。めずらしい能力だ。Bじゃないだろうから、DクラスかSクラスの人かな。うん、すごい能力だ」


 壁際で倒れている桃さんを見てそう称える。

 君波さん。それから正面、覚悟の瞳で、眼前の怪獣を見て、見て、睨み付ける。


「怪獣ジャバウォック……怖い怪獣だ……私も倒された……雄牛の助けがなければ危なかった」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッッ!!」


 ジャバウォックが吼える。

 豪腕が振り抜かえる。大地を削る勢いで放たれる。

 が、君波さんはそれを回避。

 彼女に触れる寸前に豪腕の速度が弱まり、彼女は一気にバックステップ。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッッッ!!」


 追撃が、加わる。

 右から。左から。

 鋼鉄の大鎚の様な威力で君波さんに迫る。

 が、彼女は避ける。避けられる。

 片手を前に差し出し、猛撃の速度を弱め、器用に身体を逸らし、足を滑らせ、砂塵を巻き込み、ギリギリの位置から連打を切り抜ける。

「GYAAAッッ!」

 ジャバウォックが大地を踏む。

 響き渡る震音、揺れ動く地盤、君波さんは強く大地を蹴り、荒れ狂う地震の波を後にする。空中を華麗に舞ってから、ふわりと、軽やかに接近し、怪獣の頭部に踵落としを決める。


「――――ったぁッ!」


 スマートな一撃。

 決まった。

 通常の怪獣であれば間違いなく沈む必殺の一撃。

「ギャァァァ……」

「…………っ!?」

 しかし、ジャバウォックは余裕顔。ニヤリと嗤い。大きく口を開け咆哮。大気が歪む。空中に浮かぶ彼女を狙い鋭い刃を向ける。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ――ッッッ!!」


 が、が、その前に、横合いから俺の大突撃。

 ジャバウォックの頭部目掛けて全身全開の神風特攻を決める。

 クリーンヒットし、衝撃、揺れ動く間に彼女は地上に逃げる。


「GYAAA……」

「……あはっ」


 俺はそそくさと逃げ出した。

 急いで急いで。追撃なんかかます余裕はない。

 事実、命懸けで仕掛けた俺の突進は奴に殆どダメージを与えられず、直ぐ様後方から激しい反撃が飛んできた。

 避けて、避けて、四肢を強化して弾く。


(無理無理硬い。超硬いわ。あの化獣!)


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッッ!!」


 ジャバウォックの右腕が虚空をぐるりと回す。

 大気がそれに合わせて動き、俺の肉体ごと回転する。

 回る。


(……二度目は、あるかっ!)


 対処法に俺は超変身。再びの強化で大気の勢いが本格化する前に地面へと力尽くで降り立つ。


 君波さんの側に――寄る。彼女は手を伸ばし俺を引き寄せてくれた。


「……君波さん、無事だったんだな」

「どうにか雄牛のお陰でね。……意識自体は少し前に回復してたんだけど……フォローする元気はなくてね……」


 ごめんね、と謝罪する君波さん。

 いやいや、あの危機的状況の中、桃さんを助けてくれただけでも感謝してる。

 壁際でうずくまる桃さんだったが、意識自体はまだ辛うじて残っている。

 少なくとも、あの怪獣ジャバウォックの餌食にはされなかった。

 その事実だけでも俺は大満足だ。


「……で、これからどうする、新島くん?」

「……どうするか……か」


 桃さんが戦闘不能になり、代わりに君波さんが復活した。

 最悪の展開は防げたが、現状が改善されたとは言い切れない。


(……絶体絶命には変わりない、か)


 俺は視線を出口に向ける。

 大岩によって塞がれている。桃さんは脱出できなかったが、俺の拳なら壊すことができる。


(ならば、俺のやるべきこと、君波さんにお願いすべきことは――)


「君波さん」

「紀美でいーよ」

「……紀美さん。俺が出口の瓦礫を破壊するから、抜け出して助けを呼んできてないか? ……時間なら俺が稼ぐ」

「私でいいの? 新島くんが逃げてもいいんだよ」


 構わない、と俺は返答する。

 もちろん俺の体力も十分ではない。

 だが、桃さんに雄牛さん、そしてあゆを残してこの場を去ることはできない。


「……私としては戦線から離脱したいから丁度いいんだけど……それじゃあ、逃げたら、すぐに他のヒーローを呼んでくるからね」

「お願いします」


 敬語もいいって、と紀美さんは笑う。

 こう会話を続ける間もジャバウォックの表情はふたたび変貌を始めた。すでに哄笑は止み二度目の《本気モード》に成ろうとしていた。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 出口前の瓦礫の破壊。

 紀美さんの逃走の開始。

 ここまではうまくいった。


 前者は、俺がエネルギー弾を飛ばして破壊すればいいだけの話だし、後者も君波さんの能力があればジャバウォックの攻撃をギリギリで回避することができる。


 体力切れに近かった桃さんよりも逃走自体はスムーズに進んだ。

 だが、君波さんが出口の近くに到達した辺りから、ジャバウォックの気配が変わり出した。



「GYA……ッ」

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――ッッッ!」



 音の弾丸。

 とでも呼べばいいだろうか。

 かつて桃さんを苦しめた壮絶な咆哮が、集約性と指向性を伴って、君波さんへと放たれた。


「紀美さんッッ!」


 ジャバウォックの相手として極限の間合いで攻撃を続けていた俺は、突然の咆哮に心が飛び跳ねた。

 不安、恐怖――。

 君波さんを見る。


「――変身名《不可侵領域クリーン・ストーリー》」

「――――例え相手が音だろうと、私に触れることはできない」


 しかし、狂音すらも君波さんは対処する。

 直撃を避け、反響する音に耳を塞ぎ、逃走を急ぐ。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッッッ!!」


 ジャバウォックは続けて音の弾丸を連射する。

 君波さんは無意味だと言わんばかりに優雅に回避する。

 俺はその隙を狙いジャバウォックに強化した拳を与える。


「――ギャッ!」


 蝿を追い払うように手を振るうジャバウォックであったが、俺はタイミングを見計らい空を舞う。


(よし、……よし)


 大丈夫。

 奴の動きに対処できてきたぞ。

 圧倒的な破壊力、絶望的な威圧感、目も眩む超速度、その凄さは依然として不動だが、特定の動きのパターン、初動の際の僅かな癖、呼吸からの放たれるタイミング、そうした僅かな動きの一つひとつが俺の中に戦闘経験として蓄積していき、怪獣ジャバウォックの猛攻を紙一重で避けられる切っ掛けとなっていた。


「ギャァッッ!」

「ぐっぅ……」


 もの凄いパワー……っ。

 だが、致命傷は避けられる。

 実力差は歴然であり、完全に攻めきることはできないが。

「うぉぉぉぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおっっ!」

 今は君波さんを逃がす囮として、ジャバウォックの周囲を翻弄する虫として、奴を妨害できるようになってきた。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッッ!」


 幾度も放たれる音の弾丸。

 君波さんも苦しげであるが、しかし、問題ない致命傷は避けている。

(逃げ切れる……!)

 君波さんは出口に入っていった。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――ッッッッッッ!」


 と、最後の足掻きとばかりに大きな声をあげるジャバウォック。

(無駄だ、諦めろッ!)

 そう心で叫び突撃する俺。

 しかし、俺は、気づくべきだった。

 ジャバウォックが声を張り上げた意味に。

 通路に向けて、何度も何度も、咆哮を、弾丸状に、放ち続けているその理由に、俺は気づくべきだったのだ。


 それは一種の集合音だ。

 雷鳴が嵐を呼び寄せる様に災厄がさらなる災厄を集める時の咆哮であった。


(…………っ!)


 それは、来た。

 ゾクリと。

 出口から。

 君波さんの進むべき道から。


 絶望の軍団が、やって来たっ!


(…………、まさか……っ!)



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!

 シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカッ!



 迫る。迫る。迫る。

 絶望を引き連れて破滅を仲間にして大量の集団がやってくる。



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!

 シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカッ!



 その姿は鳥獣、鳥の化獣、四本の足で大地を這い、目にも留まらぬスピードで、この大広間にやってくる。

 十数体の軍勢となって、怪獣ジャバウォックの前に集結する怪獣。

 その名は。その名は――。


「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッッ!!」

「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッッッ!」

「KRURU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」

「KURUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッッッ!」


「バンダースナッチ……ッッ!」


 ついにきやがった。このタイミングで。

 出口は一瞬で鳥獣で埋まる。逃走した君波さんはその動きを中断され、止まり、進めなくなる。


「くっ……変身名《不可侵領域クリーン・ストーリー》ッッ……!」

「KRUUUUッ!」「KRUUUUUUUUUUUUッッ!」「KRUUUUUUUUUUUUU――ッッ!」「KRUUUUUUUUUUッッッ――!!」


 君波さんは能力を発動する。

 奴らに対処しようと適応範囲を拡大する。

 が、しかし、


「速いっ!?」


 速い。超常的に速い。バンダースナッチはある意味ジャバウォックよりも速い。

 その速度だけでいればこの地下遺跡のどの怪獣よりも速い。

 君波さんの対応が、間に合わない。

 電光石火で怪獣どもは接近し、火の玉を放つ。焦り、決死に、攻撃を避ける君波さん。しかし、その数に、その速度に対応ができなくなる。遅れる。一歩引く。彼女は下がり、逃走どころじゃなくなる。


「――くっ! 触れ、るなっ!」


 後退する君波さん。

 後方からはジャバウォックの空気の弾丸。

 一斉射撃。

 避けても避けても切りのない全体攻撃。


「ぐっ……ッッ!」


 一撃目を避け、二撃目を避け、三撃目を避けきらず拳で弾き返し、その重みに吹き飛ばされ、砂塵を舞い、襲い来るバンダースナッチ達が接近し、彼女は泥を浴びながら、咆哮し、大広間の出口は大混乱の嵐となる。


「うぉぉぉぉぉぉっぉおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――ッッッ!!」


 対する俺。

 俺も君波さんを助けようと奮闘する。

 両腕を強化してジャバウォックに猛撃する。

 だが、ジャバウォックは相手にもせず、代わりにバンダースナッチの大群が俺の目の前にも現れカサカサと四足をくねらせる。


(何だよもう追いついたのか!?)


 超変身でもしないと奴らの超速度には対処できない。仕方ない、俺は超変身。激しい負荷を気合で吹き飛ばし雄叫びをあげる。


「ぐぉぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 攻撃を受ける。弾き返す。受ける。返す。その間もバンダースナッチの軍勢が徐々にその間合いを狭め囲み囲まれ俺は追い詰められる。


「ぐ、ぐっ……」


 まともに攻めることも叶わない。視界の端では君波さんが逃げ惑う。助けることも叶わない。

 コマンドを記述。コンボ。拳のエネルギー弾が空を飛ぶ。だが、バンダースナッチはこれを避け、怪獣ジャバウォックは豪腕でかき消す。


(ぐぐぐ……ッ!)


 怪獣ジャバウォック。それにバンダースナッチ達。

 俺と君波さん。倒れたあゆ雄牛さん桃さん。

 大広間は地獄と化した。

 この世の終わりの様に、最終戦争の果ての最期の世界の様に、渾沌と渾沌が入り乱れ、秩序を逸し、ありとあらゆる全てが崩落と絶望と混乱の体を成していた。


 理解を超然と超える。俺の思考が歪む。何も理解できない。


 ただひとつ言えるのは、俺たちがこれまでにないくらい追いこまれており、バンダースナッチの軍勢が加わった今、俺たちに勝てるすべは万に一つもなくなってしまい、今は敗北と絶望は時間の問題だという冷然な事実だけだった。


 そうして俺はジャバウォックの豪腕に吹き飛ばされる。


(くそっ、くそぅ……ッッ!)


 こんなところで、終わるのか。

 何もできない状況下で。

 ただただ圧倒的な力に蹂躙されて。

 為す術もなく。

 結果ひとつ残すこともできず。


 弱い子供みたいに負けてしまうのか。

 駄目な人間みたいに終わってしまうのか。


(嫌だ)


 嫌だ。


 絶対に嫌だ。


 俺は諦めない。

 俺は負けたくない。

 追い詰められ蹂躙されるだけの餓鬼なんて真っ平だ。

 成長したい。


 大人になりたい。

 本物のヒーローと呼べるような存在になりたい。

 超常の人間になって憧れの人間になってこの世を勝ち抜いていきたい。


 こんなところで終わりたくない!


「ぐッ……!」


 俺の身体が地面に沈む。

 怪獣ジャバウォックの豪腕が俺の背中に直撃した結果だ。

 くそ。何が相手の呼吸がわかってきた、だ。馬鹿らしい。情けない。


(いや、違う。違うんだ、わかってたんだ。わかってやるんだ)


 馬鹿らしくても

 情けなくても。

 立派な振りして戦い続けてやるんだ。


 弱くてもいい。駄目でもいい。今は子供でもいい。そこから強がって平気がって大人ぶって、自信満々に全力で全開で、諦めずに闘い抜いてやるんだ。


 そうして本当のヒーローになってやるんだ。


 駄目だろうが、脆弱だろうが、未熟だろうが、不十分だろうが、力不足だろうが、

 それでも、

 完璧だと、最強だと、老練だと、十全だと、無敵だと、声を高らかにして、俺は戦ってやるんだ。


 偽物を本物にするために。


 幼い自意識を振り抜いて、偏った知識を振り絞り、外面だけの青春の万能性を本物に変えて、大言壮語は実際に成ろう。


「まだだ……っっ!」


 視界の端で君波さんも戦っている。

 まるで踊るように戦っている。

 戦線から離脱したいと素直に言っていたのに、今はあんなにも必死で懸命に美しく戦っている。


 あゆも必死で戦った。雄牛さんも決死で戦った。桃さんも俺たちを助けてくれた。


 ならば、俺は、頑張らなくては。

 俺は何をした。まだ何もしていない。

 まだ何も成していない。

 俺は頑張らなくてはいけない。


 全ては心の気概次第だ。

 冷静な俺は囁くだろう。

 もう無理だ。限界だ。諦めろ。これ以上やっても意味はない。勝負は決した。敗北だ。


 無謀な俺は応えてやる。

 何を言っている。まだ負けていない。まだ可能性は残っている。まだ勝てる。まだ諦める時ではない。戦える。いける。問題ない。勝てる。


 本当は勝てないと自覚してても、心のどこかで判っていても、その自覚すらも、その分別すらも、取り込んで、むしろ、味方につけて、この世の理を、常理を一変させる。限りない妄想が、事の本質を変える。偶像が虚像が本物を生み出す。

 俺は、大丈夫だと、無敵だと声をかけ続ける。


(さあ、まだ行けるぞ、化獣っ……っ!)


 超変身のさらなる先。

 真白さんによる超改造。

 その力を開闢させる。

 見せてやる。


「――変身名《限定救世主リミット・セイバー》ッッッ!! 完全体モード、フルッッ、バァストッッッ!!」


 全身を輝かせた状態から、俺は――さらに(・・・)肉体のボタンを連打する。

 その瞬間、身体の内側に掛けられた鍵が外れる感覚を得る。


 そして、同時に、俺は強化を――開始する。

 どこまでも、限界の果てまでも――。


「――限定解除リミット・オープンッッ!」


 絶望の果てで俺は変身を始める。

 世界の命運を賭けた戦士に生まれ変わる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉおおぉおぉぉおぉおぉぉぉぉおぉぉぉ――――ッッ!」


 輝きは性質を変える。運命は顕現する。ヒーローの力は最高潮に達する。

 神聖を帯びた白色を全身に刻みながら、俺は宣言する。


「――1年Dクラス、新島宗太、変身名《限定解除救世主リミット・オブ・セイバー》ッッッ!!」


 大地を馳せる。空を駆ける。永遠の英雄戦士ヒーローの魂を胸に宿して俺は戦う。俺は救う。


「さあ、全てを斬り裂く一陣の光と成ろう」


 絶対に、勝ってやる!

 そこ心に定めたのと同刻、大広間の出口から真っ白な煙が舞い踊った。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



 舞い上がる白煙の中で“四つの影”が踊った。

 それはかつて俺が敵対したヒーロー達の姿だった。



 ▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼



「……1年Dクラス葉山樹木……変身名《幻影魔人ザ・ファントム》」

「1年Bクラス。青樹大空。変身名《氷結調査員クーリング・オプ》」

「1年Bクラスッ!赤井大地ッッ! 変身名《熱闘旗手ヒート・メイカー》ッッ!」

「1年Sクラス、城ヶ崎正義……変身名《輝き(シャイニング)》」


 絶望の果てで俺は見ていた。

 奇跡のような光景を。

 地獄の戦場と化したこの世界に参上した輝かしきヒーロー達の姿を。


 葉山樹木。

 青樹大空。

 赤井大地。

 城ヶ崎正義。


 第二層で死闘を重ねた彼ら四人が、大広間に現われた。


「……これは、とんでもない状況になっているみたいだね……」


 葉山は笑みをこぼすことなくそう言い切った。

 とんでもない状況。

 何も知らずに集まった彼らには衝撃的な光景だろう。


 あゆが倒され、雄牛さんが倒され、桃さんが倒され、俺と君波さんだけがボロボロの状態で戦い、今にも負けようとしている。


 辺りには超巨大な怪獣と無数の鳥獣達。


 これが地獄かと問われたらそうだと即答するしかない。


「すごい。酷い。戦い」

「……んだよ、戦争でもやってんのかよ……いや、もうそんな次元を超えてるか……」


 あまりの壮絶さにそう漏らす青樹大空と赤井大地。


「――怪獣ジャバウォック、ということは、ここが終点か。……いや、むしろここからが本番か……」


 すでにジャバウォックと相対した経験のある城ヶ崎さんは油断せず、そうつぶやく。

 彼らのもとに手の空いたバンダースナッチ達が襲いかかる。

 それを城ヶ崎さんは片手で弾き返す。


「――ふぅ、勝てればいいがな。猫谷を追わなかったのは失敗かもしれないな……」


 そう言う彼の様子を認識しながら俺は考える。

 超変身による――思考回路の強化により、これからの事を考える。


(……葉山、青樹さん、赤井さん、城ヶ崎さん)


 四人も戦力が増えた。

 相手は怪獣ジャバウォックとバンダースナッチ。

 無敵で最強の怪獣たちだ。


 しかし、体力も万全、戦闘意欲も万全、そんな彼らが仲間なら、今度こそ勝てる可能性があるんじゃないのか。

 そう思えた。

 すると、途端に勇気が湧いてきた。


 二人じゃできなかったことも、六人ならやれる。

 可能性は無限大だ。


(……俺たちは、勝てる)


 嘘ではなく、現実的な事実として、

 確信めいた可能性のひとつとして、

 そう思えてくる。


(ここからが、本番だ)


 俺は思考強化の残りの時間を活用し、彼らと合流することを決める。

 君波さんに突撃し、彼女を助ける。

 荒れ狂うバンダースナッチの大群が相手だが、思考強化中の俺は最適な動きでその間をくぐり抜け、君波さんの身体ごと飛びかかる。


「――――ッッ!」


 彼女は弾き返すことなく、俺を許容してくれた。

 いや、もはやそんな余裕はなかったのかもしれない。

 とにかく彼女を抱きかかえ、葉山たちを目指す。


 一気に、とにかく一気に、葉山たちのもとへ――!

 後方から放たれる豪腕、地面に叩き潰されながら、バンダースナッチの群集を相手取りながら、俺は葉山のもとへ進む――!


「――変身名《幻影魔人(ザ・ファントム)》――種類『爆煙ヒューム』」


 俺の背後で煙が爆ぜる。葉山が助けてくれた。

 気がつけば、俺は――到達していた。


「――何だか、大変な状況みたいだね、新島君」

「……助けてくれ、葉山、お前の、お前たちの力が必要だ」


 俺は間髪入れずそう言った。

 恥も外聞もなかった。

 あゆも雄牛さんも桃さんも倒された。

 君波さんも苦しげだ。

 もう、頼れるのは彼らしかいない。


 すると、葉山は、ようやく「フフッ……」と笑った。みると、赤井さんも青樹さんも城ヶ崎さんも笑っている。

 何だ、どうした。

 やがて、葉山は俺の肩に手を置き、こう言った。



「フフッ……“助けてくれ”か、……――――――任されたっ!」



 すると、その手が強く頼もしいくらいに温かいことに気がついた。馬鹿な、変身状態なら、微細な温度変化には鈍くなるのに。



「僕たちはヒーローだ」

「助けを求める人。絶対に助ける」

「俺たちはそのために生きてるんだ」


「――――新島君、君の願いは果たそう、俺たちが絶対に君たちを、助ける」


 そう言い切る四人。ジャバウォックとバンダースナッチに立ち向かう四人。俺は心の奥底から震える気持ちを抑えながら、じっとその光景を眺めてた。



 そして、俺は、英雄戦士と再会する。




次回、第五章最終話。

「第94話:ヒーロー達の英雄戦士再び」をお楽しみ下さい。

掲載は5日~7日以内に行います。

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